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猫耳の子
15話
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(ついてない)
どこが幸運か。
フードを外し、別の個室にて身体検査を受けている猫耳。
綺麗なお姉さんと共に先ほどの案内人が、彼の容貌を褒め称えながら体重やら健康かを調査していた。派手な金髪に褐色肌の美少年。こうして見ると、どこかの深窓のご子息に思えるのだが本人は己の出自を決して喋らない。黙秘し続ける彼とは違い、魔法の力で作られたスクロール紙には、奴のプロフィールが刻まれ続けていた。お姉さんが身長を計れば、私の手元にあるスクロール紙に追加されるという自動筆記の様相である。
今の所、獣耳の少年は大人しく背を真っ直ぐに伸ばし、猫耳の先も身長のうちに入れた方が良いかしらんなどと、案内人とああだこうだ相談していた。
(メルキゼデク……)
視線を落とす。
横長の紙には、少年の名前のほかに付け加えられた身長、体重、目の色が黄色であることや頭髪が鮮やかな黄金色であり健康体であることが記されている。
肌色は褐色、生まれもった特有のものであり、他の大陸の出身者の可能性が示唆されていた。獣耳一族は大概別の大陸出身者が多い。それで追記されているんだろう。
私は個室に設置されていたソファに座り、ぼんやりと、猫耳をぴくぴくとさせながらも言われるがまま体を調べさせている光景を眺めた。上半身裸にされてもなお、猫耳の少年は静かだ。
その滑らかな肌に吸い付いている褐色に、二人の審査員はほう、とため息をついている。
背中を触れられても、少年は大人しい。
「神秘的だ」
二人の審査員の外見は、シルバーの髪に紫の瞳。
北の国の人間らしい特徴を備えていた。
「美しいわ。
絶対に高値よ。それもとびきりの」
「どこでも高く取引されるだろうな。
市場なら、いや、オークションならば最高値を更新できるかもしれん。
……雇い主様!」
呼びかけられ、顔を向ける。
「もしよろしければ、わたくしどもがオークションへのご用意とお手伝いを
いたしますよ!」
勿論手数料はいただきますが、なんて顔に書いてある彼らに私は首を横に振って、
「……私にはそのような場所に出る資格はありません。
それより、いつ終わります?」
残念そうな彼らに対し、慇懃に断った。
証文所を出て、しばらく二人で歩く。
「はぁ」
あの忌まわしい場所からかなり距離を稼いだあたりで、ようやっと、背筋を伸ばせた。両手を天に向けて伸ばし、首を回す。変わらず猫耳は私にはりついて離れないし、結局どうにもならずに路銀の前に借金まで抱えてしまったと、私はげんなりとした苦い気持ちを味わう。
(これで私も人でなしの仲間入り)
この世界の人間が勧めてきた、奴隷制。
図らずも、私もその一員になってしまったようである。これで更新料を稼ぐよう頑張らねばならなくなったし、その前に前借分も踏ん張らねばならない。
あとは、男爵夫人の館へ帰るのみだが。
他にやることがあったか、と想像してレクチャーされた奴隷制についての話を思い返す。
(ああ……、)
そういえば、やらねばならないことがあったことを記憶の底から浮上し、また私を苛ませた。
「メルキゼデク」
言うやフードの奥にて、ぴたりと猫耳を私に向けて見上げる少年。
(お)
どうやら、名前を呼んでやると彼は私と目が遭うようである。
綺麗に丸っこい黄水晶の瞳が私を見据えている。
「あんた、今日から私の奴隷、なんだってさ」
告げるが、ふーん、といかにも興味なさそうな顔でいながら、続く私の話を清聴しているものらしい。頭は悪くないようだ。
……奴隷になりたがる変な奴だが。
「それで、あんたが奴隷だという証をあんたにつけなきゃならない。
誰が見ても、あんたが私のものだと分かるように」
そう、まさしくモノ扱いだ。
なんとも酷いものだと私は考えていた。私の持つ倫理観では、想像できないおぞましさだが、実際に当人になってしまうと実におぞましくって今にも剥がしてしまいたい気持ちにかられる。今も、そう。なんて私は汚れた人間なんだろう。腐ってしまいそうだ。それも、こんないたいけな少年。猫耳の彼に、私はひどい首輪をつけようとしている。歯噛みをする。
この世界の人間たちは、そうしなければならない、と。
親切で教えてくれた。私のためを思ってアドバイスをしてくれたのだと分かる。だから、その通りにした。野良に帰れば良いという楽観的さもあったのは否めない。もし、奴隷となっても逃げてくれたら、それはそれで良かった。なんせ、私の奴隷であるのだ、もし他の奴隷狩りに捕まってしまったとしても、彼はもう、他の人間の奴隷にはなれない。私という雇い主がいる限り。
私は、彼が逃げたとしても、決して探さない。連れ戻さない。実にいい加減な、それでいて人権を蹂躙した存在であるというのに。
ふふ、
ぎょっとした。しかし、先ほど笑ったのがウソのように。またぴゃっと、私の影に隠れた。
どくどくと脈打つ、私の心臓。
(気のせい、か?)
見間違い?
たらり、と。背筋に冷や汗が流れる。
しかし、その割に……。立ち止まって様子を探るが、まったくもって変異はない。いつもの通りの猫耳少年である。フードを深く被っていて、先ほど見えた口の形が見えない。
(やっぱり、見当違いだったか)
私は先ほど宣言した通り、この猫耳少年に似合う奴隷の証明とやらを買いにいくことにした。
奴隷の証明品は密集地帯で販売していた。
「どれ、がいいんだろう」
分からない。
途方に暮れるが、証明所の案内人曰く、誰が見ても奴隷として分かるようなものをつけとかないと、かどわかしとか遭ったりしたら面倒だよ、なんて言われていた。
スクロール紙がある限り、奴隷は雇い主からはどこにいるか所在地が分かる。
また、奴隷に対し酷い扱いを……たとえば殺したりしたら、それもまた証明所がその申告を然るべき場所へ連絡する手筈になっている。いずれにせよ、奴隷に対しては過剰なほどにあらゆるセーフティネットがかけられているのだという。
(雇い主のためのモノ、でしかないが)
そこに奴隷の人権がないというのが、私からは奇異にうつる。
(まあ……考えてもどうにもならない)
私は、ウインドーショッピング中の獣耳の少年が金の環が並んでいるところでずっと立ち止まり、じーっと見詰めているのに声をかけた。
「ん、なんだ、君はそれが欲しいの?」
訊ねるや、彼はぶんぶんと頭を横に振った。
気にはなるが、つけたいとは思わないようだ。
「……まぁ、ピアスだしね」
あまりにも物々しく、所有感ばっちりではあったが。
値は張るし、耳元が煩そうだ。綺麗な音色が鳴るというものもあるらしいが、こんな小さな子につけるにしては仰々しいだろう。お洒落なものもあるが。身体に穴をあける行為は、もう少し年齢が上がって本人が好んでやりたいというならいいが、こんな間柄ではなんともつけてやりたいとさえ思わない。
「他には……」
ざっと辺りを散策したが、ペンダントやブレスレット、とにかく宝飾ものが多々であった。
「うーん」
まさか、ここまで高値のものばかりであったとは。お手軽価格なものもあるにはあったが。基本的に普通の宝飾品とは異なり、所有印は存在を主張するデカブツばかりであった。
中には入れ墨屋もあって雇い主の名前を刻んだりする所もあり、ますますここにいるのが嫌になってしまった。雑多な人の中、悩みながら歩くのも辛い。
「帰りたいわ……」
思わず呟く。
だが購入しなければまた、ここに舞い戻ってこなければならず。
悶々としつつも、重たい腰を上げた。
どこが幸運か。
フードを外し、別の個室にて身体検査を受けている猫耳。
綺麗なお姉さんと共に先ほどの案内人が、彼の容貌を褒め称えながら体重やら健康かを調査していた。派手な金髪に褐色肌の美少年。こうして見ると、どこかの深窓のご子息に思えるのだが本人は己の出自を決して喋らない。黙秘し続ける彼とは違い、魔法の力で作られたスクロール紙には、奴のプロフィールが刻まれ続けていた。お姉さんが身長を計れば、私の手元にあるスクロール紙に追加されるという自動筆記の様相である。
今の所、獣耳の少年は大人しく背を真っ直ぐに伸ばし、猫耳の先も身長のうちに入れた方が良いかしらんなどと、案内人とああだこうだ相談していた。
(メルキゼデク……)
視線を落とす。
横長の紙には、少年の名前のほかに付け加えられた身長、体重、目の色が黄色であることや頭髪が鮮やかな黄金色であり健康体であることが記されている。
肌色は褐色、生まれもった特有のものであり、他の大陸の出身者の可能性が示唆されていた。獣耳一族は大概別の大陸出身者が多い。それで追記されているんだろう。
私は個室に設置されていたソファに座り、ぼんやりと、猫耳をぴくぴくとさせながらも言われるがまま体を調べさせている光景を眺めた。上半身裸にされてもなお、猫耳の少年は静かだ。
その滑らかな肌に吸い付いている褐色に、二人の審査員はほう、とため息をついている。
背中を触れられても、少年は大人しい。
「神秘的だ」
二人の審査員の外見は、シルバーの髪に紫の瞳。
北の国の人間らしい特徴を備えていた。
「美しいわ。
絶対に高値よ。それもとびきりの」
「どこでも高く取引されるだろうな。
市場なら、いや、オークションならば最高値を更新できるかもしれん。
……雇い主様!」
呼びかけられ、顔を向ける。
「もしよろしければ、わたくしどもがオークションへのご用意とお手伝いを
いたしますよ!」
勿論手数料はいただきますが、なんて顔に書いてある彼らに私は首を横に振って、
「……私にはそのような場所に出る資格はありません。
それより、いつ終わります?」
残念そうな彼らに対し、慇懃に断った。
証文所を出て、しばらく二人で歩く。
「はぁ」
あの忌まわしい場所からかなり距離を稼いだあたりで、ようやっと、背筋を伸ばせた。両手を天に向けて伸ばし、首を回す。変わらず猫耳は私にはりついて離れないし、結局どうにもならずに路銀の前に借金まで抱えてしまったと、私はげんなりとした苦い気持ちを味わう。
(これで私も人でなしの仲間入り)
この世界の人間が勧めてきた、奴隷制。
図らずも、私もその一員になってしまったようである。これで更新料を稼ぐよう頑張らねばならなくなったし、その前に前借分も踏ん張らねばならない。
あとは、男爵夫人の館へ帰るのみだが。
他にやることがあったか、と想像してレクチャーされた奴隷制についての話を思い返す。
(ああ……、)
そういえば、やらねばならないことがあったことを記憶の底から浮上し、また私を苛ませた。
「メルキゼデク」
言うやフードの奥にて、ぴたりと猫耳を私に向けて見上げる少年。
(お)
どうやら、名前を呼んでやると彼は私と目が遭うようである。
綺麗に丸っこい黄水晶の瞳が私を見据えている。
「あんた、今日から私の奴隷、なんだってさ」
告げるが、ふーん、といかにも興味なさそうな顔でいながら、続く私の話を清聴しているものらしい。頭は悪くないようだ。
……奴隷になりたがる変な奴だが。
「それで、あんたが奴隷だという証をあんたにつけなきゃならない。
誰が見ても、あんたが私のものだと分かるように」
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なんとも酷いものだと私は考えていた。私の持つ倫理観では、想像できないおぞましさだが、実際に当人になってしまうと実におぞましくって今にも剥がしてしまいたい気持ちにかられる。今も、そう。なんて私は汚れた人間なんだろう。腐ってしまいそうだ。それも、こんないたいけな少年。猫耳の彼に、私はひどい首輪をつけようとしている。歯噛みをする。
この世界の人間たちは、そうしなければならない、と。
親切で教えてくれた。私のためを思ってアドバイスをしてくれたのだと分かる。だから、その通りにした。野良に帰れば良いという楽観的さもあったのは否めない。もし、奴隷となっても逃げてくれたら、それはそれで良かった。なんせ、私の奴隷であるのだ、もし他の奴隷狩りに捕まってしまったとしても、彼はもう、他の人間の奴隷にはなれない。私という雇い主がいる限り。
私は、彼が逃げたとしても、決して探さない。連れ戻さない。実にいい加減な、それでいて人権を蹂躙した存在であるというのに。
ふふ、
ぎょっとした。しかし、先ほど笑ったのがウソのように。またぴゃっと、私の影に隠れた。
どくどくと脈打つ、私の心臓。
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見間違い?
たらり、と。背筋に冷や汗が流れる。
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(やっぱり、見当違いだったか)
私は先ほど宣言した通り、この猫耳少年に似合う奴隷の証明とやらを買いにいくことにした。
奴隷の証明品は密集地帯で販売していた。
「どれ、がいいんだろう」
分からない。
途方に暮れるが、証明所の案内人曰く、誰が見ても奴隷として分かるようなものをつけとかないと、かどわかしとか遭ったりしたら面倒だよ、なんて言われていた。
スクロール紙がある限り、奴隷は雇い主からはどこにいるか所在地が分かる。
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(雇い主のためのモノ、でしかないが)
そこに奴隷の人権がないというのが、私からは奇異にうつる。
(まあ……考えてもどうにもならない)
私は、ウインドーショッピング中の獣耳の少年が金の環が並んでいるところでずっと立ち止まり、じーっと見詰めているのに声をかけた。
「ん、なんだ、君はそれが欲しいの?」
訊ねるや、彼はぶんぶんと頭を横に振った。
気にはなるが、つけたいとは思わないようだ。
「……まぁ、ピアスだしね」
あまりにも物々しく、所有感ばっちりではあったが。
値は張るし、耳元が煩そうだ。綺麗な音色が鳴るというものもあるらしいが、こんな小さな子につけるにしては仰々しいだろう。お洒落なものもあるが。身体に穴をあける行為は、もう少し年齢が上がって本人が好んでやりたいというならいいが、こんな間柄ではなんともつけてやりたいとさえ思わない。
「他には……」
ざっと辺りを散策したが、ペンダントやブレスレット、とにかく宝飾ものが多々であった。
「うーん」
まさか、ここまで高値のものばかりであったとは。お手軽価格なものもあるにはあったが。基本的に普通の宝飾品とは異なり、所有印は存在を主張するデカブツばかりであった。
中には入れ墨屋もあって雇い主の名前を刻んだりする所もあり、ますますここにいるのが嫌になってしまった。雑多な人の中、悩みながら歩くのも辛い。
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