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再会

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 どう考えても一人では開けられないデカ扉が放たれ入り込んだサギリは、お邪魔します、と一礼。手土産の重みに身を引き締めて進む。
コンサートホールばりの広さを持つ玄関ホールは、サギリさえもたやすく息を飲むほどの大きさだ。やたらと高い天井あたりから差し込む光が眩しい。直射日光辛い。
まったく、いつまでたっても慣れない由緒ありすぎ問題蔓延るご自宅である。
大理石の床が滑りそうで怖いし子供の頃は何も考えずに婚約したが、今思うととんでもなく末恐ろしいことだ。こんな貴族の家と縁づくなど。出迎えてくれた使用人も心なしか多い。視線が怖くて若干俯き気味のベータになった。
 (ちょっと、ドキドキしてきた……)
 見事な庭園をほのぼのと観光がてらノホホンと歩いてきたというのにとんだ臆病風に吹かれたサギリ、さらなる驚愕が襲いかかる。
 その突拍子のない声。
 できればもう少し、後から聞きたかった。
 
 「……来たか」
 
 涼やかな、それでいて低いのに甘く反響する声。

 (え!?)
 思ってもみなかった婚約者の登場に、サギリは狼狽える。どこから来た。あ、最初からいたようだ。
よく目をこらしてもこらさなくても、玄関ホールの、そのど真ん中にて彼は待ち構えていたものらしい。
サギリの目が足元の、鏡ばりに磨き上げられた大理石にばかり気がとられていたばかりに出遅れた。
 館の主の声に、間髪入れず、秒で、ははーっと大名行列ばりに頭を下げる使用人たち。ビクッ。サギリは大いにびくついた。屹立する副会長を中心に見事な低頭ぶり。壮観だが、それは他人であれば気楽に眺められるからで、当人だと困る、なんせ根っからの成り上がりゆえにある庶民感覚を兼ね備える両親に育てられたので、こんなお出迎えはいらなかった。いやはや、昨日の学生服をボロボロにしてのアルファ同士の取っ組み合いとはなんだったのか。
 いつもと変化のない通常運転の様子であるところの彼に、気後れするが、どうにか息も唾も飲みこみ……、サギリは、意図的に微笑んだ。
 
 「あの、お見舞いに来たんだけれど……、
  その、悪くないみたいだね……?」
 「……ああ、平気だ」

 彼は頷いて、か細い銀糸がはらりと揺れる。
 そして束になった長めの髪は一本の飾り紐で縛られて肩に垂れ下がっていた。
 プライベートな空間だからか今日の彼は飾り気のない、だが上品な服を纏っている。紐ですら高級品に見える。

 (本当……端麗な人)

 なんで僕の婚約者やってんだろ。
 ひるがえり、己の凡人っぷりが気になって仕方ない。
 婚約者がつまらない人間だからこそ、浮気ばかりされるのでは?
 
 (というか浮気? なんだろうか)
 そうだ。
 よくよく考えてみると、僕が婚約者ってこと自体が烏滸がましいのでは?
 一周回ってよくわからなくなってきたサギリである。
 じっと見つめると、彼もまた見返してきた。姿勢の良い立ち姿のままに。
 じーっと見返すと見返され続ける。
 (う……)
 なんだろうこの空間。空気。そわそわとし始めたのは果たして誰だったのか。
使用人たちの衣擦れの音がする。うう……。僕もなんだかどうすればいいのやら。
 軽く傾けた頭は僕が先、そう、先手必勝、微笑んでみる。ニコ!

 「……」
 「……」

 そして、目を離したのは彼が先だった。僕の口角がピクピクする。
玄関ホールの静けさが気詰まり、というわけでもなさそうだが。
 クールにすっとした背中を向けられる。
 
 「こちらへ」
 「あ、……はい」

 珍しく、副会長自らがご案内してくれるものらしい。
 使用人のごとく先導していくけれど、しかしその闊歩する足の速さとキビキビとした動きに気圧されそうになるサギリは、遅れないように着いていくしかない。





 年季ばかりが塗り込められているテーブルには、これまた名品シリーズのひとつにあげるであろうティーカップが鎮座している。ホコホコな湯気からは美味しそうな匂い。貴族の家では妙にお茶を振る舞う癖があり、サギリの家族交友関係からしても貴族位の付き合いはそこそこあるので、彼らが茶葉に熱心なのは概知のこと。

 「どうぞ」
 「あ、ありがとうございます……」

 こうして、現在、僕は三杯目を手にとろうとしている。
 なんとも、この婚約者相手の場合、長い歳月の付き合いがあるわりに共通する機知富む話題がないため、ぽつ、ぽつと喋るしかないが、間が持たないのでついついお茶に手が出る。すると、心得たとばかりに茶入れに熱心な使用人が美味しいお茶を淹れてくれる。ありがとう。しかし、お茶ばかり飲んでるせいでお腹がタプタプ。今走り出せば間違いなくお腹の中心が波打つ。

 (どうしよう……)

 すでに話題としましては、彼、婚約者であるところのレイの具合だが、序盤の出会い頭で問い合わせしてしまっている。
お見舞いにきたというのにどこからどう見てもすっかりお元気のご様子で、

 (ベッドに横になって、はいなくても、
  自室でくつろいでるかと思ってたのに)

客間に案内され、お菓子のもてなしも受けている。
 その菓子とは、サギリが手ずから持ってきた食べやすいシフォンケーキ。
 ……同じ質問を繰り返ししてみた。

 「……本当に……体の方は、大丈夫なの?」
 「……アルファは頑丈だ。
  あの程度、かすり傷のひとつできやしない」

 動きはまったくもって見えなかったし何が起きてたかわからなかったが、一般的には青たんのひとつでもこさえておかしくないぐらいの激しい動きだった。攻撃を避けたとしても、あんな大暴れしておいて平然としていられるとは。嘘でしょ。といっても、こうしてピンピンと受け答えしてるし……。本当、なんだろうな。
 
 「……アルファ、ってそうなの?」
 
 尋ねると、レイは、こく、と頷いて茶を啜る。
 
 「……」
 「……」

 ちく、たくと室内に設置されてる時計の針が動く音が気になってくる。
 互いの間に流れるは静寂ばかりなり。話題がなくなってしまった。
 
 (クラス違うし……)

 そも、アルファである彼が普段してることは概ね聞いてしまっている。
趣味は読書や勉強、勤勉な性格。
 ……あと何かあったかな。
 興味なかったから……。ない相手に、何を尋ねて和ませれば良いのだろう。
 
 「……」
 「……」

 
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