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33 人神の使徒の苦悩

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 次の日、俺は日の出の少し前に起きると、フレキと一緒に宿屋を出た。
 まだ、薄暗い。東の空が赤くなり始めたばかりだ。

「さすがに人はほとんどいないね」
『魔狼は夜明けの直後に起きるものじゃが、人は、特に街の人は起きるのが遅いのじゃ』

 ゼベシュの街のほとんどがまだ寝ている。
 いつも騒がしい露天も出ていない。たまに早起きな人が動いている程度。

 静かな街を歩いて、俺とフレキは冒険者ギルドに向かう。

 ギルドにも冒険者はほとんどいない。
 だが、職員たちは五人ぐらい働いている。

「朝が早いんだな、少年」
「俺は田舎者だからね。ほら農業とか牛の世話とか、田舎の朝は早いんだ」
「そんなもんか」
「ギルド職員の朝も早いんだね」
「早番のときはな。冒険者が来る前に、依頼票を整理し貼り終えないといけないからな」

 俺は受付担当者と会話した後、手数料を払ってフレキを預ける。
 今回はフレキの朝ご飯分の料金を余分に払っておいた。

「じゃあ、フレキ、行ってくるね」
「わぁぅ」

 フレキの演技は大したものだ。ただの狼にしか見えない。


 一人になった俺はまっすぐに人神の神殿に向かった。
 俺は使徒リリイにもらった聖印を、見えやすいように首に提げて服の上に出しておく。
 門番は昨日とは違う人だったが、聖印のおかげで止められずに中に入れた。

 神殿は静かだった。前回来た時とは違い、礼拝する信者はいない。

 俺はたった一人で、神殿の中を歩いて行く。

(使徒リリイが、どこにいるかなんだが……)

 まだ寝ている可能性もある。
 神像の間でお昼まで待って、来なかったら、気配を消して動くのがいいかもしれない。

 そんなことを考えながら、神像の間に入ると、
「………………」
 無言で神像に祈りを捧げる使徒リリイがいた。

 リリイは、この前会ったときと同じ真っ白な神官服を着ている。
 俺に背を向け、両手両足を床につけて、額も床につけて祈っていた。

 神像の間には、俺とリリイ以外、誰もいない。
 俺はリリイの横で跪くと、心の中で人神に挨拶する。

(人神さま。街中に、そして神殿内に不死者がいました。色々とお騒がせします)

 俺は死神の使徒として仕事をするだけである。
 だが、一応、人神の領域で仕事をするのだから、人神への挨拶は大切だと思ったのだ。

 祈り終えて横を見るとぶつぶつと口の中で何かを呟きながら、リリイはまだ祈り続けている。
 その顔は真っ青で、今にも倒れそうにみえた。

「大丈夫か?」
 思わず声を掛けると、
「……不死者が……」
 リリイはそう呟いた。
 俺に向かって答えたというより、口の中の呟きが漏れたのだろう。

「あっ」
 やっと俺に気付いたリリイは、崩れおちるように床に倒れる。

「不死者?」

 抱き起こすために、リリイの手を掴むと驚くほど冷たかった。
 リリイは細かく震えている。

「な、なんでもありません。フィルさま、でしたね。聖印をつかっていただけているようで、うれしいです」

 リリイは立ち上がると取り繕うように、引きつった表情で微笑んだ。
 俺もリリイに合わせて立ち上がる。
 こうやって、二人で立つと、リリイは背が低かった。頭頂部が俺の顎の下ぐらいまでしかない。

「不死者について祈っていたのか?」
「…………えっと」

 リリイは困ったように、顔を伏せる。
 どうやら、リリイは不死者について何か知っているようだ。
 だが、当然俺に言うつもりはないらしい。

「使徒さま。不死者ならば、俺は専門家だ。相談してくれ」
「専門家ですか? フィルさまが?」

 何を言っているのだろうと思っていそうな表情で、リリイは首をかしげる。
 駆け引きするのも面倒臭い。

「悩んでいたのは、神殿地下にいる不死者のことか?」
 俺は単刀直入に聞いてみた。

「………………なんのことですか?」
「ん? 知らないのか?」
「まったく」
「じゃあ、領主の館の地下にいた不死者のことか?」
「…………一体、何のお話でしょう?」
「そうか。じゃあ、先ほど呟いた不死者ってなんだ?」

 そう尋ねると、リリイは少し悩んだ様子を見せる。

「……本当は相談すべきことではないのでしょうけど、フィルさまは専門家なのですよね」
「ああ、もちろんそうだ」
「絶対に誰にも言わないでくださいますか?」
「もちろんだ」
「神官の方々にも、ですよ?」
「わかっている。言うとしても従魔の狼ぐらいにだ」

 そういうと、リリイは冗談だと思ったのか少し微笑んだ。
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