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08 死神

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 ◇◇◇

 俺が母の首に抱きついて泣いた日から数えて十日後の夜。
 俺は夢を見た。

 夢の中の俺には肉体がなく、それゆえに輪郭もなく、ただ暗闇の中にぼんやりと存在していた。
 地面は風のない夜の湖面のようで、空は、雲一つない新月の夜空のようだった。

「…………」

 そして、少女が目をつぶって無言で立っていた。

 少女は装飾のない白い簡素なローブを着て、フードを深くぶっている。
 髪はフレキと、そして俺に似た銀髪だ。
 その少女は身長と同じぐらいの長さの装飾のない木杖を手にしている。

 少女はゆっくりと目を開く。
 開かれた少女の目は、フレキに似た、そして俺に似た赤色だった。

(死神?)

 その少女を目にした瞬間、死神なのだと理解した。
 理屈はない。ただ、そう理解したのだ。

 それに、これは夢のようで夢ではないのだとも理解した。
 ここは恐らく神の領域、生物の立ち入ることのできない神域だ。

「――…………―――……――」

 少女は口を開かず、音も出さずに、言語すら使わずに語り出す。
 情報と意味だけが魂に入ってくる。不思議な感覚だ。
 死神の意志をあえて言語化するならば『使徒になるつもりはあるか』である。

(使徒になることは嫌ではありません。ですが、今は老いた育ての親フレキが弱っております。フレキを置いて行くことはできません)

 心の中でそう返事をすると、死神は黙ってうなずいた。
 死神はフレキのことは心配するなと言っているように感じた。

(私が使徒になれば、フレキを助けてくれるのですか?)
「――……―」

 無理矢理言語化すれば『使徒になるかどうかに関係なく、フレキのことは心配しなくてもよい』と伝えてくれている。
 ならば、断る理由はない。

 俺の心を読んでいるらしい死神は杖の先をこちらに向ける。
 すると、俺の前世の記憶が戻ってきた。

 俺が一体何者であったのか。どの時代のどのような世界を見たのか。
 膨大な記憶が流れていった。
 しかし、理解した端から忘れていく。

 ただ、俺を転生させたのは、死神だということはわかった。
 死神はやはり、俺を使徒とするために転生させたようだ。

(俺が使徒になるべき理由がわかりました)

 どうやら、俺は死神の使徒としてなるために、生まれてきたらしい。
 それは神の意志であり、俺の意志でもあったのだ。

 それを思い出し理解し、そして思い出したことを全て忘れていった。
 前世の俺が何者だったのか。何を考え、何を思っていたのか。
 いまは、もう思い出せない。

 ただ、死神の使徒の意志と、俺の前世の意志を理解したという思いだけが心に残った。

「――……」

 死神からさらに覚悟を問われた。

 不幸になる可能性も高い。

 大事な者を、この手で天に還すことになるかもしれない。
 それでも、使徒になる覚悟はあるか。

 そう死神は尋ねている。

 尋ねると言うことは、断ることもできると言うこと。
 選択肢を与えてくれるだけ、良心的だといえるだろう。

「……――……」

 断った場合、この場での記憶を失い地上に戻ることができるらしい。

(ありがとうございます。私は使徒となりましょう)

 そう答えると、死神の目から涙があふれた。そして、再び手に持った杖を俺に向ける

 すると、この領域における俺の体が作られていく。
 同時に光でも音でもない、五感ではない何かを刺激され、ただ俺は奇跡の使い方を理解していく。
 知ったといっても、情報はあまりに膨大で、全てを理解できているわけではない。

 それが終わると、死神は微笑んで俺の頭を優しく撫でると頭上を指さした。

 俺はその指に従い、上を見る。
 夜空の星のように見えたものが、自由に動いていた。
 それに気付いた瞬間、星のような者が死者の魂だと理解した。

「…………――…………」

 死神の元で、死者の魂は安らかに過ごしている。
 ここで、しばらく休んだ後、記憶を失って、地上へと戻っていくのだ。
 言ってみれば、ここは魂の休憩所。

「死者の行き着く場所が、ここならば悪くない」

 そう口に出して呟くと、死神は初めてにこりと微笑んだ。

 ◇◇
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