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レオは馬を走らせていた。
風がすぐ側を切り裂いていく。
エーリヒが屋敷を出る直前、伯爵家に訪れていた国王陛下がヨアヒムを呼び立てたらしい。様子の気になったエーリヒが聞き耳を立てたところ、国王陛下は税率改竄についてヨアヒムに話し、彼を強請っていたという。
「この…ド鬼畜陛下っ」
殆ど見たことのない相手に恨み言を言う。
「ヨアヒムは関係ない、ただの被害者を巻き込むなっ」
優秀なはずの国王陛下の軍が動かず、衛兵も呑気なものだった。それは、そもそもヨアヒムが陛下に交渉し、レオの指名手配を防いだ故だとしたら?
もしも、ヨアヒムがレオの罪を代わりに被ると決めたのだとしたら?
筋は通らないはずだ。
何年も前に改竄されたものをつい最近ヨアヒムがやったと言うのは無理がある。が、絶対権力者である陛下が直接下した決断だとすれば?
ヨアヒムは優秀だ。その彼を手駒に加えられるのなら、陛下もレオの改竄を見逃すことにしたのかもしれない。
素直なヨアヒムなら、レオのために泥を被ることも厭わないだろう。
彼から愛されていると知ってしまったレオは、その様子をまざまざと想像できてしまう。
嫌だ。
そんなのは望んでいなかった。
昂る感情のまま、グラウを走らせる。
力強く地を踏む名馬は乗り手の思いに応えてみせた。
※
「あーあ、行ってしまわれました」
エーリヒは一人、主人の出た方向を見送っていた。もはや慰めてくれるのは家に生えた雑草くらいである。
「そう言えば、レオ様の伯父様が隣町にいらっしゃるんでしたっけ。後で果物でも持って謝罪に行きましょう。脅してしまったようですし、ね。主人の後始末も従者の仕事です…って、もうレオ様の執事でさえないんでした」
エーリヒの辞職届を受理したのは国王陛下だった。
予定よりずっと早く伯爵家に来た陛下は、エーリヒを上から下まで眺めた後、届けに判を押した。あの鋭く値踏みする眼光をよく覚えている。
「わざと逃がされましたね、あれは」
恐らく、エーリヒはレオを炙り出す為の道具扱いされた。
「それに素直に利用される私も私ですが……うーん、人に使われることに慣れ過ぎてしまった気がします」
悔いはない。
ヨアヒムの話をするレオの顔があまりに優しく、穏やかで。
伯爵家でいつも父の顔を伺っていた彼とは思えなかった。エーリヒは、あんな顔を知らない。ヨアヒムのようにレオの悪夢を和らげてあげることもできない。
「レオ様、幸せになってくださいね」
ぽつんと呟いた言葉に、雑草達はさらさらと揺れた。
風がすぐ側を切り裂いていく。
エーリヒが屋敷を出る直前、伯爵家に訪れていた国王陛下がヨアヒムを呼び立てたらしい。様子の気になったエーリヒが聞き耳を立てたところ、国王陛下は税率改竄についてヨアヒムに話し、彼を強請っていたという。
「この…ド鬼畜陛下っ」
殆ど見たことのない相手に恨み言を言う。
「ヨアヒムは関係ない、ただの被害者を巻き込むなっ」
優秀なはずの国王陛下の軍が動かず、衛兵も呑気なものだった。それは、そもそもヨアヒムが陛下に交渉し、レオの指名手配を防いだ故だとしたら?
もしも、ヨアヒムがレオの罪を代わりに被ると決めたのだとしたら?
筋は通らないはずだ。
何年も前に改竄されたものをつい最近ヨアヒムがやったと言うのは無理がある。が、絶対権力者である陛下が直接下した決断だとすれば?
ヨアヒムは優秀だ。その彼を手駒に加えられるのなら、陛下もレオの改竄を見逃すことにしたのかもしれない。
素直なヨアヒムなら、レオのために泥を被ることも厭わないだろう。
彼から愛されていると知ってしまったレオは、その様子をまざまざと想像できてしまう。
嫌だ。
そんなのは望んでいなかった。
昂る感情のまま、グラウを走らせる。
力強く地を踏む名馬は乗り手の思いに応えてみせた。
※
「あーあ、行ってしまわれました」
エーリヒは一人、主人の出た方向を見送っていた。もはや慰めてくれるのは家に生えた雑草くらいである。
「そう言えば、レオ様の伯父様が隣町にいらっしゃるんでしたっけ。後で果物でも持って謝罪に行きましょう。脅してしまったようですし、ね。主人の後始末も従者の仕事です…って、もうレオ様の執事でさえないんでした」
エーリヒの辞職届を受理したのは国王陛下だった。
予定よりずっと早く伯爵家に来た陛下は、エーリヒを上から下まで眺めた後、届けに判を押した。あの鋭く値踏みする眼光をよく覚えている。
「わざと逃がされましたね、あれは」
恐らく、エーリヒはレオを炙り出す為の道具扱いされた。
「それに素直に利用される私も私ですが……うーん、人に使われることに慣れ過ぎてしまった気がします」
悔いはない。
ヨアヒムの話をするレオの顔があまりに優しく、穏やかで。
伯爵家でいつも父の顔を伺っていた彼とは思えなかった。エーリヒは、あんな顔を知らない。ヨアヒムのようにレオの悪夢を和らげてあげることもできない。
「レオ様、幸せになってくださいね」
ぽつんと呟いた言葉に、雑草達はさらさらと揺れた。
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