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「貴方は──」
「ああ、そうさ。この話でいうところの兄、元ヘンネフェルト男爵だ」

 つまり、レオの伯父だった。
 よく見れば、目元など少し似ている。
 驚愕と共に納得する。

「ご苦労をされたんですね」
「はっはっは、話はこれじゃ終わらんぞ。金や愛がなくたって、わたしは今ピンピンしているし、今を幸せに生きている。弟からすれば惨めな生活かもしれんが、わたしは隣町で小さな骨董屋をしてるんだ。近所の人から人気でな、収入の殆どはこの家の維持費に消えちまうんだが、不満はないよ。友人たちと一緒に美味しい物を食べに行けるくらいは残るからな」

 清々しい顔だった。
 自分の出生とその証である邸宅に誇りを持ち、手に職をつけ、友と楽しいひと時を過ごしている。

「もし妻がいれば、お前さんくらいの息子もいたかもしれないなと思うんだ。だから、わたしのことは父親だと思ってくれてもいい。……これを言ってみたかったんだ」

 朗らかに笑うこの人に、甘えたくなる。
 けれど、レオは今追われる身。

 犯罪者を匿っただなんて、そんな汚名を着せるわけにはいかない。
 もし調査の手が伸びた時、ここに血縁関係があったためだと勘繰られてしまう。

「俺は弓矢を持っています」
「……そのようだな」
「俺の腕なら、人間の脳天でも心臓でも、好きな急所を撃ち抜くことなど造作もありません」

 彼の表情が消える。

「それはわたしを脅しているのか。何故! 此処は無償で貸すつもりだと……」
「信用できないからです。見ず知らずの男が無償で何かを施すなど。まして貴方は金も大して持っていないというのに」

 心の中で謝りながら威嚇する。

「出て行ってください。次この家に来たら命はありません。貸されるなんて生温いことで俺は満足しない。この屋敷はもう俺の物です」

 怒りと屈辱で伯父の唇が震える。
 衛兵に連絡されてもよかった。捕まるのが少し早くなるが、ヨアヒムを被害者にするという目的自体は達している。

「お前もか! お前の幸福の物差しも、わたしの弟と同じで金の有無なのか……! 金がない人は幸せではないし、満たされてもいないと、そう言うのか! 挙句、わたしの唯一の宝を奪うつもりか!」

 怒鳴る様子など、父にそっくりだ。
 だが、彼はもう疲れたのか連行されるままに玄関へ行く。

「金も愛もなくたって、わたしは幸せだし誰かから何か奪おうなんて考えない。お前さんのいたいだけ此処に居てくれていいんだ」

 その、無償の優しさが、今は都合が悪かった。
 
「二度と、顔を見せないでください」
「それなら何故わたしの話を聞いて、わたしの淹れたコーヒーを飲んでくれたんだ! そうするつもりなら、初めから──」

 玄関を出た瞬間突風が吹き、ローブのフードが一瞬舞い上がる。
 一瞬だ。たった一瞬だが、彼はレオの顔を見てしまった。

 バルシュミーデ伯爵家の令嬢……レオの母に瓜二つの美貌を。一度見たら忘れられない、弟の妻とそっくりの顔を。
 しかし、伯父はレオの顔に弟の面影を見る。
 伯父の微かな抵抗が緩んだ。

「お前は……ああ、そうか。ここに、戻ってきたんだな」

 彼の頬を一筋の涙が伝った。

「金のない家門を継ぐことなんて不幸でしかない、金と愛の確約された家に行くのが一番だと──言っていた、お前が……」
「父はもういません」

 虚ろな目で過去の弟をレオに被せる伯父に、レオは思わず口を滑らせていた。小さな声だったが、彼の耳に届いてしまったようだ。
 伯父の表情がハッとする。

「お前……お前は……」
「さようなら」

 目の前で、玄関の扉を閉めた。
 伯父は少しの間そこにいたようだが、やがて屋敷から去って行った。

 張り詰めていた気持ちがようやく緩む。
 レオはその場で座り込んでしまった。

 家は、さっきより静かになっていた。
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