25 / 30
24
しおりを挟む
「貴方は──」
「ああ、そうさ。この話でいうところの兄、元ヘンネフェルト男爵だ」
つまり、レオの伯父だった。
よく見れば、目元など少し似ている。
驚愕と共に納得する。
「ご苦労をされたんですね」
「はっはっは、話はこれじゃ終わらんぞ。金や愛がなくたって、わたしは今ピンピンしているし、今を幸せに生きている。弟からすれば惨めな生活かもしれんが、わたしは隣町で小さな骨董屋をしてるんだ。近所の人から人気でな、収入の殆どはこの家の維持費に消えちまうんだが、不満はないよ。友人たちと一緒に美味しい物を食べに行けるくらいは残るからな」
清々しい顔だった。
自分の出生とその証である邸宅に誇りを持ち、手に職をつけ、友と楽しいひと時を過ごしている。
「もし妻がいれば、お前さんくらいの息子もいたかもしれないなと思うんだ。だから、わたしのことは父親だと思ってくれてもいい。……これを言ってみたかったんだ」
朗らかに笑うこの人に、甘えたくなる。
けれど、レオは今追われる身。
犯罪者を匿っただなんて、そんな汚名を着せるわけにはいかない。
もし調査の手が伸びた時、ここに血縁関係があったためだと勘繰られてしまう。
「俺は弓矢を持っています」
「……そのようだな」
「俺の腕なら、人間の脳天でも心臓でも、好きな急所を撃ち抜くことなど造作もありません」
彼の表情が消える。
「それはわたしを脅しているのか。何故! 此処は無償で貸すつもりだと……」
「信用できないからです。見ず知らずの男が無償で何かを施すなど。まして貴方は金も大して持っていないというのに」
心の中で謝りながら威嚇する。
「出て行ってください。次この家に来たら命はありません。貸されるなんて生温いことで俺は満足しない。この屋敷はもう俺の物です」
怒りと屈辱で伯父の唇が震える。
衛兵に連絡されてもよかった。捕まるのが少し早くなるが、ヨアヒムを被害者にするという目的自体は達している。
「お前もか! お前の幸福の物差しも、わたしの弟と同じで金の有無なのか……! 金がない人は幸せではないし、満たされてもいないと、そう言うのか! 挙句、わたしの唯一の宝を奪うつもりか!」
怒鳴る様子など、父にそっくりだ。
だが、彼はもう疲れたのか連行されるままに玄関へ行く。
「金も愛もなくたって、わたしは幸せだし誰かから何か奪おうなんて考えない。お前さんのいたいだけ此処に居てくれていいんだ」
その、無償の優しさが、今は都合が悪かった。
「二度と、顔を見せないでください」
「それなら何故わたしの話を聞いて、わたしの淹れたコーヒーを飲んでくれたんだ! そうするつもりなら、初めから──」
玄関を出た瞬間突風が吹き、ローブのフードが一瞬舞い上がる。
一瞬だ。たった一瞬だが、彼はレオの顔を見てしまった。
バルシュミーデ伯爵家の令嬢……レオの母に瓜二つの美貌を。一度見たら忘れられない、弟の妻とそっくりの顔を。
しかし、伯父はレオの顔に弟の面影を見る。
伯父の微かな抵抗が緩んだ。
「お前は……ああ、そうか。ここに、戻ってきたんだな」
彼の頬を一筋の涙が伝った。
「金のない家門を継ぐことなんて不幸でしかない、金と愛の確約された家に行くのが一番だと──言っていた、お前が……」
「父はもういません」
虚ろな目で過去の弟をレオに被せる伯父に、レオは思わず口を滑らせていた。小さな声だったが、彼の耳に届いてしまったようだ。
伯父の表情がハッとする。
「お前……お前は……」
「さようなら」
目の前で、玄関の扉を閉めた。
伯父は少しの間そこにいたようだが、やがて屋敷から去って行った。
張り詰めていた気持ちがようやく緩む。
レオはその場で座り込んでしまった。
家は、さっきより静かになっていた。
「ああ、そうさ。この話でいうところの兄、元ヘンネフェルト男爵だ」
つまり、レオの伯父だった。
よく見れば、目元など少し似ている。
驚愕と共に納得する。
「ご苦労をされたんですね」
「はっはっは、話はこれじゃ終わらんぞ。金や愛がなくたって、わたしは今ピンピンしているし、今を幸せに生きている。弟からすれば惨めな生活かもしれんが、わたしは隣町で小さな骨董屋をしてるんだ。近所の人から人気でな、収入の殆どはこの家の維持費に消えちまうんだが、不満はないよ。友人たちと一緒に美味しい物を食べに行けるくらいは残るからな」
清々しい顔だった。
自分の出生とその証である邸宅に誇りを持ち、手に職をつけ、友と楽しいひと時を過ごしている。
「もし妻がいれば、お前さんくらいの息子もいたかもしれないなと思うんだ。だから、わたしのことは父親だと思ってくれてもいい。……これを言ってみたかったんだ」
朗らかに笑うこの人に、甘えたくなる。
けれど、レオは今追われる身。
犯罪者を匿っただなんて、そんな汚名を着せるわけにはいかない。
もし調査の手が伸びた時、ここに血縁関係があったためだと勘繰られてしまう。
「俺は弓矢を持っています」
「……そのようだな」
「俺の腕なら、人間の脳天でも心臓でも、好きな急所を撃ち抜くことなど造作もありません」
彼の表情が消える。
「それはわたしを脅しているのか。何故! 此処は無償で貸すつもりだと……」
「信用できないからです。見ず知らずの男が無償で何かを施すなど。まして貴方は金も大して持っていないというのに」
心の中で謝りながら威嚇する。
「出て行ってください。次この家に来たら命はありません。貸されるなんて生温いことで俺は満足しない。この屋敷はもう俺の物です」
怒りと屈辱で伯父の唇が震える。
衛兵に連絡されてもよかった。捕まるのが少し早くなるが、ヨアヒムを被害者にするという目的自体は達している。
「お前もか! お前の幸福の物差しも、わたしの弟と同じで金の有無なのか……! 金がない人は幸せではないし、満たされてもいないと、そう言うのか! 挙句、わたしの唯一の宝を奪うつもりか!」
怒鳴る様子など、父にそっくりだ。
だが、彼はもう疲れたのか連行されるままに玄関へ行く。
「金も愛もなくたって、わたしは幸せだし誰かから何か奪おうなんて考えない。お前さんのいたいだけ此処に居てくれていいんだ」
その、無償の優しさが、今は都合が悪かった。
「二度と、顔を見せないでください」
「それなら何故わたしの話を聞いて、わたしの淹れたコーヒーを飲んでくれたんだ! そうするつもりなら、初めから──」
玄関を出た瞬間突風が吹き、ローブのフードが一瞬舞い上がる。
一瞬だ。たった一瞬だが、彼はレオの顔を見てしまった。
バルシュミーデ伯爵家の令嬢……レオの母に瓜二つの美貌を。一度見たら忘れられない、弟の妻とそっくりの顔を。
しかし、伯父はレオの顔に弟の面影を見る。
伯父の微かな抵抗が緩んだ。
「お前は……ああ、そうか。ここに、戻ってきたんだな」
彼の頬を一筋の涙が伝った。
「金のない家門を継ぐことなんて不幸でしかない、金と愛の確約された家に行くのが一番だと──言っていた、お前が……」
「父はもういません」
虚ろな目で過去の弟をレオに被せる伯父に、レオは思わず口を滑らせていた。小さな声だったが、彼の耳に届いてしまったようだ。
伯父の表情がハッとする。
「お前……お前は……」
「さようなら」
目の前で、玄関の扉を閉めた。
伯父は少しの間そこにいたようだが、やがて屋敷から去って行った。
張り詰めていた気持ちがようやく緩む。
レオはその場で座り込んでしまった。
家は、さっきより静かになっていた。
184
お気に入りに追加
604
あなたにおすすめの小説
不夜島の少年~兵士と高級男娼の七日間~
四葉 翠花
BL
外界から隔離された巨大な高級娼館、不夜島。
ごく平凡な一介の兵士に与えられた褒賞はその島への通行手形だった。そこで毒花のような美しい少年と出会う。
高級男娼である少年に何故か拉致されてしまい、次第に惹かれていくが……。
※以前ムーンライトノベルズにて掲載していた作品を手直ししたものです(ムーンライトノベルズ削除済み)
■ミゼアスの過去編『きみを待つ』が別にあります(下にリンクがあります)
【本編完結】ゲイバレ御曹司 ~ハッテン場のゲイバーで鉢合わせちゃった義弟に脅されています~
衣草 薫
BL
大企業の御曹司である怜一郎はヤケを起こして人生で初めてゲイバーへやって来た。仮面で顔を隠すのがルールのその店で理想的な男性と出会い、夢のようなセックスをした。……ところが仮面を外すとその男は妹の婿の龍之介であった。
親の会社の跡取りの座を巡りライバル関係にある義弟の龍之介に「ハッテン場にいたことを両親にバラされたくなければ……」と脅迫され……!?
セックスシーンありの話には「※」
ハレンチなシーンありの話には「☆」をつけてあります。
荒くれ竜が言うことを聞かない
遠間千早
BL
※4/12 本編完結しました。
飛竜の血を引くグラディウス家と、海竜の血を引くオーベル家は、王国を守護する双翼として名を馳せているが、軍部の人間なら誰もが知る犬猿の仲。
空軍の飛竜であるリアンも、海軍の野蛮な海竜であるヴァルハルトを毛嫌いしていた。会えば必ず殴り合いになるほど険悪な関係だったが、飛竜の力が弱まる新月の夜、リアンは弾みでヴァルハルトと一夜を共にしてしまう。
不幸な事故だったと割り切ったはずが、何故かリアンはその夜のことを忘れられず、自分の番探しも上手くいかない。未知の感情に戸惑う最中、リアンは飛竜の一族が企む計略を知ってしまい……
「なんなんだその色気、あんたヤバいな。気をつけた方がいい」
「なら襲うな!!」
不遜で我の強い海軍少将×クールだけど喧嘩は買うタイプの空軍少将
ツンツン主人公が大嫌いな男と恋に落ちるまでのケンカップル・ロマンス
ムーンライトの方でも掲載していますが、こちらにも載せておきます。
学園の俺様と、辺境地の僕
そらうみ
BL
この国の三大貴族の一つであるルーン・ホワイトが、何故か僕に構ってくる。学園生活を平穏に過ごしたいだけなのに、ルーンのせいで僕は皆の注目の的となってしまった。卒業すれば関わることもなくなるのに、ルーンは一体…何を考えているんだ?
【全12話になります。よろしくお願いします。】
だから、それは僕じゃない!〜執着イケメンから追われています〜
Shizukuru
BL
交通事故により両親と妹を失った、生き残りの青年──
柚原 叶夢(ゆずはら かなめ)大学1年生 18歳。
その事故で視力を失った叶夢が、事故の原因であるアシェルの瞳を移植された。
瞳の力により記憶を受け継ぎ、さらに魔術、錬金術の力を得てしまう。
アシェルの遺志とその力に翻弄されていく。
魔力のコントロールが上手く出来ない叶夢は、魔力暴走を度々起こす。その度に身に覚えのない別人格が現れてしまう。
アシェルの力を狙う者達から逃げる日々の中、天涯孤独の叶夢は執着系イケメンと邂逅し、愛されていく。
◇◇お知らせ◇◇
数ある作品の中、読んでいただきありがとうございます。
お気に入り登録下さった方々へ
最後まで読んでいただけるように頑張ります。
R18には※をつけます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる