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「う、うう…」

 レオは自分の醜態をしっかり覚えていた。
 いっそ襲うなりしてくれたらいいのに、自分の欲を抑え込み隣で慰めてくれるヨアヒムに頭を抱えたくなる。これではただ自分が恥ずかしい思いをして迷惑をかけただけだ。

「ヨアヒム…その、ごめん、蹴っちゃって」
「痛くなかったからいいよ。水飲める?」

 レオが会話できる程度に回復したのを見計らい、横にいた熱が離れていく。すぐに水差しを用意してきてくれた。

「ありがとう…」
「仕事が早く終わって、自分の部屋に戻ろうとしたらレオの苦しそうな声が聞こえたんだ。だからノックしたけど返事はないし、レオの声は酷くなる一方だったからドアを開けたんだよ。でも、僕の仕事が早く終わったのは偶々だし、僕がレオの危機に気づかない可能性もあった」

 淡々と語るヨアヒムの口調は穏やかだ。

「レオ。君のやりたいことをすれば良いと思う。君の趣味はなるべく尊重したいし、僕は君を束縛しすぎないよう注意しているつもりだ。でも、これは許せない」

 彼の瞳には怒りが宿っていた。

「どういう経緯で、これを君が使ったのか、少しは想像がつく。君は最近、僕に夜の誘いを仕掛けてくるからね。でも、僕は僕が提供する支援の対価として君の体を使うつもりはないし、君が安売りするのも許せない。ましてや、こんなものを突っ込むなんて」

 懇々と続く説教に、レオの体が小さくなっていく。
 心配をかけたのだ。

「すまない…」
「レオ、どうしてそこまでして僕に抱かれたいのか、聞いても良い?」

 後輩に金を払わせ、面倒を見てもらっていることへの罪悪感が始まりだった。どんなに嫌いでも後輩は後輩だ。ヨアヒムがレオを好きだと知ってからは意地だったかもしれない。
 ヨアヒムはレオの誘いに無関心ではいられない。
 揺さぶられ、興奮し、動揺し、それでも拒絶する。

 その度に愛されているのだという確信と、一抹の寂しさを覚えた。

「初めは、金銭への対価のつもりだった。俺はヨアヒムにとって先輩だったし、ヨアヒムのことを嫌いだったから、無償の支援は居心地が悪かったんだ。でも、今は…」

 でも今は?
 どうしてだろう。

「……わからない」

 きっと、まだ罪悪感は理由にある。
 でもその割合はだんだん減っている。何か、もっと根本的な理由があるはずなのにわからなくて途方に暮れた。

 こういう時、きっと聡明なヨアヒムならばすぐに言葉にできるはずなのに。
 レオの生き方はずっと、彼の劣化版だ。
 先輩であるという一点に縋らなければ、なけなしにプライドが崩れてしまいそうなほどに。

「明確な答えを今すぐ求めているわけじゃない。僕は君を待つことに関しては慣れている。君の中で理由が出ても話したくなければ僕に言わなくても良い。僕は君に隣にいること以外を強く望まないと決めているから」

 ヨアヒムは答えに窮したレオから、空の水差しを取る。

「ただ、君の僕への感情は、何も性行為に関してだけで結論づける必要はないだろう。これまでは僕が忙しくて中々誘えなかったが……明日の午後、下町に遊びに行かないか?」

 それはつまり。
 デートのお誘いだった。
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