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「レオ、お前の結婚相手が決まったぞ。お前は旦那を誑かして金を奪って来い。その顔なら簡単だろう?」
柔和な笑みを浮かべる父親だが、楯突けばすぐに鞭でぶたれることはわかっていた。
食卓には、父とレオ、そして三つの空席。執事は気配を殺して部屋の隅に佇んでいるだけで、父が暴力を振るってもレオを守ってくれるものはない。
「ああ、任せてくれ。きっと父上の役に立ってみせるよ」
「そうかそうか、お前は良い子だな」
普段は食卓を共になんかしないのに。機嫌が良いと思えばコレだ。おかげで料理長が少ない予算の中で作った美味しいチキンも味がしない。
巷で『金欠伯爵』と称されるレオの父親は、ギャンブルと酒に溺れ、元々あった家財を粗方売ってしまった。金を食い潰し、領民に重税を課し、更に足りないと知ると実の子供を商品のように結婚市場に流した。
末っ子のレオだけはと姉二人が懇願したことで、当時十五だったレオは結婚しないで済んだものの、姉達は二回りも年齢が上の貴族と結婚することになった。それだけではない。レオを結婚させない対価として、毎月結婚先から金銭を送ってくれている。
レオの立場は姉達に守られていた。
しかし、二十歳になり、元々容姿の整っていたレオが男性の結婚適齢期を迎えると次々に条件の良い縁談が舞い込むようになる。
姉達の努力よりも良い条件が舞い込めば、父は簡単に息子を売る。
彼は、そういう人間だった。
しかし、姉達の努力が徒労だったわけでもない。レオが父から逃げ家から出たいのを我慢して居座ったのも無駄ではない。
レオは父の目を盗み、領民に課せられた重税を軽減することに成功した。文書の改竄、執事の買収、十五歳だったのレオの綱渡りは無事実を結んでいた。
しかし、いつ父が気まぐれで税収を調査し、改竄工作に気づかないとも限らない。領民の為、父には今のように仕送りで満足してもらわねばならない。
未婚で爵位もない、父の庇護下から出れば貴族でもないレオが領民のためにしてあげられることは限られている。一度気づかれれば再び税収に細工することはできないだろう。
レオの結婚相手はレオと結婚するために大金を支払ったのだろうが、姉達夫婦のように、継続的な仕送りに協力してもらう必要がある。
故に、父は『誑かす』などと表現したのだ。
味のない食事を終え、自室に戻ったレオは姉二人から手紙が届いていることに気づく。
「……吐きそうだ」
ぽつりと出た愚痴。レオが弱音を吐けるのは、姉達の前だけだった。「見守っているよ」と言われている気がして、手紙を抱きしめる。
父の機嫌を取り、媚を売る生活にレオの体と心は疲弊していた。結婚した後も父に縛られ、搾取されて生きていく。物理的な距離を取れることがせめてもの救いだろう。
「媚を売る相手がすり替わっただけだな」
レオは自分の容姿が優れていることを知っていた。
艶のある黒髪、爽やかな空色の瞳はツリ気味で、睫毛は長め。眉毛は凛々しくも太すぎず、鼻筋は通り、薄い唇は紅を差したようだ。
彼の見目に釣られるのは異性だけでない。同性である男からも関心を寄せられ、誘われたことがある。
レオはこの先、自分の夫に媚を売り、男の腕の中で笑っていなければいけない。仕送りを許してもらえる程度の価値を夫に提供し続けなければならない。いや、その考え方は姉達に対して失礼だ。
「姉上達はそれでも幸せそうだった」
レオを心配させないため、という可能性も考えたが、話を聞く限り、レオの姉達は夫に愛され、お金にも困らない結婚生活を送っているらしい。
「俺も、姉上達みたいになれるかもしれない…」
何歳年上の男がレオを買ったのか知らないが、愛され、暴力もない場所にいられる未来だってあるのだ。それは、幸せなのかもしれない。少なくとも今よりは。
レオはお守りのように手紙を撫で、そっと息を吐く。
──しかし。
レオの期待は、すぐに裏切られることになる。
柔和な笑みを浮かべる父親だが、楯突けばすぐに鞭でぶたれることはわかっていた。
食卓には、父とレオ、そして三つの空席。執事は気配を殺して部屋の隅に佇んでいるだけで、父が暴力を振るってもレオを守ってくれるものはない。
「ああ、任せてくれ。きっと父上の役に立ってみせるよ」
「そうかそうか、お前は良い子だな」
普段は食卓を共になんかしないのに。機嫌が良いと思えばコレだ。おかげで料理長が少ない予算の中で作った美味しいチキンも味がしない。
巷で『金欠伯爵』と称されるレオの父親は、ギャンブルと酒に溺れ、元々あった家財を粗方売ってしまった。金を食い潰し、領民に重税を課し、更に足りないと知ると実の子供を商品のように結婚市場に流した。
末っ子のレオだけはと姉二人が懇願したことで、当時十五だったレオは結婚しないで済んだものの、姉達は二回りも年齢が上の貴族と結婚することになった。それだけではない。レオを結婚させない対価として、毎月結婚先から金銭を送ってくれている。
レオの立場は姉達に守られていた。
しかし、二十歳になり、元々容姿の整っていたレオが男性の結婚適齢期を迎えると次々に条件の良い縁談が舞い込むようになる。
姉達の努力よりも良い条件が舞い込めば、父は簡単に息子を売る。
彼は、そういう人間だった。
しかし、姉達の努力が徒労だったわけでもない。レオが父から逃げ家から出たいのを我慢して居座ったのも無駄ではない。
レオは父の目を盗み、領民に課せられた重税を軽減することに成功した。文書の改竄、執事の買収、十五歳だったのレオの綱渡りは無事実を結んでいた。
しかし、いつ父が気まぐれで税収を調査し、改竄工作に気づかないとも限らない。領民の為、父には今のように仕送りで満足してもらわねばならない。
未婚で爵位もない、父の庇護下から出れば貴族でもないレオが領民のためにしてあげられることは限られている。一度気づかれれば再び税収に細工することはできないだろう。
レオの結婚相手はレオと結婚するために大金を支払ったのだろうが、姉達夫婦のように、継続的な仕送りに協力してもらう必要がある。
故に、父は『誑かす』などと表現したのだ。
味のない食事を終え、自室に戻ったレオは姉二人から手紙が届いていることに気づく。
「……吐きそうだ」
ぽつりと出た愚痴。レオが弱音を吐けるのは、姉達の前だけだった。「見守っているよ」と言われている気がして、手紙を抱きしめる。
父の機嫌を取り、媚を売る生活にレオの体と心は疲弊していた。結婚した後も父に縛られ、搾取されて生きていく。物理的な距離を取れることがせめてもの救いだろう。
「媚を売る相手がすり替わっただけだな」
レオは自分の容姿が優れていることを知っていた。
艶のある黒髪、爽やかな空色の瞳はツリ気味で、睫毛は長め。眉毛は凛々しくも太すぎず、鼻筋は通り、薄い唇は紅を差したようだ。
彼の見目に釣られるのは異性だけでない。同性である男からも関心を寄せられ、誘われたことがある。
レオはこの先、自分の夫に媚を売り、男の腕の中で笑っていなければいけない。仕送りを許してもらえる程度の価値を夫に提供し続けなければならない。いや、その考え方は姉達に対して失礼だ。
「姉上達はそれでも幸せそうだった」
レオを心配させないため、という可能性も考えたが、話を聞く限り、レオの姉達は夫に愛され、お金にも困らない結婚生活を送っているらしい。
「俺も、姉上達みたいになれるかもしれない…」
何歳年上の男がレオを買ったのか知らないが、愛され、暴力もない場所にいられる未来だってあるのだ。それは、幸せなのかもしれない。少なくとも今よりは。
レオはお守りのように手紙を撫で、そっと息を吐く。
──しかし。
レオの期待は、すぐに裏切られることになる。
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