上 下
2 / 30

1

しおりを挟む
「レオ、お前の結婚相手が決まったぞ。お前は旦那を誑かして金を奪って来い。その顔なら簡単だろう?」

 柔和な笑みを浮かべる父親だが、楯突けばすぐに鞭でぶたれることはわかっていた。
 食卓には、父とレオ、そして三つの空席。執事は気配を殺して部屋の隅に佇んでいるだけで、父が暴力を振るってもレオを守ってくれるものはない。

「ああ、任せてくれ。きっと父上の役に立ってみせるよ」
「そうかそうか、お前は良い子だな」

 普段は食卓を共になんかしないのに。機嫌が良いと思えばコレだ。おかげで料理長が少ない予算の中で作った美味しいチキンも味がしない。
 巷で『金欠伯爵』と称されるレオの父親は、ギャンブルと酒に溺れ、元々あった家財を粗方売ってしまった。金を食い潰し、領民に重税を課し、更に足りないと知ると実の子供を商品のように結婚市場に流した。

 末っ子のレオだけはと姉二人が懇願したことで、当時十五だったレオは結婚しないで済んだものの、姉達は二回りも年齢が上の貴族と結婚することになった。それだけではない。レオを結婚させない対価として、毎月結婚先から金銭を送ってくれている。
 レオの立場は姉達に守られていた。
 しかし、二十歳になり、元々容姿の整っていたレオが男性の結婚適齢期を迎えると次々に条件の良い縁談が舞い込むようになる。

 姉達の努力よりも良い条件が舞い込めば、父は簡単に息子を売る。
 彼は、そういう人間だった。

 しかし、姉達の努力が徒労だったわけでもない。レオが父から逃げ家から出たいのを我慢して居座ったのも無駄ではない。
 レオは父の目を盗み、領民に課せられた重税を軽減することに成功した。文書の改竄、執事の買収、十五歳だったのレオの綱渡りは無事実を結んでいた。
 しかし、いつ父が気まぐれで税収を調査し、改竄工作に気づかないとも限らない。領民の為、父には今のように仕送りで満足してもらわねばならない。

 未婚で爵位もない、父の庇護下から出れば貴族でもないレオが領民のためにしてあげられることは限られている。一度気づかれれば再び税収に細工することはできないだろう。

 レオの結婚相手はレオと結婚するために大金を支払ったのだろうが、姉達夫婦のように、継続的な仕送りに協力してもらう必要がある。
 故に、父は『誑かす』などと表現したのだ。

 味のない食事を終え、自室に戻ったレオは姉二人から手紙が届いていることに気づく。

「……吐きそうだ」

 ぽつりと出た愚痴。レオが弱音を吐けるのは、姉達の前だけだった。「見守っているよ」と言われている気がして、手紙を抱きしめる。
 父の機嫌を取り、媚を売る生活にレオの体と心は疲弊していた。結婚した後も父に縛られ、搾取されて生きていく。物理的な距離を取れることがせめてもの救いだろう。

「媚を売る相手がすり替わっただけだな」

 レオは自分の容姿が優れていることを知っていた。
 艶のある黒髪、爽やかな空色の瞳はツリ気味で、睫毛は長め。眉毛は凛々しくも太すぎず、鼻筋は通り、薄い唇は紅を差したようだ。
 彼の見目に釣られるのは異性だけでない。同性である男からも関心を寄せられ、誘われたことがある。

 レオはこの先、自分の夫に媚を売り、男の腕の中で笑っていなければいけない。仕送りを許してもらえる程度の価値を夫に提供し続けなければならない。いや、その考え方は姉達に対して失礼だ。

「姉上達はそれでも幸せそうだった」

 レオを心配させないため、という可能性も考えたが、話を聞く限り、レオの姉達は夫に愛され、お金にも困らない結婚生活を送っているらしい。

「俺も、姉上達みたいになれるかもしれない…」

 何歳年上の男がレオを買ったのか知らないが、愛され、暴力もない場所にいられる未来だってあるのだ。それは、幸せなのかもしれない。少なくとも今よりは。

 レオはお守りのように手紙を撫で、そっと息を吐く。




 ──しかし。
 レオの期待は、すぐに裏切られることになる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

好きな人に迷惑をかけないために、店で初体験を終えた

和泉奏
BL
これで、きっと全部うまくいくはずなんだ。そうだろ?

貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話

タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。 叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……? エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。

【第1章完結】悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!

梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!? 【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】 ▼第2章2025年1月18日より投稿予定 ▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。 ▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

出世したいので愛は要りません

ふじの
BL
オメガのガブリエルはオメガらしい人生を歩む事が不満だった。出世を目論みオメガ初の官僚としてバリバリと働いていたは良いものの、些細な事で体調を崩す様になってしまう。それがきっかけで五年程前に利害の一致から愛の無い結婚をしたアルファである夫、フェリックスとの関係性が徐々に変わっていくのだった。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

シャルルは死んだ

ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。

前世が飼い猫だったので、今世もちゃんと飼って下さい

夜鳥すぱり
BL
黒猫のニャリスは、騎士のラクロア(20)の家の飼い猫。とってもとっても、飼い主のラクロアのことが大好きで、いつも一緒に過ごしていました。ある寒い日、メイドが何か怪しげな液体をラクロアが飲むワインへ入れているのを見たニャリスは、ラクロアに飲まないように訴えるが…… ◆明けましておめでとうございます。昨年度は色々ありがとうございました。今年もよろしくお願いします。あまりめでたくない暗い話を書いていますがそのうち明るくなる予定です。

処理中です...