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天罰を! 上
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じとじと。
じとじとじと。
それを見ているだけで。それの匂いを嗅いでいるだけで。
心のなかにたまっていく、黒くてドロドロした気持ち悪い感情。
「雨だ……」
「慈雨だ……」
「て、天は!我らを見捨ててはいなかったっ!」
号泣する農民。雨なのか涙なのかごちゃまぜになって何が何なのかわからなくなる。
わたしは、農民たちのもとを離れ、走る。逃げなくちゃ。逃げなくちゃ、つかまっちゃう。この雨の少ない国で雨が降ったということは、わたしが外にでたということ。
わたしが、逃げ出したということ。
はぁ、はぁ、はぁ……。
息がきれる。
嫌だ、戻りたくない。
「何をなさっているのです、天神様」
……あぁ。
絶望が、ふってくる。
逃げられないんだ、わたしは。わたしが外に出ると雨が降る。それでは、逃げてもすぐにバレてしまう。逃げられるわけがなかった。わたしは、わたしのもとにひざまづく父親と母親を眺めていた。
上から、見下ろしていた。
もう逃げようなんて希望は抱かない。天神扱いももう馴れた。三年前のわたしとは違うのだ。
「ほぉ……そなたが天神の化身だとかいう者か」
第三王子にひざまずきながら、わたしは早く終われと念じていた。公爵令嬢として過ごしてはいるものの、早いうちにわたしの噂は王宮に広がるとわかっていた。見せ物になるかもしれないし、奴隷のような真似をされるかもしれない。そう思うと背筋が震えたが、すでに人生は諦めている。何かあれば自害する覚悟だった。
「……」
王子の次の言葉を待つ。ひょっとしたら、わたしの人生を決めてしまうかもしれない王子の次の言葉を。
「ただの小娘ではないか……見たところ、私と同じくらいの年齢だ」
……は?
ビックリして、表情がひきつった。
わたしを小娘扱い……人間扱いしたのは、第三王子が初めてである。
「それに、可愛いではないか。ぼけっとした顔ではあるが」
かわっ……!?
……いや待て。
ぼけっと、って何?
ひどくない?っていうか悪口だよね?
「ぼけっとなんて失礼ね。わたしはいつでもシャッキリしているわ。シャキシャキよ」
なんか葉物野菜みたいだった。
「……あ、メリタ……」
青い顔をした父親が慌てたようにわたしのほうを見てオロオロしている。
いつでも困り顔で、眉が常に下がっている父親のほうをわたしはビシッと指差した。
「いい、そこの王子!ぼけっとなんて失礼よ。ぼけっとしているのは、この人!」
まさにぼけっと顔である。
わたしは本当のぼけっとを教えられてスッキリした気持ちになった。
バタン。
「わーーっ、旦那様ぁっ、お、お気を確かに!」
父親が倒れたらしい。メイドさんがわたわたと慌てていた。
気の毒だ。
「はぁ……あの人はメンタルが弱いから……」
こめかみをトントンと叩く母親の声を聞きながら、わたしは首をかしげる。
何かおかしなことをしただろうか。してない。じゃあ、わたしのせいじゃないな。よかった。
「う……」
「旦那様!」
幸いなことに目はすぐ覚めたようだ。まぁよかった。
「……メリタと言ったか?天神の化身よ」
はぁ。そうよ。シャキシャキのメリタよ。
「私と婚約しろ……私はお前が気に入った。愉快な奴だ」
……?
バタン。
「だ、旦那様ぁーーっ!?」
後ろを見なくても何が起こっているのかわかった。
もう、今度はしばらく目を覚まさないだろう。
「嫌です」
「メリタ、失礼がすぎます。これ以上はわたくしとあの人の首では足りません。失礼いたしました、ルンドグレン様」
母親がわたしを静かに見つめて王子のほうに向き直った。
首って……物騒な。
「よい。お主らの首もいらぬ」
「ルンドグレン様は寛大でいらっしゃる。ありがとう存じます」
深くお辞儀をする母親。社交は母親のほうが父親よりも数枚上手だと使用人が噂していたが、数枚どころではない気がした。父親がダメすぎやしないだろうか。
「だが、メリタはいただくぞ」
「ルンドグレン様に娘と婚約していただけるなんて……光栄の至りと存じます」
涼しい顔をしてとんでもないことを言いやがる。
「婚約なんて、嫌です」
わたしにだって、拒否権はあるはず。
だが、そんなわたしを少し見つめ、母親はニコリと微笑んだ。
「天神様、申し訳ありませんが、お父様の側に行っていただけませんか?」
有無を言わさぬ圧力に、わたしは口内の唾が全て蒸発したのかと思った。
マジ怖い。
「わたしは、嫌ですからね……無理矢理にすれば、貴方には天罰がくだるでしょう、王子」
天神扱いはものすごく嫌だったが、利用させてしまった。
それぐらいしか、わたしに抵抗できることはなかった。
天罰なんてものがあるのかはわからないが、少しくらい脅したっていいと思う。
わたしは悔し紛れの一言を残して、その場を去った。
後日。
わたしと第三王子の婚約が決定した。
じとじとじと。
それを見ているだけで。それの匂いを嗅いでいるだけで。
心のなかにたまっていく、黒くてドロドロした気持ち悪い感情。
「雨だ……」
「慈雨だ……」
「て、天は!我らを見捨ててはいなかったっ!」
号泣する農民。雨なのか涙なのかごちゃまぜになって何が何なのかわからなくなる。
わたしは、農民たちのもとを離れ、走る。逃げなくちゃ。逃げなくちゃ、つかまっちゃう。この雨の少ない国で雨が降ったということは、わたしが外にでたということ。
わたしが、逃げ出したということ。
はぁ、はぁ、はぁ……。
息がきれる。
嫌だ、戻りたくない。
「何をなさっているのです、天神様」
……あぁ。
絶望が、ふってくる。
逃げられないんだ、わたしは。わたしが外に出ると雨が降る。それでは、逃げてもすぐにバレてしまう。逃げられるわけがなかった。わたしは、わたしのもとにひざまづく父親と母親を眺めていた。
上から、見下ろしていた。
もう逃げようなんて希望は抱かない。天神扱いももう馴れた。三年前のわたしとは違うのだ。
「ほぉ……そなたが天神の化身だとかいう者か」
第三王子にひざまずきながら、わたしは早く終われと念じていた。公爵令嬢として過ごしてはいるものの、早いうちにわたしの噂は王宮に広がるとわかっていた。見せ物になるかもしれないし、奴隷のような真似をされるかもしれない。そう思うと背筋が震えたが、すでに人生は諦めている。何かあれば自害する覚悟だった。
「……」
王子の次の言葉を待つ。ひょっとしたら、わたしの人生を決めてしまうかもしれない王子の次の言葉を。
「ただの小娘ではないか……見たところ、私と同じくらいの年齢だ」
……は?
ビックリして、表情がひきつった。
わたしを小娘扱い……人間扱いしたのは、第三王子が初めてである。
「それに、可愛いではないか。ぼけっとした顔ではあるが」
かわっ……!?
……いや待て。
ぼけっと、って何?
ひどくない?っていうか悪口だよね?
「ぼけっとなんて失礼ね。わたしはいつでもシャッキリしているわ。シャキシャキよ」
なんか葉物野菜みたいだった。
「……あ、メリタ……」
青い顔をした父親が慌てたようにわたしのほうを見てオロオロしている。
いつでも困り顔で、眉が常に下がっている父親のほうをわたしはビシッと指差した。
「いい、そこの王子!ぼけっとなんて失礼よ。ぼけっとしているのは、この人!」
まさにぼけっと顔である。
わたしは本当のぼけっとを教えられてスッキリした気持ちになった。
バタン。
「わーーっ、旦那様ぁっ、お、お気を確かに!」
父親が倒れたらしい。メイドさんがわたわたと慌てていた。
気の毒だ。
「はぁ……あの人はメンタルが弱いから……」
こめかみをトントンと叩く母親の声を聞きながら、わたしは首をかしげる。
何かおかしなことをしただろうか。してない。じゃあ、わたしのせいじゃないな。よかった。
「う……」
「旦那様!」
幸いなことに目はすぐ覚めたようだ。まぁよかった。
「……メリタと言ったか?天神の化身よ」
はぁ。そうよ。シャキシャキのメリタよ。
「私と婚約しろ……私はお前が気に入った。愉快な奴だ」
……?
バタン。
「だ、旦那様ぁーーっ!?」
後ろを見なくても何が起こっているのかわかった。
もう、今度はしばらく目を覚まさないだろう。
「嫌です」
「メリタ、失礼がすぎます。これ以上はわたくしとあの人の首では足りません。失礼いたしました、ルンドグレン様」
母親がわたしを静かに見つめて王子のほうに向き直った。
首って……物騒な。
「よい。お主らの首もいらぬ」
「ルンドグレン様は寛大でいらっしゃる。ありがとう存じます」
深くお辞儀をする母親。社交は母親のほうが父親よりも数枚上手だと使用人が噂していたが、数枚どころではない気がした。父親がダメすぎやしないだろうか。
「だが、メリタはいただくぞ」
「ルンドグレン様に娘と婚約していただけるなんて……光栄の至りと存じます」
涼しい顔をしてとんでもないことを言いやがる。
「婚約なんて、嫌です」
わたしにだって、拒否権はあるはず。
だが、そんなわたしを少し見つめ、母親はニコリと微笑んだ。
「天神様、申し訳ありませんが、お父様の側に行っていただけませんか?」
有無を言わさぬ圧力に、わたしは口内の唾が全て蒸発したのかと思った。
マジ怖い。
「わたしは、嫌ですからね……無理矢理にすれば、貴方には天罰がくだるでしょう、王子」
天神扱いはものすごく嫌だったが、利用させてしまった。
それぐらいしか、わたしに抵抗できることはなかった。
天罰なんてものがあるのかはわからないが、少しくらい脅したっていいと思う。
わたしは悔し紛れの一言を残して、その場を去った。
後日。
わたしと第三王子の婚約が決定した。
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