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三年生の階を案内し終え、私たちが二階に降りようとしているときのことだった。
「……あっ」
シャーロットに見とれていた私はうっかり階段を踏み外してしまった。
「あぶなっ!」
「オーレリア!」
男たちは極めて紳士である。故に、私にような準モブの心配もしてくれる。……腕を組んでいたシャーロットまで落ちることを危惧してのことかもしれないが。
「……」
落ちる、と思っていたのに、私は力強く支えられていた。
可憐な笑みのシャーロットに。
そうだ。シャーロットは完璧ヒロインなのだ。運動神経抜群。私にような令嬢の一人くらい支えることができる。
勝ち誇った笑みで王子とナサニエルを眺めたシャーロットは、私を引き戻すと、再び腕を絡ませてきた。
「さぁ、行きましょ!」
もはや、この場でなにかを言える者など誰もいなかった。
それから、男性陣は悲壮な顔で、シャーロットは相変わらず悪魔を昇天させる勢いの笑顔で校舎を回ることになった。学園案内はできたが、私の利益を優先させたばかりに、恋の邪魔になってしまった。
私はキューピッドであって、障害ではない。
このゲームに障害となる悪役令嬢はいないが、親友役がそれを兼ねるわけではないだろうし。
「……はぁ」
帰りの馬車に乗り込み、私は一人反省会を行った。
明日はきっともっとうまくやる!
そう、決意した。そのときの私はまだ、翌日とんでもない騒ぎが起こるなど、想像すらすらしていなかった。
──翌朝。
ナサニエルと共に校門を潜ると、私のところへすごい勢いで人が詰めかけてきた。
「っ、何なんだ?」
ナサニエルが私を守るように立ってくれる。
その背中が思いの外大きくて、一瞬だけドキリとしてしまった。
危ない危ない。
「シルヴェスター伯爵令嬢と王子殿下が婚約したって本当なの!?」
「昼休みに楽しそうに話しているのを見たって!」
「殿下が恥ずかしそうに顔を赤らめて──」
わー。
凄い。
誤解に尾ひれがついてあらぬ方向に噂が独り歩きしてしまったんだろうな。
「……オーレリア?」
ナサニエルが困惑の表情で私を見つめている。
「誤解よ! 私と殿下は昨日話したのが初めてだし、勿論婚約なんてしていないわ!」
声を張り上げるものの、盛り上がったみんなはあれこれ言ってきて、中々収拾がつかなかった。殿下ががつんと言ってくれれば良いのに、なんでここにいないんだ。一介の伯爵令嬢に噂を打ち消す能力はない。
「っ、行くぞ!」
「あ!」
ナサニエルが私の手首をつかんで引っ張ってくれる。人ごみを縫うようにして走る。
ヒロインほどスペック高くないから転びそうだったけど、どうにか走りきった。教室にはシャーロットがいて、私を見ると泣きそうな表情を浮かべた。捨てられた猫みたい。
「あの噂って……」
「誤解よ。殿下と私はなんでもないわ。信じて」
安心したみたいで、シャーロットが私に抱きついてきた。おおよしよし、可愛いなあ。
王子が私と恋仲なのかもって心配だったのね。この様子なら王子、脈ありだよ!
ナサニエルは別のクラスだけど、わざわざ送ってくれてありがとうね。
「……本当に誤解みたいだな。アルフォード嬢、後は頼んだ。また昼休みに来る」
「ええ。頼まれたわ」
意思疏通はばっちりみたい。
二人は顔を見合わせて大きく頷いていた。
うーん、息ぴったり。
……ナサニエルとずっと一緒にいたのは、私……なのに、な。
……え?
待って。私何を考えているのよ!
これじゃ、私がナサニエルのこと──
はっとする。
シャーロットが私の顔をじっと見つめていた。
あわわわわ。シャーロットって自分へ向けられた好意以外には悟いんだよね。まずい。私がナサニエルのことを……。
その時。
また、噂を聞き付けて来たらしい人たちがこちらに走ってきた。
「ーーっ、教室も危険だわ。逃げて。ここは私が食い止める! 蟻一匹通さないわよ!」
仁王立ちしても美少女とは絵になるものだ。
ちょっぴり現実逃避をしていると、シャーロットが私の手を握りしめた。
「……私、オーレリアのことが大切なの。友達だから! だから、その……頑張って。ムカつくけど、二人はお似合いだと思う。でも、私はオーレリアたちが恋仲になっても離れないからね!」
囁くように告げられた内容に、私の頬に熱が集まる。
たぶん……シャーロットが好きなのは、さっきの反応からして王子殿下。
で、私を応援、って。
ちら、とナサニエルを見る。私を守るために頑張ってくれている、幼馴染みを見る。胸が高鳴って、ドキドキして。
「さぁ、いって!」
シャーロットに押される。
頭の中ではわかっていた。
シャーロットの「いって」は「行って」で。
きっと、乙女ゲームのヒロインなら、ここでヒーローと逃げて二人きりになって、ヒーローから告白されたりして。ロマンチックな雰囲気になるんだって。
でも、さっき恋心を自覚したばかりの私は焦っていた。
焦りすぎて、シャーロットの「いって」を「言って」と誤認するくらいには混乱していた。加えて私はどこをどうやってもヒロインではなく親友役だった。
「ナサニエル! 私、あなたのことが男性として好きみたいなの!」
考えていたことが、そのままぽろりと口から溢れる。
思いの外大きかったらしい声に、校舎は静まりかえる。
私たちを追っていた生徒はだるまさんが転んだよろしく固まってこちらを見ているし、シャーロットもその可愛い顔を驚愕の表情で埋めている。
私はというと……自分の口走ったことに気づいて急いで口を押さえたけど、言ってしまった言葉は取り消せない。恥ずかしくてたまらなくなって、俯く。ナサニエルの顔を見れない。あー、私はフラれるんだ。みんなの前で。だってナサニエルはシャーロットのことが……
「……俺も。俺も、お前が……オーレリアが好き」
「……え?」
想像していた言葉と違いすぎて、驚きのあまり顔を上げてしまう。
瞬間、優しい手で引き寄せられて、唇に何かが触れた。
すぐに離れたけど、今のがキスだってわかって、羞恥やらなにやらでおかしくなってしまいそうだった。
「ん? これは何の騒ぎだ?」
空気を読まない王子の乱入により、ひとまず皆の硬直は解け、同時に誤解も解けた。
こそばゆくって、恥ずかしくって、でも、……とても、幸せな日だった。
蛇足
王子「シャーロット。お前には俺だけを見てほしい…ダメか?」
シャ「ダメです」
「……あっ」
シャーロットに見とれていた私はうっかり階段を踏み外してしまった。
「あぶなっ!」
「オーレリア!」
男たちは極めて紳士である。故に、私にような準モブの心配もしてくれる。……腕を組んでいたシャーロットまで落ちることを危惧してのことかもしれないが。
「……」
落ちる、と思っていたのに、私は力強く支えられていた。
可憐な笑みのシャーロットに。
そうだ。シャーロットは完璧ヒロインなのだ。運動神経抜群。私にような令嬢の一人くらい支えることができる。
勝ち誇った笑みで王子とナサニエルを眺めたシャーロットは、私を引き戻すと、再び腕を絡ませてきた。
「さぁ、行きましょ!」
もはや、この場でなにかを言える者など誰もいなかった。
それから、男性陣は悲壮な顔で、シャーロットは相変わらず悪魔を昇天させる勢いの笑顔で校舎を回ることになった。学園案内はできたが、私の利益を優先させたばかりに、恋の邪魔になってしまった。
私はキューピッドであって、障害ではない。
このゲームに障害となる悪役令嬢はいないが、親友役がそれを兼ねるわけではないだろうし。
「……はぁ」
帰りの馬車に乗り込み、私は一人反省会を行った。
明日はきっともっとうまくやる!
そう、決意した。そのときの私はまだ、翌日とんでもない騒ぎが起こるなど、想像すらすらしていなかった。
──翌朝。
ナサニエルと共に校門を潜ると、私のところへすごい勢いで人が詰めかけてきた。
「っ、何なんだ?」
ナサニエルが私を守るように立ってくれる。
その背中が思いの外大きくて、一瞬だけドキリとしてしまった。
危ない危ない。
「シルヴェスター伯爵令嬢と王子殿下が婚約したって本当なの!?」
「昼休みに楽しそうに話しているのを見たって!」
「殿下が恥ずかしそうに顔を赤らめて──」
わー。
凄い。
誤解に尾ひれがついてあらぬ方向に噂が独り歩きしてしまったんだろうな。
「……オーレリア?」
ナサニエルが困惑の表情で私を見つめている。
「誤解よ! 私と殿下は昨日話したのが初めてだし、勿論婚約なんてしていないわ!」
声を張り上げるものの、盛り上がったみんなはあれこれ言ってきて、中々収拾がつかなかった。殿下ががつんと言ってくれれば良いのに、なんでここにいないんだ。一介の伯爵令嬢に噂を打ち消す能力はない。
「っ、行くぞ!」
「あ!」
ナサニエルが私の手首をつかんで引っ張ってくれる。人ごみを縫うようにして走る。
ヒロインほどスペック高くないから転びそうだったけど、どうにか走りきった。教室にはシャーロットがいて、私を見ると泣きそうな表情を浮かべた。捨てられた猫みたい。
「あの噂って……」
「誤解よ。殿下と私はなんでもないわ。信じて」
安心したみたいで、シャーロットが私に抱きついてきた。おおよしよし、可愛いなあ。
王子が私と恋仲なのかもって心配だったのね。この様子なら王子、脈ありだよ!
ナサニエルは別のクラスだけど、わざわざ送ってくれてありがとうね。
「……本当に誤解みたいだな。アルフォード嬢、後は頼んだ。また昼休みに来る」
「ええ。頼まれたわ」
意思疏通はばっちりみたい。
二人は顔を見合わせて大きく頷いていた。
うーん、息ぴったり。
……ナサニエルとずっと一緒にいたのは、私……なのに、な。
……え?
待って。私何を考えているのよ!
これじゃ、私がナサニエルのこと──
はっとする。
シャーロットが私の顔をじっと見つめていた。
あわわわわ。シャーロットって自分へ向けられた好意以外には悟いんだよね。まずい。私がナサニエルのことを……。
その時。
また、噂を聞き付けて来たらしい人たちがこちらに走ってきた。
「ーーっ、教室も危険だわ。逃げて。ここは私が食い止める! 蟻一匹通さないわよ!」
仁王立ちしても美少女とは絵になるものだ。
ちょっぴり現実逃避をしていると、シャーロットが私の手を握りしめた。
「……私、オーレリアのことが大切なの。友達だから! だから、その……頑張って。ムカつくけど、二人はお似合いだと思う。でも、私はオーレリアたちが恋仲になっても離れないからね!」
囁くように告げられた内容に、私の頬に熱が集まる。
たぶん……シャーロットが好きなのは、さっきの反応からして王子殿下。
で、私を応援、って。
ちら、とナサニエルを見る。私を守るために頑張ってくれている、幼馴染みを見る。胸が高鳴って、ドキドキして。
「さぁ、いって!」
シャーロットに押される。
頭の中ではわかっていた。
シャーロットの「いって」は「行って」で。
きっと、乙女ゲームのヒロインなら、ここでヒーローと逃げて二人きりになって、ヒーローから告白されたりして。ロマンチックな雰囲気になるんだって。
でも、さっき恋心を自覚したばかりの私は焦っていた。
焦りすぎて、シャーロットの「いって」を「言って」と誤認するくらいには混乱していた。加えて私はどこをどうやってもヒロインではなく親友役だった。
「ナサニエル! 私、あなたのことが男性として好きみたいなの!」
考えていたことが、そのままぽろりと口から溢れる。
思いの外大きかったらしい声に、校舎は静まりかえる。
私たちを追っていた生徒はだるまさんが転んだよろしく固まってこちらを見ているし、シャーロットもその可愛い顔を驚愕の表情で埋めている。
私はというと……自分の口走ったことに気づいて急いで口を押さえたけど、言ってしまった言葉は取り消せない。恥ずかしくてたまらなくなって、俯く。ナサニエルの顔を見れない。あー、私はフラれるんだ。みんなの前で。だってナサニエルはシャーロットのことが……
「……俺も。俺も、お前が……オーレリアが好き」
「……え?」
想像していた言葉と違いすぎて、驚きのあまり顔を上げてしまう。
瞬間、優しい手で引き寄せられて、唇に何かが触れた。
すぐに離れたけど、今のがキスだってわかって、羞恥やらなにやらでおかしくなってしまいそうだった。
「ん? これは何の騒ぎだ?」
空気を読まない王子の乱入により、ひとまず皆の硬直は解け、同時に誤解も解けた。
こそばゆくって、恥ずかしくって、でも、……とても、幸せな日だった。
蛇足
王子「シャーロット。お前には俺だけを見てほしい…ダメか?」
シャ「ダメです」
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