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はじまりの一日

第十六話 兄弟

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「入るぞ」

 俺がその部屋に入ると、フレデリックは放心状態だった。

「兄、様?」

 その両手には、手錠がはめられている。反魔力の道具で、魔法が使えないようにするものだが、俺はこんなもの、おもちゃでしかないと思う。

 あれほどの魔力の持ち主なら、こんな手錠は気休めにもならない。
 一瞬で破壊できるものだろう。

「悪いな。お前は何も悪くないのに」

「いいえ。俺、できるだけ冷静にしていたつもりなんですけどね。エリザベートだけは、だめだったみたいです」

 苦笑するフレデリックは、やけに大人びて見えた。

「エリザベートと一緒にいるときのお前に違和感を覚えた。……だが、確信した。どういうわけか、お前はエリザベートに嫌われようとしているようだな」

 フレデリックは、目をしばたたかせると、疲れたように肩をすくませた。

「まぁ、そうですね」

 その瞳は、もう何かを諦めているようで、どこか遠くを見ていた。
 昔からおかしな子だった。
 何かを悟ったように、なにもかも俺に譲って。何でも俺よりできるのに、俺ばかり立てて。

「演技してるのか」

「はい」

 演技し始めたのは、いつからなのだろう。
 流石に、さっきエリザベートが言っていた会ったときからということはないだろうが。

「この結婚は、政略結婚ということにする必要があるんです。愛のある結婚だなんて、思われちゃいけないんですよ」

 だから、無理に嫌われようとしているのか。
 たまらなく、好きなのに。
 エリザベートのことが好きなのに。

「その、理由は」

 無言で微笑まれる。
 わかっていたけど、話すつもりはないらしい。

「いつもお前は、全て自分で抱えるよな」

 凡才の俺にはこの弟の考えていることがわからなくて。

「あはは。嫌な弟ですね」

 俺は、とっさに話題を変えた。

「そういえば、なんでエリザベートが好きなんだ?」

 強引だったろうか。
 気づかれたかもしれない。
 いや、気づかれた。
 嫌な弟。
 俺は、フレデリックのことをそう思っているのか?
 わからない。
 わからないし、考えたくもなかった。
 自分の汚いところなんて、見たくなかった。

「そうですね、エリザベートは……俺にはないものを持っているから、でしょうかね」

 この、どこまでも意味深な弟に、俺は何も言えない。

「しばらくしたら出してやれる。それまで待っていてくれ」

「わかりました……エリザベートは、無事ですか?」

 俺は、小さく頷く。

「ああ」

 心のなかで、少なくとも、体はな、と付け加えた。
 もう1つ、心配なことがあった。
 それはおそらく、もっと近い問題だ。
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