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第四章 婚約パーティー
様付け
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「ーー好きだとは、伝えない」
静かな決意を湛えた黄金の瞳。
それは、俺が即興で考えた説得の言葉程度じゃ揺るがないことはわかった。
ーーでも。
「なん、で」
あふれでる疑問をぶつけなければ、気がすまない。
「困らせたくないんだ。リーナ様が幸せならいい。気づいたばかりのすきを伝えて、彼女を困惑させるくらいなら、僕はこの恋をなかったことにする」
恋をなかったことにする。
ーーそんなの。
悲しい。
「その様付けやめろよ! 気づいてるか、カルシュ兄! そうやって、様付けすることでリーナを神聖視して、自分には届かない存在だって無理矢理自分を納得させてるんだぞ!」
心が、痛いと悲鳴をあげている。
自分のものじゃない痛み。
だけどーー悲しいほどに伝わってきてしまう、痛み。
目をそらし続けていたけど、ようやく恋に目覚めたら。
彼女にはすでに婚約者がいて、前までは隣にいることもできたのに、公爵令嬢になってしまった彼女の目に。
映ることすら難しくなった自分。
しかも、リーナは好かれているし、彼女を好きだと言う人が、簡単に彼女を手放すとは思えない。だからってーー奪ってしまうこともできない。貴族を誘拐することは、即死刑になる大罪だ。
ルーカスのような特殊な立場ならともかく、平民。それも実質奴隷であるような獣人となれば。
最悪、親族もろとも抹殺される。
カルシュに血縁はいないが、廃墟に暮らす兄弟姉妹を巻き込む可能性を孕んだ賭けに、カルシュが乗るとも思えない。俺たちはカルシュの足枷だ。
もしくは、怪しい薬で知能を奪われただの獣に成り果てる。
そんな、成り果てた惨めな姿を恋焦がれる相手に見られるかもしれない。
ーーまさに、絶望的。
もっと早く恋に気づいていればと悔やむことすらバカバカしい。
気づいていたらどうなるというのだ。彼女が復讐を掲げる限り、遅かれ早かれ貴族となり、届かぬ存在になっていたことは明白。人を引き寄せる魅力のあり、努力も怠らない彼女がひとつのことを志せば、叶わないはずがないのだから。
「もともとーー叶わない恋だったんだ」
驚くほど穏やかな声。
聞きたくない。
そんな声、聞きたくない。
だって、それは。
自分の痛みを癒すための自分を慰める言葉でも、すっきりと諦めた言葉でもない。
未練タラタラで、胸がズキズキと痛むくせに。
カルシュ兄は兄らしく、出来の悪い弟をーー俺を。
励ましているんだから。
「カルシュ兄ッ」
幸せになってほしい。
ーーこんなに素敵な人が、幸せにならないなんて、この世界はどうかしている。
俺を慰める言葉を紡ごうとした唇を止めるため、勢いよく抱きついた。
「ーーもう、何も言わないで」
これ以上。
俺を慰めるために、自分で自分を傷つけないで。
「ーーうん。思ったよりも、大丈夫みたいだ。僕はひとりじゃないから。みんながいるから」
くしゃりと俺の頭を撫でる。
ごつごつした手があたって、自分の手ももうじきああなるんだと思った。
カルシュ兄は、恋をなかったことにしようとしている。
いつもみたいに、みんなが傷つかないように、自分を傷つけて。
やめてほしいと言いたいのに、届かない。
家族なのに、兄弟なのに。俺ごときの言葉じゃ、カルシュ兄の殻を壊せない。
「俺が、いるよ。俺はカルシュ兄の味方だから……」
「ありがとう、レノ。僕も、みんなの味方だよ」
味方、の。
重みがーー違う。
涙が、こぼれそうになる。
うまくいかないから泣くなんて、まるで聞き分けのない子供みたいだ。
必死にこらえながら、廃墟を指す。
「急に連れ出してごめんーー戻ろ。家に」
カルシュ兄は頷いた。
優しく、優しく、どこまでも強い瞳。
その奥底に、殻をかぶった弱いカルシュ兄がいるはずなのに。
そいつはなかなか顔を出さない。
「そうだね、戻ろうか」
その声は、どこか悲壮な響きがあった。
静かな決意を湛えた黄金の瞳。
それは、俺が即興で考えた説得の言葉程度じゃ揺るがないことはわかった。
ーーでも。
「なん、で」
あふれでる疑問をぶつけなければ、気がすまない。
「困らせたくないんだ。リーナ様が幸せならいい。気づいたばかりのすきを伝えて、彼女を困惑させるくらいなら、僕はこの恋をなかったことにする」
恋をなかったことにする。
ーーそんなの。
悲しい。
「その様付けやめろよ! 気づいてるか、カルシュ兄! そうやって、様付けすることでリーナを神聖視して、自分には届かない存在だって無理矢理自分を納得させてるんだぞ!」
心が、痛いと悲鳴をあげている。
自分のものじゃない痛み。
だけどーー悲しいほどに伝わってきてしまう、痛み。
目をそらし続けていたけど、ようやく恋に目覚めたら。
彼女にはすでに婚約者がいて、前までは隣にいることもできたのに、公爵令嬢になってしまった彼女の目に。
映ることすら難しくなった自分。
しかも、リーナは好かれているし、彼女を好きだと言う人が、簡単に彼女を手放すとは思えない。だからってーー奪ってしまうこともできない。貴族を誘拐することは、即死刑になる大罪だ。
ルーカスのような特殊な立場ならともかく、平民。それも実質奴隷であるような獣人となれば。
最悪、親族もろとも抹殺される。
カルシュに血縁はいないが、廃墟に暮らす兄弟姉妹を巻き込む可能性を孕んだ賭けに、カルシュが乗るとも思えない。俺たちはカルシュの足枷だ。
もしくは、怪しい薬で知能を奪われただの獣に成り果てる。
そんな、成り果てた惨めな姿を恋焦がれる相手に見られるかもしれない。
ーーまさに、絶望的。
もっと早く恋に気づいていればと悔やむことすらバカバカしい。
気づいていたらどうなるというのだ。彼女が復讐を掲げる限り、遅かれ早かれ貴族となり、届かぬ存在になっていたことは明白。人を引き寄せる魅力のあり、努力も怠らない彼女がひとつのことを志せば、叶わないはずがないのだから。
「もともとーー叶わない恋だったんだ」
驚くほど穏やかな声。
聞きたくない。
そんな声、聞きたくない。
だって、それは。
自分の痛みを癒すための自分を慰める言葉でも、すっきりと諦めた言葉でもない。
未練タラタラで、胸がズキズキと痛むくせに。
カルシュ兄は兄らしく、出来の悪い弟をーー俺を。
励ましているんだから。
「カルシュ兄ッ」
幸せになってほしい。
ーーこんなに素敵な人が、幸せにならないなんて、この世界はどうかしている。
俺を慰める言葉を紡ごうとした唇を止めるため、勢いよく抱きついた。
「ーーもう、何も言わないで」
これ以上。
俺を慰めるために、自分で自分を傷つけないで。
「ーーうん。思ったよりも、大丈夫みたいだ。僕はひとりじゃないから。みんながいるから」
くしゃりと俺の頭を撫でる。
ごつごつした手があたって、自分の手ももうじきああなるんだと思った。
カルシュ兄は、恋をなかったことにしようとしている。
いつもみたいに、みんなが傷つかないように、自分を傷つけて。
やめてほしいと言いたいのに、届かない。
家族なのに、兄弟なのに。俺ごときの言葉じゃ、カルシュ兄の殻を壊せない。
「俺が、いるよ。俺はカルシュ兄の味方だから……」
「ありがとう、レノ。僕も、みんなの味方だよ」
味方、の。
重みがーー違う。
涙が、こぼれそうになる。
うまくいかないから泣くなんて、まるで聞き分けのない子供みたいだ。
必死にこらえながら、廃墟を指す。
「急に連れ出してごめんーー戻ろ。家に」
カルシュ兄は頷いた。
優しく、優しく、どこまでも強い瞳。
その奥底に、殻をかぶった弱いカルシュ兄がいるはずなのに。
そいつはなかなか顔を出さない。
「そうだね、戻ろうか」
その声は、どこか悲壮な響きがあった。
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