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大波乱の社交界
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「僕は、ローゼと婚約破棄し、ヨハンナと結婚する!」
さっきまでざわついていた会場が、水をうったように静かになる。
緊張がはしる会場内で、賓客はローゼ、ヨハンナ、ローゼの元婚約者を固唾を呑んで見守っている。わたしは、ゴクリと唾を呑み込み、教えられた通り優雅に微笑む。
「それはおめでたいことですわ。結婚おめでとうございます」
結婚なんてしたことがないけど、きっと素敵なものなんだろう。
羨望の眼差しで二人を見ていると、元婚約者のほうはなぜか脱力したように、ヨハンナのほうは思いっきり睨んでわたしを見てきた。
これ以上、何をどうしろというのだ。
「その……ローゼは、それでいいのか?」
沈黙を破ったのは元婚約者だった。
相変わらず顔はいいし頭も回る。人間として、尊敬できる人だと思う。
「何がですか?」
全くわからない、と首をかしげると、いらついたようにヨハンナがわたしに教えてくれた。
わたしがトロいから、イライラさせてしまったのかもしれない。
「ホルストに尊敬してる、カッコいいとおっしゃっていたと聞きました。わたくしも、貴女からホルストを取り上げてしまって申し訳ないと思っていますの」
なぜか勝ち誇ったような顔をするヨハンナ。
ホルストもわからないけどヨハンナもわからない。
「ええと、確かに尊敬してはいますが」
それが何か?と続けようとしたのだが、それを続けさせまいというように、わざとらしくホルストが咳払いした。
「これ以上は僕の恥になる。ヨハンナ、少し我慢してくれ」
ぷっくりとした薄桃色の唇をかみ、渋々といった風にヨハンナが頷く。
そして、また再び会場はざわめきだす。わたしは、また不安になった。どうしたらいいのだろう。こういうときって。会場の真ん中で突っ立ってしまってはいるが、エスコートしてくれる男性もいない。
幼い頃からホルストに任せっきりだったので、社交のことはよくわからない。空気が読めないから、大きな失敗をするくらいならホルストに任せなさいと言い含められていたのだと、今釈明しても誰も聞く耳を持たないだろう。
「こっち」
すると、見慣れない男性がわたしの手をすくいあげるように取って、壁のほうへとエスコートしてくれた。
足がはやくてエスコートというよりは連行されているような感覚だったけれど、ひとまず助かった。
「どうもありがとう」
「あんた、ほんとバカだな」
バカ?
ようやく元通りになったばかりの会場が、再び静かになる。それというのも、その男性の声が大きいせいなのだった。
ここまで大衆の面前ではっきりと罵倒されたのは初めてだったので、対応に困る。
怒っていいのか、泣いたほうがいいのか、笑ったほうがいいのか。
誰かマニュアルを持ってきて、と叫びたい。
でも、とりあえず波風を立てないためには柔らかく肯定するのが一番だとお母様に教えてもらったことを頭の片隅から引っ張り出した。
「ええと、確かにそうですわね」
それに加え、優雅な微笑。
よし、自己採点は百点満点だ。
「ぶっ、あはははははははっ」
静まり返った会場に響く笑い声。んー、これ、わたしも笑ったほうがいいのかな。
「うふふふふ」
「お前、面白いな!」
とりあえず困ったら肯定。肯定するときに、その人の言葉を繰り返すとちゃんと聞いてるってアピールになるらしいから……。
「ええ、面白いです」
どーよ。
わたしだってやれば社交ぐらいできちゃうのよ。
「気に入った。俺様の嫁にしてやる!」
肯定肯定っと。
こんなのちょちょいのちょいよっ。
「ええ、そうですね」
……うん?
今、なんとおっしゃいました?
オレサマノヨメニシテヤル?
「これでお前は、ノルデェンシェルドの王妃だ!お前、名前はなんという?」
ノルデェンシェルド?
それって、もしかしなくても隣の王国の名前ですよね?
「ま、間違えましたっ、プロポーズだとは思わずつい肯定してしまいましたっ、すみません、わたしには重すぎる荷ですからご遠慮させていただきたくっ」
あわあわと弁解を始めようとするわたしの手首を男性ががしっと掴む。
痛くはないが、強い。
「もう決定したことだ。言っただろう?俺様は気に入ったものは全て手に入れないと気がすまないんだよ。潰されたくなけりゃ、結婚するんだな。名乗れ」
うへーん。
放っておいてくれないかなぁ。
「わたしの手首くらい潰されてもいいです」
わたしが覚悟を決めてそう言うと、その男性はいたずらっぽくサファイアのような瞳をきらめかせた。
「お前の白磁のように美しい手首を潰すわけないだろう、お前の国ごと潰してでも奪ってやるよ」
どこまでが本気なのかわからない。会場には緊張が走った。わたしでもわかるほどのピリピリ具合だった。
空気を読んだのではなく、もう全員が憤怒の表情だったのでわかっただけだが。
同時に、褒められて嬉しいという気持ちもあったので、わたしはとりあえず名乗ることにした。国を潰すというのが本気か冗談かはわからないが、本気だったらまずい。
「わたしは、ローゼ」
「ローゼか、いい名前だ。俺様はティム」
記憶の彼方で習った記憶がある名前だった。どうやら、彼は本当にノルデェンシェルドの王子らしい。
「ローゼ」
わたしは、家の名前を名乗らなかった。なぜかというと、家の名前を知られたくなかったとかそういうことではなく、単に長くて舌を噛むのが嫌だからである。
しかし、それが災いしたのだろう。
短くそう呼んできたティムは、吐息のかかる距離まで間をつめてきた。
なんだか居心地が悪くなって、身じろきしようとするが、いつの間にか抱き寄せられていて逃げられない。
「ーー目をつむれ、流石にやりにくい」
何が?
「ちょっと、離してください。わたし、さっきケーキを食べたばかりなんです。何をするつもりか存じませんけど、ここまで近づかれるとなぜかドキドキして吐きそうです」
一瞬にして、緊張の糸が切れた会場内。
「近づかれるとドキドキする、な。お前は本当に面白い。俺様がお前の唇を奪ってやるから覚悟しておけよ」
あれ?
さっきプロポーズされたと思ったら宣戦布告されたのですが。
どういう展開になったのか、どうしてティムがそんな気になったのかあとでお母様に聞いてみなくちゃ……。
さっきまでざわついていた会場が、水をうったように静かになる。
緊張がはしる会場内で、賓客はローゼ、ヨハンナ、ローゼの元婚約者を固唾を呑んで見守っている。わたしは、ゴクリと唾を呑み込み、教えられた通り優雅に微笑む。
「それはおめでたいことですわ。結婚おめでとうございます」
結婚なんてしたことがないけど、きっと素敵なものなんだろう。
羨望の眼差しで二人を見ていると、元婚約者のほうはなぜか脱力したように、ヨハンナのほうは思いっきり睨んでわたしを見てきた。
これ以上、何をどうしろというのだ。
「その……ローゼは、それでいいのか?」
沈黙を破ったのは元婚約者だった。
相変わらず顔はいいし頭も回る。人間として、尊敬できる人だと思う。
「何がですか?」
全くわからない、と首をかしげると、いらついたようにヨハンナがわたしに教えてくれた。
わたしがトロいから、イライラさせてしまったのかもしれない。
「ホルストに尊敬してる、カッコいいとおっしゃっていたと聞きました。わたくしも、貴女からホルストを取り上げてしまって申し訳ないと思っていますの」
なぜか勝ち誇ったような顔をするヨハンナ。
ホルストもわからないけどヨハンナもわからない。
「ええと、確かに尊敬してはいますが」
それが何か?と続けようとしたのだが、それを続けさせまいというように、わざとらしくホルストが咳払いした。
「これ以上は僕の恥になる。ヨハンナ、少し我慢してくれ」
ぷっくりとした薄桃色の唇をかみ、渋々といった風にヨハンナが頷く。
そして、また再び会場はざわめきだす。わたしは、また不安になった。どうしたらいいのだろう。こういうときって。会場の真ん中で突っ立ってしまってはいるが、エスコートしてくれる男性もいない。
幼い頃からホルストに任せっきりだったので、社交のことはよくわからない。空気が読めないから、大きな失敗をするくらいならホルストに任せなさいと言い含められていたのだと、今釈明しても誰も聞く耳を持たないだろう。
「こっち」
すると、見慣れない男性がわたしの手をすくいあげるように取って、壁のほうへとエスコートしてくれた。
足がはやくてエスコートというよりは連行されているような感覚だったけれど、ひとまず助かった。
「どうもありがとう」
「あんた、ほんとバカだな」
バカ?
ようやく元通りになったばかりの会場が、再び静かになる。それというのも、その男性の声が大きいせいなのだった。
ここまで大衆の面前ではっきりと罵倒されたのは初めてだったので、対応に困る。
怒っていいのか、泣いたほうがいいのか、笑ったほうがいいのか。
誰かマニュアルを持ってきて、と叫びたい。
でも、とりあえず波風を立てないためには柔らかく肯定するのが一番だとお母様に教えてもらったことを頭の片隅から引っ張り出した。
「ええと、確かにそうですわね」
それに加え、優雅な微笑。
よし、自己採点は百点満点だ。
「ぶっ、あはははははははっ」
静まり返った会場に響く笑い声。んー、これ、わたしも笑ったほうがいいのかな。
「うふふふふ」
「お前、面白いな!」
とりあえず困ったら肯定。肯定するときに、その人の言葉を繰り返すとちゃんと聞いてるってアピールになるらしいから……。
「ええ、面白いです」
どーよ。
わたしだってやれば社交ぐらいできちゃうのよ。
「気に入った。俺様の嫁にしてやる!」
肯定肯定っと。
こんなのちょちょいのちょいよっ。
「ええ、そうですね」
……うん?
今、なんとおっしゃいました?
オレサマノヨメニシテヤル?
「これでお前は、ノルデェンシェルドの王妃だ!お前、名前はなんという?」
ノルデェンシェルド?
それって、もしかしなくても隣の王国の名前ですよね?
「ま、間違えましたっ、プロポーズだとは思わずつい肯定してしまいましたっ、すみません、わたしには重すぎる荷ですからご遠慮させていただきたくっ」
あわあわと弁解を始めようとするわたしの手首を男性ががしっと掴む。
痛くはないが、強い。
「もう決定したことだ。言っただろう?俺様は気に入ったものは全て手に入れないと気がすまないんだよ。潰されたくなけりゃ、結婚するんだな。名乗れ」
うへーん。
放っておいてくれないかなぁ。
「わたしの手首くらい潰されてもいいです」
わたしが覚悟を決めてそう言うと、その男性はいたずらっぽくサファイアのような瞳をきらめかせた。
「お前の白磁のように美しい手首を潰すわけないだろう、お前の国ごと潰してでも奪ってやるよ」
どこまでが本気なのかわからない。会場には緊張が走った。わたしでもわかるほどのピリピリ具合だった。
空気を読んだのではなく、もう全員が憤怒の表情だったのでわかっただけだが。
同時に、褒められて嬉しいという気持ちもあったので、わたしはとりあえず名乗ることにした。国を潰すというのが本気か冗談かはわからないが、本気だったらまずい。
「わたしは、ローゼ」
「ローゼか、いい名前だ。俺様はティム」
記憶の彼方で習った記憶がある名前だった。どうやら、彼は本当にノルデェンシェルドの王子らしい。
「ローゼ」
わたしは、家の名前を名乗らなかった。なぜかというと、家の名前を知られたくなかったとかそういうことではなく、単に長くて舌を噛むのが嫌だからである。
しかし、それが災いしたのだろう。
短くそう呼んできたティムは、吐息のかかる距離まで間をつめてきた。
なんだか居心地が悪くなって、身じろきしようとするが、いつの間にか抱き寄せられていて逃げられない。
「ーー目をつむれ、流石にやりにくい」
何が?
「ちょっと、離してください。わたし、さっきケーキを食べたばかりなんです。何をするつもりか存じませんけど、ここまで近づかれるとなぜかドキドキして吐きそうです」
一瞬にして、緊張の糸が切れた会場内。
「近づかれるとドキドキする、な。お前は本当に面白い。俺様がお前の唇を奪ってやるから覚悟しておけよ」
あれ?
さっきプロポーズされたと思ったら宣戦布告されたのですが。
どういう展開になったのか、どうしてティムがそんな気になったのかあとでお母様に聞いてみなくちゃ……。
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