空気読めない系令嬢、婚約破棄のち空気読まない系王子に溺愛される。

真咲

文字の大きさ
上 下
1 / 1

大波乱の社交界

しおりを挟む
「僕は、ローゼと婚約破棄し、ヨハンナと結婚する!」

 さっきまでざわついていた会場が、水をうったように静かになる。
 緊張がはしる会場内で、賓客はローゼ、ヨハンナ、ローゼの元婚約者を固唾を呑んで見守っている。わたしは、ゴクリと唾を呑み込み、教えられた通り優雅に微笑む。

「それはおめでたいことですわ。結婚おめでとうございます」

 結婚なんてしたことがないけど、きっと素敵なものなんだろう。
 羨望の眼差しで二人を見ていると、元婚約者のほうはなぜか脱力したように、ヨハンナのほうは思いっきり睨んでわたしを見てきた。

 これ以上、何をどうしろというのだ。

「その……ローゼは、それでいいのか?」

 沈黙を破ったのは元婚約者だった。
 相変わらず顔はいいし頭も回る。人間として、尊敬できる人だと思う。

「何がですか?」

 全くわからない、と首をかしげると、いらついたようにヨハンナがわたしに教えてくれた。
 わたしがトロいから、イライラさせてしまったのかもしれない。

「ホルストに尊敬してる、カッコいいとおっしゃっていたと聞きました。わたくしも、貴女からホルストを取り上げてしまって申し訳ないと思っていますの」

 なぜか勝ち誇ったような顔をするヨハンナ。
 ホルストもわからないけどヨハンナもわからない。

「ええと、確かに尊敬してはいますが」

 それが何か?と続けようとしたのだが、それを続けさせまいというように、わざとらしくホルストが咳払いした。

「これ以上は僕の恥になる。ヨハンナ、少し我慢してくれ」

 ぷっくりとした薄桃色の唇をかみ、渋々といった風にヨハンナが頷く。

 そして、また再び会場はざわめきだす。わたしは、また不安になった。どうしたらいいのだろう。こういうときって。会場の真ん中で突っ立ってしまってはいるが、エスコートしてくれる男性もいない。

 幼い頃からホルストに任せっきりだったので、社交のことはよくわからない。空気が読めないから、大きな失敗をするくらいならホルストに任せなさいと言い含められていたのだと、今釈明しても誰も聞く耳を持たないだろう。

「こっち」

 すると、見慣れない男性がわたしの手をすくいあげるように取って、壁のほうへとエスコートしてくれた。

 足がはやくてエスコートというよりは連行されているような感覚だったけれど、ひとまず助かった。

「どうもありがとう」

「あんた、ほんとバカだな」

 バカ?
 ようやく元通りになったばかりの会場が、再び静かになる。それというのも、その男性の声が大きいせいなのだった。

 ここまで大衆の面前ではっきりと罵倒されたのは初めてだったので、対応に困る。
 怒っていいのか、泣いたほうがいいのか、笑ったほうがいいのか。

 誰かマニュアルを持ってきて、と叫びたい。

 でも、とりあえず波風を立てないためには柔らかく肯定するのが一番だとお母様に教えてもらったことを頭の片隅から引っ張り出した。

「ええと、確かにそうですわね」

 それに加え、優雅な微笑。
 よし、自己採点は百点満点だ。

「ぶっ、あはははははははっ」

 静まり返った会場に響く笑い声。んー、これ、わたしも笑ったほうがいいのかな。

「うふふふふ」

「お前、面白いな!」

 とりあえず困ったら肯定。肯定するときに、その人の言葉を繰り返すとちゃんと聞いてるってアピールになるらしいから……。

「ええ、面白いです」

 どーよ。
 わたしだってやれば社交ぐらいできちゃうのよ。

「気に入った。俺様の嫁にしてやる!」

 肯定肯定っと。
 こんなのちょちょいのちょいよっ。

「ええ、そうですね」

 ……うん?
 今、なんとおっしゃいました?
 オレサマノヨメニシテヤル?

「これでお前は、ノルデェンシェルドの王妃だ!お前、名前はなんという?」

 ノルデェンシェルド?
 それって、もしかしなくても隣の王国の名前ですよね?

「ま、間違えましたっ、プロポーズだとは思わずつい肯定してしまいましたっ、すみません、わたしには重すぎる荷ですからご遠慮させていただきたくっ」

 あわあわと弁解を始めようとするわたしの手首を男性ががしっと掴む。
 痛くはないが、強い。

「もう決定したことだ。言っただろう?俺様は気に入ったものは全て手に入れないと気がすまないんだよ。潰されたくなけりゃ、結婚するんだな。名乗れ」

 うへーん。
 放っておいてくれないかなぁ。

「わたしの手首くらい潰されてもいいです」

 わたしが覚悟を決めてそう言うと、その男性はいたずらっぽくサファイアのような瞳をきらめかせた。

「お前の白磁のように美しい手首を潰すわけないだろう、お前の国ごと潰してでも奪ってやるよ」

 どこまでが本気なのかわからない。会場には緊張が走った。わたしでもわかるほどのピリピリ具合だった。

 空気を読んだのではなく、もう全員が憤怒の表情だったのでわかっただけだが。

 同時に、褒められて嬉しいという気持ちもあったので、わたしはとりあえず名乗ることにした。国を潰すというのが本気か冗談かはわからないが、本気だったらまずい。

「わたしは、ローゼ」

「ローゼか、いい名前だ。俺様はティム」

 記憶の彼方で習った記憶がある名前だった。どうやら、彼は本当にノルデェンシェルドの王子らしい。

「ローゼ」

 わたしは、家の名前を名乗らなかった。なぜかというと、家の名前を知られたくなかったとかそういうことではなく、単に長くて舌を噛むのが嫌だからである。

 しかし、それが災いしたのだろう。
 短くそう呼んできたティムは、吐息のかかる距離まで間をつめてきた。

 なんだか居心地が悪くなって、身じろきしようとするが、いつの間にか抱き寄せられていて逃げられない。

「ーー目をつむれ、流石にやりにくい」

 何が?

「ちょっと、離してください。わたし、さっきケーキを食べたばかりなんです。何をするつもりか存じませんけど、ここまで近づかれるとなぜかドキドキして吐きそうです」

 一瞬にして、緊張の糸が切れた会場内。

「近づかれるとドキドキする、な。お前は本当に面白い。俺様がお前の唇を奪ってやるから覚悟しておけよ」

 あれ?
 さっきプロポーズされたと思ったら宣戦布告されたのですが。

 どういう展開になったのか、どうしてティムがそんな気になったのかあとでお母様に聞いてみなくちゃ……。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

美人の偽聖女に真実の愛を見た王太子は、超デブス聖女と婚約破棄、今さら戻ってこいと言えずに国は滅ぶ

青の雀
恋愛
メープル国には二人の聖女候補がいるが、一人は超デブスな醜女、もう一人は見た目だけの超絶美人 世界旅行を続けていく中で、痩せて見違えるほどの美女に変身します。 デブスは本当の聖女で、美人は偽聖女 小国は栄え、大国は滅びる。

【完結】リクエストにお答えして、今から『悪役令嬢』です。

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
恋愛
「断罪……? いいえ、ただの事実確認ですよ。」 *** ただ求められるままに生きてきた私は、ある日王子との婚約解消と極刑を突きつけられる。 しかし王子から「お前は『悪』だ」と言われ、周りから冷たい視線に晒されて、私は気づいてしまったのだ。 ――あぁ、今私に求められているのは『悪役』なのだ、と。  今まで溜まっていた鬱憤も、ずっとしてきた我慢も。  それら全てを吐き出して私は今、「彼らが望む『悪役』」へと変貌する。  これは従順だった公爵令嬢が一転、異色の『悪役』として王族達を相手取り、様々な真実を紐解き果たす。  そんな復讐と解放と恋の物語。 ◇ ◆ ◇ ※カクヨムではさっぱり断罪版を、アルファポリスでは恋愛色強めで書いています。  さっぱり断罪が好み、または読み比べたいという方は、カクヨムへお越しください。  カクヨムへのリンクは画面下部に貼ってあります。 ※カクヨム版が『カクヨムWeb小説短編賞2020』中間選考作品に選ばれました。  選考結果如何では、こちらの作品を削除する可能性もありますので悪しからず。 ※表紙絵はフリー素材を拝借しました。

平和的に婚約破棄したい悪役令嬢 vs 絶対に婚約破棄したくない攻略対象王子

深見アキ
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢・シェリルに転生した主人公は平和的に婚約破棄しようと目論むものの、何故かお相手の王子はすんなり婚約破棄してくれそうになくて……? タイトルそのままのお話。 (4/1おまけSS追加しました) ※小説家になろうにも掲載してます。 ※表紙素材お借りしてます。

転生先は推しの婚約者のご令嬢でした

真咲
恋愛
馬に蹴られた私エイミー・シュタットフェルトは前世の記憶を取り戻し、大好きな乙女ゲームの最推し第二王子のリチャード様の婚約者に転生したことに気が付いた。 ライバルキャラではあるけれど悪役令嬢ではない。 ざまぁもないし、行きつく先は円満な婚約解消。 推しが尊い。だからこそ幸せになってほしい。 ヒロインと恋をして幸せになるならその時は身を引く覚悟はできている。 けれども婚約解消のその時までは、推しの隣にいる事をどうか許してほしいのです。 ※「小説家になろう」にも掲載中です

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない

おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。 どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに! あれ、でも意外と悪くないかも! 断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。 ※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。

悪役令嬢は皇帝の溺愛を受けて宮入りする~夜も放さないなんて言わないで~

sweetheart
恋愛
公爵令嬢のリラ・スフィンクスは、婚約者である第一王子セトから婚約破棄を言い渡される。 ショックを受けたリラだったが、彼女はある夜会に出席した際、皇帝陛下である、に見初められてしまう。 そのまま後宮へと入ることになったリラは、皇帝の寵愛を受けるようになるが……。

ケダモノ王子との婚約を強制された令嬢の身代わりにされましたが、彼に溺愛されて私は幸せです。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
「ミーア=キャッツレイ。そなたを我が息子、シルヴィニアス王子の婚約者とする!」 王城で開かれたパーティに参加していたミーアは、国王によって婚約を一方的に決められてしまう。 その婚約者は神獣の血を引く者、シルヴィニアス。 彼は第二王子にもかかわらず、次期国王となる運命にあった。 一夜にして王妃候補となったミーアは、他の令嬢たちから羨望の眼差しを向けられる。 しかし当のミーアは、王太子との婚約を拒んでしまう。なぜならば、彼女にはすでに別の婚約者がいたのだ。 それでも国王はミーアの恋を許さず、婚約を破棄してしまう。 娘を嫁に出したくない侯爵。 幼馴染に想いを寄せる令嬢。 親に捨てられ、救われた少女。 家族の愛に飢えた、呪われた王子。 そして玉座を狙う者たち……。 それぞれの思いや企みが交錯する中で、神獣の力を持つ王子と身代わりの少女は真実の愛を見つけることができるのか――!? 表紙イラスト/イトノコ(@misokooekaki)様より

処理中です...