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二章
故知らず
しおりを挟む不思議なことは起こるものだ。今日になってからもう何度めか、そう思ってぼんやり窓の外を眺めた。デスクに置いたシャーペンが転がってノートの端にぶつかる。勉強を始めて一時間程度でもうこれだ。
化け狐と知り合いになってしまった。
まあ、知り合いというほど親しくなったわけではなくて、向こうにとっては恩返しという名の契約のようなものなんだろうけれど、こっちとしては実際に存在するとも思っていなかったものと関わっただけで、うまく言い表せないが、ひとまずは大事件なんである。
あの後、商店街の事務所に掛け合って、祠は夏祭りまでに新しく一回り大きなものに建て替える話が出ていることを知った。あの狐の置物たちもぜんぶ扉の中に収納できるようにすることで、多少の雨風や衝撃にも祭壇が崩れることがなくなるようにとの配慮だそうだ。奉賛会の役員の高齢化によって、昔ほど管理が行き届かなくなっているからという理由らしいが、そうしてもらえると狐たちの安全も保たれていい。それまでの一時的な補強は、早々にしてくれるということだ。
信心深い年寄りでもないのにそんなことを依頼しに行ったことにはかなり驚かれ、世話役の爺さんには盛大に褒められた。たまたま通りかかった時に気になっただけだと言って逃げるように去ったのだが、あとは任せておけばいいだろう。
あくまでも自分は、ちょっと手助けしただけ。だからお狐様から直々に恩を感じてもらうほどではないと思うのだが、思いがけなくずいぶんありがたがられたものだ。
これが、出てきた狐がぬいぐるみみたいな小狐で、可愛く「願いを聞いてあげる」なんて言われたのならば、狐の恩返しの夢でも見たかと笑って忘れられるのだが。
出てきたのは大物だった。ゲームなら、ラスボス級の。
まとう空気が尋常ではなく、しばらくは立ちすくんでしまった。神秘的とか、そんな半端なもんじゃない。威風堂々、その場の空気を変える迫力で、これは本物と納得させる威圧感だった。対峙した時、背筋に何かが走った。
浮世離れした、美しい容姿。年格好は二十代半ばくらいの青年だが、その雰囲気は気の遠くなるような時を生きてきた重みを感じさせていた。
よく見ると身体はほの明るく光を帯び、透けて通すようにまばゆく見えた。鋭い眼差しはそれでいて深く、こちらの浅はかな心など見通しているかのようだった。
巫女のような服を着て、なびかせているのは真っ白な尻尾。白金糸のような髪の間からは、やはり真っ白な三角の耳。これがなければ強引に人間だと言い張れたかもしれないが、彼は確かに異形の姿だった。
それが、なぜ、あれくらいのことで、願いを叶えてやろうなんて。
あの日から数日、ずっと考えていた。やはり夢でも見ていたのではないかと思いながら、自分の感覚を疑う気にもなれず。おかげで勉強も手につかない。
それで仕方なく、勇気を出してもう一度稲荷神社に行くことにした。
夢でないことを確かめるために。もし夢であったならば、すっぱりと忘れてしまうために。
予備校の授業のない日だったから、勉強はひとまず放り出し、真幸は神社へと足を運んだ。家からはわりと近いので、徒歩で出かけた。
問題集の細かい字ばかり見ていると、裸眼を保っている眼も疲れてならないので、外の風景を見るのはいいリフレッシュになる。そもそも生活時間のずれやすい我が家族、家にいても団らんのひと時はあまりなく、真幸もなんとなく自室にこもりがちなので、なおさらだ。
いつからここにあるのか、地元の人しか知らない、ごく小さな神社。入口の鳥居がなければ、その先に神社がある事さえ誰からも忘れられてしまいそうな、ひっそりとした佇まいだ。
春の日に温んだ風が頬に柔らかかった。あのあと桜は急ぐように散ってしまったが、代わりに木々が青葉を芽吹させているのが目立ち、神社の景色は目に穏やかだ。
現在の時刻、午前十一時。幾重にも連なる鳥居をくぐって祠に向かってみると、もう既に応急処置は施されていた。さすが、年寄りの仕事は早い。おかげで、祠が安定したこともこの目で確認することができた。
あれは、やっぱり現実だったのだろうか。こんな半端な時間には人の気配どころか猫の子一匹いない、がらんとした空間に祠が一つ。夕方だと少しもの寂しくも感じる場所だ。何の変哲もない、小さいだけの神社で自分が先日見たものは、本当は何だったのか。それを、いざ、確かめる。
祠の前に立ち、柏手を打った。
「えっと、俺。こないだのが夢じゃないなら出てきてくれる?」
声に出してみたが、一人きりの場所でふつうに話すのは、ちょっと変な気分だ。このまま何も反応がなかったら、けっこう恥ずかしい。むしろそれでおしまいになる話なら、ホッとするような気がしていた。しかし。
後ろから、くす、と微かな笑い声が聞こえた。ドキリと心臓が鳴る。途端に胸に緊張が走った。今の今まで誰とも出会わなかったしすれ違うことももちろんなかった。なのに後ろには今、人の気配がする。それだけで、やはりこれは現実離れした現実なのだと、真幸に納得させるものがあった。
恐る恐る振り返ったら、そこには袴姿の青年が、最後の鳥居の柱に寄りかかって立っていた。昨日見た、あのお狐様が。
「名を聞いておいて呼ばぬとは、いかに」
およそ現代的とは言えない話し方だ。しかしこのひとの持つ重厚な雰囲気にはとてもよく馴染む。
「ああ、なんとなく、まだ信じられなくて。次はちゃんと呼ぶよ。九重だろ?」
言ってみて、呼び捨てにして良かったのかと思った。しかし、相手には特に気分を害した様子はない。礼を果たされていない現時点で、まだ真幸は恩人という位置づけなのだろうか。
「祠に修繕が入った。そなたのお陰だな。約束は違えなかったようだ」
「もちろんだって。破ったら祟られるだろ」
「さあ、どうだろうな」
どこか意味深な目を寄越され、やはり油断はできないなと思う。少なくとも、怒らせていい相手ではない。俺はモブ。向こうはラスボスだ。
「この祠、夏までに新しくなるんだって、役員の爺さんが言ってたよ。神具はどうすんのって聞いたら、狐たちはこのまま使うって」
「ほう。ならば問題なしだ。依代を取り換えられるなら、我らも新しい依代に移らねばならんがな」
「そういうシステムなの? こう、乗り移ってる感じ?」
「簡単に言えばそうだ」
「……ほんとなんだな」
苦笑いが出た。もういいだろうというほど現実であることを言い聞かせられているようなものなのに、新しい情報を耳に入れるたびに、いちいち感心してしまう。
「とは?」
「これ、ちゃんと現実なんだなって」
「さもありなん。だが、そなたが見ているものは信じてよい」
九重は涼しい顔をして、平然と言った。これだけ信じがたい状況でも、とにかくは信じてみないと話が進まない。そろそろ感覚も麻痺してくるというものだ。
それにしても、絵に描いたようなお狐様。改めて見ると、やはり神々しく、とても綺麗だ。そこで、真幸はあることに気が付いた。今日九重の姿を受け入れやすいのは、慣れのせいだけでもないらしいのだ。
「あー、それ!」
九重の頭を指さして、自分が納得。
「どうした」
「今日は耳、ふつうなんだ。この間は狐耳だった。今日は尻尾もない!」
そう。今日の九重の姿には、それら異形を示すパーツが見当たらないのだ。だから、気を抜いてみていれば、なんとか普通の人間に見えないこともない。少なくとも、遠目にはそれほどの違和感はないはずだ。
九重は、少し馬鹿にしたように苦笑を見せた。切れ長の目が眇められる。
「……つまらんことを。そなたがあまり驚かぬように、今日は気を遣ってみただけだ」
「お狐様に気を遣わせちゃったの? なんか申し訳ないね。でもさ、あんた現実離れしてるから、もはや耳がとか尻尾がとかの問題じゃないんだよな。しんどいなら出してくれていいよ。いったん受け入れたから驚かないし」
「そうか。では遠慮はせぬ」
あっさりと、九重は言った。やはりありのままの姿の方が楽なのだろう。
ふわりと両耳が生え、彼の服の後ろにももふもふした白い尾が見えた。触ってみたいがさすがにそれはできず、ただ眺めるにとどめた。触り心地はかなり良さそうだ。
「で、願いは決まったか?」
問われて、慌てて首を横に振る。
「ああ、ごめん、そうじゃないんだ。ほんとに現実だったのか確認しに来たっていうか」
「なんだ。もったいぶることか」
「いや、重要だよ、これ。でも今現実だって覚悟決めたから、これからちゃんと考える」
時間稼ぎと思われても仕方ないが、まだ決められないどころか候補さえ出せていない状態だ。どれくらい待ってくれるものかを確認しておく必要はあるだろうか。
「それがいい。我のようなものと、あまり長く接触を持つと……、よくない」
少し言いにくそうに、九重は声を落とした。
「そうなの?」
「神気に触れ続けると、見えるべきでないものが見えるようになったり、そういったことのせいで精神を病む恐れがある」
「わ。そうなの?」
と言いながら、なるほどとは思った。神隠しに遭った者は気が触れるみたいなことは、昔話では珍しくない。それが科学的に証明されるかは別問題として。
「だが、そなた、あまり影響は受けていないようだな。気分が悪くなったりはしておらぬか?」
「いや、全然」
少し心配げに見られたが、自覚する限り特に健康に問題は感じていない。気分的にはまだおっかなびっくりで落ち着かないが、それも半分は腹をくくったところだ。
「そうか。ならばよいが」
九重は安堵して見せたが、ではさてどうしたものかなと一人ごちる。願いを叶えようと姿を現したのに、まだだと言われて気が抜けたのかもしれない。その様子を見ると、なんだか申し訳ない気分になってしまう。
「なあ。俺さ、願い事じゃなければここに来ちゃダメ?」
九重に会いに、というほど親しくなったのではない。けれど、町の中で唯一昔からの自然が残るこの場所は、毎日の受験勉強に疲れた身を癒してくれそうだと思った。
俗にパワースポットなんていうじゃないか。神社仏閣には神聖な空気が流れていて、ここもちゃんと神様がいるのだと思えば、そういうものにあやかるのも悪くないだろう。
「いや、問題はない。……歓迎する」
めんどくさそうに「勝手にしろ」くらいに返ってくると思っていたが、九重の反応が思いの外よかったため、真幸は素直に気分を良くした。
どうせ、気分転換に付き合ってくれる相手もいない。ならばいっそ、一人を快適に過ごそうじゃないか。こうして、受験とは全く関係のない誰かと話をする感覚にも、真幸はささやかな安らぎを覚えていた。
「じゃ、今度は勉強道具持ってくる」
そう言い残し、今日は長居はせずに家に帰ることにした。心が弾む感覚を、久しぶりに感じていた。
●
許可をもらったので、真幸は遠慮なく神社を訪れることにした。自分がこれほど単純な性格だったとは、けっこう意外である。
「九重、いる?」
この声に応え、九重は律儀に姿を表してくれる。いつものお狐様の姿だ。こんなふうに扱われてくれるのも、願いを叶えてくれるまでの事だろうけれど。
「どうした」
「いや、べつに何ってこともないんだけどさ。せっかく来て、あんたが居るって知ってるのに声もかけずに居座るのも水くさいかと思って」
「ははっ。なるほどな」
そう言いながら、笑う顔は嬉しそうに見える。歓迎すると本人が言ってくれたのは、まんざら嘘ではなかったようだ。いや、神様は嘘はつかないか。
そしてふと思う。あの狐の置物に取り憑いているのなら、やはりふだんは置物の中にいる状態なのか。いつも、気が付けばそこに姿を現しているかんじなので、そのへんのイメージがしにくい。
「なあ、あんたはその白い狐の中に住んでるんだろ? 狐は祠の中に入れてもらえないの?」
訪ねてみると、九重ははぐらかしもせずに答えてくれた。
「祠そのものが、神世と現世をつないでいる。置物は我ら個々の拠り所ではあるが、祠を一つの扉として、我は向こうからこちらに来る。ふだんは、宇迦様のおわす神殿の一角に住まわせていただいている」
「へー。そういうことになってんのか。だよなあ。日本全国お稲荷様なんて数えきれないくらいあるのに、それが全部別々の神様ってことはないわな」
「そういうことだ」
相変わらず御伽話みたいな話だが、九重が淡々と話すので、理解は難しくない。そういうもの、と割り切ることが必要なだけだ。聞き始めると、他にもいろいろと不思議に思うことは追いかけてきた。
「あとさ、その耳と尻尾の姿が本来の九重なの? それとも獣の狐にもなれる?」
「そなたが見ている姿が本来のものだ。獣にもなれるが、少し力に制限がかかる」
「狐の九重も見てみたい気がするけど」
「そこらの狐が白いだけだ。珍しくはない」
「いや、狐そのものが珍しいからね。そんじょそこらにはいないでしょ」
「確かに今はそうか」
九重の意識では、まだ狐狸の類がその辺を駆けまわっているのだろうか。やはり彼とは時の流れも違うようだ。
「なあ、狐の九重が見たい。撫でたい。尻尾もふもふしたい」
「我は愛玩動物ではない」
「あはは。そうだな。ごめんごめん。つい」
さすがに厚かましかったようだ。でも、もしかするとこの先触れるチャンスくらいは巡ってくるかもしれないと思う。このお狐様、わりと親しみが持てる。真幸を驚かせまいと気遣ってくれたりもする程度には、けっこう受け入れてくれているのを感じる。
ただし、一定の節度というものもまた大事になってくるのだろう。超えてはいけない一線はあって、それは九重にはくっきりと見えている。こちらにわからない分は、向こうが知らしめてくるというところか。
「なあ、今日はここで勉強して行っていい?」
暇つぶしに来たように思われるのは不本意で、真幸は目的を明らかにしておく。正直に言えばそれは後付けだったのだが、バレないから言わない。
「好きにするといい。何もないが、静かさだけは保証できる」
言って九重はすぐに消えてしまうのかと思いきや、真幸の行動を見ているようだった。境内の端に置かれたベンチに腰掛け、用意してきた用語集をめくり始めたが、彼はそこに立ったまま、物珍しそうに真幸の手元を見下ろしてくる。
「座る?」
隣を勧めてみると、九重は素直に従ってくれた。翻る着物の袖からふわりといい香りがして、雅だなあと感心する。
「実体がないなら、触ろうとしてもスカって通り抜けちゃうわけ?」
これまでにない近さになって、ついまた余計な好奇心が湧いた。確か、実体がないから物を動かしたりはできないとか言っていたはず。不用意に触れたりはしないが、どういうものなのかということは知っておきたかった。
「……そなたに関して言えば、その限りではない」
「そうなの?」
当然と返されると思っていた答えではなかったことは驚きだった。しかも、真幸はという限定付きだ。その条件とは?
「互いに存在を認める場合、こちらが意識すれば相手に感触などを感じさせることはできる」
「ふうん。そっち次第ではあるわけだ?」
「不満か?」
「いや……」
ここにも踏み込んではいけない一線があるらしいと悟ったので、それ以上は追及しない。
「だったら、できればスカスカじゃないほうが嬉しいってこと。なんとなくだけど」
「勝手に触れることがないなら、構わぬ」
「ありがと」
九重は、前に真幸が尻尾に触りたいと言ったことを覚えているようだ。まあ、神様に仕える者にそうやすやすと手を出すことはしない。それでも、手を伸ばしても通り抜けてしまうような頼りない存在でいられるよりは、より生身に近いほうが、いいじゃないか。気持ちだけの問題だとしても。
そういう感覚はうまく話せる自信がなくて、話せたとしてもそれが九重に納得されることもないのだろうけれど。
うっかり肘などが当たってしまうことのないように気を付けながら、真幸はまた用語集に視線を落とす。よくある、赤いシートで赤文字の答えを隠して答えていくやつだ。これはもうほとんど覚えてしまっているが、忘れないようにの確認。それくらいの軽い勉強しか、この状況ではできないと思った。やはり、今日は九重が気になる。
勉強するにしても独りきりでやるつもりでいたから、九重のこの行動については予想外だった。これから、来るたびにこうなるのだろうか。だったら、ちょっと、嬉しいかもしれない。九重は、たまに真幸の手元を見るくらいで、あとは何を考えているのかわからない涼しい顔で境内をぼんやりと眺めている。
一単元を見終えた頃、なんとなく間が持たないような気がして、真幸はまた九重に話しかけてみた。
「お礼の願いなんだけどさ。頭よくなる魔法とかは、かけてくれないの?」
「馬鹿な」
一刀両断だ。
「だめ? そういうの」
当面、やはりそれが一番いいような気がして言ってみたが、九重の反応は思った以上に今一だった。
「本質を変えることはしない。我が人に与えるのは、努力が報われんがための運のようなものだ。でなければ、人は向上心を失くすからな。限りある生を試行錯誤して生きるのが人だ。その一助となればよい」
と、大真面目な顔でごもっともなことを言う。さすが、人ならざる者の言葉だ。
「なるほどね。わかった」
「期待外れか?」
「そんなことないよ。特別な力があんまり安いのはちょっとね。ありがたみに欠ける」
「そういうことだ。わかったなら、勉学に励め。気が散るようなら我は行くが……」
九重が、潔く立ち上がる。少し意識し過ぎていたことに気づかれたのだろうか。
「待って。暇ならもうしばらくここにいない? 付き合わせちゃだめかな」
「暇なら腐るほどある。だが我がいると……」
「そうでもないんだよね。人の気配は嫌いじゃない。飽きるまででいいから近くにいてくんない?」
「……承知した」
再び、九重はストンとベンチに座る。こういうのには慣れていないのか、袖の上に座ってしまい、尻の下から引っ張り出してバサッと掃う。その仕草がどこか可愛いようにも見えて、心がくすぐったくなった。
「九重、さすがに言葉が硬いね」
「仕方なかろう。そういうものだ」
「九重、綺麗だよね」
「?」
「すっげー綺麗」
改めて、真幸は九重を眺めてみた。畏怖もいくぶん薄れてきたので、鑑賞できる余裕が生まれたらしい。
この神秘的で、男でも惚れ惚れする極上の美しさは、いつまででも眺めていられそうだと思う。そもそも、真幸はそっちだけれど。
せっかくこんな神がかったイケメンに出会えたんだ、あまりあっさりと縁を終わらせてしまうのはもったいないかな、なんて不届きなことを思った。
仲間とか、友達とか、そういうカテゴリーと重なる相手を好きになるのは、疲れた。近くにいられる喜びももちろんあるけれど、そのせいで感じる痛みが少しずつ多くなって、入試直前にはもう、好きなのに会うのが怖く感じることもあった。……それが終わったことに、ほっとするほどもひねくれていたわけじゃなかったけれど。
今は残った痛さを慰めるのに、ちょうどいい美形がここにいる。だったら、ただ綺麗だといって眺めていられることで癒されていたいと思う。望むことがなければ傷つくことにもならないはずだ。
「ほら、勉強しろ。邪魔はせぬから」
「うん。頑張るよ」
そこで、ピロンと場違いに軽い音で電話が鳴った。メッセージだ。アプリを開くまでもなく、通知で誰からかは分かった。折も折、これはかなりキツい。一気に心が暗く染まった。
「……」
「いかがした」
「ああ、えっと、なんでもないよ」
あいつだった。浪人決定で自動的に失恋した相手。巽。彼の家の愛犬を使ったアイコンを見るだけでも胸が痛む。
『久しぶり。元気か』
たった一行だけのメッセージだった。そんなこと、聞いてどうすんだよ? どう答えろって言うんだ。会おうとさえも言わないくせに。
とんだ逆恨みだということには気が付いていた。けれども切なさがそう思わせた。
もう届かなくなったんなら、このまま忘れさせてくれよ。
会いたく、させないでくれよ!
迷う余地もなく、既読スルーだ。返す言葉なんてない。
画面の暗くなったスマホをリュックの中に乱暴に放り込んだ真幸を、九重がどんな表情で見ていたのかは、確かめる勇気がなかった。
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