遠水連天碧

桂葉

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番外編

薄色衣

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 これといって何事もなかった、普通のとある日、昼を過ぎたのどやかな時間に、一筋の雷が落ちてきた。もとい、天鳴が訪れてきた。
 とはいえ、彼の来訪には毎度落雷がつきものだ。庭先でやると周囲に被害が及ぶので、門の前に落ちるようにと清江にはきつく言われているらしく、どこからか舞い込んできた木の葉を履いていた流文の目の前に、今日も突如、落ちてきた。
「いいか、よく聞け。俺の言うことに間違いはねえから!」
 この時点において、この言葉の信憑性を後押しする情報は、ないといってよかった。
 またこのひと、変なことを言い出した。そう思って愛想笑いさえひきつらせた流文は、「で、何を聞けばいいんですかね」と乾いた声で言った。
「いましがた、お前が言ったんだぜ。特に何もないって」
 天鳴は、大きい吊り目を輝かせて、いつもの勢いといつものご機嫌さで、そっくり返った。
 えっと、私なにか変なこと言ったか? 特に何もないって、本当にそれだけだよな。「よう、元気か。何か厄介ごとはねえか」と、まるで厄介ごとを楽しみに来たように問われて、素直に答えただけ。この人を無駄に乗せてしまう要素はこれっぽっちもなかったはずだ。
 天鳴いわく、流文は大人しすぎていけないのだそうだ。もっと刺激を求めよと、些細な事にも楽しみを見出せと。この平穏極まりない天界において、それはかなり難しいことだと思うのだが、彼は本気でそれを信条に生きているらしい。だから、流文がその楽しみの一つにされており、こうしてたびたび巻き込まれる。
 天界での淡々とした生活にも慣れたので、むしろ心穏やかに過ごせることに感謝さえ覚える毎日だが、この雷神の気性にだけは、いまだに慣れない流文である。普段、流文よりはまず清江が彼の餌食になるものなのだが、今日は天宮での定期会議に出席しているため、不在だ。なので、この流れが自然にできる。
 顔を見るなり、「最近はどうだ」と天鳴は尋ねてくる。まあ、いろいろとあって彼にも心配をかけたので、その後の様子を気にしてくれる気持ちは彼なりの優しさなのだとわかっている。それは嫌ではないのだが。……これは絶対に本人には言わないが、彼のこの明るい性格が、嫌いでもない……。ただ、自分が揶揄われる方向になるとちょっとめんどくさいだけだ。
「ですから、お陰様で、平穏無事に過ごしています。お気遣いありがとうございます」
「そうじゃねえ。そうじゃねえんだよ、お嬢ちゃん」
 人差し指を立てて、ちっちっちと揺らす。こういう身振りも派手なひとだ。
「……えっと? どうあるのがいいんですかね」
「だからだ。楽しんでっかって聞いてんのさ。あいつ、面白みねえだろ。そろそろ飽きてんじゃないかってな」
 身を寄せられ、横からがしりと首に腕を回された。これは、このひとの距離感だ。一度は捕まったが、その腕をするりとのがれ、流文はツンとして言った。
「……お言葉ですが、余計なお世話です」
「へえ。奇特だねえ。あんの蛇に飽きずにいられるって。さっすが仙人は肝が据わってる」
「ちょっと意味がわかりません」
「まあいい。でもさ、実際どうだよ? ちゃんと、夜は盛り上がってんだろうな」
 他に誰もいないのをいいことに、いつもの話声のまま、またとんでもないことを言い出した御仁である。
 夜。はいはい。わかりますともその意味は。ですが、なぜあなたが私と清江の夜の営みに興味を持たれるのでしょうか。わかりませんね、ぜんぜん。
「御用がないようですので、お引き取りを」
 流文はすかさず冷たく言い放ち、門前を履いていた箒で天鳴の足をつついた。
「待て待て、悪かったよ。ちっと言い方が露骨すぎたな」
「言い方の問題じゃありません」
「まあまあ。俺はさ、お前に逃げられたらあいつが不憫だからさ。旧知の友として、気にしてんだよそのへん」
「あのですね、私と清江の関係は、それだけのものではありませんので。喧嘩などしていないかくらいは気にしていただいて結構ですが、無粋な方向への御心配は無用です」
「お前、言い方があいつに似てきたな」
「光栄ですね」
「まあ、それくらいでいいんだけどさ。そっか。飽きてねえか」
「ええ。断じて」
 そういうことに対し、どう答えるのも気恥ずかしいものだ。うまく行っているということは、彼との情事を楽しんでいると言っているようなものだからだ。しかし、ここで恥ずかしがっては天鳴を喜ばせることにしかならない。あっさりとかわすのが一番だ。
 そもそも、清江との関係がそういう行為を含むものであることを、このひとに言ったことはない。のに当然のように扱われてしまっているのも、不本意ではあった。しかし、事実そうであるだけに否定もできず、たまにこうして揶揄われたり周知の前提で話をされたりということになってしまった。
「でもさ、」
 と、ふいに何かを考えるように、天鳴は黙った。顎に指を添えて、あちらの方向に視線をやる仕草は、少し気になった。気にしなくともいいものを、自分もまだまだ甘いなと後から一度後悔することになるのだが、この時は素直に気になった。
「なんです? ほかにも気がかりが?」
「俺の経験から行くと、やっぱ床でも変化や新しい刺激は必要だ。そうは思わないか? 俺の女たちもそうでさ。従順な女ほど、男にいろいろ趣向を求めたりすんだよ。お前もその類だろ。あいつが相手を喜ばす手管を持っているとも思えねえ。倦怠は夜枯れを呼ぶぞ」
「……。」
「どうだ。おんなじ抱かれ方じゃつまんねえだろ」
 はい。後悔しました。盛大にしました。
 このひと、ほんっとうに、ほんっとうに、どうしようもないな! とブチ切れたくなるところを、深呼吸五回でなんとかとどまる。
「万が一仮にそうだったとして、私はあなたにその手管とやらを伝授される立場にはないと思います。当たるなら清江のほうへどうぞ」
「いやいやいや、だからよ、お前もさ、こう……あいつを誘うとか、燃えさせる妙技を身に着けろってことよ。男の目線から言えばさ、やっぱ女にもちっとは頑張ってほしいわけ」
「……」
「お前初心だろ。あいつも遠慮してんだと思うんだよな。そこを擽ってやればさ、喜ぶと思うぜ。色事の神でもある龍神だ。本来は何人侍らせても満足する輩じゃねえはずだ」
 そう言われて、流文は天鳴の話を遮る気になれなくなった。
 ちょっとした衝撃だったのだ。自分は満足しているが、清江を満足させてあげられていないのではないかと。
 初心。これは本当だった。地上で隠遁した生活をしてきていて、清江しか知らない流文は、そういったことに関して決して慣れていないし知識もない。何人もの情婦の代わりなどとてもできたもんじゃない。だとしたら、彼が流文を抱くことで満足しているはずがない。
 むしろ、自分が飽きられるかも。すでに飽きられているかもしれないじゃないかと。そんな考えに一瞬で囚われた。
「聞いて差し上げてもいいです」
 つい、前のめりになった。ぐいと天鳴の腕を掴み、睨み上げる。
「あん?」
「お聞きしますそのお話」
「よし来た!」
 かかった!とでも言いたげに、天鳴は指を鳴らして喜んだ。



 場所は部屋に移された。流文も少し気が逸っていたため、茶を出すことも忘れていた。
「だいたいだな。俺に言わせりゃ男色なんて何が楽しいんだって話だ。乳もねえ、尻も薄い、たいして柔らかくもねえ体を抱いても味気ねえだろうに。まあ、入れるとこは男の方が締まるそうだが」
 腕を組んで悠々とこういうことを語って聞かせるこの人のほうが、よほど好き者だと流文は思うのだが、彼曰く、自身は清江に比べれば甘ちゃんだということだ。どういう基準かはさっぱりわからないが。
「あの」
 ここでそもそもの男色について話し始められるのには耐えられそうにないので、チクリと一本。
「でだ。お前さん、たいして奉仕はできないだろう? どうだ」
「……えっと、わかりやすくお願いします。なんならご奉仕の内容を」
「乗ってきたな。ご奉仕ったって、難しくはねえ。されてることをし返してやるのよ。おんなじ男だ。いいとこも同じだろうしな」
 ひひひと、好色な笑みが妙に様になる。一方、流文は肩を落とした。
「いきなり難易度が高いです」
「はは。何されてんだか知らねえが、それはひとつの方法だ。逆にあいつにぶち込めってんじゃないが、触るくらいはしてやんな」
「……努力目標に設定します」
 確かに、そういうことを流文は彼にしてきていない。されるがままだ。彼の抱き方は力強くて隙がなくて、こちらも気を保つのに必死になってしまうから、そんな余裕がないのだ。前戯には丹念に肌に触れてくれるし、高まるために様々愛でてくれる。そういうのを、こちらからもするべきだと、そういうことなのだろう。
「でだ。それがなかなかできねえだろうから、見た目で勝負ってのはどうだ」
「見た目。女装でもせよと?」
「そんなとこだ。っていっても、あんた可愛いから女の服着るだけじゃそんなに化けない。そこでだ」
 じゃーん! と言って天鳴は、手の上に一式の服を作り出した。ひらりと、花弁でも舞うように現れたそれは、ごつい天鳴の手にはあまりにも不似合いなものだった。
 それをつまんで広げた天鳴は至極ご満悦であるのだが、その服というのが、すごかった。一瞬、目が点になった。
「こういうの、妓楼とかで見かけねえ?」
「行ったことないです」
「あ、そう。どうだこれ。これ着て閨に行ってやってみ。絶対受けるから」
「……。……。」
 ちょうど着用したように、上下を縦に並べて長椅子に広げられたそれは、流文から見ればおよそ服とは言い難く、服のような形をした薄衣だった。
 見たところ、とても質のいい絹でできた布は、滑らかに上品な光沢を放っている。それはいい。端々に金糸で刺繍がきらめき、たおやかな布を引き立たせているのは美しく、いいものであるのは確かだ。しかしこの上衣、肩の部分が開いていて、着ると肩から二の腕が露わになる。丈がとても短く、背中や臍が見える。袴はだぶだぶだが、すっごく薄い。薄いので体の線をしっかりと拾ってしまい、これではほとんど何も隠せない。しかも少しどこかに引っ掛けただけで簡単に破けてしまいそうな繊細さだ。
「これ……着るんですか。男が」
「心配すんな。男用の仕立てだ」
 世の中にこのようなものがあるとは。……、まあ、男娼くらいにしか需要はないだろうけれども。
「袴が極端に薄いです。これでは下履きが透けてしまいます」
「心配すんな。これん時は下は履かねえの」
「ええっ!」
「布は薄いが前で二重に重なってるから、めくらなきゃ案外見えねえ。これがまたそそるんだわ」
「却下です。卑猥です。品がありません」
「そうか? 情事に品なんてねえだろ。むしろそこを外すんが醍醐味ってもんじゃねえか。日頃守りの堅い女がこんな恰好するとさ、このまま抱こうか脱がして抱こうか、そんなことしか考えられなくなるぜ。俺でそうなんだから、あいつならひとたまりもないと思う」
 想像したらしい。天鳴はよだれでも垂らしそうな様子で、ふにゃりと目尻を緩ませた。
 こういう表情を、我が想いびとは、絶対にしない。されたくもない。けれども方法はなににせよ、この自分にちょっとでも、……そういうふうな欲を駆り立てられてくれるのならば、……嬉しいかもしれないと思った。
「そう、ですか?」
「あいつ助平だぜ。俺は知ってる」
「そうなんですか?」
「聞いてるだろ、あいつの昔の相手」
「知ってます」
「それとの時は、あいつも若かったし、派手に楽しんでたみたいだぜ。相手も奔放な奴だったしな」
「……そう、なんですね」
「妬くな妬くな。あんた、そいつより愛されてるから。じじいを元気にさせてやってくれよ。あんたがそういうの、嫌いじゃなけりゃな」
 最後は少し遠慮がちだった。あまり無理をけしかけるつもりはないようだ。
 天鳴が初めに言ったように、今回の目的はあくまでも、流文と清江の仲をより深めるところにあるのだろう。だから、あまり流文が気乗りしないのなら、成功とは言い難い。
「これは置いていく。いいように使いな」
「……ありがとう、ございます……?」
「あいつを何回達かせたか、報告よろしく」
「しません!」
 怒鳴ったが、天鳴はいつものように潔く去ってしまい、振り返ることもしなかった。代わりに、ひらりと手を振ってだけ見せる。
 部屋に残されたそれを、流文は立ったままの姿勢でじっと見つめた。身に着けた自分を想像もできないくらいに艶めかしい服だ。
 これを……、清江の前で、着るのか?
 ごくりと喉が鳴る。
 こういうのは勢いが必要だ。一度お蔵入りさせてしまったら、二度と取り出して袖を通そうとは思わないことだろう。
 どうする……? 今日、清江の帰りは夜になりそうだ。


 ◇◇◇


「昼間、お前ん家行ったら留守だったんで、置いといたぜ。流文から頼まれてたもんだ」
 会議の終わった清江を待ち構えている者があった。柱に背を預け、広間から出てくるのを待っていた風情だ。暇人めと、その姿を見て思う。
「流文がいただろう。なぜ直接渡さん」
 早く帰りたいところ、仕方なく足を止め、清江は天鳴のニヤニヤ顔をめんどくさそうに横目で見た。
「なんでも、あんたにって手配を頼まれてたやつだ。はは。あんたらなかなか楽しいな。あんなもん贈られるなんて、さっすが龍神様だ」
 実に下世話な顔で言っていたのが、帰宅し自室に入ってから、やっと納得された。
 これを本当に流文が、私にか。
 寝台の上に当該のものを広げ、悩むこと半刻である。
 いや、まあ、あの子が望んでいるのならばそれはそれでいいだろう。しかしだ、これをこういった形で渡されるということは、着て見せてくれということか。それで驚かせろとでも。
 まあ、いいのだが。あくまでも、望まれているのならばと思わないでもないのだが、多少なりこれは勇気が要る。
 天鳴が笑っていたのも、当然だろう。部屋で清江を待っていたのは、ひと揃えの服だった。広げればその意味がすぐにわかった。この艶めかしい衣は、いわゆるそういう場面で使われるもので、昔玉風がよく似たものを着て清江を誘惑しに来た時から見知ってはいる。
 しかし、これを自分が着るのか。なかなかに露出度が高いのが、どうにもこうにも清江を躊躇わせていた。
 まず大きな特徴として、袖がない。体にぴったりと添う大きさで、胸元がしっかりとは合わさらないような造りだ。肌着もついているのだが、これが透ける。いっそ着てないのと大して変わらない透け感だが黒いのがどうも、余計に煽情的だ。そして、袴はないようだ。代わりにこれまた薄い腰巻があるだけで、それも足の両側に大きく切れ込んでいるので、この軽すぎる素材のせいで、おそらく動くと腿が腰近くまで露わになってしまう。膝までの上衣が体の前後は隠してくれるものの、腰巻がこれでは……、と、ここまで考えてみて、ため息でやめた。
 ここは、いっそ流文に確かめるべきだろう。彼が望んだものかどうか。もしやあの馬鹿雷神の悪戯だったりする可能性もある。それで無駄な恥をかかされてはたまったものではない。
 そうだ。聞いてみてそれで、流文が乞うてくるならば、着てやればいい。
 思って、そのひらひらとした服を腕にかけ、流文の部屋を訪ねることにした。


「流文、いいか?」
 戸口で声をかける。「ひゃっ!」と、驚いたような小さい声が返った。
「どうした。都合が悪いなら、待つが」
「そう、ですね。少しだけ、そこで」
「わかった」
 親しい仲でも、勝手に彼の部屋には入らない清江である。それは中に主がいても同じ。
 しばらくすると、「いい、ですよ」と同じように小さい声がした。いつもなら中から扉を開けてくれる流文なのに、今日は入って来いということだ。珍しい。
 扉を開くと、戸口に彼はいなかった。先ほどから聞こえる声も、やはり部屋の奥からのものであるらしいことは感じていた。
 衝立の向こうが、彼の寝台である。その陰から出てこないのは何故だろうか。
「どうした。具合でも悪いのか」
 横になっているのかと思って、衝立を超えて中に入った。垂れ布が幾重にも降りているのを、一枚一枚とかいくぐっていく。
 そろそろ布ごしに人影を確認できるところまできて、
「待って! やっぱり、ちょっと待って」
 焦ったような声がかかり、清江は訝しんだ。人影は立っていて、寝台で寝ているのではない。もちろん声も本人だ。一度許されたのに、ここにきて侵入を拒まれたら、さすがに首をかしげたくもなるというものだ。
「流文、どうした?」
「えっと……」
「なにかあったのか?」
「あの。恥ずかしいんです。その、……今私、慣れないことをしていて」
「一体何なんだ?」
 要領を得ない流文の言葉が、ますます怪しい。
「だから、呆れないでくださいね。お試しです。私の姿を見ても、笑わないでくださいね」
「大丈夫だ。入っていいか?」
「……どうぞ」
 最後の垂れ布を払いのけてその先に見た流文の姿は、目もくらむ美しさと、そして艶めかしさだった。
 これはまた……。たまらない。思うと体か熱くなった。
 恥ずかし気に頬を染めて立つ流文は、まさに今清江が手にしてきたような、そういった服を身にまとっていた。これを着るにはかなり勇気が必要なことは、清江にもわかる。それを押して彼は、清江を喜ばせようとしているのだ。
 白い肩や腹部が露わになり、その肌の滑らかさを見せつけてくる。しかも、きわめて薄い布でできた真っ白い袴はしっとりと身に沿い、肌の色をほのかに透けさせていた。ただ、布を前で重ね合わせているために、彼のひかえめな一物はなんとか隠されて見えることがない。しかし、合わせに手を滑らせればすぐにでも触れることができる、なんなら衣の上からでも捉えることはできるというその頼りなさが、いっそ乱暴なほどの煽情を誘い出してくるのだ。めまいを覚えた。
 だが、面食らっている場合ではない。なるほど、それではこちらのあれも、やはり流文の用意したものだったようだ。そうとわかれば、いい。
「どう、でしょうか。あの、気が振れたわけじゃなくって、ですね」
 恥じらいに堪える細い声で言った流文を、清江は衝動のままに、思わず抱きしめた。薄い布は、手にすぐに流文の体温を伝えてくる。しかも羞恥のせいか、いつもよりも既に熱い。
「美しいぞ」
「そうですか? 変じゃないですか?」
「変なものか。私のためだな? いじらしいことだ。ならば私も、あまり意固地にならぬ方がいいか?」
「はい?」
 話が分からないらしい流文に、清江は腕にかけたままだった薄衣を持ち上げて見せる。
「これだ。君が私にと用意したのだろう? 天鳴が置いていった」
「あ……!」
 心当たりはあったようだ。ならば確定。この高まった空気に任せて、こちらも羞恥は捨てるべきであるらしい。
「着た方が、いいか?」
「……お嫌でなければ」
「いいだろう。そこで少し待っていなさい」
 衝立の向こうにまわり、清江は今着ているものをさっと脱ぎ去った。


 ◇◇◇


「いいぞ」
 衝立の向こうで声がして、流文の胸は正直に高鳴った。
 天鳴が流文に渡した服がこれならば、おそらく清江に渡ったのもよく似たものだろうと予想はついていた。少なくとも、清江が着るのを躊躇ったくらいには、大胆なものに違いない。
 どんなだろう。そう思うだけで、胸も体もうずうずするようだった。
「どう、だろうか」
 少し恥ずかし気に言って、清江は姿を見せた。彼の髪よりも軽い衣の裾が、脚にまとうように翻る。
「わあ……」
 目にしたとたん、かっと顔が熱くなって、頭に血が上った。爆発するように鼓動もはねた。
 なんて、なんて、かっこいいんだろう!
 ふだん気崩したりすることさえないこの人の、こんな艶やかな格好は、反則だ。
 どうしよう。全裸だって何度も見ているのに、こういうのに興奮してしまうのはなんでだ。
 薄衣に透ける肌と、体の凹凸。半端に隠されたところを、暴きたい衝動に駆られる。
 だって、腿が、あんなに見えてる! なに、これ、私よりも色っぽくない? おかしくない? こんな……神様、だめだろう。艶めかしすぎる。こんなの見たら、誰でも昇天する。ここ、天界だけど!
「似合わんだろうが、仕方ないぞ。君が望んだんだろう」
 恥ずかしさに薄く頬を染め、拗ねてでもいるようだ。それがまた、いつもの清江らしくなくて可愛い。
「いいえ! いいえ! めちゃくちゃお似合いです。素敵です清江」
「……そうか?」
「ああ、これもうだめです。尊すぎて私、倒れます。ごめんなさい一生拝んでいていいですか」
「おい。大丈夫か」
 取り乱すほどの流文の反応に、清江は呆れたようだ。しかし、そんなことに構っている余裕はなかった。
「……だいじょうぶじゃないです~」
「気には入ったのだな?」
「はいっ。鼻血出そうです」
「脱ぐぞ」
「え、勿体ない」
「君が正気を失っているから」
「でも! せっかくなのに」
「だがな、こういうのは、その……慣れんのだ。君はそのままでいいが」
 さすがに、落ち着かない様子は無理もない。普段はなかなか気崩すこともなく、重厚な衣を着重ねている清江がこのような格好は、頼りなくて仕方がないのだろう。
 流文だってそうだ。湯あみ着のほうがよほど禁欲的で健全なもの、これはあまりにも……淫らに過ぎる。
「私こそ。あなたには及びませんね。これ、実は天鳴に勧められたんですけど。まさかあなたのほうがお似合いとか」
「やはりあいつの差し金か。君にしては少々刺激的だとは思った」
「ごめんなさい。御無理をさせてしまいましたね」
「だが、君はいいぞ。なかなかに、そそる」
「そうですか? 本当に……」
「ああ。ちょっと、困るほどだ」
 早く抱かせなさい、と、耳元に囁かれた。ぞくぞくと、快感のようなものが全身を駆け抜けた気がした。こんな露骨な言い方、いつもの清江はしない。
 余裕のない表情が、こちらをも煽る。鼓動がどんどん速くなる。
 こんな時に、気の利いた切り返しもできない自分を、流文は情けなく思った。しかしそのような恥じらいも、清江は口づけであっさりと奪ってしまった。
 それからきつく抱きしめ、強引に寝台に座らせると、自分もまた膝で乗り上げる。
「君が脱がせるか?」
 清江は、さっそく彼の服の襟に手をかけたが、そう言って脱ぐ動作を一旦止めた。
「あ……、それもまた……」
 いいかもと、思ってしまった。大変にはしたない行為だが、それが興奮を呼ぶらしい。
 なるほど、こういう楽しみ方もあるのか。
「でも、もう少しだけ」
「そうか?」
「目に焼き付けました。脱がせますよ?」
「ご自由に」
 清江が妖艶に笑う。普段堅物なこのひとの、床で見せるこういった表情は本当に淫らだ。
 清江の衣に手を伸ばし、まずは上衣を肩から降ろす。それから、透ける肌着もめくりあげて脱がせた。腰巻を解くとき、彼の一物が猛っていることに気が付いた。まぎれもなく自分を求めての彼の反応を目の前で見てしまうと、どうにも恥ずかしい。
「どうした?」
「いえ……」
「驚くほどでもないだろうに。もう何度も君の中に入っているものだ」
 ほら、この言い方である。流文を恥じらわせてその気にさせるのだ。
「清江!」
「好きにしていいぞ。愛でてくれた分だけ君が善くなる。それとも、すぐに欲しいか?」
「……!」
 清江の口から、次々と刺激的な言葉が出る。これはそうとう、煽られてくれているということだろう。
「すこしだけ、触れさせてくださいね」
 勇気を振り絞り羞恥をかなぐり捨てれば、あとは自分にも起きている目もくらむような欲情に、身を任せることができた。自分もこの人を愛でたい。してあげたいと、これは男の欲だろうか、そう思えるようになった。
 腰巻を引きはがし、彼の下半身を露わにすると、流文は両手で包むように、彼のものを捕らえた。
「っ……!」
「ごめんなさい、痛いですか?」
「……そうじゃない。……わかるだろう?」
 感じるのだと、紅潮させた清江の表情が訴えていた。
「優しくしますね」
「君、濡れるぞ。はやくも限界に近い」
「どうしましょう。このまま、してあげていいですか。それとも、……」
「君のいいように」
 言われたのが、こちらにもまた火をつけた。だったら、いつもあなたがしてくれるように。
 唇を寄せ、そっと口に含んだ。そのとたん、清江はぐっと硬さと嵩を増した。それがとても愛しくて、流文は行為に夢中になった。
 もうこれ以上咥えているのは苦しいと、思った頃に清江は、精を吐いた。艶めかしく声を殺しながら。
 受け止めきれなかった精が、流文の服の胸元から下を濡らした。そのせいで、流文の興奮もまた、二人の目にくっきりと晒される。
「私のことも脱がせますか?」
「いいや」
 清江が、ニヤリと笑んだ。今達したばかりのくせに、冷静さを取り戻すこともなくまた大層に色めかしいまなざしを寄越してくる。
「このまま、する」
 それもまた、恥ずかしいような気がして。それを清江が楽しんでいるのがわかった。
 清江が満足げに流文を見下ろすと、ゆっくりとふたりの体を横たえた。
 そして、一度深い口づけをしてそれから、わき腹をなぞり、その手を短い上衣の下にもぐらせた。
「っ……」
 迷うこともなく、感じる部分に指を這わされる。そしてもう一方の手が、彼の精で濡れた袴の上から強くそこを掴んだ。既に濡れそぼったものは、衣ごしの滑らかな感触にまた、もどかしいほどの快感を伝えてくる。
「ほう。いつもより、その気だな。あの格好で興奮したか?」
「……だって」
「君も似合っている。私を誘い込むとは、なかなかやるな」
「誘われてくれましたか?」
「恐れ入ったよ。今宵は覚悟しなさい。眠らせてやれそうにない」
「優しく、してくださいね」
「無茶を言うな」
 薄衣越しに、再び猛った清江の一物が流文の尻に押し付けられた。胸元、前、そして後ろからの刺激に、全身で抱かれていると思った。
 清江の体が熱い。こちらももう汗で服が肌に張り付いてきた。
 流文は、熱で浮かされたとろけそうな頭で思う。脱がせてとねだるのは、いつがいいだろうか。


 ――― 完 ―――
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