おなじはちすに

桂葉

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九章

別離

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 気持ちいいか?と、彼がきく。
 かなり意地の悪い質問だ。もうそんなことに答えるのも馬鹿馬鹿しいくらいには、体が反応している。男の体はまったくもって正直だ。
 彼は八雲の身体を隅々まで撫でて、何度もロづけて、それから徐々に弱いところを攻めてくる。感じるところは丹念に愛して、そして追い詰めるのである。たっぷり時間をかけて、目一杯感じさせて抱く、そのやり方はくせになるほど、よかった。
 三日三晩、蓮暁は八雲を抱いた。
 昼間は仏堂にこもり、ひたすら読経して過ごす。その間八雲は鍛練をしたり、山や川に行って獲物をとらえてきて、町の物売りに買ってもらう。
 夜には寺に戻り、二人きりになれば、抱き合う。それが三日続いた。
 それが、ただ体の欲求に従うような単純なものならよかった。なにも考えなくていい。しかし蓮暁の場合、それとは違う意味があるのだ。
 十年の寂蓼を埋めるように、八雲を求めてくる。甘えるような優しい愛撫で、完全に八雲を溶かしてしまうのだ。愛でるという表現が一番近いだろうか。   
  おかげで八雲の体はすっかり蓮暁を受け入れられるようになり、それがまた、彼の情熱に火を着ける。
 祈めてでもわかった。蓮暁は床業がうまい。本当に、何から何まで信じられない坊主だと思う。
「どこでこんなやらしいこと覚えてきた」
  八雲が尋ねると、「たまたまお前の好みと合ったんだろうな」と、しれっと言う。
「お前の反応をみてたら、自然にこうなるんだよ。優しくされるのがいいんだろ。かわいいとこあるじゃないか」
「それはあんたがきつくしないからだろ」
 知ってるよ。あんたが、実はすごく優しくて、情に厚いことくらい。
 抱き方までそうだ。相手に尽くしたいのだ。だから、床でも目一杯優しくて、悦ばせてくれて、その充足感で彼自身が満たされる。
 だから八雲は遠慮なく彼を求めた。敷布をどろどろにしてしまって自分で洗っていた朝は、さすがに弟弟子の僧に苦笑されたが。
 だが、そんな日も、長くは続かなかった。
 あまりにも不自然だからだ。
 …そんな人じゃ、ないよな?
 別れるつもりかもしれない。そんな思いが肌を重ねるたびに強くなる。
 抱いて抱いて忘れられないくらい抱いてから、「もういいだろう」と、別れるのではないか。
 それが優しさと、信じて。

 そして案の定、七日経って明けた朝、彼は姿を消していた。


     ●


 いつだろうと、思わないわけではなかった。だから、彼のいなくなった床が冷えていることを知った時、「今日だったのか」失望するよりは冷静にそう思った。 
 彼は八雲の体力の限界まで抱くから、気をやってそのまま朝を迎えることがあった。今朝もそれだ。でなければ、いくら寝ていたって肌を合わせて寄り添う相手が床を出たことにくらいは気が付く。
「周到なことで」
 似会わない皮肉が漏れる。わかってたさ。わかってたけどさ。でもやるせないじゃないか。何も言わずに行くなんて。
 どうせ彼のことだ。朝になって出かけたのではないだろう。八雲が寝ている間に距離を稼ごうとしたはずだ。八雲は忍びの足で走る。そのことも計算に入れているはずだ。
「いまごろどこ歩いてんだよ」
 本当に、期待を裏切らないつれなさだ。
 あんなに熱く抱き合ったのに。つながったのは体だけだったのか? 
 八雲には、もっと違う何かをつかめたと思ったのに。それでも出ていくのが蓮暁という人なのだろう。
 憎らしいことに、弟弟子だけは蓮暁を見選ったという。その青年僧はもちろん、八雲は連れないのかと問うたらしい。けれども蓮暁はただ苦笑しただけだったという。 
 ではせめて伝えることはないのかと、食い下がった青年僧に、託したものは何一つなかった。
 八雲は、寺の人々に丁寧にあいさつを言って、出発した。
 中には蓮暁の薄情をたしなめるようなことを言う人もあったが、それは八雲が制した。
「大丈夫。あの人単純じゃないだけだ」
 そう返した。これも、試しているだけだろう。八雲の心を。
 本当にそれでも、いいのかと。
  そもそも、自分の身の振りを決めかねていたのは八雲だ。流されるように蓮暁に惹かれて、そのままついていこうと思った。それも一つの選択ではあったが、本当にそう決めるべきなのか、離れてから改めて考えろと彼は言うのだろう。
 「追いかけます」そうきっぽりと告げた八雲に、蓮暁の出家を促したという年老いた大僧正が言った。
「いつでもおいで」
「蓮暁にも伝えます」
  寺を出たら、八雲は北へ向かった。なんとなく、蓮暁の行き先に見当はついた。
  甲賀だ。

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