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5 後悔先に立たず

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[ 図書館 ]

師匠に押し付けられた本数冊を手にやって来た図書館。

この学園の図書館は、いつ来ても圧巻の広さだと染々思いながら、私は図書館内を見回した。 
高い天井と何処までも続きそうなぐらい広い面積。 
壁にも本がズラリと並び、本棚もずっと向こうまで続いている。本を読む専用スペースも沢山設置されていて借りずにそのまま読むのも可能。

図書館の本は地下2階まであって、地下は閲覧に許可がいる貴重な本が保管されている。その為、地下は基本的に立ち入り禁止になっている。結構な頻度でここを利用する私ですら入った事はない。あの場所に入って行くのは大抵、教師や司書と言った学園の関係者だけだ。
それ以外の場所であれば本を自由に読んだり借りたりできる。 

休みの日に朝から図書館に来る、なんて考えの人があまり居ないせいか、今日は人がポツポツ居るだけで人が何時もより少ない。

図書館ならではの匂いと静かな空間。 
暑くもなく寒くもない丁度良い心地好い温度。

何だか眠くなりそうだなと思いながら本を返却するべく司書の居るカウンターに向う。

カウンターに近づくと、カウンターの奥に座り何やら作業をする男性司書が目に入り足が止まる。

(あっ……今日はキースさんなんだ……)

カウンターに座る司書を見て今日はついてないなと内心溜め息を吐いた。

相変わらず無表情で愛想の欠片もないまるで機械の様な司書、キース。

ストレートのサラサラした紺色の髪。やや長めの前髪から覗くアイスブルーの冷たい瞳。整った顔立ちをしていて一部の女子生徒に密かに人気がある。

これだけ整った顔をしていればもっと騒がれても可笑しくなさそうなのだが、彼の纏う冷たい雰囲気や愛想の無さが攻略キャラ達ほど騒がれず一部の女子にだけにしか人気がない要因になっている。


そして、『恋する魔法使い』にも登場する立ち絵のある脇役でもある。

彼がゲームのキャラと気付いたのはごく最近の事。
図書館に何度も来るので彼の存在は知っていたが如何せん乙女ゲームの世界に酷似した世界と気付いたのが、この学園に入学した何年も経った後だったため気付くのに時間がかかった。

ゲームにちょい役として登場する程度だが、見た目が美形で、そのうえ有名な声優さんが声を当てていた事もありゲームをプレイした人達になかなか人気のあったキャラだ。

だが、残念な事にあくまで脇役なため攻略はできない。

そのせいか「何で攻略できないの?!」と言う嘆きの声を上げる女子もいたとか……。
かく言う私も思いましたが。

乙女ゲームは脇役すらイケメンに描かれるものだから攻略できなくて「何でイケメンになんて描いちゃうんだ!」と嘆いたキャラは過去沢山居たなと昔の自分を思い出す。

……しかし、現実と二次元じゃ状況も変わるわけで。

(私……キースさん苦手なんだよね……)

そう、実は私は彼が苦手だ。

私は、これから顔を合わせなければならないキースにソッと溜め息を溢した。

彼の顔は整っていて確かに「格好いいなぁ」とは思う。
ゲームをプレイしていた時だって、結構好きなキャラだった。でもそれはあくまで二次元の話し。

実際に近くで何度も顔を合わせたりしているがあの能面のような無表情とあの冷めた瞳が何を考えているか解らなくて緊張するし不安になる。

もう少し表情があれば苦手意識を持つ事もなかったかもしれない。

(でも、苦手とか言ってる訳にもいかないしなぁ……)

師匠が無理矢理 押し付けてきた本を恨めしく思いながら 、私は意を決してカウンターに近付くとオズオズと本をカウンターに乗せた。

「……返却をお願いします」 

すると、ピタリと機械の様に作業の手を止めたキースは私の差し出した本に視線を向けた後、私に視線を移した。

何時もの冷たい何の感情も読み取れない切れ長の瞳。謎の威圧感に思わず目を逸らしたくなったが踏みとどまる。

「返却ですね」

耳に心地良いテノールボイス。
対して大きくはない声なのに妙に耳に響いて残る。

キースは私からまた本に視線を落とすとカウンターに置かれた本を手に取った。

かしこまりました」 


そう言って無表情に告げると、淡々と事務的に返却手続きをし始める。 
向けられた視線から逃れると、私はソッと息を吐いた。

見られていたのは物の数秒だったと言うのに妙に長く感じた。蛇に睨まれた蛙?の気分だ。 

そんな彼をそっと横目で盗み見る。 

(女子に人気なだけあって綺麗な顔してるんだよね……。もっと愛想良くすればもっとモテそうなのに)

なんて事を思いながら失礼じゃない程度に相手の顔をマジマジと眺めた。

肌は病的に白く、日になど焼けたことなんてない様な綺麗な肌をしている。
ピクリとも動かない表情筋に、本当に機械なのでは?と疑いたくなる程彼の表情は全くと言っていいほど変わらない無表情だ。


「返却完了しました」

そう抑揚のない声で言ったキースとまた視線が絡んでギクリとしながら、「有り難うございました」と言うと私はその場をそそくさ後にした。


カウンターから離れてから、そう言えばと左肩に掛けていた鞄+勉強道具一式を思い出し、足を止める。

(本、はまた今度にして……折角 勉強道具を持ってるんだし勉強していこうかな……)

そう思い付くと私はあまり人が来ないマイナーなコーナーに足を向けると設置されていた読書スペースの椅子に腰掛け鞄を机に置いた。 
ここは、私がよく座る定位置。人が少く窓から中庭の景色も見える私のお気に入りの場所だ。

(そう言えばこの場所に居たとき……)

フッとあの日見たリオンとアイリスを思い出し微妙な気分になる。本棚に壁ドンされるアイリスと壁ドンするリオン。

改めて思う。図書館で何やってんだと。

「はぁー……忘れよう……」

そう呟きながら近くの窓に視線を移し後悔する。

「忘れようと思った矢先にこれかぁ……」

ここから見える中庭で、アイリスと外部生の攻略キャラ、アベルの姿があった。 
黄緑と深紅の髪。遠目でも分かる鮮やかな色。 

彼女以外にも中庭には恋人同士の男女や友達とお喋りする人達もポツポツと見掛けるが、如何せんカラフルな色と華やかな容姿が何処に居たって目立つため自然と目に留まる。 

(なんかアイリスを最近よく見掛ける気がする……あと攻略キャラも……私が意識し過ぎているだけなのかもしれないけど……)

そんな事を考えながら二人をボーッと眺める。

アベル、外部入学生で平民出身。
黄緑色の髪に翡翠ひすい色の瞳。 
ホンワカとした柔らかい雰囲気とのんびりとした口調が特徴の癒し系のイケメンだ。 

確か……絵を描くのが好き、だったかな?
ヒロインに一目惚れして、絵を描かせてほしいと初対面で頼み込んで……みたいな出合いだったはず。 

遠くて何を話しているのか全く分からないが、何となくゲームにあったワンシーン、『困るヒロインにグイグイ迫るアベル』のスチルと遠目で見える彼等の光景が似ている……と言うより同じな気がする。

「……アベルの芸術センサーに引っ掛かったのかなぁ……」

それもその筈かと頬杖を着きながら思う。

『ゲーム内のアイリス』と言うキャラは、性格さえ悪くなければ完璧な美少女だ。
ゲームをしていた時も「勿体ない……」なんて思ったっけ。

そして、現在。
今のアイリスは皆に慕われる程、性格が良い。
それを考えると今の彼女にモテない要素など無いほど完璧な美少女、と言う訳だ。

(実際モテるんだよね……)

アベルのお眼鏡に叶った、と言うのも当然と言えば当然、なのかもしれない。
攻略キャラをほぼ落とした彼女だ、アベルもコロッと落ちてしまったのだろうか。

後一人、攻略キャラを落とせばアイリスは悪役にして完璧な逆ハーレムを達成する。

「……転生者、だったんだっけ」

そう言えば、彼女は私と同じ転生者(多分)だったなと思い出す。

「私と同じ…………」

の、筈がこうも違う彼女と私。 

いくら私にゲーム知識があろうと、あぁはならないなと美少女に転生した彼女を少し羨ましく思う。

(私が漫画や小説なんかの主人公なら違ったんだろうな)

よくある少女漫画や小説なんかの主人公は『ごくごく普通の女の子☆』や『平凡な女の子』と、キャラ紹介が書かれているのをみるが、複数のイケメンを落としたり、もしくは、学園の王子様と結ばれる、なんて事が可能なのも、ひとえに普通の女の子が主人公と言う名のヒロインだからだろう。 

(……乙女ゲームの世界に転生したんならヒロインに転生したかったなぁ……なんて)

そんな事を考えて、どんどん卑屈になっていく自分に溜め息が出る。

私だって一応女の子だし、彼女みたいに人並みに恋はしたい、とか思ったりする。

でもこの学園はお金持ちの貴族ばかり。身分やらと言う壁と、決められた婚約者の存在が、前世の時のような自由な恋愛を阻んでいる。

それがたとえ無かったとして、私の場合は恋人と言う甘い響きにとことん遠い人種な気がする。 
前世がそうだった、友人から親しい友人にランクアップするぐらいで恋愛には結び付かなかった。

異性から見た私って恋愛対象外なんだろか?

目の前に広がるイチャラブにまた溜め息が出そうになり視線を逸らすも逸らした先に居たカップルに結局溜め息が出た。

「最近の若い子はませてる」なんて婆臭い事を考えた後に、「自分も年変わんないし!」とセルフ突っ込みして、この年にして枯れている自分に虚しくなった。 

前世と今世の年を足したら……止めよう。

「どーせ、前世も今世も年齢=彼氏居ない歴ですよ……」

言葉にしてみて現実を思い知らされ自分で言っておきながら更に凹んだ。
意味もなく「うわー」と声を上げながら私は机に突っ伏した。

うつ伏せになった状態で顔を横に向けると机に置いてあった鞄が視界入る。
そして、鞄に着けた白猫のストラップと目が合った。
ミラが「御守り!」と言ってくれたくれたもので、手作りらしい。

真っ白な毛に真っ青な瞳をした猫。
それを意味もなく、指先でつつく。

「癒されたい……ミラー……なんでミラは此処にいないの?」

お貴族ばかりのこの学園。悲しいかな、友人は片手の指で数える程しか居ない。 

価値観の違いで全く話が合わないし、食事一つでもマナー云々うんぬん……。非常に疲れる。

私のよき理解者のミラにこの言い様のないモヤモヤを話してスッキリしたい。
買い物とかして遊んで美味しいもの食べて。
そして、ミラの笑顔に癒されたい……。

でも、癒しのミラは私の期待を粉砕して入学してこなかった。

今だにその事実が私の中で納得できなくて、今だって何でここまで酷似した世界でミラだけが物語通り入学してこなかったのかと引き摺っている。
こうやってモヤモヤと引っ掛かるこの事について悶々と考えても、不満を漏らしても結局は解決しない。

「はぁー……魔獣騒ぎかぁ……」

ヒロインの覚醒イベントが不発に終わった、もしくは理事長と出会えなかったか。
その場に居たわけでもないし確かめようがない。

あの場にいた人なら解るのに。
 
(……あっ、そう言えば)

師匠がさっき……

『結界が破られて魔獣が入り込んだらしくてなぁ……それで徹夜明けだっつーのに呼び出し食らっての結界の張り直しだのなんだの……はぁ』

そんな事を疲れた顔で愚痴ってたなぁと思い出す。

「師匠は魔獣騒ぎについて知ってるんだ」

それに、どうやら結界の張り直しに駆り出されたみたいだったし、あの場に行ったんだ。

物語通りに魔獣騒ぎがあったならあの場に、ミラは居たんだろうか?
それを師匠は見たんだろうか?
 
「……詳しく聞いてみよう」

それで、事の真相を知れればもうこの事については忘れよう。ウジウジ考えるのも止めよう。 
これが今の現実だと受け入れる。
この世界が似て非なる世界だって。

私はそう決意すると椅子から立ち上がった。


グー……

「…………」

静かな図書館に間抜けな音を響かせ私のお腹が空腹を訴えた。 

「……そう言えば、朝からなにも食べてなかった」

バタバタしていてすっかり忘れていた。
空腹を意識して更にお腹が減って気持ち悪い。

「……ご飯食べよう」

話しはその後で……。

私は鞄片手に食堂へ足を進めた。



▽▲


図書館から出てしばらく……。

「あの、これ、……受け取ってください!」

食堂までの道すがら聞こえてきた女の子の声に首を傾げる。
もう少し行った廊下の先から聞こえる話し声。
私は通るついでとばかりにそちらに近寄った。


「……ごめんね。俺、プレゼントは貰わないって決めてるから」

困ったような男の声。 
聞いた事のある美声にまさか、と思いつつソッと廊下の角から覗き見た。

(あー……やっぱり……)

廊下に佇む二人の男女。

女の方は確か……アイリスの取り巻きの子?だったか、たまに見掛ける程度であまりよく知らないが、男の方は有名人だしよく知っている。

180後半はありそうな身長とスラリとした体型。光を受けキラキラ輝く金髪。

襟足は長く肩に掛かるほどに伸ばされている。着崩されたワイシャツから覗く健康的な肌色、タレ目な橙色の瞳は十代にしては色っぽい。
色気のある美形で女子生徒にかなりモテそう……と言うよりモテる。 

(図書館以来の遭遇、かな)

攻略キャラのリオン。
チャラチャラした女好きで女子には優しい紳士。来るもの拒まず去るもの追わず。とても口が上手い。

家柄や華やかな容姿は女子生徒を惹き寄せ彼は常に可愛い女の子に囲まれていた。

しかし、そんなリオンだったが、最近は女の子に囲まれている所を見掛けない。彼に何か心境の変化でもあったのか……。
誰かれ構わず甘い囁きを口にする事もなくなった。

その行動がまるで『恋する魔法使い』にあった『ヒロインに恋するリオン』の行動そのものみたいだと私は思った。

きっとこれは、アイリスの影響だろうと私は思っている。図書館で見た二人を思い出すとそんな気がする。

「っ、受け取ってくれるだけでいいんです!捨てても構いません。だから……これを!」

そう言った女の子は可愛らしいラッピングがされた袋をリオンに無理矢理渡した。

「ちょっ!」

「そっそれでは。失礼します!」


パタパタ

押し付けるような形で渡されたプレゼントを困惑しながら手にしたリオンは呆然としながら女の子が走って去って行った廊下を見詰め溜め息を溢していた。 

「…………はぁ。こう言うの困るんだよね」 


そう言ってプレゼントを見るリオン。

少女漫画のワンシーンにありそうなその光景に覗いた事を申し訳なく思う。救いなのは告白の現場ではなかった事ぐらいだ。 
完全に覗き見になってしまっているこの状況に今さら何事もなく通りすぎる度胸もなく困り果てる。

(……引き返して他の道から行こう)

そう決めると、その場を後にしようとした。


ガサ 

(え?)

だが、聞こえてきた音に思わず足が止まる。

嫌な予感がする。

(まさか……ね。女の子に優しいリオンが……)

私はまた角からソッとリオン達が居た場所を覗き見た 。
そこには、ゴミ箱の前に佇むリオンの後ろ姿があった。

(……うそ……まさか本当に捨てた?)

彼が手に持っていた筈の包みは彼の手にはなかった。

私が絶句している間にリオンはゴミ箱からさっさと去って行った。

私は恐る恐るゴミ箱に近付き中を覗きこんだ。

「……本当に捨てたんだ……」 

ごみ箱に捨てられた可愛らしいラッピングが施された袋。先程、女の子がリオンに渡していたものと同じものだ。

「……捨てることないのに」 

彼女が勇気を出して渡したプレゼントをこうも簡単に捨ててしまうなんて。

私はごみ箱に入れられたプレゼントを複雑な思いで見詰める。 
拾ってリオンにまたプレゼントを渡す、なんて度胸 私にはない。例えできたとしても、簡単に捨てるぐらいだ彼は受け取らないだろう。
それに、私が覗いていた事もバレて気まずくなるし、こんな事したって「余計なお世話」と切り捨てられるのが落ちだ。 

私はゴミ箱から視線を外し、今度こそ食堂へ行こうとした……。


「……覗きなんて、感心しないなぁ」 

「っっ!!」

だが突然、後ろから声を掛けられ足が止まる。

相手からも私の驚きが伝わるぐらいに、私は肩をビクつかせた。 

そんなに大きな声で発せられた言葉でもないのによく通った美声に心臓が飛び出るぐらい驚いた。

頭が真っ白になって心臓があり得ないぐらいバクバクと煩く鳴り響く。


(なっ何で居るの?!)

私は内心パニックになる。
振り返らなくても誰が私の後ろに居るかなんて解っているのに、恐くて振り返れない。
きっと、あの呟きだって聞かれた。

コツコツと言う靴音が廊下に響く。相手が近付いてくるのが嫌でも解る。
いくら「来ないで!」と願った所で相手は足を止めない 。

コツと靴音を響かせた後、音が止む 。

「……ねぇ、こっち向きなよ」

「っ!!」

思いの外、近くで聞こえてきた美声にゾワゾワと鳥肌が立つ。冷や汗が止まらない。

耳に多大なダメージを負いながら、まるで、油の切れた機械の様に後ろを振り返った 


「君はさっきの子の、お友達かな?」


そう言って首を少し傾け私を見下ろす美形に顔が引きる。

(あぁ……こんな事ならさっさと食堂に行くんだった……)

『後悔先に立たず』と言う言葉が頭に浮かんで消えた。

私の、後ろに立つ美形、リオンは、思わず見蕩みとれてしまいそうなほど綺麗な微笑を浮かべ私を見下ろしていた。




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