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4.5 sideアレックス

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「本当に何もされなかったのか?」 

女に掴まれていたアイリスの手首に、俺は労る様にソッと触れた。

「別に、何もされてないわ」

そう言って俺から視線を逸らすアイリスの表情は何処か不安そうな怯えた様な表情をしていた。

「なら、何故そんなに不安そうな怯えたような表情をする?本当は何かあったんじゃないのか?」

ロイも同じ事を思ったのか余り表情の変わらない顔が、今回ばかりは眉を僅かに寄せ心配気にアイリスを見詰めていた。

「!……そんな事ないわ。アレックスは心配し過ぎなのよ。私はこの通り何もされてないし大丈夫」

そう言って微笑むアイリスはさっきとは違い何時もの彼女だった。

(一体何があった?)

『何でもない』、『大丈夫』とは言うがやはり先程見せた表情に不安が募る。

実際は『何かがあった』のではないだろうか? 

後ろに居た筈の女を思い出し俺は女を振り返ったがもうそこに女の姿はなかった。

▽▲ 

「アレックス様、もし宜しければ……」

「アレックス様だわ!今日もなんて麗しい」

「お休みの日までアレックス様のお姿が見えるなんて……」 

苛々する。 

俺は今、学園の中庭に気分転換に来たのだが、ただ外に出て歩いているだけで知らない顔の女に話しかけられ、コソコソ囁かれ、痛いほどの視線に纏わり付かれ俺は苛々していた。

「はぁー……」

昨日のアイリスの表情を見てからどうも落ち着かず外に来たのにこれだ。
普段気にするのもバカらしい視線やヒソヒソ話しが今日はやけに耳について俺は深い溜め息を溢した。

(学園の校舎なら人も少ないか……)

俺は中庭から早足て逃げるように、校舎に足を進めた。


▽▲


やはり、今日は休みとあって人の姿など殆どない、静まり返った廊下をただ宛もなく歩く。 

バタバタ

「?何だ?」

静かな廊下にいやに騒々しい足音が聞こえてきて、俺は首を傾げた。 
すぐそこの階段下から段々近付いてくる足音に何となく興味が湧き通りすぎるついでにちょっと見てやろうと、階段の前の廊下を横切った……のがいけなかった。


「うわぁ!!」

「っ!!」

ドン

俺の予想に反し、相手が階段を上るのが早く、勢いよくぶつかってしまった。
俺より、がたいがいい相手ではなかったようで俺の体は後ろに少しヨロめいただけだった。 

サッと視線を相手に向けると、今まさに上ってきた階段から落ちそうになる相手を視界に入れギョっとした。

「あぶなっ!!」

「っ!」

後ろに傾いた体は寸での所で腕を掴んで引っ張り上げ、お陰で落ちる事はなかった。

俺は内心、冷や汗をかきながらホッと胸を撫で下ろした。
 危うく人殺しになるところだった。

冷静になり始めた俺は、相手に文句を言ってやろうと口を開いた。

「あんた、危ないだろ」

「す、すみませっー!!」

俺は、腕の中にいる相手が顔を上げた事によって初めて、相手が昨日出会った女だと気が付いて目を見開いた。

「お前は……」

まさか、昨日の今日でまたこの女に会うとは……。

相手も俺と同じ事を思ったのかひどく驚いた表情で固まっていた。

何処にでもいそうなこれと言って特徴のない地味な女。服装がやや乱れ息を切らしていて相当急いでいたのが伺えた。
胸元のリボンが『青』という事は1年だろう。

「チッ」

昨日の事もあり、俺は気が付いたら女の手をぞんざいに振り払って舌打ちまで噛ましていた。 
アイリスに何かをした、もしくは何かを言ってアイリスにあんな表情をさせた。そう思うだけでこの女に苛立ちを感じた。

実際、確証はなにも無いが……。

俺が振り払った事によってよろけた女は驚いた表情をしてから俺の態度に不服そうに微かに眉を潜めた。

「……助けていただいて、ありがとうございます」

文句の一つでも口にしそうな雰囲気だったのだが、俺が振り払った事に対して怒るでもなく律儀に礼を口にした。

(こいつは一体、アイリスとどう言う関係なんだ?ただの、嫉妬から嫌がらせをした、その程度の奴なのか……。それとも、本当に何でもなかった、俺の勘違いだったのか?)
 
得たいの知れない相手に自分でも分かるほど眉間に皺が寄る。


「……それじゃあ、失礼します」

俺がジッと相手を睨み据えて探るように見ていたせいか、逃げるようにそう言って立ち去ろうとする相手に気が付けば手を伸ばしていた。


「……おい待て」

昨日の様に女の腕を掴み静止を掛けると僅かに肩をビクつかせたのが分かった。

昨日の件でかなり恐がられてしまった。
それもそのはずかと内心自嘲気味に笑った。

今になって冷静に考えると、俺の早とちりが招いた事だ、いきなり訳もわからず腕を捻り上げられ、話もまともに聞き入れて貰えなかったうえに謝罪もなく放置したのだ、これは当然の反応なのかもしれない。 

俺の中で僅かながら罪悪感が生まれた。 

「何でしょう?」

警戒心剥き出しで振り返った女に今更ながら酷い態度だったと苦い気分になる。

俺とした事が、いざアイリスの事になると冷静に頭が回らず、自分の感情を優先して行動してしまった。名門貴族の長男である以上この様な態度は良くなかっただろう。 

だからだろうか。 

「……昨日っ」 

「?」 


気が付けば謝罪を口にしようとしたのは。
俺はハッとなり不自然に言葉を切ってしまった。 

「……」

「……」

俺を訝しげに見上げる女に妙に気まずくなりこの先の言葉が続かなかった。

たかだか一人の名も知らない女にどう思われようが俺にとっちゃ痛くも痒くもない事。
それなのに、こんな風に今更過ぎたことを謝ろうなど俺らしくもない。 

だが、証拠も無しに一方的に責め謝罪をしなかった事を思い返し言い様のないモヤモヤとした気持ち悪い感覚がして頭より口が動いていた。

(チッ、元はと言えばコイツに会わなければこんな事を思うこともなかったんだ) 

自分でも八つ当たりだと解るようた事を内心で思いながら相手をジッと見据え悶々と考える。

ジッと見詰め続ける俺に女は更にビクビクしながらも此方を負けじと見詰めてきて俺は意味もなく苛立ち眉間に更に深い皺が寄った。 

俺に対してビクビクして、顔を青ざめさせるこの態度が俺を苛立たせるのだろうか? 

ジッと見てくる相手に居たたまれなくなり俺から視線を逸らした。

「…………か……た」

「……え?」

ここまで言いかけて止めるのも何だがモヤモヤして、小さくではあったが謝罪を口にした。 

やっと言ったと思いながら相手に視線を戻すと、聞き取れなかったのか女は首を傾げて居た。 
おい、この俺が謝罪を口にしたと言うのにこの女はちゃんと聞いていなかったのか?!

「何でちゃんと聞いてないんだ」 

俺の苛立ちは更に増した。 

「だから!……その……悪かった」

「……え?え!?」

最後の方、尻窄まりになってしまったが、俺はやけくそ気味に勢いのままそう口にした。 
俺の言ったことが信じられないのが酷く混乱したようにオロオロしている。

「勘違いして……」 

「……」

信じられないとでも言う顔をして俺を凝視する女に気まずさを感じまた俺は視線を逸らした。 
と言うか、そんなに俺が謝るのが意外なのか?失礼な奴だ。

「……いえ……別にもう気にしてないので」

そう言って、俺の顔と掴まれた腕を交互に見た女にそう言えば腕を掴んだままだったなと思い出し手を離した。 


「……あぁ、ーーっ!」 

バサバサ

「え?」

その時、感じた『殺気』に俺は咄嗟にその場から飛び退いた。

落ちてきた物は俺がさっきまで立っていた場所にバサっと派手な音を立てて床に落ちた。 
見れば、ハードカバーのそこそこ厚みのある本だった。 

「っあぶねぇな。……誰だ?」 

本が降って来た場所に視線を向けると、見知らぬ男子生徒が階段の踊り場に立ち尽くしていた。 
長すぎる前髪は、前が見えてるのか?と思うほど伸ばされていて表情が分からない。

ネクタイの色が青、と言う事は一年か。

「えっ、リベルタ?」

さっきまで隣に居た女が、階段に居た人物に向け呟いた言葉に、相手が『リベルタ』と言う名の男で、どうやら女の知り合いらしい事が分かった。 

名前を呼ばれたリベルタとか言う男は名前を呼ばれハッとしたように足早で階段を下りてきた。

「すっすみません!……手を滑らせてしまって……。あぁ、大丈夫でしたか?お怪我は?!」 

俺達の前まで下りて来ると男はオロオロしながら申し訳なさそうに謝った。

「私は大丈夫」 

「そう、ですか……」

女とのやり取りを終えた男は、今度は俺の方に顔を向けた。

「あの……そちらの方は、お怪我はありませんか?」

「…………いや、ない」

俺を心配する様な言葉を掛けてきた目の前の男。

キッチリ着た制服と男にしては長い赤茶けた髪、俺と同じぐらいの身長。 
何よりも目を引くのは長すぎる前髪だろうか。
そのせいで顔や表情がよく分からない。

キッチリ着た制服や丁寧な口調からして真面目そうな印象を抱く。外見だけ見ると根暗そうな目の前の男に、俺はどうも胡散臭ささを感じてならない。


本当に『手が滑った』のだろうか?
あの勢いとピンポイントに俺だけを狙ったような本の落下。 


そしてなにより、感じた『殺気』

俺は、コイツが『わざと本を投げた』のではないかと思っている。

だが、何故コイツが俺にそんな事をしたのかが解らない。 
素顔が見えないぶん、断定は出来ないが、俺はコイツを知らない。 

だが、知らぬ内に怒りを買ってしまった可能性もあるが……。 

俺は相手の前髪に隠された素顔を探る様にジッと観察したもののやはり前髪が邪魔で分からなかった。


「それは良かった。本当にすみませんでした。私が手を滑らせたばかりに……」

手を滑らせた……ね。

「……いい、気にするな」 

俺は落ちていた本を拾い上げ、男に差し出した。

「あぁ、ありがとごさいます」
 
差し出された本を受け取った男は口許に胡散臭い笑みを張り付け礼を言った。

「……今度から気を付けろ」 

俺は二人にそう声を掛け踵を返し、さっさとその場から立ち去った。


▽▲


「何処かで会ったか?」

俺は廊下を歩きながら、意味もなく顎に手を宛てて先程の『リベルタ』とか言う男を思い出そうと自分の記憶を辿る。 

だが、俺の記憶にある人間と先程の男の名前と容姿に当てはまる人物は居ない。

「……リベルタ」

忘れているのかも知れないと男の名を口に出してみたがピンとこなかった。

何時もの俺なら接点もそうない下級生。俺に対し敵意を持っていたようだが、俺のように名のある貴族で、魔力も高い、更に容姿が整っているとなると何かしらのやっかみや嫉妬からの敵意などよくある事。 

あのような男など気にせず忘れてしまえばいいのに、今回はどうも引っ掛かる。 

だが、解らない事を悶々と考えていても埒が明かない。 

(気にするだけ無駄か) 

俺のよく解らない勘が、リベルタと言う男にモヤっとした物を残したが、俺は無理矢理このことを頭の片隅に追いやり考えを放棄した。 

その時ふと、見知った人物が窓の外に見え足が止まった。 

「アイリス……と、誰だ?」 

視線の先にあったのは、花々に囲まれた中庭のベンチにアイリスと見知らぬ男が仲良さげに話している姿だった。 

その二人を目にして、自然と俺の目はそちらに釘付けになった。 

親しげに話す二人の姿に眉間に皺が寄る。

(アイリスと親し気に話すあの男は誰なんだ……)

無性に苛立ちが増し胸の中にどす黒い嫉妬心が渦巻く 。

そんな自分にハッとなり二人から視線を外した。 

(らしくない……自分が誰かに嫉妬するなんて)

『気にするな、只二人は話しているだけじゃないか』そう心の中で呟くも、視界から外した筈の二人の姿が目に焼き付いて離れない。

アイリスが知らない誰かに笑う、只それだけで胸がモヤモヤして見知らぬ相手に苛々する。 

初めて彼女にあったあの日も、自宅の花に囲まれたあのような場所だったなと思い出す。母上が好きだった沢山の花。 

アイリスと初めて出会った場所と重なる。 

俺の大切な記憶。 

それが、さっきの二人の光景と重なってあまり良い気がしない。 

(今日は苛々してばかりだな) 

俺は二人の光景を消し去るようにソッと目を閉じた。 

窓からフワリと香る花の匂い。 
それと同時にあの日の出来事がフラッシュバックする。

(燃えたんだったな……あの頃の花達は……)


暗い夜空には、厚い雲がかかり、月を隠して何処までも真っ暗な闇が支配する今夜。

そこにゴウゴウと燃え盛る真っ赤な炎。

母上の自慢の庭は炎に呑まれ辺り一面火の海になった。 

原因不明の火事。 
アイリスと初めて出会った自宅の庭が何者かの手によって燃やされた。 

そして……。

「ぅっ!」

これ以上思い出すなと警告するかの様に頭がズキっと痛んだ。 
こんな事など今は忘れろ。 

俺は、頭痛を和らげる為にこめかみを押さえながら窓に視線をやらないよう廊下に目を落としまた歩きだしたのだった……。




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