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6 悪い予感
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私はリオンに見下ろされ、足が縫い止められたかのように体か動かなくなってしまった。
(こっ恐い……)
口許に笑みを浮かべているが、目が全く笑っていない。普段の明るく軽い調子は何処へやら、暗い雰囲気と威圧感に普段との凄まじいギャップを感じ恐さから体が震えた。
「あっあの、ぐっ偶然通り掛かって……」
「だからって覗いちゃダメ、だよね」
「……ぇっ……と、ごっごめんなさい」
ジリジリと私との距離を縮めるリオンに合わせ私も後ろに下がる。
ガタッ
「っわ!」
だが、元々壁の近くに居たため、直ぐ後ろにあったゴミ箱に、靴の踵とゴミ箱が当たり、これ以上下がれなくなり内心焦る。冷や汗がスッと背中を伝い、心臓が馬鹿みたいにバクバク煩い。
素知らぬ顔で立ち去ればよかったのに、立ち止まってわざわざゴミ箱に捨てられたプレゼントなんて確認しなければこんな事にならなかった。
いくら後悔しようと後の祭。
この現状が好転する事はない。
相手と目も逸らす事すら出来ず、私は立ち尽くした。
「……」
「……」
なにこれ、きっ気まずい!
「……お友達なの?」
「……っ、えぁの……」
黙って固まる私に痺れを切らしたのか、リオンは再度私に同じ事を訊ねた。
だが、緊張と混乱の余り声は震え、よく解らない言葉しか出なかった。
「……あれ?君、どっかで……」
固まる私を見下ろすリオンは、首を傾げそう言った。
「?!」
うーん、と唸りながら顔を徐々に近付けるリオンは不思議そうな顔をしながら私の顔をマジマジと眺め始めた。
一体私がどうしたと言うのか……。
それにしても近い。
この人にパーソナルスペースと言う物は無いのか、かなり近い距離にあるリオンの顔に自然と体が仰け反った。
「あ!」
「!」
何か思い出したのか突然声をあげたリオン。
それに驚きながらリオンを見上げるも一人で何やら呟いて納得した様子。
私は何が何やら解らず完全に取り残された間が半端ない。
「お友達……ではないね」
「え?」
さっき思い出したのは私とさっきの女の子の事?
確かにさっきの女の子と私は『友達』と呼ぶほど親しくはない。ただの『同級生』だろうか。
幾分かリオンの雰囲気が落ち着いて不思議に思いつつも少しホッとする。
「…………サイテー、とか思った?」
「っ!!あっ……えっと……」
お友達?からの、今度は唐突に答え辛い質問をされ驚きでしどろもどろな返答しか返せなかった。
「女の子の気持ちを!とか、さ」
まぁ、少しは思ったけど……流石に本人目の前じゃ言えないよ。
「でもね、こう言っちゃ悪いけど仕方ないんだよ」
そう言って私の前から、横に移動したリオンは、何故かゴミ箱に捨てたプレゼントを手に取った。
私は近すぎる距離から解放されリオンから少し距離を置きつつ、リオンが手にしたプレゼントに視線を向けた。
リオンは手にしたプレゼントを徐に開けると、フワリと甘い香りが鼻を掠めた。中を見ると手作りらしい小さなカップケーキが二個入っていた。
「手作りなんて、何が入ってるか解ったもんじゃないし。髪の毛とか、爪とか……あと、惚れ薬、とか」
「……」
カップケーキに視線を向けながら、リオンは明るい口調でとんでもないことをサラリと暴露した。
(なにそれ……恐)
モテるといろいろ大変なんだなと他人事のように考える。
「だからプレゼントは受け取らないだ」
「そう……ですか」
なんて返答すれば良いやら解らず気まずさから床に視線を落とした。
受け取らないのはそのためなんだ。 でも、何で態々説明してくれてるんだろ……誤解を解くため?
「あっ!試しに食べてみる?本当かどうか確認の意味も込めて」
「はい?」
「食べてみる?」
二回も言わなくても聞こえてたけど、……あまりにも驚きの一言に思わず疑問系で返してしまった。
(食べる?貰ったのリオンだよね?それに、さっきの話聞いた後に「食べてみる?」って……しかも、笑顔で。)
リオンの思いがけない提案に顔が思いっきり引き攣る 。
「いえ、結構です」
「匂いは……まぁ、大丈夫……なのかな?」
人の話を聞いているのかいないのかリオンはカップケーキを1個掴んで、スンと匂いを嗅ぐと私にカップケーキを差し出してきた。
「……私、お腹空いてな──」
グー……
全く空気を読まない私のお腹がカップケーキの甘い匂いに誘われるように盛大な音を立て鳴った。
「……」
「……」
この距離だ、きっとリオンにも聞こえた。
現に急に沈黙して、「マジかコイツ」みたいな顔してドン引いてるし……。
(うわぁー!最悪!!)
私は、心の中で絶叫しながら、この言い様のない気まずさと恥ずかしさでグチャグチャになる。
(お願いだから黙らないで!笑ってやって! いっそ、スルーされた方がマシだよ……。こんな反応されてどんな顔すればいいか解んないし!反応がリアルすぎる……辛い。ほら、よくあるじゃん?「あはは!君面白いね!」とか「食いしん坊だね(笑)」とか言って笑い飛ばす、みたいなの!)
あまりの恥ずかしさで自分でも何考えてるのか解らなくなってくる。
ジワジワあり得ないぐらい顔が熱い。
「…………まぁ、“冗談”なんだけど」
「……」
やっと我に返ったように言葉を発したリオンは『冗談』の部分を強調して苦笑いした。
リオンの雰囲気はさっきの黒い雰囲気が嘘のように、元通りになっていた。私のお腹の音に気でも緩んだのか……。
「こんなの食べたら大変だしね」
そう言ってカップケーキを二つに割ったリオンに首を傾げる。すると、カップケーキから謎の液体?と言うよりジェル状の何かが出てきた。
「何かの、薬だろうね。食べなくて正解」
「……うゎ」
甘ったるいようなよく解らない匂いのするピンクの液体。本当に入ってるなんて、と目を丸くして驚く。
惚れ薬(恐らく)入りカップケーキ……そんな禁断とも言える薬を好きな相手に贈ったんだ。
「あっ、そうそう。俺がプレゼントを捨てたって事は……『秘密』、ね。そしたら、覗きみてた事チャラにしてあげる」
秘密と言って唇に人差し指を近付け『秘密』のポーズを取るとリオンは片目を閉じて悪戯っ子の様な顔で微笑んだ。
イケメンだからこそ様になるポーズを完璧にして見せるリオンはやっぱりイケメンだなと再確認しながら、リオンのポーズに見ている此方が恥ずかしくなってきて視線を逸らしながら慌てて頷いた。
「……まぁ、プレゼントを受け取らないのは、他にも理由があるんだけどね……」
「…………」
私が頷いた事に安心したような顔をしたリオンはポーズを解くと、ボソッと小さく呟いた。
呟かれた言葉は私の耳にしっかり届いていて、リオンの言う『理由』と言うのはきっと、アイリスのことなんだろうかと、悲しげに目を伏せるリオンを見上げながら思った。
好きな人、アイリスを想っているのに何故か私には彼が泣きそうに見えた。
彼ほどのイケメンが、こんな表情をする事が意外で内心驚いたが、それはきっと、アイリスが他のリオンに並ぶ程のイケメンの攻略キャラ、複数に好意を寄せられているからなのだろうかと、これまで見た光景を思い出し思う。
そして、リオンはその事に気付いているんだ。
私は、一方通行に想いを募らせる彼が少しだけ気の毒に思った。
(こんな時、ヒロインなら彼にどんな言葉を掛ける?)
きっと大丈夫?貴方ならきっとこの恋が叶います?
何も知りもしない私が図々しくもまるで彼を知ったような事、言えるわけない。
それに、勘違いしちゃいけない。
ゲーム知識があるからリオンが実は一途だとか、好きになった相手には誠実……だとか知っていて彼を知ったような気になってしまうが、それはこの世界がゲームに酷似した世界でそれを私が知っているだけの話し。
リオンからしてみれば、『親しくもない奴が自分しか知らないことを知っている』と言う事になる。
(親しくもない相手が自分を知り過ぎてるなんて……私だったら恐いし不気味だと思うよ)
もっと親しければ気のきいた言葉を掛けられたのかもしれない。
「……まぁ、そう言う事だから。この事は人に話さないでもらえると助かるな」
「……大丈夫です。言いませんから。偶然とは言え覗き見てた私が悪いし……」
そう言った私にリオンは色気のある微笑を浮かべた。
「そ?良かった。女の子ってスゴい早さで噂が広まるから。あんまこう言うイメージダウンな事広められると困るんだ」
私の話を信じる人が居るか、と言われれば居ないと思う。リオンは軽そうだが何だかんだで優しいから人気者なのだ(主に女子)。そして、リオンに好意を持つ人や憧れる人が多数いる。
それを考えると、人気のあるリオンに目立たない地味な私がそんな事を言った日には……私がリオンファンの女の子達に袋叩きに合う……。
想像しただけでゾッとする。
「心配しなくても、言いふらすような相手も居ないし……」
「……それなら安心……なのかな?」
「……はは」
私が暗に友達居ないと言うとリオンは哀れみの目を向けてきたので、私はそれに苦笑いで返した。
(それにしても、見てるのバレた時はどうなる事かとヒヤヒヤしたけど)
私は隣にいるリオンを見て内心ホッと胸を撫で下ろした。
覗き見てた事がバレた時のリオンは本当に恐かった。でも今はもう怒ってるでもなさそうで良かった。
この事に関しては話もついたし、プレゼントを捨てた事に対しては少しばかり複雑な物があるが、あの謎の薬を見せられては女の子の方に同情できそうにい。
モヤモヤも解消されたし、早く食堂に行こう。
お腹がそろそろ限界……。
「……それじゃあ、私はこれで─」
私はリオンに向けそう言って、進行方向に顔を向け足を動かした。
「あっ」
「?」
すると、向けた方向、中庭に見えた人物に思わず、私は足を止めた。
(アイリスだ。そっか、そう言えば図書館から見えてたっけ?)
中庭にある噴水前のベンチに座るアイリスとその前で地べたに座りアイリスを描くアベル。
あの後、アイリスは頼み込むアベルに折れて描かせる事にしたのだろうか。
(あんなのを見たらきっとリオンは複雑だろうな……。)
「どうかした?」
私が急に止まって中庭を見ている事を不思議に思ったのか私の隣に来て顔を覗き込んみながらリオンが声を掛けてきた。
「え?!……えーっと、ちょっとボーッとしただけで……」
私はハッとなり慌ててアイリス達から視線を外した。
(あっ……)
しかし、どうやら遅かった様だ。
見上げたリオンは私の視線を追ったのだろう、その視線は中庭に居る二人に向けられていた。
眉間に深い皺を寄せ二人を睨むリオン。
さっきまでの明るさはどこに消えたのか、リオンから感じる暗い雰囲気と背筋が凍りそうな程、冷たい目をしたリオンに私は知らず内に一歩後退った。
何処かで見た様な気がするリオンのこの暗い表情。
(何処で見た?……またゲーム?)
私はまた記憶の引っ掛かりを覚え、必死に記憶を手探り寄せた。
(……ダークネスルートのスチル)
フッと頭に浮かんだイラスト。今のリオンがゲームで登場したスチルと重なる。
……気のせいかもしれないけど。似てる。
「っあ、の。大丈夫、ですか……?」
「!」
声を掛けるのを躊躇われたが、急に沈黙し二人を睨み続けるリオンに、余りの気まずさに恐々としながらも何とかリオンに声を掛けた。
私を忘れていたのか、私の声にハッと、した様に肩を揺らし驚いた顔をしたリオンは、二人から視線を外すと私を振り返った。
「あはは…………俺も、ボーッとしちゃったみたい……」
そう言って笑ったリオンだったが、私には彼が誤魔化すために無理して笑っている様に見えた。
それでも、あの背筋か凍りそうな雰囲気が幾分か和らいでホッとする。
(二人を見てショック、だったんだろうな……)
私はまた中庭にソッと視線を向けた。
アイリスを描き終えたのか今度は二人でベンチに腰掛け笑っていた。
「……俺、もう行くね」
「あっ、うん……」
俯いてそう言ったリオンが本当に泣きそうな気がして、少し心配になった。
なにか気の効いた言葉を掛けてあげられれば良いのに、言葉が出ない。
「じゃあね、アンリちゃん」
「っえ」
リオンは眉を下げ困ったように笑うと私の横を通って歩いて行ってしまった。
リオンに名前を呼ばれた事に私は驚いて、立ち去るリオンの背中を呆然と見詰めた。
「……私の名前、知ってたんだ……」
歩き去るリオンの後ろ姿を見ながら私はポツリとそうこぼした。
私とリオンは同じ一年。
そして、中等部の頃に一度だけ同じクラスになった事がある。だから、私の名前を知っていても何ら不思議じゃない。
でも、何時も女の子達に囲まれていたリオンと私は同じクラスメイトでありながら一度も話した事が無かった。
寧ろ近付く事すら周りの女子に阻まれ出来かった。だから私の事なんて覚えられていないのだとばかり思っていた。
なのに私の名前を覚えていた。ただそれだけの事がすごく意外で、少し『嬉しい』と思う自分がいた。
「名前すらないモブ、彼等から見ても私ってそんな存在なのでは?」とばかり思っていたから。
(あの日、アイリスに言れた事が結構ショックだったのかな……)
『ただのモブ』その言葉が自分が思っていたより堪えていたのかもしれない。だから、嬉しいなんて感じるんだろうか。
中庭で仲良さげに話すアイリスと、小さくなるリオンの後ろ姿を順に眺め、私は気を取り直してまた足を進めた。
「それにしても……さっきのリオン、大丈夫なのかな……」
泣きそうな顔をしたリオンも気になるが、あの時見せた暗い表情が私は気になった。
二人を見ていたリオンの目が、表情がただただ、『恐い』と感じた。いろんな想いが滲んで歪む表情。
アイリスは複数の攻略キャラに好意を持たれているのは誰の目から見ても明らかだ。
それが例え『ライク』だったとしても、好きな相手が男と仲良くするのはあまり面白くない。
さっきのリオンを見ればそう思わざる負えない。
あれは完全に嫉妬していた。
鋭い彼らだ、リオン以外の皆もお互いがお互い、アイリスに好意を持っているのに気付いてるのではないだろうか?
逆ハーレムルートも、そのエンディングもゲームには存在しなかった、だから今後彼らがどうなるか何て解らない。
(攻略キャラの誰かがヤンデレ化してもおかしくない、よね。今の現状……)
今まで、アイリスが逆ハーレムを達成しようと関係ないと見て見ぬふりをしてきたがさっきのリオンを見て悪い予感しかしない。
リオンがヤンデレ予備軍、もしくはヤンデレ化した、なんて……。
(……アイリスは気付いてるのかな?)
皆が向ける『好き』は『親しい友人』に向ける好きじゃないって事。
返されない好意程、虚しい物はないと。
誰かが病んでも可笑しくないって事……。
そんな悪い予感を振り払うように私はやや早足で歩みを進めた。
(こっ恐い……)
口許に笑みを浮かべているが、目が全く笑っていない。普段の明るく軽い調子は何処へやら、暗い雰囲気と威圧感に普段との凄まじいギャップを感じ恐さから体が震えた。
「あっあの、ぐっ偶然通り掛かって……」
「だからって覗いちゃダメ、だよね」
「……ぇっ……と、ごっごめんなさい」
ジリジリと私との距離を縮めるリオンに合わせ私も後ろに下がる。
ガタッ
「っわ!」
だが、元々壁の近くに居たため、直ぐ後ろにあったゴミ箱に、靴の踵とゴミ箱が当たり、これ以上下がれなくなり内心焦る。冷や汗がスッと背中を伝い、心臓が馬鹿みたいにバクバク煩い。
素知らぬ顔で立ち去ればよかったのに、立ち止まってわざわざゴミ箱に捨てられたプレゼントなんて確認しなければこんな事にならなかった。
いくら後悔しようと後の祭。
この現状が好転する事はない。
相手と目も逸らす事すら出来ず、私は立ち尽くした。
「……」
「……」
なにこれ、きっ気まずい!
「……お友達なの?」
「……っ、えぁの……」
黙って固まる私に痺れを切らしたのか、リオンは再度私に同じ事を訊ねた。
だが、緊張と混乱の余り声は震え、よく解らない言葉しか出なかった。
「……あれ?君、どっかで……」
固まる私を見下ろすリオンは、首を傾げそう言った。
「?!」
うーん、と唸りながら顔を徐々に近付けるリオンは不思議そうな顔をしながら私の顔をマジマジと眺め始めた。
一体私がどうしたと言うのか……。
それにしても近い。
この人にパーソナルスペースと言う物は無いのか、かなり近い距離にあるリオンの顔に自然と体が仰け反った。
「あ!」
「!」
何か思い出したのか突然声をあげたリオン。
それに驚きながらリオンを見上げるも一人で何やら呟いて納得した様子。
私は何が何やら解らず完全に取り残された間が半端ない。
「お友達……ではないね」
「え?」
さっき思い出したのは私とさっきの女の子の事?
確かにさっきの女の子と私は『友達』と呼ぶほど親しくはない。ただの『同級生』だろうか。
幾分かリオンの雰囲気が落ち着いて不思議に思いつつも少しホッとする。
「…………サイテー、とか思った?」
「っ!!あっ……えっと……」
お友達?からの、今度は唐突に答え辛い質問をされ驚きでしどろもどろな返答しか返せなかった。
「女の子の気持ちを!とか、さ」
まぁ、少しは思ったけど……流石に本人目の前じゃ言えないよ。
「でもね、こう言っちゃ悪いけど仕方ないんだよ」
そう言って私の前から、横に移動したリオンは、何故かゴミ箱に捨てたプレゼントを手に取った。
私は近すぎる距離から解放されリオンから少し距離を置きつつ、リオンが手にしたプレゼントに視線を向けた。
リオンは手にしたプレゼントを徐に開けると、フワリと甘い香りが鼻を掠めた。中を見ると手作りらしい小さなカップケーキが二個入っていた。
「手作りなんて、何が入ってるか解ったもんじゃないし。髪の毛とか、爪とか……あと、惚れ薬、とか」
「……」
カップケーキに視線を向けながら、リオンは明るい口調でとんでもないことをサラリと暴露した。
(なにそれ……恐)
モテるといろいろ大変なんだなと他人事のように考える。
「だからプレゼントは受け取らないだ」
「そう……ですか」
なんて返答すれば良いやら解らず気まずさから床に視線を落とした。
受け取らないのはそのためなんだ。 でも、何で態々説明してくれてるんだろ……誤解を解くため?
「あっ!試しに食べてみる?本当かどうか確認の意味も込めて」
「はい?」
「食べてみる?」
二回も言わなくても聞こえてたけど、……あまりにも驚きの一言に思わず疑問系で返してしまった。
(食べる?貰ったのリオンだよね?それに、さっきの話聞いた後に「食べてみる?」って……しかも、笑顔で。)
リオンの思いがけない提案に顔が思いっきり引き攣る 。
「いえ、結構です」
「匂いは……まぁ、大丈夫……なのかな?」
人の話を聞いているのかいないのかリオンはカップケーキを1個掴んで、スンと匂いを嗅ぐと私にカップケーキを差し出してきた。
「……私、お腹空いてな──」
グー……
全く空気を読まない私のお腹がカップケーキの甘い匂いに誘われるように盛大な音を立て鳴った。
「……」
「……」
この距離だ、きっとリオンにも聞こえた。
現に急に沈黙して、「マジかコイツ」みたいな顔してドン引いてるし……。
(うわぁー!最悪!!)
私は、心の中で絶叫しながら、この言い様のない気まずさと恥ずかしさでグチャグチャになる。
(お願いだから黙らないで!笑ってやって! いっそ、スルーされた方がマシだよ……。こんな反応されてどんな顔すればいいか解んないし!反応がリアルすぎる……辛い。ほら、よくあるじゃん?「あはは!君面白いね!」とか「食いしん坊だね(笑)」とか言って笑い飛ばす、みたいなの!)
あまりの恥ずかしさで自分でも何考えてるのか解らなくなってくる。
ジワジワあり得ないぐらい顔が熱い。
「…………まぁ、“冗談”なんだけど」
「……」
やっと我に返ったように言葉を発したリオンは『冗談』の部分を強調して苦笑いした。
リオンの雰囲気はさっきの黒い雰囲気が嘘のように、元通りになっていた。私のお腹の音に気でも緩んだのか……。
「こんなの食べたら大変だしね」
そう言ってカップケーキを二つに割ったリオンに首を傾げる。すると、カップケーキから謎の液体?と言うよりジェル状の何かが出てきた。
「何かの、薬だろうね。食べなくて正解」
「……うゎ」
甘ったるいようなよく解らない匂いのするピンクの液体。本当に入ってるなんて、と目を丸くして驚く。
惚れ薬(恐らく)入りカップケーキ……そんな禁断とも言える薬を好きな相手に贈ったんだ。
「あっ、そうそう。俺がプレゼントを捨てたって事は……『秘密』、ね。そしたら、覗きみてた事チャラにしてあげる」
秘密と言って唇に人差し指を近付け『秘密』のポーズを取るとリオンは片目を閉じて悪戯っ子の様な顔で微笑んだ。
イケメンだからこそ様になるポーズを完璧にして見せるリオンはやっぱりイケメンだなと再確認しながら、リオンのポーズに見ている此方が恥ずかしくなってきて視線を逸らしながら慌てて頷いた。
「……まぁ、プレゼントを受け取らないのは、他にも理由があるんだけどね……」
「…………」
私が頷いた事に安心したような顔をしたリオンはポーズを解くと、ボソッと小さく呟いた。
呟かれた言葉は私の耳にしっかり届いていて、リオンの言う『理由』と言うのはきっと、アイリスのことなんだろうかと、悲しげに目を伏せるリオンを見上げながら思った。
好きな人、アイリスを想っているのに何故か私には彼が泣きそうに見えた。
彼ほどのイケメンが、こんな表情をする事が意外で内心驚いたが、それはきっと、アイリスが他のリオンに並ぶ程のイケメンの攻略キャラ、複数に好意を寄せられているからなのだろうかと、これまで見た光景を思い出し思う。
そして、リオンはその事に気付いているんだ。
私は、一方通行に想いを募らせる彼が少しだけ気の毒に思った。
(こんな時、ヒロインなら彼にどんな言葉を掛ける?)
きっと大丈夫?貴方ならきっとこの恋が叶います?
何も知りもしない私が図々しくもまるで彼を知ったような事、言えるわけない。
それに、勘違いしちゃいけない。
ゲーム知識があるからリオンが実は一途だとか、好きになった相手には誠実……だとか知っていて彼を知ったような気になってしまうが、それはこの世界がゲームに酷似した世界でそれを私が知っているだけの話し。
リオンからしてみれば、『親しくもない奴が自分しか知らないことを知っている』と言う事になる。
(親しくもない相手が自分を知り過ぎてるなんて……私だったら恐いし不気味だと思うよ)
もっと親しければ気のきいた言葉を掛けられたのかもしれない。
「……まぁ、そう言う事だから。この事は人に話さないでもらえると助かるな」
「……大丈夫です。言いませんから。偶然とは言え覗き見てた私が悪いし……」
そう言った私にリオンは色気のある微笑を浮かべた。
「そ?良かった。女の子ってスゴい早さで噂が広まるから。あんまこう言うイメージダウンな事広められると困るんだ」
私の話を信じる人が居るか、と言われれば居ないと思う。リオンは軽そうだが何だかんだで優しいから人気者なのだ(主に女子)。そして、リオンに好意を持つ人や憧れる人が多数いる。
それを考えると、人気のあるリオンに目立たない地味な私がそんな事を言った日には……私がリオンファンの女の子達に袋叩きに合う……。
想像しただけでゾッとする。
「心配しなくても、言いふらすような相手も居ないし……」
「……それなら安心……なのかな?」
「……はは」
私が暗に友達居ないと言うとリオンは哀れみの目を向けてきたので、私はそれに苦笑いで返した。
(それにしても、見てるのバレた時はどうなる事かとヒヤヒヤしたけど)
私は隣にいるリオンを見て内心ホッと胸を撫で下ろした。
覗き見てた事がバレた時のリオンは本当に恐かった。でも今はもう怒ってるでもなさそうで良かった。
この事に関しては話もついたし、プレゼントを捨てた事に対しては少しばかり複雑な物があるが、あの謎の薬を見せられては女の子の方に同情できそうにい。
モヤモヤも解消されたし、早く食堂に行こう。
お腹がそろそろ限界……。
「……それじゃあ、私はこれで─」
私はリオンに向けそう言って、進行方向に顔を向け足を動かした。
「あっ」
「?」
すると、向けた方向、中庭に見えた人物に思わず、私は足を止めた。
(アイリスだ。そっか、そう言えば図書館から見えてたっけ?)
中庭にある噴水前のベンチに座るアイリスとその前で地べたに座りアイリスを描くアベル。
あの後、アイリスは頼み込むアベルに折れて描かせる事にしたのだろうか。
(あんなのを見たらきっとリオンは複雑だろうな……。)
「どうかした?」
私が急に止まって中庭を見ている事を不思議に思ったのか私の隣に来て顔を覗き込んみながらリオンが声を掛けてきた。
「え?!……えーっと、ちょっとボーッとしただけで……」
私はハッとなり慌ててアイリス達から視線を外した。
(あっ……)
しかし、どうやら遅かった様だ。
見上げたリオンは私の視線を追ったのだろう、その視線は中庭に居る二人に向けられていた。
眉間に深い皺を寄せ二人を睨むリオン。
さっきまでの明るさはどこに消えたのか、リオンから感じる暗い雰囲気と背筋が凍りそうな程、冷たい目をしたリオンに私は知らず内に一歩後退った。
何処かで見た様な気がするリオンのこの暗い表情。
(何処で見た?……またゲーム?)
私はまた記憶の引っ掛かりを覚え、必死に記憶を手探り寄せた。
(……ダークネスルートのスチル)
フッと頭に浮かんだイラスト。今のリオンがゲームで登場したスチルと重なる。
……気のせいかもしれないけど。似てる。
「っあ、の。大丈夫、ですか……?」
「!」
声を掛けるのを躊躇われたが、急に沈黙し二人を睨み続けるリオンに、余りの気まずさに恐々としながらも何とかリオンに声を掛けた。
私を忘れていたのか、私の声にハッと、した様に肩を揺らし驚いた顔をしたリオンは、二人から視線を外すと私を振り返った。
「あはは…………俺も、ボーッとしちゃったみたい……」
そう言って笑ったリオンだったが、私には彼が誤魔化すために無理して笑っている様に見えた。
それでも、あの背筋か凍りそうな雰囲気が幾分か和らいでホッとする。
(二人を見てショック、だったんだろうな……)
私はまた中庭にソッと視線を向けた。
アイリスを描き終えたのか今度は二人でベンチに腰掛け笑っていた。
「……俺、もう行くね」
「あっ、うん……」
俯いてそう言ったリオンが本当に泣きそうな気がして、少し心配になった。
なにか気の効いた言葉を掛けてあげられれば良いのに、言葉が出ない。
「じゃあね、アンリちゃん」
「っえ」
リオンは眉を下げ困ったように笑うと私の横を通って歩いて行ってしまった。
リオンに名前を呼ばれた事に私は驚いて、立ち去るリオンの背中を呆然と見詰めた。
「……私の名前、知ってたんだ……」
歩き去るリオンの後ろ姿を見ながら私はポツリとそうこぼした。
私とリオンは同じ一年。
そして、中等部の頃に一度だけ同じクラスになった事がある。だから、私の名前を知っていても何ら不思議じゃない。
でも、何時も女の子達に囲まれていたリオンと私は同じクラスメイトでありながら一度も話した事が無かった。
寧ろ近付く事すら周りの女子に阻まれ出来かった。だから私の事なんて覚えられていないのだとばかり思っていた。
なのに私の名前を覚えていた。ただそれだけの事がすごく意外で、少し『嬉しい』と思う自分がいた。
「名前すらないモブ、彼等から見ても私ってそんな存在なのでは?」とばかり思っていたから。
(あの日、アイリスに言れた事が結構ショックだったのかな……)
『ただのモブ』その言葉が自分が思っていたより堪えていたのかもしれない。だから、嬉しいなんて感じるんだろうか。
中庭で仲良さげに話すアイリスと、小さくなるリオンの後ろ姿を順に眺め、私は気を取り直してまた足を進めた。
「それにしても……さっきのリオン、大丈夫なのかな……」
泣きそうな顔をしたリオンも気になるが、あの時見せた暗い表情が私は気になった。
二人を見ていたリオンの目が、表情がただただ、『恐い』と感じた。いろんな想いが滲んで歪む表情。
アイリスは複数の攻略キャラに好意を持たれているのは誰の目から見ても明らかだ。
それが例え『ライク』だったとしても、好きな相手が男と仲良くするのはあまり面白くない。
さっきのリオンを見ればそう思わざる負えない。
あれは完全に嫉妬していた。
鋭い彼らだ、リオン以外の皆もお互いがお互い、アイリスに好意を持っているのに気付いてるのではないだろうか?
逆ハーレムルートも、そのエンディングもゲームには存在しなかった、だから今後彼らがどうなるか何て解らない。
(攻略キャラの誰かがヤンデレ化してもおかしくない、よね。今の現状……)
今まで、アイリスが逆ハーレムを達成しようと関係ないと見て見ぬふりをしてきたがさっきのリオンを見て悪い予感しかしない。
リオンがヤンデレ予備軍、もしくはヤンデレ化した、なんて……。
(……アイリスは気付いてるのかな?)
皆が向ける『好き』は『親しい友人』に向ける好きじゃないって事。
返されない好意程、虚しい物はないと。
誰かが病んでも可笑しくないって事……。
そんな悪い予感を振り払うように私はやや早足で歩みを進めた。
応援ありがとうございます!
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