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01-04 トックチューブとユリアチャンネル
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「ありがとう。この画像はトックチューブにアップするが構わないだろうか?」
「も、もちろんっす!」と揉み手の若者たち。
「アップだろうがアップップだろうが好きにしてくださいっす!」
「自撮り夜叉の姉さんにアップップしてもらえるだなんて、光栄っす!」
「そ、それじゃあ俺らは、ここいらで失礼させていただくっすぅ!」
そそくさと離れていく若者たちには目もくれず、ユリアはスマホを操作して動画撮影モードに切り替える。
コホンと咳払いをひとつすると、スマホに向かって話し始めた。
「ユリアチャンネルだ。今日は、チーズのおいしい村に来ている」
自撮り棒を足元に傾け、背後にある岩山が映り込むようにする。
「酒場の店主によると、まわりにある岩山にはレアなスライムがいるそうなので、これからそれを探しに行ってみようと思う」
『トックチューブ』は、特区内でのコンテンツに限定された写真や動画の共有サイトのこと。
特区はすべての人種に人気のある旅行先なので、トックチューブの利用者も世界じゅうにいた。
余談となるが、百合が自宅のアパートで使っている炊飯器や電気ポットは、実家からもってきた大昔のものである。
デザインは花柄で操作するボタンもひとつしかないのだが、なぜそんな骨董品を使い続けているかというと、それしか使い方がわからないからであった。
百合は、極度の機械オンチである。
ソーシャルネットワーク系のサービスについては名前だけは知っているものの、どれも若者に人気のテレビ番組かなにかだと思っていた。
そんな生きた化石のような彼女であったが、大学の進学祝いで父親から貰ったスマホにトックチューブのアプリがプリインストールされていたのをキッカケに、配信の世界に足を踏み入れることとなる。
写真を簡単にアップロードできるので、最初は特区での出来事を日記感覚でアップロードしていた。
アプリには懇切丁寧なチュートリアルが付いていたので、それに従っていくうちに、『ユリアチャンネル』と名づけた動画配信を行なうまでに至る。
しかし彼女の場合はあくまで自分用でしかなく、現実に疲れた時にトイレの中で見返して、密かに楽しむためのものであった。
ユリアチャンネルの登録者数は現在10億人で、ダントツで世界一である。
人気の理由としては、ユリアが辺境の地ばかり行っていること。
他のトックチューバーの大半が、治安のいい王都近辺で配信を行なっているのに対し、ユリアは現地人ですら躊躇するような場所に平気で行くからだ。
これは例えるならば、日本のドヤ街に行ってバカをやる素人と、海外の紛争地域に乗り込む戦場カメラマンほどの違いがある。
再生回数はひとつの動画につき、100億再生。
トックチューブは広告収入を得られるので、もし広告を付けていたらユリアは億万長者なのだが、彼女は広告を付けていなかった。
なぜかというと、自分の動画をこれほどまでに多くの人に観られていることを知らないから。
チャンネル登録数や再生数はロールプレイングゲームの経験値みたいなもので、やっていればひとりでに増えていくものなのだと勘違いしていた。
トックチューブの運営からは、世界記録達成のお祝いとしてダイヤモンドの盾を贈るというメールが何度も来ている。
企業からもオファーが殺到しているのだが、百合はすべて詐欺メールだと思ってノーリアクションを貫いていた。
すでにギネスブックにも載っているのだが、それすらも彼女は知らない。
トックチューブといえば、一攫千金を狙う自己顕示欲のカタマリのような者たちだらけ。
しかしユリアだけは視聴者に媚びも驕りもせず、我が道を行くような配信を淡々と続けている。
その姿が新鮮に映り、彼女はインターネットでは『ユリア様』の愛称で親しまれる、無欲でミステリアスな伝説の美女となっていた。
さらなる余談となってしまうが、特区が現われてからというもの、現実と異世界の文化や技術がお互いに輸出入されるようになった。
しかし現実にある家電製品だけは、特区には輸入されていない。
なぜならば、特区にはまだ電気がないのと、現地人が家電製品を操作すると異常動作を起こしてしまうためである。
充電式のノートパソコンやスマートフォンも現地人には扱えない。
そのためスマホを持っていると、腕輪を確認するまでもなく『腕輪持ち』というのがわかってしまうのだ。
トックチューバーの中にはスマホと腕輪を隠して配信する者もいるが、ユリアはそんなことはしない。
彼女は「わたしはここにいる」と喧伝せんばかりに腕輪もスマホを天に掲げ、威風堂々と動画配信を続けていた。
ふと先ほどの記念撮影を思い出し、大切なコレクションをしまい込むような手つきでアップロードのアイコンをタッチする。
間を置かずに『いいね』が殺到し、その写真はトックチューブの人気ナンバーワンに躍り出た。
彼女は夢にも思っていない。
自分が、なすことすべてがバズりにバズりまくっている、世界的なインフルエンサーであることを。
「今しがた、酒場の前で出会った青年たちと撮った写真をアップした。こういう出会いも、旅先の楽しみのひとつだとわたしは思う。さて、それではレアスライムを探しに岩山のほうに……」
コメントの途中で子羊がスマホをのぞきこんできたので、ユリアはしゃがみこんで頬を寄せた。
「そうそう、この村では羊が放し飼いされていて、村の外にある草原と村の中を自由に行き来している。みんなのびのびしているからいい羊乳が採れ、そのおかげでこの村のチーズは絶品なのだろう。……あ、チーズを食べるところも撮っておけばよかったな」
食事系はトックチューブでも人気のコンテンツで、ユリアが料理を食べている姿を配信すればさらに人気になるのは間違いないのだが、彼女は食事中の配信だけはしなかった。
いや、するつもりはあったのだが、料理を前にすると食欲が先走り、撮るのを忘れてしまうのだ。
そんなおっちょこちょいなところも、ユリアチャンネルの魅力のひとつである。
そしてユリアは天然でもあったので、微笑ましいシーンにも事欠かなかった。
牛の鳴きマネで子羊に話しかけ、しかもそれが全力モノマネだったので子羊はすっかり引いている。
逃げられてしまいしょんぼりしていると、どやどやと足音が近づいてきた。
「おい、テメェが『自撮り夜叉』か!」
「そう呼ぶ者もいるようだな」
振り返るとそこには、先ほど退散した自称『自警団』たちが五倍ほどの手勢に膨れ上がってそこにいた。
その先頭に立っていたのは未来の山男といった風情の、精悍さの中にあどけなさを残す青年だった。
素肌に羊皮の上着を羽織っており、引き締まった肉体にある刺し傷から、若くして多くの修羅場をくぐってきていることを伺わせる。
「俺は自警団のリーダー! そしてゆくゆくは世界一の羊飼いとなる男、ペータだ! この俺が来た以上、よそものに勝手はさせねぇぜ!」
「わたしはただの観光客だが」
「夜叉が観光に来るかよ! しかし夜叉っていうから悪魔みてぇなヤツかと思ったのに、ぜんぜん違うじゃねぇか! まあいい、コイツで夜叉かどうかハッキリさせてやる!」
ペータは腰に提げていたナイフを引き抜く。
ナイフの刀身には穴が開いていて、ペータはその穴に指を突っ込んでクルクル回しはじめた。
曲芸のようにナイフ回しを披露するペータを、ユリアは冷めた目で見つめている。
「どうだ、俺の目にも止まらぬナイフさばきは!」
「そのナイフは、そんな風に使うものではないだろう」
「おいおい、ビビってんのかぁ!? なら、コイツはどうだっ!」
風鳴りとともにユリアの喉元にナイフが押し当てられる。
瞬時に間合いを詰めたペータの顔は、まだ怖れを知らない若者特有の笑みを浮かべていた。
「へへっ、一歩も動けなかったな……! やっぱりテメェは夜叉なんかじゃねぇ、ただの女だ……!」
「も、もちろんっす!」と揉み手の若者たち。
「アップだろうがアップップだろうが好きにしてくださいっす!」
「自撮り夜叉の姉さんにアップップしてもらえるだなんて、光栄っす!」
「そ、それじゃあ俺らは、ここいらで失礼させていただくっすぅ!」
そそくさと離れていく若者たちには目もくれず、ユリアはスマホを操作して動画撮影モードに切り替える。
コホンと咳払いをひとつすると、スマホに向かって話し始めた。
「ユリアチャンネルだ。今日は、チーズのおいしい村に来ている」
自撮り棒を足元に傾け、背後にある岩山が映り込むようにする。
「酒場の店主によると、まわりにある岩山にはレアなスライムがいるそうなので、これからそれを探しに行ってみようと思う」
『トックチューブ』は、特区内でのコンテンツに限定された写真や動画の共有サイトのこと。
特区はすべての人種に人気のある旅行先なので、トックチューブの利用者も世界じゅうにいた。
余談となるが、百合が自宅のアパートで使っている炊飯器や電気ポットは、実家からもってきた大昔のものである。
デザインは花柄で操作するボタンもひとつしかないのだが、なぜそんな骨董品を使い続けているかというと、それしか使い方がわからないからであった。
百合は、極度の機械オンチである。
ソーシャルネットワーク系のサービスについては名前だけは知っているものの、どれも若者に人気のテレビ番組かなにかだと思っていた。
そんな生きた化石のような彼女であったが、大学の進学祝いで父親から貰ったスマホにトックチューブのアプリがプリインストールされていたのをキッカケに、配信の世界に足を踏み入れることとなる。
写真を簡単にアップロードできるので、最初は特区での出来事を日記感覚でアップロードしていた。
アプリには懇切丁寧なチュートリアルが付いていたので、それに従っていくうちに、『ユリアチャンネル』と名づけた動画配信を行なうまでに至る。
しかし彼女の場合はあくまで自分用でしかなく、現実に疲れた時にトイレの中で見返して、密かに楽しむためのものであった。
ユリアチャンネルの登録者数は現在10億人で、ダントツで世界一である。
人気の理由としては、ユリアが辺境の地ばかり行っていること。
他のトックチューバーの大半が、治安のいい王都近辺で配信を行なっているのに対し、ユリアは現地人ですら躊躇するような場所に平気で行くからだ。
これは例えるならば、日本のドヤ街に行ってバカをやる素人と、海外の紛争地域に乗り込む戦場カメラマンほどの違いがある。
再生回数はひとつの動画につき、100億再生。
トックチューブは広告収入を得られるので、もし広告を付けていたらユリアは億万長者なのだが、彼女は広告を付けていなかった。
なぜかというと、自分の動画をこれほどまでに多くの人に観られていることを知らないから。
チャンネル登録数や再生数はロールプレイングゲームの経験値みたいなもので、やっていればひとりでに増えていくものなのだと勘違いしていた。
トックチューブの運営からは、世界記録達成のお祝いとしてダイヤモンドの盾を贈るというメールが何度も来ている。
企業からもオファーが殺到しているのだが、百合はすべて詐欺メールだと思ってノーリアクションを貫いていた。
すでにギネスブックにも載っているのだが、それすらも彼女は知らない。
トックチューブといえば、一攫千金を狙う自己顕示欲のカタマリのような者たちだらけ。
しかしユリアだけは視聴者に媚びも驕りもせず、我が道を行くような配信を淡々と続けている。
その姿が新鮮に映り、彼女はインターネットでは『ユリア様』の愛称で親しまれる、無欲でミステリアスな伝説の美女となっていた。
さらなる余談となってしまうが、特区が現われてからというもの、現実と異世界の文化や技術がお互いに輸出入されるようになった。
しかし現実にある家電製品だけは、特区には輸入されていない。
なぜならば、特区にはまだ電気がないのと、現地人が家電製品を操作すると異常動作を起こしてしまうためである。
充電式のノートパソコンやスマートフォンも現地人には扱えない。
そのためスマホを持っていると、腕輪を確認するまでもなく『腕輪持ち』というのがわかってしまうのだ。
トックチューバーの中にはスマホと腕輪を隠して配信する者もいるが、ユリアはそんなことはしない。
彼女は「わたしはここにいる」と喧伝せんばかりに腕輪もスマホを天に掲げ、威風堂々と動画配信を続けていた。
ふと先ほどの記念撮影を思い出し、大切なコレクションをしまい込むような手つきでアップロードのアイコンをタッチする。
間を置かずに『いいね』が殺到し、その写真はトックチューブの人気ナンバーワンに躍り出た。
彼女は夢にも思っていない。
自分が、なすことすべてがバズりにバズりまくっている、世界的なインフルエンサーであることを。
「今しがた、酒場の前で出会った青年たちと撮った写真をアップした。こういう出会いも、旅先の楽しみのひとつだとわたしは思う。さて、それではレアスライムを探しに岩山のほうに……」
コメントの途中で子羊がスマホをのぞきこんできたので、ユリアはしゃがみこんで頬を寄せた。
「そうそう、この村では羊が放し飼いされていて、村の外にある草原と村の中を自由に行き来している。みんなのびのびしているからいい羊乳が採れ、そのおかげでこの村のチーズは絶品なのだろう。……あ、チーズを食べるところも撮っておけばよかったな」
食事系はトックチューブでも人気のコンテンツで、ユリアが料理を食べている姿を配信すればさらに人気になるのは間違いないのだが、彼女は食事中の配信だけはしなかった。
いや、するつもりはあったのだが、料理を前にすると食欲が先走り、撮るのを忘れてしまうのだ。
そんなおっちょこちょいなところも、ユリアチャンネルの魅力のひとつである。
そしてユリアは天然でもあったので、微笑ましいシーンにも事欠かなかった。
牛の鳴きマネで子羊に話しかけ、しかもそれが全力モノマネだったので子羊はすっかり引いている。
逃げられてしまいしょんぼりしていると、どやどやと足音が近づいてきた。
「おい、テメェが『自撮り夜叉』か!」
「そう呼ぶ者もいるようだな」
振り返るとそこには、先ほど退散した自称『自警団』たちが五倍ほどの手勢に膨れ上がってそこにいた。
その先頭に立っていたのは未来の山男といった風情の、精悍さの中にあどけなさを残す青年だった。
素肌に羊皮の上着を羽織っており、引き締まった肉体にある刺し傷から、若くして多くの修羅場をくぐってきていることを伺わせる。
「俺は自警団のリーダー! そしてゆくゆくは世界一の羊飼いとなる男、ペータだ! この俺が来た以上、よそものに勝手はさせねぇぜ!」
「わたしはただの観光客だが」
「夜叉が観光に来るかよ! しかし夜叉っていうから悪魔みてぇなヤツかと思ったのに、ぜんぜん違うじゃねぇか! まあいい、コイツで夜叉かどうかハッキリさせてやる!」
ペータは腰に提げていたナイフを引き抜く。
ナイフの刀身には穴が開いていて、ペータはその穴に指を突っ込んでクルクル回しはじめた。
曲芸のようにナイフ回しを披露するペータを、ユリアは冷めた目で見つめている。
「どうだ、俺の目にも止まらぬナイフさばきは!」
「そのナイフは、そんな風に使うものではないだろう」
「おいおい、ビビってんのかぁ!? なら、コイツはどうだっ!」
風鳴りとともにユリアの喉元にナイフが押し当てられる。
瞬時に間合いを詰めたペータの顔は、まだ怖れを知らない若者特有の笑みを浮かべていた。
「へへっ、一歩も動けなかったな……! やっぱりテメェは夜叉なんかじゃねぇ、ただの女だ……!」
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