異世界おひとりさまOL

佐藤謙羊

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01-03 斬るか、撮られるか

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 ユリアは部屋に差し込む光を浴びながら目覚める。
 窓を開けると冷たく澄んだ空気が入り込んできて、空には爽やかな青空が広がっていた。

 彼女の表情は寝起きでもクールであったが、心の中はホットであった。

「今日は絶好のトックチューブ日和だな。朝食のあと、さっそく出かけよう」

 ユリアはチーズたっぷりの朝食を取ったあと、昨晩のうちに店主に頼んでおいた水筒を受け取る。
 酒場を出て、さっそくトックチューブの準備をしようとした。
 しかし、酒場の前にはいかにもワルを気取った4人組の若者たちが待ち構えていて、彼女を取り囲んだ。

「おおっとぉ! この酒場に『腕輪持ちブレッサー』の女が泊まってるってのはマジだったんだな!」

「ブレッサーってのは派手なカッコしてやがんだなぁ! それにしても、最っ高にイイ女じゃねぇか!」

「へへへ、ブレッサーの女は後腐れねぇって噂だしな! この退屈な村で、またとねぇチャンスだぜ!」

「バカ、俺たちゃ自警団なんだぞ! まずは身体検査からだろうが!」

 この若者たちが言っている『腕輪持ちブレッサー』とは、現実からやって来た人間のこと。
 特区に入国する人間は、特区で作られた魔法の腕輪をしなくてはならないという決まりがあり、それが由来となっている。

 現に、ユリアも右手に木の腕輪をしていた。
 この腕輪には着用者の身元などが記録されているほかに、着用者の身体能力を低下させる機能などがある。
 安全のためというよりも、この世界で悪さをしないように、行動を抑制する意味合いのほうが強かった。

 そのため、『腕輪持ち』を狙った犯罪が後を絶たない。
 治安のいい王都なら衛兵に助けてもらえるのだが、こんな辺境の村ではその望みも薄いといえた。

「わたしが初めて特区に来たときにも、こんなふうに絡まれた覚えがある。その時は金を取られたが、いま思えば良心的な授業料だったと思う」

 ユリアはシニカルな笑みで思い出を語りながら、腰に携えていた2本の剣の1本を抜く。
 彼女の剣は鞘からまっすぐ引き抜くのではなく、鞘に入ったスリットから横に外して抜くようになっている。

 そんな構造になっているのは理由があるのだが、そんなことよりもユリアがいきなり抜刀してきたので、若者たちはビックリしていた。

「なっ!? や……やんのかよ、姉ちゃん!? 俺たちゃ自警団だぞ!」

「しかもこの数を相手にして、勝てると思ってんのかよっ!?」

「おい見ろよ! この姉ちゃん、剣を空に向けてやがるぜ! どうやら、剣の使い方を知らねぇらしいな!」

「それとも怖くなって、頭がおかしくなっちまったかぁ!?」

 ゲラゲラ笑う若者たち。
 しかし天に向かって伸びた剣の切っ先を目にするなり、顔が凍りついた。

「こ……この剣は……!? す、『すまほ』付きっ!?」

「すまほ付きの剣……!? まっ、まさか『自撮りレイピア』っ!?」

「ってことは、コイツは……!」

 若者たちはワナワナと震えながら後ずさり、声を揃えた。

「「「「じ……自撮り夜叉っ!?」」」」

「そう呼ぶ者もいるようだな」

 ユリアは二つ名をあっさりと認める。
 自撮り棒のようにスマホが付けられた剣をいまにも振り下ろさんばかりの形相で、彼らを睨み据えた。

「さあ、選ぶがいい。斬るか、撮られるか」

 百合の通っていた学校はエスカレーター式で受験が無かったので、中学の修学旅行は3年生のときに行なわれた。
 そのとき、初めて特区を訪れる。
 生粋のコミュ障である彼女は、それまで異世界どころか、日本を出たことすらもなかった。

 そのため特区に行くのも気が進まなかったのだが、彼女はそこで大いなるカルチャーショックを受けることとなる。
 まるで、ずっと地球で暮らしていたかぐや姫が、初めて故郷の月に戻ったかのように。

 特区での百合は、本当に月にいるかのように身体が軽くなり、頭もなぜか冴えわたりまくっていた。
 クラスの陰キャナンバーワンだった彼女が、コミケに来たオタクのようにはしゃいでいたので、クラスメイトがドン引きしていたのもいい思い出である。

 百合は高校に進学。彼女は幼い頃から、家に代々伝わる古武術の流派の跡継ぎとして、祖父から厳しい指導を受けていた。
 さらに部活動までやっていたのだが、受験勉強に打ち込みたいからと、祖父や部活の顧問を説得してすべて免除してもらう。

 それは少し遅い反抗期を迎えた少女が初めてついた、小さなウソであった。
 受験がいっさい無い学校なのでそのウソは大人たちにはバレバレであったのだが、少女は気づいていない。

 百合は罪悪感にさいなまれながらも、放課後にこっそり特区へと通いはじめるようになる。
 お小遣いやお年玉をずっと貯めておいたので、旅費に困ることはなかった。

 特区デビューを果たした百合は魔法剣士となり、初心者向けの土地でコツコツとモンスターを倒して経験を積んでいく。
 彼女には、幼い頃から祖父にみっちりと仕込まれた剣術と、その祖父から少しでも自由になるために始めたフェンシングの腕前があった。

 それらが魔法剣士のスキルと噛み合い、メキメキと頭角を現していく。
 腕輪というリミッターをものともせず、現地人でも強敵とされるモンスターをバッタバッタとなぎ倒していったのだ。

 伝説の魔法剣士、ユリア誕生の瞬間であった。

 やがて彼女は、現地人たちの反応が大きく変わっていることに気付く。
 それまではウサギを見るキツネのようだったのに、今では百獣の王を前にしたタヌキのよう。

 畏怖、畏敬、畏縮……。
 生まれてこのかた自分が感じることはあっても、他人に感じさせたことのない彼女にとって、それは初めての感覚だった。

 現実の百合は駅を歩くと10回は男の人とぶつかるのに、異世界のユリアは誰しもが道を開けてくれる。
 それは、広いサバンナを縦横無尽に駆け巡るチーターのような万能感だった。

『ここではわたしは、どこへでも行ける……! ぶつかるからって遠回りする必要も、あきらめる必要もない……! 誰かを気にする必要なんてないんだ……!』

 さらに、ユリアには多くの二つ名が与えられるようになる。
 そのひとつが『自撮り夜叉』。

 自撮り棒を付けたレイピアと日本刀で、自撮りをしながら夜叉のごとくモンスターの大群を全滅させたことが由来である。
 もはや生ける伝説ともいえる存在を前に、若者たちはすっかり震えあがっていた。

「まっ、まさか『自撮り夜叉』が、こんな所にいるだなんて……!」

「と……とんでもねぇヤツに、チョッカイ出しちまった……!」

「コイツとやりあうくらいなら、世界じゅうの軍隊をぜんぶ敵に回すほうが、よっぽどマシだぜ……!」

「に、逃げ……!」

 今にも逃げ出しそうな若者たち。
 ユリアはその機先を制するように、厳しい口調で断言する。

「あなたたちが選べるのは、ふたつにひとつ。斬るか、撮られるか」

 その刃のように鋭い眼光に、若者たちは身を斬られたような悲鳴をあげた。

「ひっ、ひいぃぃっ!? はっ、はひぃ! とっ、撮られますっ! いっ、いえ、撮られたいっすぅ!」

 「ならば、わたしのまわりに来るがいい」

 若者たちはもう1も2もなく、ユリアのまわりに殺到した。
 ユリアがかざしていた自撮り棒のスマホに向かって、震えながらダブルピースをする。

「はいチーズ」

 ユリアがレイピアの柄にあるボタンを押すと、鈴鳴りのようなシャッター音が降り注ぐ。
 画面には引きつった笑顔4つと、涼やかな微笑みひとつが映っていた。
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