潤 閉ざされた楽園

リリーブルー

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第九章 再び潤の部屋にて

Noli me tangere

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 譲は、すぐに寝息をたて、僕もつられるように眠りにおちた。
 一時間くらい経ったのだろうか、僕は息苦しさの中で目を覚ました。目を開けると暗闇の中に幽霊のように白い腕が見え、両の手が僕の首を締めていた。僕は首をつかんだ手を離させようと、もがいた。やめて。僕は声にならぬ声で叫んだ。体が動かない。隣の譲は眠ったままだ。起きて、助けて。
 暗闇に浮かび上がった顔。僕の首をしめているのは潤だった。
 潤! どうしてまた……。僕は思い出した。この状況を。そうか僕は譲さんと……。違うんだ、僕も譲さんも潤が好きで、でも潤は、どこかに行っていて……ごめん悪かったよ、許して。でも、そんなつもりじゃなかったんだ。これは体だけで、潤だって……。僕は、罪悪感から、潤が僕の浮気を怒って僕を害しているのだとばかり思った。
 腕の力がふっと緩み、僕は助かった、と思った。僕は起き上がった。
 潤は、ふらふらした足取りでドアの方に向かっていった。僕は譲のベッドを抜け出し潤を追った。潤がドアを開けた。ひやりとした夜気と、古い建物の匂いがすうっと部屋の戸口に入ってきた。僕らは暗く沈んだ絨毯の上に足を踏み出した。月光が廊下の突き当たりの細い窓から零れ落ちていた。
 潤は、潤の部屋のしっとりと光る真鍮のドアノブに手をかけて回した。潤の部屋は、ぼんやりと薄暗い照明に照らされていた。僕らはドアの隙間から室内にすべりこんだ。ドアがぱたりと閉じた。
 僕は潤に手を伸ばした。
「Noil me tangere. 俺に触らないで」
潤がビクリと振り返って僕をとめた。潤は、再び扉を開け、そのまま階下に降りて行った。
 
 潤の部屋はフロアスタンドだけがついていて室内に黄色がかった光を投げかけていた。僕は潤のベッドに上がり、仰向けに寝転がり天井を見た。
 潤の家は洋館だった。洗面所やお風呂やトイレなどの水場は清潔な現代風に改装され、ダイニングの調度もデコラティフではなくモダンな、すっきりしたものになっていた。衛生や清潔が要求される場所は改装されたモダンスタイルだった。
 潤の部屋は、ぱっと見には、これも収納など機能性を重視した、すっきりした飾りのないモダンに見えた。けれど天井は、しっくいのデコラティフなレリーフが部屋の隅と照明の根元を飾っていた。照明は建物に合ったレトロなシャンデリアだったが、照明の覆いは、モダンの趣きもあるシンプルな球型で、点いていた時は割り合い明るかった。
 床は絨毯敷きでドアや建物の木の部分むき出しの床部分や階段の手すり窓枠などは焦げ茶色だった。
 窓はどうだったろうと起き上がりカーテンをたぐって見ると、格子にガラスのはまった縦長の窓だった。左右の窓はスライド式に上下に開くようになっていて、正面の窓は左右に開く両開きだった。
 庭の照明は消えていたが、噴水も含めた前庭の部分が眼下に見えた。僕はカーテンを閉めて再びベッドに戻りバスローブを脱いで潤が出してくれてあったパンツとパジャマに着替えた。パジャマは白に紺の淡くて太いストライプが入っていた。下着は紺色のフィット素材のものだった。
 僕が着替え終わりベッドに横たわっていると、ドアが開いて潤が戻ってきた。潤は黙ってバスローブを脱いで壁のフックにかけると、裸身のままベッドに歩み寄りベッドにもぐりこんで身を横たえた。僕は裸の潤が隣に寝ていると思うと、心臓が鳴り体が熱くなった。
「潤」
僕は思いきって呼んだ。ベッドは譲の部屋のものより狭かった。譲の部屋のベッドはダブルだったのだろう。手を伸ばすと潤の裸の腕に触れた。
「触らないで」
潤がまた言った。
 僕は、切なくなった。潤と重なりたいのに。でも潤は、もう、したくないのだろうと思った。
 潤は、
「穢れているから」
と言った。何を言っているのだろう。僕が譲と寝たことを怒っているのだろうか。
「ねえ、潤、どうしてまた僕の首を絞めたの?」
と尋ねた。
「知られたくないことを瑤が知ってしまったから」
潤は、落ち着いた声で答えた。
「知られたくないこと?」
何のことだろう。思い当たることはたくさんあった。僕が知ってしまったことは、どれもこれも、潤にとっては、知られたくないことなのだろう。
 潤が、天井を向いたまま、感情のこもっていない声で、僕に問うた。
「譲の部屋で、何をしていたの? 俺に言えないこと?」
「眠っていたんだよ」
嘘ではなかった。
「少しキスされたけど」
潤は、怒っているのか、無表情に尋ねた。
「それだけ?」
僕は、潤の幼い頃のビデオを見せられたことを言うべきか、今は言わない方がいいのか、迷った。
 いずれ言うことになるとは思ったが、潤が不安定になっている時に、わざわざ言っていいものかと迷った。
「そうだよ」
僕は、潤を気づかって嘘を言った。

「眠れそうもない」
潤が寝返りをうった。それでいつも、朝、遅刻ギリギリなのか、と思った。
「僕が横にいるから、きっと眠れるよ」
僕は言った。
「手をつないでいてあげる」
潤が、僕の申し出に反応して、初めて、こっちを見た。
「俺は、期待してもいいのかな?」
潤が一人ごとのようにつぶやいた。
「何を?」
潤のガードが、ひどくもろくなっているのを感じた。
「待っていた、癒し手を」
「僕を通して、潤の望むものが、与えられますように」
僕は、潤の手を握った。潤がほっとしたように、僕に手をゆだねた。やがて、僕の隣で、潤の安らかな寝息が聞こえてきた。そして、僕も眠りについた。


 僕が目を覚ますと、カーテン越しに、ぼんやりした光が、部屋を薄明るく照らしていた。
 ああ、もう朝か。傍らに、潤の、目を閉じた美しい横顔が見えた。僕は、幸福感に満たされた。
 僕の恋人……。僕は、すぐにでもキスしたかった。お早うと言って、優しく髪を撫でてあげたかった。きれいな潤……。僕は、はやる気持ちを抑えて、横たわったまま、眠っている潤を眺めた。だめだ、見ているだけで、エロティックな気持ちになる。
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