潤 閉ざされた楽園

リリーブルー

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第七章 潤の部屋にて

お茶

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 潤は起き上がって、パンツとズボンを履いてドアへと向かった。僕も慌てて起き上がり、はだけたバスローブの前を合わせ紐を探して巻きつけた。
 潤の母上が、カップとティーポットの乗ったお盆を持ってドアの外にいた。
「お友達のお部屋、用意できたわよ」
「いいよ、ここで寝るから。俺は、ソファで寝るからいいの」
「だめよ、そんなの。休まらないわ。それに、せっかく用意したんだから」
「わかりました。じゃあね」
潤は、バタンとドアを閉めた。
「瑤、別の部屋に寝ろって」
潤は、ふてくされたように言った。
「ほんと、やきもち妬きだよな。俺が友達と仲良くしてると邪魔するんだ」
「悪いことしてるの、バレてるからじゃない?」
「だったら、譲の暴行を止めろよな」
「そうだねぇ……」
潤は、ドアの脇のコンソールにお盆を置いて、ソファの方からティーテーブルを引っ張ってきた。
「あ、持とうか?」
僕が手伝った。
 勉強机の椅子と、ベッド脇にあった椅子をテーブルの所に持ってきた。テーブルの上に、潤が、ソーサーつきのカップ二人分とティーポットを置いた。カップは、お揃いではなく、違っていた。
「このカップ、気に入っているんだ。自分で買ったから」
何の変哲もない、ティーカップに見えた。
「俺、自分の好みとか、ないんだよね」
「え、そう? 潤って、すごく好みがうるさそうだよ?」
潤の持ち物や、興味、話し方から、潤が、独自の美意識を持っているように思って、僕はそれが好きだったので、驚いて聞き返した。
「ああ、ほんとは、あるんだよね。だけど、言い出せないっていうか、言うのが恥ずかしくて、だめって言われるのが怖いし、それで、長いこと、我慢していると、何が好きかよくわからなくなってるんだよ。僕が好きなのか、周りの人がそういうから好きなのか、わからなくなるんだ」
「へえ。過剰に適応しすぎるんじゃない?」
「そう、それ。人間恐怖なのかな? 過剰に合わせすぎて自分がなくなっていくと、イライラするんだよ」
「そりゃ、我慢して合わせてるんだから、イライラしそうだね」
「我慢してるっていう意識がなくて、自動的だから、自分でも気づかないから困るんだ。嫌だと思っても相手の要望をくみとって犯されるとかね」
「ええっ、そこまで!?」
「それが当面、一番困ることだな。他の面でも支障が出てきているんだけど。だから、なるべく人と関わらないようにしてるんだけどね」
「でも、潤って、けっこう、周りに好かれるよね?」
「どうだろ。悪く言われるの嫌なんだよな。これでも、人目にたたないようにしてるんだけど」
「潤、綺麗だから、どんなに地味にしても、目立つんだよね」
僕は、潤のきれいな顔を、うっとり眺めた。
「髪を伸ばして顔見えなくしようと思ったこともあったけど、それだと、女みたいって、余計いやらしいことされるし」
「潤、悪く言われる要素ないよ」
「まだ、よく知らないからだよ。長く付き合ったり、深く付き合ったりしたら、絶対嫌になると思う」
「僕は、ならないよ」
「そう言っておいて捨てられるとダメージが大きいんだよな。今までの友達関係でも、そうだったから。だから恋愛で人を好きにならないように気をつけてる」
「あ、それで、つれないんだ?」
「でも、どうしよう。瑤にぐいぐい来られてるから陥落しそう」
「ええー? 陥落? 潤、まだ全然、友達レベルにもなってないような城壁の高さだよ」
「寝てるじゃないか」
「行為はね。肉体的には、恋人越えだけど、心のバリヤーが鉄壁だよ」
「そういって踏み入ろうとしてるんでしょ?」
「ほら、そういうこというし。まあいいよ。これから、ちょっとずつ仲良くなろう? ちょっと順序が逆だったけど」
「うん。そうできたらいいような、騙されるのが怖いような」
「誰が騙すの? 僕は潤を騙せるほど、賢くないよ」
「でも、俺って、本当に本当は弱いんだよ。びっくりするほど。鉄壁じゃないんだって。ってバラしたら危険だからこれ以上言いたくないけど」
「僕になら平気だよ。僕なんか見たまんま弱っちいから。身も心も弱っちくて頼りない男ですから。自慢にならないけど」
「あ、良かったら、お茶飲んで。嫌いだったら、ほかの持ってくる」
「ううん、これいただくよ。何のお茶?」
「また、女子みたいって言うなよ。俺の好みじゃない場合もあるんだから」
「わかった。これからは、からかうようなことは、潤には、言わないようにするよ。実は、僕も、人にからかわれるの嫌なんだけど、つい言われてることって、自分も言っちゃうんだよね」
「ええとね、レモンバーベナ」
「好きなの?」
「最初はママンにすすめられたけど、飲むとイライラがおさまって落ち着く気がするから、俺も気に入っているかも」
「潤って、母上に可愛いがられてるでしょ?」
「譲は体育会系で男っぽくてガサツだから、下の兄さんの方が好きみたい。でも、叔父様や譲が下の兄さんが嫌って追い出したんだ。俺は叔父様や譲に気に入られてるから生き残ってるだけ。俺は、女の子がわりなんだよ。女の子がほしかったみたいだから」
「へえ」
「俺がいなかったら、もう一人産んで、女の子だったかもしれないけど、俺が来ちゃったからね。四人は、けっこう大変だし」
潤は、自分の存在を、望まれないもの、と思っているのかな、と思った。だから、
「三人も四人も同じじゃない? 本当にほしかったら、がんばって、つくるんじゃないの? 親の言うことなんて、けっこういい加減だよ」
と言ってあげておいた。
「それにさ、実際、潤のこと、可愛いくてしょうがないって感じに見えるよ?」
潤は、顔を赤らめた。
「幼い子どもだと思って可愛いがってるだけだと思うよ。俺は、今のところ、あまり男っぽくないし。反抗的じゃないしね。まあ、自分でも、その立場に甘んじて利用してるかもしれないな。だって幼くありさえすれば、捨てられることもないし、少々わがまま言っても許されるわけだからね」
潤は、シニカルに言った。
「成長を止められて、甘やかされて、スポイルされてるんだよ」
「ふうん。潤が、週末だけ帰ってくるから、歓待してるんじゃないの? 」
「まあね。離れて暮らしてるのも、俺が実は、かなり反抗的になっている事実をごまかすのに好都合だよな」
「離れて暮らしてるって、偉いよね」
「一人暮らしじゃないし、家事やってるわけでもないし、全然偉くないよ」
「ふうん。ここから学校って通えなくもないのに、わざわざマンションに住んでいるんだね。これくらいの距離なら、通ってる人、多いと思うけど」
「俺、朝弱いし」
「あ、そうか。いつも、ぎりぎりだもんね」
「うん」
潤は、飲み終わったティーカップを、愛でるように、持って、撫でていた。
「あのさ」
僕は、前も言いかけたことを、もう一度聞こうと思った。
「譲が言ってたんだけどさ」
「譲の話は、でたらめだって、言っただろう?」
潤が、お気に入りのカップを持ったまま、立ち上がった。潤の声は、怒気を含んで、微かに震えていた。
「僕も信じてないけど、気になるからさ」
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