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第一章 学校と洋講堂にて
バス
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「瑤、俺の実家に来る?」
潤が僕を誘った。
「実家って? 潤、いつも実家から通っているんじゃなかったんだ?」
「うん。普段は、学校の近くのマンションから通ってる」
てっきり、そこが家だと思っていた。
「え、普段は一人暮らし?」
「違うよ。二人暮らし」
「二人暮らしって、誰と?」
普通に考えて、家族か親戚といっしょに住んでいるのかな、とは思ったけれど、潤が言うと妖しかった。潤は男に囲われている、なんていう噂もあったから。あまり詮索したら機嫌を損ねそうなので、そこまでは言わなかったけれど、案の定、潤は、黙ってしまった。
「ごめん。何が気に障ったかわからないけど。潤って繊細なんだね?」
少し意地悪な言い方だったかもしれない。でも、潤が何かを隠しているらしい様子に、僕は少しいらいらする気持ちがあった。まだ、親しくなったのは、ほんの数日前の僕に、急に何もかも打ち明けろとか、もっと心を開けとか、心の隔てをなくせとか要求するのは無理な話だと思ったけれど、でも、潤のガードのかたさは気になった。心を隠しているくせに、キスしたり触ったりしてくるのが、遊びなんじゃないかと僕を疑わせた。それならそれで、別にいいんだけど、それはそれで興味あるから、わりきってもいいんだけど、でも、潤がほんとに、そんなんでいいのか、なんか、こう、潤は、ほんとは寂しいくせに、わざと自分を傷つけてるみたいな感じがして、それが嫌だった。潤を傷つけることに、僕が加担することになるのは嫌だった。潤は、もっと、ちゃんと心から人と親しくなって、ちゃんと愛を分かちあったりとか、どうしてしようとしないんだろうと思った。自分から人を避けて、心を閉じて、表面だけ愛想よくしていても、潤は姿形がきれいだし、人の気持ちをよくするマナーや思いやりもあったから、みんなから好かれてはいたけれど、本当の心を隠していて、疲れてしまわないんだろうか、と思った。事実、潤は、いつも遅刻ぎりぎりだし、授業中も寝ているし、成績は赤点だし、時々すごくつまらなそうな、寂しそうな表情をしているし、僕は気になって仕方がなかった。
「あまりプライベートに立ち入られたくないんだ」
潤は暗い顔をした。
「ああ、そうか。潤は、いろんな上級生に声かけられるからかな? 僕も、初めて声かけられたけど、それがしょっちゅうだったら嫌だろうなあと思うよ」
「矛盾しているようだけど、声をかけられるのが、嫌なわけでもないんだ」
「ああ、好きなタイプだったらいいか」
「うん。瑤には、声かけられてよかったと思ってるから」
僕は、リップサービスだとしても、嬉しいと思った。
潤は、郊外へ向かうバス停に向かおうとして、振り返って言った。
「瑤、来る?」
「行きたいけど。遠い? 夕飯の時間には帰らないと」
潤は学校の近くに住んでいるくせに、いつも遅刻ぎりぎりというのは有名だった。だから、ずっと学校の近くのマンションが実家なんだとばかり思っていた。それで潤の実家がどこなのか皆目見当がつかなかった。
「一時間以上かかるけど、もしよかったら、家に泊まっていいから」
潤の家は郊外にあるらしい。潤の家に招待された、それだけですごいことなのに、泊まってもいいだって? 潤の家に行ったことのある人というのは聞いたことがない。潤は、僕に対して、キスしたり触ったりしてくるくせに、全然心を開いていないと、さっきまで、すねた気持ちだったけれど、潤なりに、僕に対して心を開こうとしているのかも、と思った。僕は、特別なのかもしれない。潤にじっと見つめられたら、どうしてこばむことができるだろう?
「わかった。家に電話してみるよ」
僕はスマホで家に電話した。
「ああ、母さん? 友達の家に泊まるけど、いい? クラスの友達。大洗潤君。大丈夫だよ。うん。え? いいよ、じゃあね」
僕は、携帯電話を切った。僕は、あまり無茶をする方ではないので、特にとがめられることもなかった。それに、両親は共働きで、リベラルな感じだったので、僕は一人っ子のわりに、わりと自由にさせてもらっていた。というより、一番の理由は、やはり、僕の性格が慎重で、そんなに無謀な行動や危険なことをする方ではない、ということが大きかった。というわけで、とても簡単に許可はでた。高校に入って、友達の家に泊まるのなんて初めてだったので、僕はわくわくした。
「大丈夫だった?」
潤は、バスの時刻表を見ながら、僕に聞いた。
「うん」
僕は答えた。
バスの中で、僕らは、一番後ろの席に座った。僕は対向車線側の窓際の席に座った。
街中をすぎ、車内がすいてきたころ、潤は、僕の左手を握ってきた。
「潤?」
「瑤、手が冷たいな」
潤が小声で言った。
「うん」
僕は、少しドキドキしながら答えた。
潤は、二人の間のシートに置いた僕の指を一本一本いじって、もてあそんでいた。
少しして、潤の手が静かになったと思ったら、潤は、目を閉じて、うとうとしているようだった。潤の寝顔を初めて見た。無防備な潤。無防備な寝顔。
そういえば、今夜、潤の家に泊まるんだよな? 泊まるってことは、潤と同じ部屋で寝るんだよな?
胸がときめいてきた。それだけじゃない。お風呂だって。いや、さすがに、いっしょには入らないか、子どもじゃないもんな。想像がいろいろ湧いてきた。
バスが停車した時、潤が目を開けて、立ち上がった。
「降りるの?」
「いや、終点まで」
と言いながら、潤は左端に移動して、本格的に窓枠に寄りかかって、眠る体勢に入った。
僕もついて行って、潤の隣に座った。
「どうして、瑤まで来るんだよ?」
潤が眠そうな瞼を開けて、微笑んで言った。なんだか潤と兄弟喧嘩してる気分だ。
「僕に寄りかかってくれてもよかったのに」
と言ったら、潤は、吹き出して笑った。
「瑤のが小さいのに?」
「小さくないよ、百七十くらいあるもん」
「サバよんでるだろ? 俺、今、三くらいあると思う」
潤が僕を誘った。
「実家って? 潤、いつも実家から通っているんじゃなかったんだ?」
「うん。普段は、学校の近くのマンションから通ってる」
てっきり、そこが家だと思っていた。
「え、普段は一人暮らし?」
「違うよ。二人暮らし」
「二人暮らしって、誰と?」
普通に考えて、家族か親戚といっしょに住んでいるのかな、とは思ったけれど、潤が言うと妖しかった。潤は男に囲われている、なんていう噂もあったから。あまり詮索したら機嫌を損ねそうなので、そこまでは言わなかったけれど、案の定、潤は、黙ってしまった。
「ごめん。何が気に障ったかわからないけど。潤って繊細なんだね?」
少し意地悪な言い方だったかもしれない。でも、潤が何かを隠しているらしい様子に、僕は少しいらいらする気持ちがあった。まだ、親しくなったのは、ほんの数日前の僕に、急に何もかも打ち明けろとか、もっと心を開けとか、心の隔てをなくせとか要求するのは無理な話だと思ったけれど、でも、潤のガードのかたさは気になった。心を隠しているくせに、キスしたり触ったりしてくるのが、遊びなんじゃないかと僕を疑わせた。それならそれで、別にいいんだけど、それはそれで興味あるから、わりきってもいいんだけど、でも、潤がほんとに、そんなんでいいのか、なんか、こう、潤は、ほんとは寂しいくせに、わざと自分を傷つけてるみたいな感じがして、それが嫌だった。潤を傷つけることに、僕が加担することになるのは嫌だった。潤は、もっと、ちゃんと心から人と親しくなって、ちゃんと愛を分かちあったりとか、どうしてしようとしないんだろうと思った。自分から人を避けて、心を閉じて、表面だけ愛想よくしていても、潤は姿形がきれいだし、人の気持ちをよくするマナーや思いやりもあったから、みんなから好かれてはいたけれど、本当の心を隠していて、疲れてしまわないんだろうか、と思った。事実、潤は、いつも遅刻ぎりぎりだし、授業中も寝ているし、成績は赤点だし、時々すごくつまらなそうな、寂しそうな表情をしているし、僕は気になって仕方がなかった。
「あまりプライベートに立ち入られたくないんだ」
潤は暗い顔をした。
「ああ、そうか。潤は、いろんな上級生に声かけられるからかな? 僕も、初めて声かけられたけど、それがしょっちゅうだったら嫌だろうなあと思うよ」
「矛盾しているようだけど、声をかけられるのが、嫌なわけでもないんだ」
「ああ、好きなタイプだったらいいか」
「うん。瑤には、声かけられてよかったと思ってるから」
僕は、リップサービスだとしても、嬉しいと思った。
潤は、郊外へ向かうバス停に向かおうとして、振り返って言った。
「瑤、来る?」
「行きたいけど。遠い? 夕飯の時間には帰らないと」
潤は学校の近くに住んでいるくせに、いつも遅刻ぎりぎりというのは有名だった。だから、ずっと学校の近くのマンションが実家なんだとばかり思っていた。それで潤の実家がどこなのか皆目見当がつかなかった。
「一時間以上かかるけど、もしよかったら、家に泊まっていいから」
潤の家は郊外にあるらしい。潤の家に招待された、それだけですごいことなのに、泊まってもいいだって? 潤の家に行ったことのある人というのは聞いたことがない。潤は、僕に対して、キスしたり触ったりしてくるくせに、全然心を開いていないと、さっきまで、すねた気持ちだったけれど、潤なりに、僕に対して心を開こうとしているのかも、と思った。僕は、特別なのかもしれない。潤にじっと見つめられたら、どうしてこばむことができるだろう?
「わかった。家に電話してみるよ」
僕はスマホで家に電話した。
「ああ、母さん? 友達の家に泊まるけど、いい? クラスの友達。大洗潤君。大丈夫だよ。うん。え? いいよ、じゃあね」
僕は、携帯電話を切った。僕は、あまり無茶をする方ではないので、特にとがめられることもなかった。それに、両親は共働きで、リベラルな感じだったので、僕は一人っ子のわりに、わりと自由にさせてもらっていた。というより、一番の理由は、やはり、僕の性格が慎重で、そんなに無謀な行動や危険なことをする方ではない、ということが大きかった。というわけで、とても簡単に許可はでた。高校に入って、友達の家に泊まるのなんて初めてだったので、僕はわくわくした。
「大丈夫だった?」
潤は、バスの時刻表を見ながら、僕に聞いた。
「うん」
僕は答えた。
バスの中で、僕らは、一番後ろの席に座った。僕は対向車線側の窓際の席に座った。
街中をすぎ、車内がすいてきたころ、潤は、僕の左手を握ってきた。
「潤?」
「瑤、手が冷たいな」
潤が小声で言った。
「うん」
僕は、少しドキドキしながら答えた。
潤は、二人の間のシートに置いた僕の指を一本一本いじって、もてあそんでいた。
少しして、潤の手が静かになったと思ったら、潤は、目を閉じて、うとうとしているようだった。潤の寝顔を初めて見た。無防備な潤。無防備な寝顔。
そういえば、今夜、潤の家に泊まるんだよな? 泊まるってことは、潤と同じ部屋で寝るんだよな?
胸がときめいてきた。それだけじゃない。お風呂だって。いや、さすがに、いっしょには入らないか、子どもじゃないもんな。想像がいろいろ湧いてきた。
バスが停車した時、潤が目を開けて、立ち上がった。
「降りるの?」
「いや、終点まで」
と言いながら、潤は左端に移動して、本格的に窓枠に寄りかかって、眠る体勢に入った。
僕もついて行って、潤の隣に座った。
「どうして、瑤まで来るんだよ?」
潤が眠そうな瞼を開けて、微笑んで言った。なんだか潤と兄弟喧嘩してる気分だ。
「僕に寄りかかってくれてもよかったのに」
と言ったら、潤は、吹き出して笑った。
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