潤 閉ざされた楽園

リリーブルー

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【第一部】 序

見初め

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 桜の花びらが、ふりそそぐ四月の光の中を、ちらちら舞っていた。ひとひらの花弁が、前にいた少年の、うなじに吸いこまれた。艶やかな黒髪のまとわりついた首筋と、制服のワイシャツの襟首の隙間に、誰かの指が差しこまれ、小さな花弁が摘まみだされた。
「潤(じゅん)」
くすぐったそうに首をすくめて、振り向いた彼の綺麗な笑顔に、僕は、ぼうっとした。高校二年のクラス写真の撮影で校庭に出た時のことだった。

 潤は、僕ら男子高の生徒の間で、ひそかに人気があるらしかった。新しいクラスで、まだぎこちなかった時期、クラスメイトたちは、潤のうわさ話をすることで親しくなっていったと思う。
 級友たちから聞いた話しによると、入学当初から、潤に目をつけ潤をねらっている上級生が何人もいて、潤は度々恋愛的な告白をされていたらしい。潤の身長は、一年前より、だいぶ伸びたらしく、今は僕と同じくらいだから、おそらく百七十前後だろうと思われた。
「一年の時は、本当に美少年って感じで、あどけなくて可愛かったんだぜ」
とクラスメイトは言った。
 あどけないという単語を間違えて使っているのでは? と思ったほど、今の潤は、僕には、あどけなさとは程遠いように見えた。今は、なんというか、鋭利に研ぎ澄まされた刃のような雰囲気だった。
「潤が、あどけない?」
別のクラスメイトも聞き返した。
「あいつ、上級生と……」
一人の発言に、待ちかねたように皆は、どっと笑い、場の雰囲気が、いっきに野卑なものに変わった。
「何?」
僕がおずおずと聞くと、その場にいた五人くらいが、いっせいに笑った。
「知らないんだ? こういう瑶(よう)みたいなのを、あどけないっていうんだよな?」
と言われた。
「言えてる。瑤は、現役の、あどけない美少年、だもんな?」
他の人からも言われた。
「赤くなっちゃって、可愛いな瑤」
「瑤を、からかうなよ。かわいそうだろ?」
「お前、瑤に好かれようとしてんだろう」
「ばれたか。あのなあ、瑤、潤には気をつけろよ。あいつの毒牙にかかったら、瑤なんか、ひとたまりもないぜ」
僕の肩に手をかけて、顔を近づけて、誰かが言った。
「だからお前らは、潤に瑤を取られたくないから、そういうこと言ってるんだろ?」
「違うよ、本当に潤は、いろいろとやばいんだって」
皆は勝手なことを、てんでに言って笑っていた。 

 潤は、口数が少なく、あまり自分のことは、話さなかった。にもかかわらず、潤に関する噂は、一年の時から耳にしたし、二年で同じクラスになってからは、自然と、より詳しく聞くことになった。
 潤の名前は模試の上位にも見かけたので、最初は、勉強ができる生徒なのかと思っていた。だが、そのうち、その一方で、補習や追試の常連メンバーでもあることが、わかってきた。うわさによると、二年への進級がかかった最終追試まで受けたらしい。うちの学校は進学校で厳しかったので、落第したりやめたりする生徒も毎年二、三人はいたのだが、潤は、かろうじて進級できたらしかった。
 潤は、出席日数もぎりぎりだったらしい。いつもよからぬうわさがあって、うわさが本当ならば、素行もよろしくないということになる。なのに、なぜか先生にも目をかけられ可愛がられているように見えた。
 潤は、同級生の特定の誰かと特別親しく話したり、いつもいっしょにいたり、ということがなかった。その代わり、いろいろな上級生に、度々、呼び出されているのを僕は見かけた。
 こっそり後をつけていくと、校舎の裏庭で二人きりで話していて、潤は、いつも何か断っている様子だった。けれど、結局その後、潤は、昼休み、その上級生といっしょに弁当を食べていたり、いっしょに下校したりしているのだった。
 潤には、もう高校を卒業した兄さんがいるらしかった。それで上級生や先生が、潤に親しげなのだろうかと、一人っ子の僕は、少しうらやましく思った。
 その頃の僕は、まだ、何も知らない子どもだった。 
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