潤 閉ざされた楽園

リリーブルー

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第十五章 晩餐にて

シャーベット

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おじ様や僕のステーキ皿が、からになったころ、譲が、ダイニングルームに入ってきた。
 譲は、からになった皿と、不用なカトラリーをさげた。
キッチンから戻ってきた譲の手には、クリアな硝子の器に入った、赤い半球状の物体があった。
「フランボワーズのシャーベットです」
と譲が言って、僕の前にシャーベットグラスを置いた。
細い脚つきのカットグラスだった。
カットされたガラスに、蝋燭の揺れる炎がキラキラと反射した。
氷温室で冷やされていたのか、グラスに薄く白く霜がついていた。
「まだ庭のラズベリーがなる季節には少し早いから、ジャムで作ったけれど、数粒なったから、一粒、添えてみたよ」
譲が解説した。
濃いラズベリー色の丘の脇に、赤いルビーのようにつやつやした粒が、転がっていた。
「宝石みたいですね」
僕は、小さなスプーンですくって、生のラズベリーを口に入れた。
ぷちぷちと、小さな粒つぶが、舌に弾ける感触。
小さな粒から、甘酸っぱい果汁が、舌に広がった。
「あ、これ、潤は、酸っぱいって言うかな?」
僕は、笑って言った。
「うん、でも、あいつ、毎年、庭で食べてるよ」
「そうなんですか?」
僕は、微笑んだ。
潤が、また、僕のシャーベットを狙っていた。
「まだ、かたいかな?」
僕が、スプーンでシャーベットに触ると、表面の溶けた部分が、薄っすらと削れた。
白っぽい氷と濃いピンク色を、潤の口の前に持っていった。
潤は、嬉しそうに口を開けた。
潤が、スプーンを咥えた。
スプーンは、金属の曲線通りに、すっと潤の口腔をすべって外に出た。
潤が、幸せそうに微笑んだ。
よかった、潤が、ほんの一瞬でも、そんなふうに幸福でいてくれて。
僕らは、ほとんど同じようなDNAを持った人間という種、同士だから、相手が幸福であれば、僕もまた幸福であった。
僕らは、つながっているんだなあ、と感じた。

僕も、シャーベットを口にした。
「フランボワーズのリキュールで、香り付けしてあるよ」
譲が言った。
ふわっと甘い香りがした。
「いい香りがします」
僕が言った。
「潤が、また酔っぱらわないといいですけど」
僕は、笑った。
「アルコールはとばしてあるつもりだし、ほんの少しだよ」
譲がつけたした。
「でも、そう、潤ってアルコールに弱いんだよ。保存用のアルコールや、ケーキに入ったアルコールで酔うからね。俺も、そんなに強い方では、ないんだけど」
譲が、微笑んだ。
おじ様は、ワインを飲んでいた。
譲は、またキッチンに下がった。
その間に、蝋燭が、また、一本、揺らいで消えた。
リビングとダイニングの壁に、間接照明もあるので、蝋燭が消えても、真っ暗にはならないのだが、少し、不気味な感じになってきた。
灯していた蝋燭が一つずつ消えていく、というのが、百物語の怪談のようで、おどろおどろしい気がした。
何か、魔性のものでも現れそうな、気味の悪い感じがしてきた。
譲が、料理の皿を二枚持って戻ってきた。一つは、自分の席に、一つは、おじ様の席に置いた。
譲は、席について、厚い肉を切って、食べ始めた。肉片が、次々と、小気味よく、譲の口に消えていった。
「潤は?」
シャーベットを大事に食べていた僕は、潤に聞いた。
「叔父様に食べさせてもらうの」
と潤が答えた。
また退行してる?  というか、周りがそうさせているのか。年齢的にできるはずのことを自分でさせないで周りがやってしまうのも、虐待らしいからな。
おじ様の手にあやつられたナイフが、蝋燭の残り火で、輝いていた。
柔らかく沈むナイフから、白い皿に流れだす赤い血。
肉の切り口から、潤の、心の奥深くの、傷口の痛みのように、血が流れだした。
おじ様は、何食わぬ顔で、血のしたたる肉片をフォークに刺し、おじ様の手元を、注意深く見つめていた、潤の口元へ運んだ。
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