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第二章

気がつくと

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 気がつくと潤は自分の部屋にいて、枕元には譲がいた。

「あ、潤、気がついた」

譲が声をあげた。

 叔父さまが近づいてきた。潤の胸がドキドキした。叔父さま……。口を動かしたつもりが声にならない。

「よかった」

叔父さまの落ち着いた声が言う。

「ちゃんと食べないからだぞ」

叔父さまがポンポンと優しく潤の頭を触った。とろけてしまいそうだ。

 ごめんなさい、潤は、叔父さまに優しくしてもらう価値なんてない男の子です、と潤は思った。叔父さまは、まだ何も知らないんだ。だから優しくしてくれる。でも本当のことを知ったら……。

 胸にかたまりがつまったようになった。悲しくて声がでない。話せる気がしない。

「どうした?」

口だけパクパクする潤を、叔父と譲が心配そうにのぞきこんだ。

「明日は休日だ。ゆっくり休みなさい」

叔父さまは、潤を安心させるように、そう言う。そして、簡単に言う。

「疲れているんだろう」

と。わかっていない。わかっていないんだ。そんな風に言われると、ほっとするけど、でも悲しい。だって、ほんとうは、何もわかっていないんだもの。

 叔父さまが部屋から出ていった。

 あとに残った譲が、潤に聞いた。

「なあ、潤。お腹すいたか? なにか食べるか?」

気づかってくれるのは嬉しいけれど、なにも食べられる気がしない。


キモ先が体液を飲ませようとせまってくる幻影が浮かんだ。

「キャッ」

潤はこわくて布団をかぶった。

「おい、どうしたんだよ。そんなに食べたくないなら無理しなくていいよ」

そっと布団から顔を出すと、譲が、どろりとした白いものの入ったスプーンを片手に、とまどいの表情を浮かべていた。

お腹はすいている。食欲がないだけだ。食べたら元気がでるかもしれない。

潤は無理に身をおこして口を開けた。

「お、食べる気になったか?」

譲は、嬉しそうに微笑んで、スプーンを潤の口に運んだ。潤は咥えた。どろっとしたものが潤の口の中に流しこまれた。

うっ……。

キモ先が、潤の口の中に体液を吐く……。

「おっ……おうっ……」

譲の手のひらに吐き出してしまった。

「おかゆ、ダメだったか。好きじゃない?」

潤はスプーンを押しのけた。

 譲は、なんでもない顔をして、潤の吐き出した手のひらのおかゆを食べてしまった。

それを見て、キモ先のキモい行動を思い出す。潤の出したものを美味しいと言って舐めたり嗅いだりするキモ先……。

こみあげる吐き気に耐えかねて、口を押さえる潤。

「大丈夫か?」

夢か現か混濁してしまうが、譲の手のあたたかみは本物だ。潤は譲にしがみつく。

「潤……」

譲は、少しとまどっている。頬が赤らんでいる。

わかってほしい。そして助けてほしいのに。でも言えない。

「よっぽど、イヤなことがあったんだな」

と譲は困ったように言う。

もう、動物的勘だなんて揶揄するつもりはない。

叔父さまには、その見解を報告したのだろうか。なにかあったんじゃないかって。

恥ずかしい。どうか、そんなこと告げ口しないでほしい。叔父さまは、きっと、がっかりして、潤を軽蔑するだろうから。

知られたくない。
でも知ってほしい。
全てを知った上で、潤の悲しみも苦しさも、一人で耐えていることも、みんな受け入れてほしい。よくがんばったねと、認めてほしい。

潤の目が涙でくもった。

譲がそっと潤にティッシュを渡した。天使の羽みたいな白く柔らかな感触が潤の頬をくすぐった。このままずっと、柔らかな羽毛ぶとんにくるまれて眠っていたい。

でも、叔父さまは、潤の成績のことすら知らないのだ。譲だって……。

「勉強のことだろ」

譲が口を開いた。違う。少しそうだけど、でも違う。だけど潤はドキッとする。そのことも十分秘密だからだ。ほとんど空白の解答用紙、大きく赤で一桁の数字が書かれたテスト用紙を、何十枚も潤は机の引き出しにしまって鍵をかけてある。

「潤、全然できないもんな……」

潤は口をパクパクさせて抗議した。

「わかってるよ。親父には言わないから」

譲には伝わっているようだ。すごい。

「でも、いずれ言うことになるんだぜ」

その通りだ。いずれ成績表を見せないといけない。見せなさいと言われるだろう。

今は、叔父さまの仕事が忙しいから、試験のこともなにも言ってこないだけだ。

「まあ、俺も単位落としたこと親父に言ってないしな」

譲は、おどけて笑ってみせた。

「なんとかなるさ。大丈夫だよ」

譲は潤をなぐさめた。

「個人情報だから、学校に照会されたってバラされないさ」

学校に照会……。そんなことになったら、キモ先がなにを言うかわからない。潤がエッチなことをしてるなんて言われたら……。

潤の身体はがたがた震えだした。

「寒いのか?」

譲が心配した。

「風邪かなあ。布団に入って休めよ」

こわい。一人にしないで。

部屋から出ていこうとする譲に潤は手をさしのばした。

「冷たい手だな」

譲が潤の手を握り返した。

「大丈夫、眠れるよ。安心しておやすみ」

譲は潤の髪を撫で、部屋の灯りを暗くした。潤は魔法にかかったように眠りに落ちた。
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