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1、教室

人身御供という甘美なことば

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 安田は、若手だった。古参の教師たちは、ふだんから安田を若い女のように扱っていた。もと男子高で、生徒も教師も男子が圧倒的に多かったからだ。自らも男子高出身で、男同士の味を知っている者もいた。安田は、かろうじて、これまでの人生で、難を逃れてきたが、教師になってからは、同僚たちの、ひそかな、あるいはあからさまな、いやらしい視線にさらされて難儀していた。自分より若くて美しい生徒たちがたくさんいるのに、と安田は思いかけて、なんどもその思いを打ち消した。ダメだ。生徒を危険にさらすなんて。それだったら、自分が犠牲になればいい。安田は、そう考える男だった。
  だからこそ、今、こうして化け物におかされる役を、西島に代わって引き受けたことに、誇りは持っていた。一抹のプライドは保てていた。
  だが、同僚たちには、知られたくない。今まで貞操を保っていたのに、こんな姿を見られたら、今後、何をされるかわからない。化け物にされるなら仕方ない。事故だ。だが、人間にされるなんて。嫌だ。こんな恥ずかしい思いをするなんて、耐えられなかった。見られるくらいなら、いっそ舌を噛み切って死んだほうがいい。

 「先生、しっかりしてください」
 朦朧として、絶望的な考えに引きこまれそうになる安田の身体を、西島が揺さぶった。

 「あぁ……西島……もう、だめだ」 
安田は、弱気になっていた。自分は、このまま、化け物に、精を吸いつくされ、とり殺されてしまうのかもしれない。それで、化け物が満足して、退散してくれればいいのだが。 
 古来からの、人身御供ということばが頭をよぎった。人身御供という甘美なことばの響き。
  自分が人柱となって、生徒たちを守ることができるのなら、そのように命を落としてもいい。それは本望だ。安田の胸中に、そのような静かなあきらめの気持ちが去来した。
  死が近い気がした。 

「先生っ、嫌だ」
 西島が、安田に抱きついてきた。
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