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第二十一章 麓戸の追憶(麓戸視点)
麓戸、通報する
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そこまできて初めて麓戸ははっとした。
これはまずい事態だ、通報案件だ、と。
先に店長や現オーナーに知らせるべきか。
いや、揉み消されるかもしれない。現オーナーはこのビルを自分に売ろうとしているのだ。自分の持ち物にケチをつけられたくないだろう。店長だって同じことだ。物件にヤラセの難癖をつけて安く買い叩こうとしていると誤解されたくない。
一人で飛び込むには美青年を取り囲んでいる若者の人数が多すぎる。下手に乱入して怪我をさせたりしたらまずい。
それに間違いかもしれない。彼らは遊びでやっているのかも。あの美青年がそういう趣向が好きで。いやそれはない。そうであってもこんな場所で迷惑行為だ。店長が見て見ぬふりだとしたらそれも問題だ。
やはり通報しよう。麓戸は決め、廊下の隅でビルの場所と起こっていることを告げた。
心臓がバクバクした。
電話を終えた。
美青年をすぐにでも助けだしたかったがやはり一人では無理だと判断した。
麓戸は急ぎスタッフのいる受付へ向かった。
「店長は?」
焦りで乾いた舌が喉に張りつくようだった。
麓戸のただならぬ様子を察したのか店員がすぐに店長を呼ぶ。麓戸が事情を話す。
案の定、店長は嫌な顔をした。
「奥の部屋でしょう? あそこは死角になっているからいつもそういういかがわしいことをする輩がいるんですよ。中にはそれを目当てでくる連中もいましてね。私も気づいたら注意はしているんですが」
などとのらりくらりと責任逃れをしようとする。
「高校生の溜まり場になっているのは、困ったものですよ。まあでも熱心な先生がいて見回りに来てくれていましてね。他校の生徒にも注意をしてくれているんで」
先生?
さっき学生たちが青年のことを先生と呼んでいた。あの美青年のことか!
麓戸は合点がいった。
あんな優しげな美青年に荒くれ者のワルの一団に一人で立ち向かわせるなんて。無茶だ。
「ええと、確か頭のいい高校の先生でしたよ。先生の名前は何と言ったかな。若い人だから、今時の名前なんだか変わった名前で。名刺をもらいましたよ。これこれ」
店長は名刺を探しだして麓戸に見せた。
麓戸の母校だった。この近くの高校だ。
「ここの校長がラグビーで有名な先生らしくて、自分の学校の生徒だけでなく、地域全体の生徒指導まで熱心らしいんですよ。立派な先生ですわ。その校長の命で見回りをしているらしいですよ。神崎校長とか言ったかな。TVや新聞にもよく出てますよ」
店長は自分の手柄であるかのように自慢げに話す。
店長とは裏腹に、麓戸は嫌な気分になった。
「ああ私も知っていますよ」
麓戸はぞんざいに受け流した。
「あなたもご存知ですか。有名な指導者らしいですよ。この小坂先生もこの高校出身で校長先生の教え子だそうですよ」
年配の店長は麓戸の反応に不服らしく、校長がいかに偉い先生かを力説しようとして、緊急事態だというのにいっこうに動く様子がない。
「この名刺はコピーしてもらえますか?」
「ああ、いいですよ」
店長は個人情報など少しも気にしていないようで、なんのためらいもなく名刺をコピーして麓戸に渡した。
あの美青年の名前は小坂愛出人か。「こさか おでと」とふりがながしてある。
麓戸はビルのオーナーに電話をかけた。
それから若い店員に応援を頼んでいっしょにあの部屋へ行こうとしたときに、表にパトカーのサイレンの音が聞こえた。
制服を着た警察官が幾人か足早になだれこんできた。
店長が初めて事の重大さに気づいたように慌ててオロオロしだした。
不良高校生たちが警察官に反抗して騒いでいる声がした。警察が高校生たちを補導した。
麓戸が警察の事情聴取を受けていると、ビルのオーナーもやってきた。
「被害者の男性がいなくなりました」
若い警官が上司に報告している。
「さっきまでいたのですが、トイレに行くと言ったあと姿が見えなくて……」
「どうかしました?」
店長が口をはさむ。
「被害届けを出されるなら署まで来ていただきたいのですが」
警官が店長に言う。
麓戸はとっさに、
「私が探して連れていきます」
と言った。
警官に、
「被害者とはお知り合いですか」
と聞かれた。
「共通の知り合いがおりまして。◯◯高校の後輩でもあります」
麓戸は、小坂と、さも旧知の間柄であるかのように答えた。
「ああ、そうですか。それはそれは。本官の上司も◯◯高校の出身だそうです。ではお願いしてもよろしいでしょうか。我々は先に生徒たちを連れていかないといけませんので。君は残りたまえ」
警察官は若い部下を一人残そうとしたが麓戸は断った。
「居場所は見当がついています。ただ少し落ち着くまで待ってやりたいのと、説得に時間がほしいので」
と麓戸はすっかり、親しい後輩の世話をする先輩のようなふりをした。
「わかりました。ではお願いいたします」
警官たちは引き上げた。
これはまずい事態だ、通報案件だ、と。
先に店長や現オーナーに知らせるべきか。
いや、揉み消されるかもしれない。現オーナーはこのビルを自分に売ろうとしているのだ。自分の持ち物にケチをつけられたくないだろう。店長だって同じことだ。物件にヤラセの難癖をつけて安く買い叩こうとしていると誤解されたくない。
一人で飛び込むには美青年を取り囲んでいる若者の人数が多すぎる。下手に乱入して怪我をさせたりしたらまずい。
それに間違いかもしれない。彼らは遊びでやっているのかも。あの美青年がそういう趣向が好きで。いやそれはない。そうであってもこんな場所で迷惑行為だ。店長が見て見ぬふりだとしたらそれも問題だ。
やはり通報しよう。麓戸は決め、廊下の隅でビルの場所と起こっていることを告げた。
心臓がバクバクした。
電話を終えた。
美青年をすぐにでも助けだしたかったがやはり一人では無理だと判断した。
麓戸は急ぎスタッフのいる受付へ向かった。
「店長は?」
焦りで乾いた舌が喉に張りつくようだった。
麓戸のただならぬ様子を察したのか店員がすぐに店長を呼ぶ。麓戸が事情を話す。
案の定、店長は嫌な顔をした。
「奥の部屋でしょう? あそこは死角になっているからいつもそういういかがわしいことをする輩がいるんですよ。中にはそれを目当てでくる連中もいましてね。私も気づいたら注意はしているんですが」
などとのらりくらりと責任逃れをしようとする。
「高校生の溜まり場になっているのは、困ったものですよ。まあでも熱心な先生がいて見回りに来てくれていましてね。他校の生徒にも注意をしてくれているんで」
先生?
さっき学生たちが青年のことを先生と呼んでいた。あの美青年のことか!
麓戸は合点がいった。
あんな優しげな美青年に荒くれ者のワルの一団に一人で立ち向かわせるなんて。無茶だ。
「ええと、確か頭のいい高校の先生でしたよ。先生の名前は何と言ったかな。若い人だから、今時の名前なんだか変わった名前で。名刺をもらいましたよ。これこれ」
店長は名刺を探しだして麓戸に見せた。
麓戸の母校だった。この近くの高校だ。
「ここの校長がラグビーで有名な先生らしくて、自分の学校の生徒だけでなく、地域全体の生徒指導まで熱心らしいんですよ。立派な先生ですわ。その校長の命で見回りをしているらしいですよ。神崎校長とか言ったかな。TVや新聞にもよく出てますよ」
店長は自分の手柄であるかのように自慢げに話す。
店長とは裏腹に、麓戸は嫌な気分になった。
「ああ私も知っていますよ」
麓戸はぞんざいに受け流した。
「あなたもご存知ですか。有名な指導者らしいですよ。この小坂先生もこの高校出身で校長先生の教え子だそうですよ」
年配の店長は麓戸の反応に不服らしく、校長がいかに偉い先生かを力説しようとして、緊急事態だというのにいっこうに動く様子がない。
「この名刺はコピーしてもらえますか?」
「ああ、いいですよ」
店長は個人情報など少しも気にしていないようで、なんのためらいもなく名刺をコピーして麓戸に渡した。
あの美青年の名前は小坂愛出人か。「こさか おでと」とふりがながしてある。
麓戸はビルのオーナーに電話をかけた。
それから若い店員に応援を頼んでいっしょにあの部屋へ行こうとしたときに、表にパトカーのサイレンの音が聞こえた。
制服を着た警察官が幾人か足早になだれこんできた。
店長が初めて事の重大さに気づいたように慌ててオロオロしだした。
不良高校生たちが警察官に反抗して騒いでいる声がした。警察が高校生たちを補導した。
麓戸が警察の事情聴取を受けていると、ビルのオーナーもやってきた。
「被害者の男性がいなくなりました」
若い警官が上司に報告している。
「さっきまでいたのですが、トイレに行くと言ったあと姿が見えなくて……」
「どうかしました?」
店長が口をはさむ。
「被害届けを出されるなら署まで来ていただきたいのですが」
警官が店長に言う。
麓戸はとっさに、
「私が探して連れていきます」
と言った。
警官に、
「被害者とはお知り合いですか」
と聞かれた。
「共通の知り合いがおりまして。◯◯高校の後輩でもあります」
麓戸は、小坂と、さも旧知の間柄であるかのように答えた。
「ああ、そうですか。それはそれは。本官の上司も◯◯高校の出身だそうです。ではお願いしてもよろしいでしょうか。我々は先に生徒たちを連れていかないといけませんので。君は残りたまえ」
警察官は若い部下を一人残そうとしたが麓戸は断った。
「居場所は見当がついています。ただ少し落ち着くまで待ってやりたいのと、説得に時間がほしいので」
と麓戸はすっかり、親しい後輩の世話をする先輩のようなふりをした。
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警官たちは引き上げた。
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