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第十九章 麓戸との再会
イケメン教師、旧部室棟で調教師と(1)
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小坂は麓戸を旧部室棟に案内した。
旧部室棟の区域は立ち入り禁止になっている。建物が古いので危険箇所として黄色いテープが張られていた。
テープは立ち入り禁止の表示のためでしかなく、簡単に跨げたし、脇を通って行くこともできた。
小坂は以前から見回りを理由に、旧部室棟の区域に立ち入っていた。
小坂の見回りの任務は、もう解かれていた。他の教諭たちが、当番で校内を見回って、放課後遅くまで残っている生徒たちに帰宅をうながしているようだ。他の教諭は小坂のように律儀に全ての敷地を見回ったりはしていない。
麓戸を伴って、立ち入り禁止区域に立ち入っても、業者か役人の施設点検くらいにしか思われないだろう。
小坂は、そう自分に言い聞かせた。
麓戸と小坂が校内を歩いていると、礼儀正しい生徒の中には挨拶する者もいた。黙って黙礼する者もいた。友人との会話に夢中で気づかぬ者もいた。
「お、小坂だ」
と呼び捨てにし、級友に小突かれている生徒もいた。普段だったら、
「小坂ぁ、元気してる?」
などと親しく話しかけてくる昔の担任の生徒もいたし、
「小坂先生」
と明るく人懐っこく声をかけてくる教科を担任している生徒たちもいた。
しかし、今は、来賓を伴っている小坂に遠慮してか、話しかけてくる者はいなかった。
旧部室棟の周囲は丈の高い青草が繁茂していた。窓側は特に繁茂が激しい。しかし入り口辺りは土が踏み固められてあるのとコンクリートの段があるので草の茂りは繁くない。草が邪魔で入れないということはなかった。
小坂は戸を開けた。
キイっと古びた戸が、錆びついてきしんだ音を立てた。
「ここか」
中に入ると麓戸は室内を見回して言った。小さな空き部屋に麓戸の声が響く。
室内には、使わない古い机などの備品が、無造作に重ねられて置かれている。
「ここは……昔の、ラグビー部の部室じゃないか」
麓戸が言った。
「はい……」
小坂は、答えながら魂が離れそうな心地がした。
「ここでよく、ラグビー部の部員に縄をかけて鞭をあててなぶってやったものさ」
麓戸が懐かしそうに言った。
「えっ? 麓戸さんの、高校時代の話ですか?」
小坂は初めて聞く話に驚いた。
麓戸は過去の話を続けた。
「生徒会長なんかより、その方がよほど楽しかったからな。俺は、生徒会長になるのを断ったんだ」
断った?
この高校で生徒会長になれば、将来の成功は約束されていると言われているのに。断るなんて。
「僕も、生徒会長には、なりませんでしたが……」
「え、愛出人が生徒会長? 野心とは無縁の性格に見えるが。さすがに高校生の頃は人並みに野心があったか。それとも推薦されたのか?」
麓戸が驚いたように聞いた。
「ええ。まあ、推薦されて」
小坂は曖昧に答えた。
「ふうん。愛出人はきれいな顔をしているから人気があったんだろうな。性格も真面目そうに見えるし。うってつけだと思われたんだろう。でも、いい人だけでは選挙に勝てない。強くなければ勝つことはできない」
麓戸は、麓戸の視線から逃れようとする小坂の顔を見ながら言った。
「僕は、選挙に出なかったんです」
小坂は視線の追及に負けて仕方なく打ち明けた。
「へえ、何があったんだ? 推薦されたが辞退?」
麓戸の問いに小坂は黙った。
「何か事件でも起こしたのか?」
アッ、アァァッ。
愛出人……いいよ……いってごらん。
あぁ……。
小坂の脳裏に記憶が流れこむ。
二年後期には、小坂を陵辱していた三年生たちも、受験で部活に来なくなった。
小坂は生徒会長に推薦され、「学校を変えたい」と思った。
こんな、酷いことが許される学校を変えたい。自分のような、つらい目にあう人間を、増やしたくない。
こんなつらい目に合うのは、自分だけで十分だ。
もう、誰も、こんな悲しい目に合ってほしくない。
小坂は、選挙演説の原稿を書いた。
涙ながらに原稿を読み上げた。
立ち合い演説会の会場は、シンと静まりかえった。
そして、万雷の拍手。
そうなる、はずだった。なのに。
「いいえ、なにも」
小坂は無念の思いを振り払った。
旧部室棟の区域は立ち入り禁止になっている。建物が古いので危険箇所として黄色いテープが張られていた。
テープは立ち入り禁止の表示のためでしかなく、簡単に跨げたし、脇を通って行くこともできた。
小坂は以前から見回りを理由に、旧部室棟の区域に立ち入っていた。
小坂の見回りの任務は、もう解かれていた。他の教諭たちが、当番で校内を見回って、放課後遅くまで残っている生徒たちに帰宅をうながしているようだ。他の教諭は小坂のように律儀に全ての敷地を見回ったりはしていない。
麓戸を伴って、立ち入り禁止区域に立ち入っても、業者か役人の施設点検くらいにしか思われないだろう。
小坂は、そう自分に言い聞かせた。
麓戸と小坂が校内を歩いていると、礼儀正しい生徒の中には挨拶する者もいた。黙って黙礼する者もいた。友人との会話に夢中で気づかぬ者もいた。
「お、小坂だ」
と呼び捨てにし、級友に小突かれている生徒もいた。普段だったら、
「小坂ぁ、元気してる?」
などと親しく話しかけてくる昔の担任の生徒もいたし、
「小坂先生」
と明るく人懐っこく声をかけてくる教科を担任している生徒たちもいた。
しかし、今は、来賓を伴っている小坂に遠慮してか、話しかけてくる者はいなかった。
旧部室棟の周囲は丈の高い青草が繁茂していた。窓側は特に繁茂が激しい。しかし入り口辺りは土が踏み固められてあるのとコンクリートの段があるので草の茂りは繁くない。草が邪魔で入れないということはなかった。
小坂は戸を開けた。
キイっと古びた戸が、錆びついてきしんだ音を立てた。
「ここか」
中に入ると麓戸は室内を見回して言った。小さな空き部屋に麓戸の声が響く。
室内には、使わない古い机などの備品が、無造作に重ねられて置かれている。
「ここは……昔の、ラグビー部の部室じゃないか」
麓戸が言った。
「はい……」
小坂は、答えながら魂が離れそうな心地がした。
「ここでよく、ラグビー部の部員に縄をかけて鞭をあててなぶってやったものさ」
麓戸が懐かしそうに言った。
「えっ? 麓戸さんの、高校時代の話ですか?」
小坂は初めて聞く話に驚いた。
麓戸は過去の話を続けた。
「生徒会長なんかより、その方がよほど楽しかったからな。俺は、生徒会長になるのを断ったんだ」
断った?
この高校で生徒会長になれば、将来の成功は約束されていると言われているのに。断るなんて。
「僕も、生徒会長には、なりませんでしたが……」
「え、愛出人が生徒会長? 野心とは無縁の性格に見えるが。さすがに高校生の頃は人並みに野心があったか。それとも推薦されたのか?」
麓戸が驚いたように聞いた。
「ええ。まあ、推薦されて」
小坂は曖昧に答えた。
「ふうん。愛出人はきれいな顔をしているから人気があったんだろうな。性格も真面目そうに見えるし。うってつけだと思われたんだろう。でも、いい人だけでは選挙に勝てない。強くなければ勝つことはできない」
麓戸は、麓戸の視線から逃れようとする小坂の顔を見ながら言った。
「僕は、選挙に出なかったんです」
小坂は視線の追及に負けて仕方なく打ち明けた。
「へえ、何があったんだ? 推薦されたが辞退?」
麓戸の問いに小坂は黙った。
「何か事件でも起こしたのか?」
アッ、アァァッ。
愛出人……いいよ……いってごらん。
あぁ……。
小坂の脳裏に記憶が流れこむ。
二年後期には、小坂を陵辱していた三年生たちも、受験で部活に来なくなった。
小坂は生徒会長に推薦され、「学校を変えたい」と思った。
こんな、酷いことが許される学校を変えたい。自分のような、つらい目にあう人間を、増やしたくない。
こんなつらい目に合うのは、自分だけで十分だ。
もう、誰も、こんな悲しい目に合ってほしくない。
小坂は、選挙演説の原稿を書いた。
涙ながらに原稿を読み上げた。
立ち合い演説会の会場は、シンと静まりかえった。
そして、万雷の拍手。
そうなる、はずだった。なのに。
「いいえ、なにも」
小坂は無念の思いを振り払った。
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