イケメン教師陵辱調教

リリーブルー

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第十九章 麓戸との再会

テオレマ

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 麓戸は、まるで初対面のように慇懃に小坂に言った。
 だが、じっと小坂をとらえて離さない麓戸の目は、明らかに、口にしている言葉以上のものを小坂に伝えようとしていた。麓戸の口元に浮かぶ含み笑いがそのことを証明していた。
「むすこ……?」
小坂は聞き返した。
 小坂は目の前に広げてある書類を見た。どんなに見返したところで、父親の名前はない。当然だ。村田は一人親の母子家庭だった。書類の保護者欄には村田の母の名前しかなかった。
 けれど村田悪照から、事前に、「最近、父親に会った」と聞いていたのだ。今回の三者面談には保護者として母親でなく父親が来るとも聞いていた。
 それを聞いて小坂は、「村田の父親とはどんな人物だろうか、また脅迫されるのでは」と恐れていた。
 だから、父親が来るということは分かっていた。

 だが、これは、どういうことだ?
 麓戸が父親!?

 こんな事態は、予想だにしなかった。
 これは本当のことなのか!?

 待てよ。これは悪い冗談かもしれない。麓戸が小坂を困らせようとして悪ふざけをしているのでは?
 生徒の三者面談だからと、小坂に、ていよく追い払われそうになったので、咄嗟に嘘をついたのでは?


 こんなことになるならば、なぜ自分は、村田の父親について、もっと事前に調べようとしなかったのか。村田からもっとよく聞くことをしなかったのか。学校に関係者以外の人物を侵入させる事態になるおそれもあるのに。
 せめて名前だけでも事前に聞いておくべきだった。なぜそんな基本的なことも怠っていたのだ。保護者だと騙る偽物が学校に侵入したらどうするのだ。
 母親に確認すべきではなかったのか。いやそんなことで揉めたくないし、連絡もしたくなかった。村田の母親も別れた相手の話など聞きたくないだろう。そんな話を小坂が持ち出したら、なんと言って怒られるかわかったものではない。電話口の罵倒を予想するだけで気が滅入った。
 村田がそうだと言ったら、そうなのだろう。村田に問いただして言い合いになるのも嫌だった。ただの事実確認がしたいだけの問いかけにすぎなくても、「俺の言うことが信用できないのか」とツムジを曲げて食ってかかられるに違いない。挙げ句の果てに、逆上した村田に犯されて終わるだけの会話なんてしたくない。村田は、まともな話し合いのできる相手ではなかった。
 とにかく、さっさと終わらせたい。それしか頭になかった。
 誰か先輩教師に相談すべきだった。だが、小坂と校長の異常な癒着のせいか、他の教師は小坂から距離をとっているように思えた。実際にはそうではなかったかもしれないが、小坂の方で、そう感じていた。校長と異常な関係にあることが、ほかの同僚教師との交流を阻んでいた。親しく会話すれば、ふとした言葉の端々から何か知られてしまうのではと小坂は警戒していた。それで、何も相談できなかった。
 小坂が見回りの時に他校の生徒から襲われた件でしばらく休んだことも小坂には引け目となった。
 同僚たちは、小坂の心身を気づかってくれているのかもしれない。だが、その遠巻きな態度を小坂は、よそよそしさと感じていた。そんな風に同僚たちから距離を感じれば感じるほど、不安を感じれば感じるほど、ほかの何かに安寧を求める気持ちが働いた。孤立し、孤独を感じるほどに、異常な性的関係に小坂は依存していった。
 そしてそのことは、ますます小坂に秘密を作り、孤独と孤立を深めさせた。
 だが、小坂はそんな状況を客観視できる状態ではなかった。客観視したところで辛くなるばかりだった。いっそその辛さを麻痺させる擬似恋愛の脳内麻薬に、激しい調教と性の快楽に、溺れていた方が楽だった。それが確実に自分の人生を蝕んでいることを知りつつも。それ以外の方法に踏み出せなかった。根本的な解決に取り組む余裕はなかった。ただ日々を生き抜くだけで精一杯だった。

 
 

 息子の村田悪照が、麓戸の代わりに口を開いた。
「親父の名字、麓戸っていうんだ。書いといて。『ふもと』っていう字にドアの戸」

 小坂はショックで身動きできなかった。
 どういうことだ。やはり本当なのか?
 いや、村田も共謀して小坂をからかっているのか?


「ちょっと、聞いてる?」
ぼうぜんと書類をつかんでいる小坂の手に、そう言って村田が触れた。小坂は触れられてビクリとし、とっさに手を引っ込めた。
 主人の前で、横恋慕してくる男に手を触れられたような嫌悪感を反射的に感じたからだった。
 そう感じて、生徒の前で、何を……と小坂は自分の反応に困惑した。

 村田は生徒じゃないか。珍しく、親しみを持ってくれている。それなのに、こんな風に手をひっこめるだなんて。
 いや、でも、村田には、いつも無理やりされていたのだ。恐怖や嫌悪を感じて当然じゃないか。当たり前の反応だ。

 そうも思った。

 むすこだって? 

 小坂は、二人を前にどう反応していいかわからなかった。

 小坂はペンを手にとった。震える手で、まず、村田が説明したように、麓戸という文字を書類に書きこんだ。
 村田に、悟られてはいけない。村田は知らないのだ。麓戸と小坂の関係を。まさか自分の父親が、担任の教師と関係していただなんて!
 しかも、麓戸と小坂の関係は、ただの恋人関係ではない。調教師と被調教者という関係だ。そんな特殊な性的関係を、担任の教師と自分の親が結んでいると知ったなら。どんなにショックを受けるだろう。絶対に知られてはならない。
 ただでさえ村田はショックを受けていた。母親が小坂を恐喝して籠絡し、金を巻き上げていることを。いや、そのことではない。小坂と母親が性行為をしていることだ。小坂は隠したが、バレているに違いない。「どうか悪照君には言わないでくれ。わからないようにしてくれ」と小坂は配慮を求めたが、いいかげんな性格の母親のことだ。穴がありすぎた。それでも、できるだけ悪照のいない時に、それは行われた。そのせいで、小坂は余計に窮地に陥ったのだけれど。

 落ち着け、落ち着くんだ、と小坂は自分に言い聞かせた。
「下のお名前は?」
小坂は努めて平静を装って尋ねた。
「ハルト。遥な、一斗缶の斗」
麓戸が答えるより先に生徒の村田が答えた。
 ひょいと目を上げると、麓戸の歯が見えた。

 麓戸が笑っている。あんな笑顔を見せている。
 本当なのか?
 息子というのは本当なのか?
 息子の前だから、あんな笑顔?

 小坂はショックを覚えた。自分には、あんな笑顔を見せたことがあっただろうか。小坂は、嫉妬のような感情を覚えた。


 麓戸が、あらためて名乗った。
「村田悪照の父の麓戸遥斗です。息子がお世話になっております」
その生真面目な様子は、うそや演技には見えなかった。

 麓戸の口から、あらためて、そうはっきり言われ、小坂の頭は衝撃でガーンと打たれたようになった。手の爪を見ると白く血の気がひいていた。
「ムスコ……」

「私の息子も私のムスコも私の息子のムスコも何から何までお世話になっております」
麓戸はニヤニヤして言った。小坂の顔はカッと熱くなった。

 何を言っているんだこの人は!

 幸い息子の村田は、小坂の前に置かれた書類の方が気になるようで、麓戸の言葉には注意を向けていなかったようだった。

「村田悪照君の、お父様ですか……」
小坂は、息を吐いた。まず、落ち着かなければならない。生徒の前で、動揺するわけにはいかなかった。

「先生がこんな美男子だとは」
麓戸がニヤニヤしながら言った。

「だろ?」
村田は誇らしげに麓戸の顔を見上げて言った。

「親父もかっこいいだろ?」
村田は、小坂に言った。

「お若い……ですね。こんな大きな息子さんがいらっしゃるようには見えませんね……」
麓戸に息子がいるとは聞いていた気もする。離婚歴があると。だが、それ以上は知らない。本人が話したがらないプライバシーを聞くのも悪いと思い聞かなかった。現在、妻帯者ではないことだけは確認してあった。トラブルに巻き込まれたくないからだ。それに倫理にもとることはしたくない。
 そして、唯一の人に愛され愛したいという一般的な希望的理念に従いたい気持ちもあった。
 いずれにせよ、麓戸は自分のことはほとんど話さなかった。だから、小坂の方から、くわしく聞くこともなかった。

 それにしても、よりによって、麓戸の息子が村田悪照だとは! ということは、村田の母親は、麓戸の元妻か!

 絶望的だ。

 自分は、村田の家族全員と……。パゾリーニのテオレマか! 
 そういえば村田の不遜な態度や口のきき方は、麓戸にそっくりだ。いや、それだけでなく、行為の趣味も。
 でも顔も名字も違うから、全く両者を関連づけて考えることがなかった。村田の母と村田とは、顔が似ているが、麓戸と悪照は、それほど似ていない。
 そういえば、村田の母の行為も麓戸と似ていたような。麓戸が教えたのか二人の趣味が同じなのか。いや、今そんなことを考えるのはやめよう。
 小坂の胸はドッドと動悸を打った。

 麓戸と村田の父子は、平然として、通常の三者面談の態度をとり続ける。

 おかしいだろ! 二人とも! 
 二人とも、いつもは、こんなではない癖に。
 小坂と二人の時は、それぞれ、こんなまともじゃない癖に! なんなんだ、この二人は! そうか、親子か! こんな、いけしゃあしゃあと、二つの仮面を演じ分ける肝っ玉の悪っぷりも、同じだ! そうだ、この二人は、顔は似ていないが、中身がそっくりだ!

「息子には私立の大学に行かせるつもりです。今まで何もしてやれなかった分、お金は惜しまないので」
と麓戸が、いっぱしの父親の口調で言うのが、小坂の調子を狂わした。
「幸い事業はうまくいっているんです。協力者のおかげで」
麓戸はニヤニヤした。麓戸は、協力者、というところに、変なニュアンスをつけていた。
 小坂の頬はカッと熱くなった。
 麓戸の金儲けに協力した覚えはない。
 確かに、客は小坂目当てで訪れていた。その上、小坂は報酬を一切受け取っていないので、身入りは全て麓戸の懐に行くことになる。しかし、小坂は売春をしているつもりはなかった。麓戸と合意の上で、特殊なプレイをしていただけのつもりだった。
 麓戸とは、恋人同士のつもりでいた。
 麓戸は、ほかに何人もM奴隷を飼っていて、小坂はその一人にすぎないということもわかっていた。でも、自分は一番に愛されている、自分だけは例外で、特別に想われている、と思いたかった。
 麓戸の事業のことなど、小坂は皆目、知らなかった。
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