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第十八章 生徒の村田とイケメン教師
イケメン教師、屋上で村田の父について聞く
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上空に鳥が飛ぶ。
学校の屋上は二人のほか誰もいない。
「そういえば俺さ、親父に会ったよ」
生徒の村田が言った。
「この間、会うって言っただろ?」
小坂が反応しないのをいぶかしむように村田が顔を見る。
村田は一人親の母子家庭だった。
「ああ、うん」
小坂は答えた。先週、村田の家で聞いた。
それ以前にも、校長室で、村田が校長に話すのを聞いた。「今度、父親と会う」と。
そんな話、聞いてない。
その時、小坂は少なからずショックを受けた。
自分は村田の担任だ。
それだけではない。毎日といっていいほど関係している。
なのに知らない。自分だけ、そんな事実を聞かされていない。村田から、そんな話は一言も聞いていなかった。
担任である自分にも話さないことを、校長には話すのか? どういうことだ。
生徒からの信頼を簡単に勝ち取っているように見える校長に嫉妬した。
担任の生徒にすら信頼されていない自分。
しかも毎日、身体を重ねている相手なのに。肝心なことは、何も話してもらえていなかったのだ。
自分は信頼されていない。いや、それどころか、一人の尊厳ある人間として扱われていない。
そのことに対する怒りがふつふつと湧いてきた。その奥にある悲しみ。目を背けたくなるほどの。抱えきれないほどの。処理しきれる量をはるかにこえた。どうやって処理できるのかわからない。当面、表面に出ないように押しこめておいた。そんな悲しみが扉をこえてあふれ出てこないように押しこめる。
今も、小坂は再びショックを感じていた。何度も、何度でも感じるショック。まるで、生き返っては何度も殺されるように。
たったこれだけのことで、そんなに過度にショックを感じることが恥ずかしかった。前回ショックを感じた時も恥ずかしかった。
だから、その感情をないことにした。何も感じなかったことにした。
ショックなど感じないように気にしないようにしていたのに。またショックを感じてしまった。
村田は、乱暴な人間だ。愛情表現ができない。だから、あんな風に自分に怒りと甘えと身勝手をぶつけてくるのだ、と小坂は思っていた。
それで何とか自分をなだめようと、納得させようとしていた。村田を理解しようと。受け入れようと。許そうと。村田から受けた加害を大したことではないとしようと。
それは自分の意思だったろうか。この恥ずかしさはなんなのか。なぜ恥ずかしいのか。いたたまれない。
父親のいない村田は、小坂を父親のようにも感じている面もあるかもしれないと思っていた。年は十歳しか離れていないので親というより兄に近いかもしれないが、保護してくれる人間として甘えているのではないかと思っていた。
しかし、村田の発言で、現実を思い知らされた。
甘い。自分は甘い。
自分の考えは、自分を守っていただけなのだ。
現実は、村田は、自分を担任の教師とすら思っていない。敬意もない。まして頼ってもいない。
保護者だと? 思い上がりもはなはだしい。
小坂は自分をなじった。
村田は、欲求の充足のためだけに、いや、性的欲求のためですらない。支配欲を満たすために。不満を、小坂を支配下において言いなりにすることで鬱憤を……。ああ、きっとそんなことですらない。意味もない。
「ちょっと、聞いてる?」
小坂の肩を村田がゆすぶった。
小坂は村田を見上げた。
村田は日に日に背が高くなっているような気がする。
「大丈夫?」
村田に心配された。
こんな、村田なんかに。なんだって自分は村田なんかに支配されているんだ? 村田なんかの言いなりになっているんだ?
「ああ、うん、大丈夫だ。ごめん」
小坂の頭は、いろんな思いで、ぐるぐるした。
手の爪を見ると白く血の気がひいていた。が、気を落ち着けて、
「お父さんに会ってみて、どうだった?」
と教師らしく尋ねた。
自分は教師だ。これは仕事だ。
そのことが小坂を支えていた。
自分のが優位だ。年齢もはるかに上だ。経験も知識もある。
その上、教師として守られている。
教師の仕事をするようになって三年。ようやく、そう思えるようになってきた。
だが、それらの守りも、ただし法律と倫理の範囲内で、とただし書きがつく。
自分は、きっと守ってもらえない。
全てが明るみになったとき、自分は罰せられる。自分は守ってもらえる資格がない。自分だけは、きっと守ってもらえない。
小坂はぐらぐらした。
小坂は不安の酩酊を脳内から振り払った。
集中しろ。
教師としての自分に。今に。
村田がわざわざ「父親と会った」と報告したからには、何かそのことで小坂に話したいことがあったのではなかろうか。
当の村田に目を向けると、村田は、自分から話をふったくせに、
「どうだったかって言われても。うーん」
と、スマホをいじりながら上の空で応じた。まだスマホの画面に気を取られているようだった。スマホの画面には小坂のエロ動画が映っていた。
「どんな人だったんだ?」
小坂はイラついた気持ちを抑えられなかった。詰問するような口調と声音にいらだちがにじんでしまった。
村田は顔を上げた。
「ああ、えっとねぇ」
幸い、村田は、そんな小坂の怒りには、全く頓着しないかのように話しだした。
「親父、会社の社長なんだってさ。俺の親にしちゃあ、あんがいマトモで、びっくりしたよ。しかもさ、焼肉おごってくれて。俺に、もっと食べろって」
やっとスマホからはなした村田の目は嬉しそうに輝いて笑っていた。
「そんなに食えねえって言ってんのに」
村田は機嫌よさげに声をたてて笑った。
小坂は、少しも笑えなかった。村田が笑えば笑うほど、怒りがこみ上げてきた。
「でさ」
村田は、笑わない小坂の顔を横目でうかがいながら、小坂の気持ちをあえて踏みにじるような、ふてぶてしい笑みを浮かべながら続けた。
「親父が先生に会いたいって」
学校の屋上は二人のほか誰もいない。
「そういえば俺さ、親父に会ったよ」
生徒の村田が言った。
「この間、会うって言っただろ?」
小坂が反応しないのをいぶかしむように村田が顔を見る。
村田は一人親の母子家庭だった。
「ああ、うん」
小坂は答えた。先週、村田の家で聞いた。
それ以前にも、校長室で、村田が校長に話すのを聞いた。「今度、父親と会う」と。
そんな話、聞いてない。
その時、小坂は少なからずショックを受けた。
自分は村田の担任だ。
それだけではない。毎日といっていいほど関係している。
なのに知らない。自分だけ、そんな事実を聞かされていない。村田から、そんな話は一言も聞いていなかった。
担任である自分にも話さないことを、校長には話すのか? どういうことだ。
生徒からの信頼を簡単に勝ち取っているように見える校長に嫉妬した。
担任の生徒にすら信頼されていない自分。
しかも毎日、身体を重ねている相手なのに。肝心なことは、何も話してもらえていなかったのだ。
自分は信頼されていない。いや、それどころか、一人の尊厳ある人間として扱われていない。
そのことに対する怒りがふつふつと湧いてきた。その奥にある悲しみ。目を背けたくなるほどの。抱えきれないほどの。処理しきれる量をはるかにこえた。どうやって処理できるのかわからない。当面、表面に出ないように押しこめておいた。そんな悲しみが扉をこえてあふれ出てこないように押しこめる。
今も、小坂は再びショックを感じていた。何度も、何度でも感じるショック。まるで、生き返っては何度も殺されるように。
たったこれだけのことで、そんなに過度にショックを感じることが恥ずかしかった。前回ショックを感じた時も恥ずかしかった。
だから、その感情をないことにした。何も感じなかったことにした。
ショックなど感じないように気にしないようにしていたのに。またショックを感じてしまった。
村田は、乱暴な人間だ。愛情表現ができない。だから、あんな風に自分に怒りと甘えと身勝手をぶつけてくるのだ、と小坂は思っていた。
それで何とか自分をなだめようと、納得させようとしていた。村田を理解しようと。受け入れようと。許そうと。村田から受けた加害を大したことではないとしようと。
それは自分の意思だったろうか。この恥ずかしさはなんなのか。なぜ恥ずかしいのか。いたたまれない。
父親のいない村田は、小坂を父親のようにも感じている面もあるかもしれないと思っていた。年は十歳しか離れていないので親というより兄に近いかもしれないが、保護してくれる人間として甘えているのではないかと思っていた。
しかし、村田の発言で、現実を思い知らされた。
甘い。自分は甘い。
自分の考えは、自分を守っていただけなのだ。
現実は、村田は、自分を担任の教師とすら思っていない。敬意もない。まして頼ってもいない。
保護者だと? 思い上がりもはなはだしい。
小坂は自分をなじった。
村田は、欲求の充足のためだけに、いや、性的欲求のためですらない。支配欲を満たすために。不満を、小坂を支配下において言いなりにすることで鬱憤を……。ああ、きっとそんなことですらない。意味もない。
「ちょっと、聞いてる?」
小坂の肩を村田がゆすぶった。
小坂は村田を見上げた。
村田は日に日に背が高くなっているような気がする。
「大丈夫?」
村田に心配された。
こんな、村田なんかに。なんだって自分は村田なんかに支配されているんだ? 村田なんかの言いなりになっているんだ?
「ああ、うん、大丈夫だ。ごめん」
小坂の頭は、いろんな思いで、ぐるぐるした。
手の爪を見ると白く血の気がひいていた。が、気を落ち着けて、
「お父さんに会ってみて、どうだった?」
と教師らしく尋ねた。
自分は教師だ。これは仕事だ。
そのことが小坂を支えていた。
自分のが優位だ。年齢もはるかに上だ。経験も知識もある。
その上、教師として守られている。
教師の仕事をするようになって三年。ようやく、そう思えるようになってきた。
だが、それらの守りも、ただし法律と倫理の範囲内で、とただし書きがつく。
自分は、きっと守ってもらえない。
全てが明るみになったとき、自分は罰せられる。自分は守ってもらえる資格がない。自分だけは、きっと守ってもらえない。
小坂はぐらぐらした。
小坂は不安の酩酊を脳内から振り払った。
集中しろ。
教師としての自分に。今に。
村田がわざわざ「父親と会った」と報告したからには、何かそのことで小坂に話したいことがあったのではなかろうか。
当の村田に目を向けると、村田は、自分から話をふったくせに、
「どうだったかって言われても。うーん」
と、スマホをいじりながら上の空で応じた。まだスマホの画面に気を取られているようだった。スマホの画面には小坂のエロ動画が映っていた。
「どんな人だったんだ?」
小坂はイラついた気持ちを抑えられなかった。詰問するような口調と声音にいらだちがにじんでしまった。
村田は顔を上げた。
「ああ、えっとねぇ」
幸い、村田は、そんな小坂の怒りには、全く頓着しないかのように話しだした。
「親父、会社の社長なんだってさ。俺の親にしちゃあ、あんがいマトモで、びっくりしたよ。しかもさ、焼肉おごってくれて。俺に、もっと食べろって」
やっとスマホからはなした村田の目は嬉しそうに輝いて笑っていた。
「そんなに食えねえって言ってんのに」
村田は機嫌よさげに声をたてて笑った。
小坂は、少しも笑えなかった。村田が笑えば笑うほど、怒りがこみ上げてきた。
「でさ」
村田は、笑わない小坂の顔を横目でうかがいながら、小坂の気持ちをあえて踏みにじるような、ふてぶてしい笑みを浮かべながら続けた。
「親父が先生に会いたいって」
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