驟雨(しゅうう)

リリーブルー

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瓜食めば(うりはめば)

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 私は藤松が近所の子らと遊ぶのを禁じた。また、あのようなことがあっては困る。私は助けに行かれぬから。だから、私などに子どもを預けるのは間違っているのだと、ご隠居を恨んだりもした。
 外に遊びに行けないのは、子どもにとって酷だ。私は、藤松をかわいそうに思った。誰か優しい子でもいればいいのに。女の子どもでもよい。だが、それはそれで心配だ。藤松は、たいそうきれいな顔をしていたから、女子(おなご)には好かれるだろう。だが、それは嫌だった。嫉妬なのか。見苦しい独占欲か。そうではない。あんな目にあった藤松を守りたい一心だった。
 私は、自分が起こした色恋沙汰を棚に上げて、幼い藤松の心配をした。いや、自分が騒ぎを起こしたからこそ、藤松を心配したと言っていい。美しい顔をしているのに、まるで自覚のない藤松に、いらだちもした。危険な目にあったというのに、まるで警戒心に欠けている。そもそも、わけがわかっていないもだから仕方ない。まだ、そんな年頃ではないのだ。
 私は罪ほろぼしのように、かわりに家にあった、書物やら、草双紙をいくらでも与え、つきっきりで学問を教えた。

 ある日、藤松は大人しく素読(すどく)などしているとすっかり安心した私は、奥の部屋へ引っ込んで書物をよみふけっていた。途中、何かガタンと音がしたが、私は気にとめずにいた。

 半時ほどたった頃、私は井戸に瓜を冷やしておいたのを、井戸端で分けて、藤松のところへ持っていった。

 私は簾の内の藤松に声をかけた。
「おい、藤坊、瓜は食うか」
「あっ」
私は藤松が返事をしたものと思いこみ、簾を肩で押し、藤松のいる部屋へ足を踏みいれた。

 机の上に広げられたままの草紙が風にあおられて、ぱたりと閉じた。
「おや、藤松は」
机の前に藤松はおらなかった。
 私はまぶしい光の中から部屋の内へ入ったばかりで目が慣れぬまま、暗がりを透かし見た。
 部屋の隅の屏風の陰の薄暗がりに、藤松は伏せっていた。
 藤松の目の前には、あの春本と絵が広げられているではないか。
 藤松が肌脱ぎになっていたのは、暑いからでもあろうが、よく見ると、下帯までほどいてあった。
 私が部屋の中に立っているのに、はっと気づいた藤松はあわてて本をかくした。
「これ、藤松、起きなさい」
私は、しかる気にもならなかった。
 ただ本と絵をとりあげただけだった。天袋の下には古い踏み台がひっくり返ってあった。
「これ、起きなさいというのに」
「足をくじいたから起きられない」
藤松は言いわけをした。
「足をくじいたからといって起きられぬことはなかろう」
藤松は隠しごとがばれたのを恥じたのか、それとも下帯をしてないことを恥じたものか、今さらであるが前を着物で隠して起きあがった。藤松は、
「足をくじいたのは本当だよ」
と、まだ言いわけがましく、だが切なそうに足首を手でさすってみせながら、うったえた。

 私は、瓜を食む藤松のかたわらで、藤松がくじいたと言いはる足首を手拭いで冷やしてやっていた。私は、少年に、甘かった。
「どうだ、気持ちいいか」
私は、藤松の汗ばんだ額の前髪をかきわけてやりながらたずねた。
「うん」
藤松は瓜の種をほっぺたにつけた顔で、口をもぐもぐ動かしながら答えた。
「お前は寂しいのかい」
私は頬の種を取ってやりながら聞いた。
「ううん」
藤松は、瓜の種を気にして手の指でよけながらかぶりを振った。肌脱ぎのままの半身が近づいて、私はくらくらした。
 寂しいのは、私の方だった。藤松を必要としていたのは私の方だった。

 私のまなかいに、まださかやきも剃っていない、少年時代の咲之助の姿が、かげろうのようにゆらゆらと、妖しく浮かびあがった。
 私が道を誤り、出世の道を断たれた原因となる人物。この妖艶な美少年が、私の人生を狂わせたのだ。藤松と同じくらいの年ごろだったのだろう。だが、年より幼い藤松と違って、咲之助は、とても大人びてみえた。
 そう、あれは夏の日のことだった。
 咲之助が熟れた瓜を食むと、その汁が胸元に流れた。瓜の滴りの、ゆくえを見まもる私を、咲之助はじっとりと見かえした。
 私は、さそいこまれたように、咲之助の襟もとをつかんで、咲之助の胸もとを、あらわに、はだけさせた。
 咲之助のなめらかな胸に私はあやしい胸さわぎをおぼえた。私は咲之助の胸にしたたり落ちる瓜の汁を舌で舐めとった。咲之助の汗と瓜の汁の混じったほの甘い味がした。咲之助の胸の動悸が、私の舌につたわってきた。咲之助は吐息を漏らしながら仰け反った。私は夢中で、そののどぶえを噛み切らんばかりに唇をあてた。咲之助は、うめき声をあげた。
 咲之助の美しげな指が、おのれの胸を掻きむしった。ここを、と咲之助の指が、桃色の粒のような突起を指し示した。ここを。咲之助の唇がそう動いたように見えた。私は、唇を突起へあてて強く吸った。
 咲之助の胸はみるみる桃色に染まっていった。アゝ。咲之助は、妖しい声をあげた。
 私は、瓜のようになめらかで甘い咲之助の胸を、心ゆくまで舐めた。
 咲之助は、瓜の汁で濡れそぼたれた指を私に差し出した。私は丁寧に一本ずつ口にふくみ、瓜の汁をすべて舐めとった。

 私が顔をあげると、藤松が立っていて、私に手をさし出していた。私は白昼夢をうち払い、洗い清めるかのように、藤松の手に、手水鉢の水を柄杓で掬って、かけてやった。
 私は藤松を失うのがこわくなっていた。
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