驟雨(しゅうう)

リリーブルー

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春本

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 少年は藤松といった。

 少年が風呂へ入っている間、私は少年の脱ぎすてた着物を洗濯してやろうと、垢じみた着物に触れた。何かかたいものが大事そうに包んであった。探ってみると、冊子の、それも春本であった。

 風呂から上がった藤松を、私は座敷によびよせて、たずねた。
「なあ、藤坊。これはどうしたんだい」
藤松の目の前の畳においた、冊子の表紙を私は、トントンとたたいた。彼は正座した足をもじもじいじりながら黙っている。
「おっ母さんにでももらったのかい。そうじゃあないだろう。誰にもらったんだか、正直に言ってごらん」
「兄ちゃんにもらった」
藤松は小さな声でこたえた。
「さて、おまえには、兄貴があったかな」
兄があったという話は聞いていない。
「ううん、近所の兄ちゃん」
藤松はかぶりをふって答えた。
「ははあ、そりゃあ悪い兄ちゃんだな。こういうのは子供が見るもんじゃない」
藤松は本の方に手をのばしかかったが、私の方が先にとって冊子をぱらぱらとめくってみせた。春本は春本でも、衆道について微にいり細にわたって説いたもので、挿絵なども入っていた。

 おおかた、近所のませた子どもが、納戸から盗みでもしたのを悪ふざけで与えたのだろう。よくないことだ。
 藤松は、のばしかかった手を、膝の上にもどして、困ったように自分の着物の膝のあわせ目をつかみながら、言いわけを言った。
「でも、兄ちゃんが、くれたんだ。せんべつにって」
「餞別というと、その兄ちゃんはどこか奉公へでも出たか」
私はたずねた。
「違うの。役者の家へもらわれて行ったんだ」
藤松は答えた。
「へええ、役者というと、ずいぶん綺麗な兄ちゃんだったかな?」
私がたずねると、
「うん、とても、きれいだった」
と、藤松は深くうなずいた。

 挿絵は、流麗に衣の線が描かれて、若衆の髪の流れも細やかで、なかなか凝っている。「アゝ、ソレ」などと言うセリフが人物の脇に書かれているのを見れば、真面目な教導の本の体裁をとっていても、いかがわしい内容を目的とすることは一目瞭然だった。

 ふたたび手を伸ばしかかる藤松に、私は問うた。
「お前、この本がそんなに大事か?」
藤松はうなずいた。
「これは悪い本だから、あずかっておく」
私は告げた。藤松は、こまった顔をした。
「兄ちゃんにもらったから、返して……」
最後の方は、消えいりそうな声だった。

 顔を赤くして落ち着かなげなところを見ると、藤松も、人に見られてはまずい本だということは、わかっているらしい。

 私は気になって尋ねた。
「藤松、兄ちゃんのことが好きだったのか?」
藤松は、さっきより、よほど、もじもじしている。
「兄ちゃんは、きれいだったから」
「きれいだったから何だい」
私は、追及の手をゆるめなかった。藤松は私の手に持った本と、自分の膝と、視線を何度もいったりきたりさせたあげく、
「だから僕、好きだったんだい」
と、とうとう吐いた。
「へえ、好きだったか」
私は、本を私と藤松の間の畳に、ぽんと置いた。藤松は私の顔色をうかがって、言いわけするように、
「よくいっしょに遊んでもらった」
と付けたして、唇の端をおびえたように上げた。笑顔のつもりなのかもしれない。藤松の笑顔を私はまだ見たことがなかった。

 藤松は、私に何を言われるか、びくびくしているようすだった。本を返してくれるわけではないということがわかったのか、本に手を伸ばすことは、もうしなかった。
「お前は、もうこの本の中身を読んだのかい」
「見たけれども、あまりよくわからないや」
藤松はこたえた。

「じゃ、こっちの絵の方はどうだい」
私はたずねた。
「それは……」
藤松は赤くなった。
 冊子のほかに、着物の下に美しい錦絵が敷いてあったのだ。
「この絵が好きかい?」
私がたずねると、
「うん……だって、兄ちゃんに似てるもの」
と、藤松はこたえた。

 錦絵には、娘と見まごうきれいな若衆が二人えがかれてあった。そのきれいな若衆二人が、つるんでいる春画だった。
 赤くなっている藤松へ
「お前、これは、何をしているところかわかるのかい」
と聞いてみた。
 藤松の頬は燃えるように赤くなった。
「まさかとは思うが、その兄ちゃんとやらと、こんなことをもしていたのかい」
藤松は、私に叱られていると思ったのか、黙って答えない。
「黙ってないで、何か言うことはないのか」
私は、言った。
「違うよ。その絵は、持っていると火事にあわないというから、お守りに持ってきたんだ」
藤松は、存外、しっかりとした口ぶりでこたえた。
「ふむ」
なるほど、そんな風聞もあるのやもしれなかった。が、しかし疑いは晴れぬ。
 もう一度本の方をぱらぱらとめくってみると、挿絵の濃厚な描写の頁がずいぶん手擦れているのに私は気づいた。
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