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敦盛の最期
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今朝の戦で、僕らは負けた。僕は、渚を馬で駆った。味方の船に乗ろうと。
お兄様も、亡くなった。
昨夜の宴で、僕は、さえだを吹いた。お兄様は、都に、琵琶を置いてらっしゃった。
法王様に、お返ししたということだった。
小枝は、今、錦の袋に入って、僕の腰にある。
船が見えた、あと少し。馬が水に入る。
後ろから、馬のいななきがした。僕を呼ばわった。
「敵に、後ろを見せるとは、何ごとぞ。返らせ給え」
船上の人が、あっ、と驚く顔が見えたようであった。
手をこちらへ、延ばし、行くなと止めたように。
でも僕は、振り返って、鼻面を戻し、岸に向かって駒をすすめた。
相手が、馬を並べて、ぶつかってきた。
相手の馬は、肥えていて、僕の馬は、陸に慣れていなかった。
僕は、手綱を握り締めたが、あっという間に、落馬した。相手がのしかかってくる。
相手は、僕の首に手をかける。
強い力で、僕の首は、ぐらっとなる。ふと、腕の力がゆるんだ。
深く被った甲をぐいと押しのけられる。
僕の顔を見つめた目。
深い驚きの。
僕は、そういった驚嘆の目を、知っていた。
お兄様もそうだった。
お兄様も、琵琶の名手であったのみならず、美男でいらっしゃった。
稚児姿の時より、法親王さまの最愛ゆえに、名器、青山も賜ったとか。
僕らは、そういった賛美の目に慣れていた。
彼は僕の顔に目を据え付けたまま、言った。
「助けまいらせん」
「お前は、誰だ」
敵が何を言う。
「武蔵の国の住人、熊谷次郎直実」
坂東の田舎侍。僕の最期。彼にとっては手柄だろう。
「貴様に名乗る必要は、あるまい。さあ、首を取れ」
「あっぱれ、大将軍や。助けまいらせん」
彼は、目をうるませながら、再び言った。
彼が、僕の手を引いて、助け起さんとするその時、時の声をあげて群がり来る、敵の姿が見えた。
「ああ!土肥様、梶原様」
彼は振り返って、嘆いた。
「彼らは、軍監なのです」
熊谷は、再び僕に向き直った。
「今や、これまで」
熊谷は、再び、僕の首を渚に押し付けた。
甲は脱げて、僕の黒髪が、ざんばらになって、砂浜に広がった。
「他人の手にかけられるのならば、いっそ私の手で」
熊谷の涙と覚しきものが、はらはらと僕の顔にかかった。
お兄様も、亡くなった。
昨夜の宴で、僕は、さえだを吹いた。お兄様は、都に、琵琶を置いてらっしゃった。
法王様に、お返ししたということだった。
小枝は、今、錦の袋に入って、僕の腰にある。
船が見えた、あと少し。馬が水に入る。
後ろから、馬のいななきがした。僕を呼ばわった。
「敵に、後ろを見せるとは、何ごとぞ。返らせ給え」
船上の人が、あっ、と驚く顔が見えたようであった。
手をこちらへ、延ばし、行くなと止めたように。
でも僕は、振り返って、鼻面を戻し、岸に向かって駒をすすめた。
相手が、馬を並べて、ぶつかってきた。
相手の馬は、肥えていて、僕の馬は、陸に慣れていなかった。
僕は、手綱を握り締めたが、あっという間に、落馬した。相手がのしかかってくる。
相手は、僕の首に手をかける。
強い力で、僕の首は、ぐらっとなる。ふと、腕の力がゆるんだ。
深く被った甲をぐいと押しのけられる。
僕の顔を見つめた目。
深い驚きの。
僕は、そういった驚嘆の目を、知っていた。
お兄様もそうだった。
お兄様も、琵琶の名手であったのみならず、美男でいらっしゃった。
稚児姿の時より、法親王さまの最愛ゆえに、名器、青山も賜ったとか。
僕らは、そういった賛美の目に慣れていた。
彼は僕の顔に目を据え付けたまま、言った。
「助けまいらせん」
「お前は、誰だ」
敵が何を言う。
「武蔵の国の住人、熊谷次郎直実」
坂東の田舎侍。僕の最期。彼にとっては手柄だろう。
「貴様に名乗る必要は、あるまい。さあ、首を取れ」
「あっぱれ、大将軍や。助けまいらせん」
彼は、目をうるませながら、再び言った。
彼が、僕の手を引いて、助け起さんとするその時、時の声をあげて群がり来る、敵の姿が見えた。
「ああ!土肥様、梶原様」
彼は振り返って、嘆いた。
「彼らは、軍監なのです」
熊谷は、再び僕に向き直った。
「今や、これまで」
熊谷は、再び、僕の首を渚に押し付けた。
甲は脱げて、僕の黒髪が、ざんばらになって、砂浜に広がった。
「他人の手にかけられるのならば、いっそ私の手で」
熊谷の涙と覚しきものが、はらはらと僕の顔にかかった。
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