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第3章(終章)まつろわぬ者の旗

凶物どもの最期①

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「ぬぐわわああああッッ!!!」

 尋常な性戯プレイの範疇をはるかに逸脱したを受けて悶絶した統衞陸軍初代司令官の絶叫は女サディストの耳朶を快く撃ったが、勝利も束の間、ほくそ笑みつつ犠牲者の表情を窺った彼女は次の瞬間、驚愕のあまり我が目を疑った。

 ──あろうことか、苦痛のあまり頭をのけ反らせつつ右の隻眼を白く剥いた魔人の口蓋は限界まで開かれ、その喉奥から今しも這い出ようとする地獄の生物以外の何物でもない人面蜘蛛の赤い凶眼が殺意に燃えつつ睨み据えてくるではないか!?

「ひいいいッ!ばッ、ばけものッッ!!!」

 肉感的な唇から迸った甲高い悲鳴──だがそれは不意に途切れた。

「ぐッ、ぐげえええええッッ!!!」

 何故ならば、思いきりトゥーガの口から大量の吐血と共に飛び出した最極呪念士が10本の黄色い節足を白い美貌に食い込ませ、尾部から飛び出した魔針を彼女の喉笛に深く突き刺したからである!

「はうッ!ああ…あッ…!?」

「きっけけけけけッ!!──もはや遊びはここまでじゃ…!

 どうやら本拠地たる死霊島の陥落が確実となった現在、全ての計画を見直さねばならぬこととなったようじゃ──むろん土壇場まで追い詰めた教率者バジャドクを仕留めきれなんだことは口惜しいが、殆どの教民の怨嗟と呪詛の声に曝され、このワシですら怖れずにはおれぬ人工司令に狙われておる現在、万に一つもあやつに安寧な未来などありえず、むしろ当面生き残ることこそがそのまま地獄への道に繋がることであろうて…!!

 ──さて、短期間ではあったが傑出した肉体内にて養生に努めたことで神命液もそれなりに回復した…加えてこの女の血液を吸い取ることで我が呪力はさらなる回復を望めよう…うむ、さすがに教界きっての美女とあって大変に甘美なる味わいじゃ…!!」

 これまでの注入管としてとは逆の吸収管として魔針を用いつつ、恍惚にけぶる怪虫の双眸…されど至福の時は長く続かず、寝室の入口に不穏な人影が立ったのをさとって再び飛んだ──今度は後方へ!

 同時に既に事切れていた侍女頭はがっくりと首を垂れ、膝から崩れ落ちたのであった…。

「──キサマは…バジャドクめの腰巾着である聖団の拳法使いじゃな…!?」

 戦士としては小柄といえるその体躯に第7層の〈特守部隊詰所〉から拝借したとおぼしいややダブついた装甲戦闘服をまとい、スクリーンバイザー搭載鉄兜を被ったその男は紛れもない玉朧拳師の声音で応じる。

「そのとおり──さてもザチェラの流砂蜘蛛に全てを捧げることで忌むべき魔力を得たと称する呪われし存在よ、闇の手練手管を弄して凱鱗領の地獄化に邁進してきたキサマも、どうやら清算の時を迎えたようだな…!

 もちろん魔界生物であるキサマが従容と死を受け入れるはずなどなく、これまでそうしてきたように闇に紛れて起死回生の策を練ろうなどと妄想しておるのであろうが今回ばかりはそうはいかぬぞッ!!」

「たわけッ!この最極呪念士をキサマごとき異界人の穢れた手で討ち果たせると思うかッ!?」

 傲然たる物言いとは裏腹に害虫特有の高速逃げ足で暗闇に溶け去らんとするワーズフであったが、絆獣聖団随一の武芸者の攻撃をのがれ得るはずもなく、神速で接近されてそれ自体が錬装磁甲に匹敵する超兵器である左腕の肘から先に装着された強化義手によって瞬時に握り潰されたのである!

 そして飛び散った体色と眼球の色が混ざり合ったかのような橙色の体液はメラメラと燃え上がって殺戮者を恨みの焔で燃え尽くさせようと企んだようであったが、玉朧は拳を握りしめたまま微動だにしない。

 その時、ヘルメットのインカムに執務室で瞑想状態となり、呪念士の心眼にてこの静かな死闘を見届けた老教率者の賛辞が届いた。

“──拳師よ、見事であった。

 あの魔蟲の動きを瞬時に捕捉し、一切の遅疑逡巡を排しつつ電光石火の一撃にて仕留めるとは…そなたを除き、果たして何人に可能な絶技であろうか…!”

 一時は2レクト(1.5メートル)も火柱を立てて玉朧を呑み込もうとした呪念士ワーズフの怨念であったが、義手から放出された凄まじい冷凍波によってまたたく間に消失させられたのであった。

「──過褒なるお言葉、痛み入ります。

 かくて死霊島が陥ち、頭目が死滅したことで海龍党に関する限りは無力化に成功したと申せましょうか…。

 ですが真の難題は統衞軍を掌握せし人工司令への対処──ですがこれは〈創造者〉たるロゼムス公の助力無くしては到底成し得ぬことでありましょう…」

“うむ、さもあろう──だがどうやら、叛乱軍によって中央指令室から拉せられた公は身に帯びた通信機器を押収されておるのであろうか、私の呼びかけに全く応じる気配がない…。

 果たしてその身柄を確保しておるのが人工司令かはたまた神牙教軍であるのかすらも判然とせぬありさまじゃ…仮にそれがであった場合、彼の生命はより危ういということだけはいえようがな…!”

「御意であります」

“うむ…さて、拳師よ。

 未だ認めたくはないが非業の死を遂げることとなった、私にとっては唯一の股肱の臣といえた執務長ライネット──彼が最後にもたらしてくれた情報としてロゼムスの息子はワーズフの呪念力により殲敵鋼銃の直撃をもものともせぬ怪物へと変貌したとのこと…彼の行方も大いに気になるところであるのだが…”

「ええ…ですが、こうして〈親〉たる呪念士が亡んだ今、その邪心と体毒によって誕生した殲闘者ユグマも同時に死を迎えるのではないでしょうか?

 もちろん私は門外漢であり、卓越した呪念士であられる教率者様は別の見解をお持ちであろうと思われますが…?」

“おお…なるほど。たしかに我ら呪念士の聖典【刻念宝鑑】掉尾の〔漆黒の頁〕にはそのような記載があったようじゃ…。

 呪念士の創造物──殊にそれが正道の埒外である場合には主と命運を共にする、とな…!

 ──ということは…この上なく不憫なことではあるが、ユグマは既に冥界へと旅立ちしか…!?”

「──おそらくは…。

 ですが、彼の未来に思いを馳せるならば、これが最善の結末であろうと愚考せざるを得ぬのもまた事実なのであります…」

”うむ…同感じゃ…”


 ──両雄の推測は的中していた。

 ワーズフの指令通り凱星殿襲撃のための装備を調えるため主都レシャ最大の暗黒街セメスの地下に設えられた狂魔酒酒場を訪れた彼は、およそ携行しうる限界まで銃砲・爆薬類を身に帯びて特守部隊の戦闘車輌に匹敵する攻撃力を有する三輪の大型単車に跨って出発した直後──まさに海龍党頭目が死滅した瞬間に突如として心停止に見舞われ、“終生の想い人”萩邑りさらをその手に抱きしめるという幸福な白昼夢に鼓舞されたまま側壁に激突し、巻き起こった凄まじい爆炎によってその呪われた肉体を世に留めることなく昇天したのであったが、短くも過酷な生涯の最期を彩ったこの業火が、果たして反逆の魔少年にとって天響神エグメドの恩寵といえたのであろうか──?

 

 

 

 

 

 

 



 

 

 


 

 





 
 

 

 

 
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