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第3章(終章)まつろわぬ者の旗
“蒼き虎”の逆襲(前編)
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正式発足した【統衞陸軍】の〈1個小隊〉が煌輪塔ホテルに向かっているという凶報を絆獣聖団大型輸送機【黒蛹】にもたらしたのは意外にも剛駕崇景の錬装磁甲【蒼き虎】であった。
押されっ放しの最強龍坊主との戦いに途中介入した【無元造房】主任技師・ソートンによる起死回生の奇手である〔封殺鋼面〕によって辛くも危地を脱し、首無し&四つ足の〔疾遁獣変〕へとチェンジして戦場となった海底宮殿第7層の〔教宣室〕から逃走した機体は、驚くべきことに宮殿内を駆け回って情報収集に勤しんでいたのであった。
「──まあ、あのまま自室に戻られた教率者様のもとに直行させるのもいかがなものかと思い、体表面を周囲に同化させる〈隠形モード〉で泳がせていたのですが、思わぬ収穫がありましたね…。
どうやら宣言どおり、人工司令は特守部隊長をまんまと籠絡して己が手足とすることに成功したようです」
しかしながらこのどこか緊迫感に欠けた穏やかな物言いは、今しも親友と部下に迫るのっぴきならぬ脅威に焦燥する総隊長・竹澤夏月の怒りを誘発せずにはおかなかった。
「だから言ったろッ!?
萩邑で味をしめたあの“腐れロボット”が絶対に道子たちに手を出さないはずがないって!
グズグズしてたらあれだけの重武装に身を固めてる襲撃隊に14人の操獣師はエラい目に遭わされちまうよッ!!──だから早く【超小型嵐貝】の使用許可を道子に…!」
機内の【総合統制室】におけるスクリーンに磁甲から転送された、元・特守部隊員たちの物々しい出で立ちは、場合によっては殺害も辞さぬとの彼らの凶々しい意思表示を何よりも雄弁に物語っていた。
「──お言葉ながら、小型嵐貝はなるべく使いたくないんですよ…。
と言いますのも、一度ケースから解き放ったが最後、おそらくホテル自体に被害を及ぼさずにはおられぬからです…。
しかも、現時点においては襲撃隊は宮殿内にあって、水上移動都市に向かうには潜航艇による移動が必須──しかも敵の頭数は10名と、〈完全自律モード〉となった蒼き虎が相手にできぬこともなさそうではありませんか…?」
申し訳無さそうに上目遣いでミッション総責任者に棹さす提案を行う主任技師に、狷介な気性の彼女には珍しく苦笑を誘われる夏月であったが、もちろん懸念点を指摘することは忘れなかった。
「──そりゃまあ、この数日間快適な生活を遅らせてもらった恩人にアダを返すようなマネをしたくないのは当然なんだけどさ…でも、果たして刺客があれっぽっちの人数とは限らないだろ?
事実、萩邑は当のホテル内で拉致されちまったワケだしね…!
だからやっぱり、連中に心の準備だけはさせておいた方が…」
この反論に軽く頷きつつも、地味なグレーのジャンプスーツ姿の銀髪の美青年は歴戦の鬼隊長の意表を突く方針を示した。
「たしかに──ですがレシャ湾にあのような巨大刃獣が出現した以上、教軍は未だ棘蟹群団の侵攻の及ばぬベウルセン並びに主都に対し、近日中に大規模な破壊活動を開始するであろうことは容易に想像できます…従ってC‐キャップらをこのまま無防備なホテル内に滞留させておく危険性は多大なものといわねばなりません──もちろん湾上空に教軍幹部が集結しつつある現在、徒歩による当機への退避はあまりにも危険──よって、完全に安全とは申しかねますが、救援機を派遣し、可能なら第6層の窓から直接搭乗してもらって危険地帯からの離脱を図ってもらおうと思うのですが…。
──それに、気の毒ではありますが卑劣な心理攻撃を受けられた鄭操獣師にも、ここらで奮起して頂かねばなりませんし、ね…!」
「──なるほどね。たしかにもうそろそろ、チェックアウトすべき頃合いかも…。
となると、今んとこ手持ち無沙汰のあたしが行ってもいいんだが、王子様としては、ソレはやっぱり反対なんだよね?」
──本人としては精一杯の可愛げをダミ声に帯びさせたつもりの竹澤総隊長であったが、他の懸念事項を山ほど抱える主任技師は淡々と頷くのみであった。
「はい。…図らずも時刻はそろそろ《晶明刻》(午前8時相当)──ウビラス星心領、セシャーク勇仙領、パラメス耀覇領の三教界にまたがる“狂魔酒密造拠点”攻撃任務にあたる3機を除く計22機の黒蛹がそろそろ凱鱗領北限のザチェラ砂漠を通過しつつあるはず。
ここからさらに五手に分かれて凱鱗領全域に散開して棘蟹邀撃及び主都&水上移動都市防衛に従事することになります…。
──大変お待たせ致しましたが、いよいよ総隊長に出撃して頂く時がきたようですね…!」
この要請を受けた“伝説の殺戮姫”の双眸は、まさに鬼火揺らめく般若のそれと化していた。
「──よっしゃあ、任しときッ!
芸術回廊あたりで【極覇兵装】を受け取ったら、棘蟹どもで試し斬りした後、それこそ光の迅さでUターンしてくるからねッ!!
その時にあの態度のデカい化け蛸が動いていようがいまいが関係ないッ、こっちから仕掛けて度肝を抜いてやるわさッッ!!」
──かくて〈引退興行〉を華々しく飾るべく、長年生死を共にした最愛の相棒である地獄絆獣が鎮座する待機帯に駆け出す殺戮姫を全員起立で見送った後、美しき主任技師は蒼き虎による襲撃隊殲滅に注力するためスクリーン前に悠然と着座した。
押されっ放しの最強龍坊主との戦いに途中介入した【無元造房】主任技師・ソートンによる起死回生の奇手である〔封殺鋼面〕によって辛くも危地を脱し、首無し&四つ足の〔疾遁獣変〕へとチェンジして戦場となった海底宮殿第7層の〔教宣室〕から逃走した機体は、驚くべきことに宮殿内を駆け回って情報収集に勤しんでいたのであった。
「──まあ、あのまま自室に戻られた教率者様のもとに直行させるのもいかがなものかと思い、体表面を周囲に同化させる〈隠形モード〉で泳がせていたのですが、思わぬ収穫がありましたね…。
どうやら宣言どおり、人工司令は特守部隊長をまんまと籠絡して己が手足とすることに成功したようです」
しかしながらこのどこか緊迫感に欠けた穏やかな物言いは、今しも親友と部下に迫るのっぴきならぬ脅威に焦燥する総隊長・竹澤夏月の怒りを誘発せずにはおかなかった。
「だから言ったろッ!?
萩邑で味をしめたあの“腐れロボット”が絶対に道子たちに手を出さないはずがないって!
グズグズしてたらあれだけの重武装に身を固めてる襲撃隊に14人の操獣師はエラい目に遭わされちまうよッ!!──だから早く【超小型嵐貝】の使用許可を道子に…!」
機内の【総合統制室】におけるスクリーンに磁甲から転送された、元・特守部隊員たちの物々しい出で立ちは、場合によっては殺害も辞さぬとの彼らの凶々しい意思表示を何よりも雄弁に物語っていた。
「──お言葉ながら、小型嵐貝はなるべく使いたくないんですよ…。
と言いますのも、一度ケースから解き放ったが最後、おそらくホテル自体に被害を及ぼさずにはおられぬからです…。
しかも、現時点においては襲撃隊は宮殿内にあって、水上移動都市に向かうには潜航艇による移動が必須──しかも敵の頭数は10名と、〈完全自律モード〉となった蒼き虎が相手にできぬこともなさそうではありませんか…?」
申し訳無さそうに上目遣いでミッション総責任者に棹さす提案を行う主任技師に、狷介な気性の彼女には珍しく苦笑を誘われる夏月であったが、もちろん懸念点を指摘することは忘れなかった。
「──そりゃまあ、この数日間快適な生活を遅らせてもらった恩人にアダを返すようなマネをしたくないのは当然なんだけどさ…でも、果たして刺客があれっぽっちの人数とは限らないだろ?
事実、萩邑は当のホテル内で拉致されちまったワケだしね…!
だからやっぱり、連中に心の準備だけはさせておいた方が…」
この反論に軽く頷きつつも、地味なグレーのジャンプスーツ姿の銀髪の美青年は歴戦の鬼隊長の意表を突く方針を示した。
「たしかに──ですがレシャ湾にあのような巨大刃獣が出現した以上、教軍は未だ棘蟹群団の侵攻の及ばぬベウルセン並びに主都に対し、近日中に大規模な破壊活動を開始するであろうことは容易に想像できます…従ってC‐キャップらをこのまま無防備なホテル内に滞留させておく危険性は多大なものといわねばなりません──もちろん湾上空に教軍幹部が集結しつつある現在、徒歩による当機への退避はあまりにも危険──よって、完全に安全とは申しかねますが、救援機を派遣し、可能なら第6層の窓から直接搭乗してもらって危険地帯からの離脱を図ってもらおうと思うのですが…。
──それに、気の毒ではありますが卑劣な心理攻撃を受けられた鄭操獣師にも、ここらで奮起して頂かねばなりませんし、ね…!」
「──なるほどね。たしかにもうそろそろ、チェックアウトすべき頃合いかも…。
となると、今んとこ手持ち無沙汰のあたしが行ってもいいんだが、王子様としては、ソレはやっぱり反対なんだよね?」
──本人としては精一杯の可愛げをダミ声に帯びさせたつもりの竹澤総隊長であったが、他の懸念事項を山ほど抱える主任技師は淡々と頷くのみであった。
「はい。…図らずも時刻はそろそろ《晶明刻》(午前8時相当)──ウビラス星心領、セシャーク勇仙領、パラメス耀覇領の三教界にまたがる“狂魔酒密造拠点”攻撃任務にあたる3機を除く計22機の黒蛹がそろそろ凱鱗領北限のザチェラ砂漠を通過しつつあるはず。
ここからさらに五手に分かれて凱鱗領全域に散開して棘蟹邀撃及び主都&水上移動都市防衛に従事することになります…。
──大変お待たせ致しましたが、いよいよ総隊長に出撃して頂く時がきたようですね…!」
この要請を受けた“伝説の殺戮姫”の双眸は、まさに鬼火揺らめく般若のそれと化していた。
「──よっしゃあ、任しときッ!
芸術回廊あたりで【極覇兵装】を受け取ったら、棘蟹どもで試し斬りした後、それこそ光の迅さでUターンしてくるからねッ!!
その時にあの態度のデカい化け蛸が動いていようがいまいが関係ないッ、こっちから仕掛けて度肝を抜いてやるわさッッ!!」
──かくて〈引退興行〉を華々しく飾るべく、長年生死を共にした最愛の相棒である地獄絆獣が鎮座する待機帯に駆け出す殺戮姫を全員起立で見送った後、美しき主任技師は蒼き虎による襲撃隊殲滅に注力するためスクリーン前に悠然と着座した。
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