86 / 94
第3章(終章)まつろわぬ者の旗
祭霊妃、ロゼムス公を誘惑す
しおりを挟む
祭霊妃ルターナが〈第2貴賓室〉の豪奢な長椅子上で覚醒した際、真っ先に飛び込んできたのは“教界史上最大の知的英雄”であるロゼムス公の憂わしげな表情であり、彼女をここに運び込んだ濃緑色の龍坊主の姿は影もなかった。
「──気が付かれましたか?
お久しぶりですね、ルターナ嬢…、
最後にお目にかかったのは光栄にもご招待頂いた【ベウルセン宝優劇場】における春恒例の連続公演…その楽日のパーティーでしたか…あの時の演目、『メリーシャ令夫人』での貴女の名演は未だ記憶に新しいですよ…」
「──まあ、どなたかと思えばロゼムス様じゃありませんか…?
あなたほどの方が、一体どうしてこんな邪悪な軍団が主催する暗黒儀式の会場に…!?」
この当然ともいえる問いに、真面目一徹の天才技術者もさすがに苦笑を誘われずにはいなかった。
「一体、何の因果ですかね…少なくとも、私自身が望んでここにいる訳ではないことだけは事実ですが。
──失礼ながら、貴女自身と神牙教軍との繋がりについては、凱星殿への道中であの教軍超兵から聞かされましたよ…もちろんあれが全てではないのでしょうが…」
「──ああ、ダユハちゃんね…なるほど…。
まあ、あたしも女優業だけに専念しておればいいものを、持って生まれた因果な性格が災いしたものか、とんだ邪道に足を踏み入れてしまって──お恥ずかしながら、ご覧のとおり今じゃもう後戻りできないありさまなんですの…。
それで話は戻りますけれど、教率者様から全幅の信頼を寄せられる“ルドストンの頭脳”とも称されるべきあなたが、こともあろうに教軍幹部が一同に会するこの身の毛もよだつ危険地帯におられるということは、図らずも敵の手中に落ちてしまわれたということなのかしら…?」
役者顔負けの端正な容貌を翳らせ、公は頷く。
「──そう、ある意味ではそうともいえましょうな…。
尤も今では全て運命なり、との諦観に心を領されておる次第ですが…これが天響神より与えられた、息子を救えるか否かの最後の機会と捉えてあえて危地に飛び込んだのだと申しておきましょうか…」
天才技術者の背後に聳立する三体の斬撃機兵の威容に遅ればせながら目を見張る若き名女優は微かに震える声で同意する。
「そうだったのね…この件に息子さんが絡んでいたと…!
これ以上事情をお訊きするつもりもないけれど、いかにも教軍らしい悪辣な謀が存在することだけはたしかなのでしょうね…。
──そして、神牙教軍にとっては最重要の祭事といえる〘受躰の儀〙とやらに招かれた人間界の賓客はどうやら、あなたと私のみということらしいわね…。
ねえロゼムス公、これから一体、いい加減破壊し尽くされたルドストン凱鱗領をいかなる未来が待ち構えているのかしら…?」
──この時、天才技術者の脳裡に真っ先に浮かんだのは、レシャ湾内…いや、既にこの水上移動都市のすぐ傍らに、あたかも不吉な氷山のごとく迫る大怪物の存在であったが、そいつが自身の“兵器分野における最高傑作”ともいうべき【人工司令】によって駆動されるおよそ150隻の大艦隊と激突した際に巻き起こされるであろう史上空前の大破壊に暗然たる思いをかき立てられずにはいられなかったのである…。
「おおロゼムス公、あなたこそルドストンの…いいえ、この世界における真の英雄だわッ!
──今、ここでこそ告白致しますけれど、私、ずっと以前から…それこそ年端のいかぬ少女の頃よりあなた様のことをお慕い申し上げておりました…!!
ロゼムス公なくして、凱鱗領がラージャーラ有数の大教界に数え入れられるほどの繁栄と名誉を得られることは決してなかったであろうことを──あまつさえ、教率者様があなたを〈至宝〉と奉るのも、まこと当然というべき次第ですわ…。
ああ、私にとってはまさに今この時こそが神に与えられし“至高の一瞬”なのですわ──これを逃しては、二度とあなた様の神々しい肌に爪を立てる機会に恵まれることはない…!!」
かくて青いジャンプスーツのファスナーを再び下ろして双つの美乳を露骨に見せつけつつ、やおら立ち上がった祭霊妃は男性としては華奢ともいえる公の白い頸部に両手を回して強く引き寄せると素早く唇を押しつけたのであった!
「お…う…ぐッ…」
彼女と媾う男という男を悉く魅了し、隷属下にすら置くことを可能にした無数の微突起に埋め尽くされた碧い妖舌──その侵入を許してしまった眉目秀麗な天才技術者は必死で顔を背けるも、渾身の力を込めた両手で顳顬を締め付けられて魔性の接吻からの脱出は叶わぬ…。
かくなる上は背後に控える三体の守護者を動かすしかないが、いかなる誤作動が生じたものか、紛う方なき創造者の危難を前にして彼らは微動だにせぬではないか…!?
『──バ、バカなッ!
こ、これが恋する男女の痴戯などではないことを機兵の人工知能が感知できぬはずがないッ!
そ、それなのに一体どうしたというのだッ!?
正真正銘、おまえたちの〈主〉の身は危機に曝されておるのだぞッ!!』
片や淫奔な女司祭は、ロゼムスというある意味では教率者をも凌駕する“不可侵の偶像”を自らの手で穢す灼熱の歓喜に脳内を蹂躙されつつ、ほとんど勝利を確信して右手を彼の股間に這わせたのであったが、公にとって一生の不覚というべきか、それは哀しいほどに硬く凝っていたのである…。
『ほほほほッ、案の定だわッ!
ラージャーラ史上最高の天才技術者も人の子、天が定めた牡の宿命からは逃れる術とてなかった──むしろこれまで聖人君子を演じてきた分、その煩悩は中年期を迎えたとはいえ未だ美しいといっても過言ではない肉体の内部で燻り続けているはず…!
いいこと、ロゼムス公…いいえ、“罪深き迷い人”ロゼムス!
──今こそ、その業苦をこの私の入神の聖技によって浄化して差し上げますわッ!!
そしてこの世に存在することさえ知り得なかった至上の肉の悦びによってみごと救済されたあなたは、我らが【火原の美獣】に集えしどの信徒よりも傑出した…そう、この祭霊妃に次ぐ存在へと雄々しく昇りつめることでしょうッッ!!!』
「──気が付かれましたか?
お久しぶりですね、ルターナ嬢…、
最後にお目にかかったのは光栄にもご招待頂いた【ベウルセン宝優劇場】における春恒例の連続公演…その楽日のパーティーでしたか…あの時の演目、『メリーシャ令夫人』での貴女の名演は未だ記憶に新しいですよ…」
「──まあ、どなたかと思えばロゼムス様じゃありませんか…?
あなたほどの方が、一体どうしてこんな邪悪な軍団が主催する暗黒儀式の会場に…!?」
この当然ともいえる問いに、真面目一徹の天才技術者もさすがに苦笑を誘われずにはいなかった。
「一体、何の因果ですかね…少なくとも、私自身が望んでここにいる訳ではないことだけは事実ですが。
──失礼ながら、貴女自身と神牙教軍との繋がりについては、凱星殿への道中であの教軍超兵から聞かされましたよ…もちろんあれが全てではないのでしょうが…」
「──ああ、ダユハちゃんね…なるほど…。
まあ、あたしも女優業だけに専念しておればいいものを、持って生まれた因果な性格が災いしたものか、とんだ邪道に足を踏み入れてしまって──お恥ずかしながら、ご覧のとおり今じゃもう後戻りできないありさまなんですの…。
それで話は戻りますけれど、教率者様から全幅の信頼を寄せられる“ルドストンの頭脳”とも称されるべきあなたが、こともあろうに教軍幹部が一同に会するこの身の毛もよだつ危険地帯におられるということは、図らずも敵の手中に落ちてしまわれたということなのかしら…?」
役者顔負けの端正な容貌を翳らせ、公は頷く。
「──そう、ある意味ではそうともいえましょうな…。
尤も今では全て運命なり、との諦観に心を領されておる次第ですが…これが天響神より与えられた、息子を救えるか否かの最後の機会と捉えてあえて危地に飛び込んだのだと申しておきましょうか…」
天才技術者の背後に聳立する三体の斬撃機兵の威容に遅ればせながら目を見張る若き名女優は微かに震える声で同意する。
「そうだったのね…この件に息子さんが絡んでいたと…!
これ以上事情をお訊きするつもりもないけれど、いかにも教軍らしい悪辣な謀が存在することだけはたしかなのでしょうね…。
──そして、神牙教軍にとっては最重要の祭事といえる〘受躰の儀〙とやらに招かれた人間界の賓客はどうやら、あなたと私のみということらしいわね…。
ねえロゼムス公、これから一体、いい加減破壊し尽くされたルドストン凱鱗領をいかなる未来が待ち構えているのかしら…?」
──この時、天才技術者の脳裡に真っ先に浮かんだのは、レシャ湾内…いや、既にこの水上移動都市のすぐ傍らに、あたかも不吉な氷山のごとく迫る大怪物の存在であったが、そいつが自身の“兵器分野における最高傑作”ともいうべき【人工司令】によって駆動されるおよそ150隻の大艦隊と激突した際に巻き起こされるであろう史上空前の大破壊に暗然たる思いをかき立てられずにはいられなかったのである…。
「おおロゼムス公、あなたこそルドストンの…いいえ、この世界における真の英雄だわッ!
──今、ここでこそ告白致しますけれど、私、ずっと以前から…それこそ年端のいかぬ少女の頃よりあなた様のことをお慕い申し上げておりました…!!
ロゼムス公なくして、凱鱗領がラージャーラ有数の大教界に数え入れられるほどの繁栄と名誉を得られることは決してなかったであろうことを──あまつさえ、教率者様があなたを〈至宝〉と奉るのも、まこと当然というべき次第ですわ…。
ああ、私にとってはまさに今この時こそが神に与えられし“至高の一瞬”なのですわ──これを逃しては、二度とあなた様の神々しい肌に爪を立てる機会に恵まれることはない…!!」
かくて青いジャンプスーツのファスナーを再び下ろして双つの美乳を露骨に見せつけつつ、やおら立ち上がった祭霊妃は男性としては華奢ともいえる公の白い頸部に両手を回して強く引き寄せると素早く唇を押しつけたのであった!
「お…う…ぐッ…」
彼女と媾う男という男を悉く魅了し、隷属下にすら置くことを可能にした無数の微突起に埋め尽くされた碧い妖舌──その侵入を許してしまった眉目秀麗な天才技術者は必死で顔を背けるも、渾身の力を込めた両手で顳顬を締め付けられて魔性の接吻からの脱出は叶わぬ…。
かくなる上は背後に控える三体の守護者を動かすしかないが、いかなる誤作動が生じたものか、紛う方なき創造者の危難を前にして彼らは微動だにせぬではないか…!?
『──バ、バカなッ!
こ、これが恋する男女の痴戯などではないことを機兵の人工知能が感知できぬはずがないッ!
そ、それなのに一体どうしたというのだッ!?
正真正銘、おまえたちの〈主〉の身は危機に曝されておるのだぞッ!!』
片や淫奔な女司祭は、ロゼムスというある意味では教率者をも凌駕する“不可侵の偶像”を自らの手で穢す灼熱の歓喜に脳内を蹂躙されつつ、ほとんど勝利を確信して右手を彼の股間に這わせたのであったが、公にとって一生の不覚というべきか、それは哀しいほどに硬く凝っていたのである…。
『ほほほほッ、案の定だわッ!
ラージャーラ史上最高の天才技術者も人の子、天が定めた牡の宿命からは逃れる術とてなかった──むしろこれまで聖人君子を演じてきた分、その煩悩は中年期を迎えたとはいえ未だ美しいといっても過言ではない肉体の内部で燻り続けているはず…!
いいこと、ロゼムス公…いいえ、“罪深き迷い人”ロゼムス!
──今こそ、その業苦をこの私の入神の聖技によって浄化して差し上げますわッ!!
そしてこの世に存在することさえ知り得なかった至上の肉の悦びによってみごと救済されたあなたは、我らが【火原の美獣】に集えしどの信徒よりも傑出した…そう、この祭霊妃に次ぐ存在へと雄々しく昇りつめることでしょうッッ!!!』
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います
ゆさま
ファンタジー
美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされ、生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれてしまった、ベテランオッサン冒険者のお話。
懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。

学年揃って異世界召喚?執行猶予30年貰っても良いですか?
ばふぉりん
ファンタジー
とある卒業式当日の中学生達。それぞれの教室でワイワイ騒いでると突然床が光だし・・・これはまさか!?
そして壇上に綺麗な女性が現れて「これからみなさんには同じスキルをひとつだけ持って、異世界に行ってもらいます。拒否はできません。ただし、一つだけ願いを叶えましょう」と、若干頓珍漢な事を言い、前から順番にクラスメイトの願いを叶えたり却下したりと、ドンドン光に変えていき、遂に僕の番になったので、こう言ってみた。
「30年待ってもらえませんか?」と・・・
→→→→→→→→→→→→→→→→→→→→
初めて文章を書くので、色々教えていただければ幸いです!
また、メンタルは絹豆腐並みに柔らかいので、やさしくしてください。
更新はランダムで、別にプロットとかも無いので、その日その場で書いて更新するとおもうのであ、生暖かく見守ってください。
ひっそり静かに生きていきたい 神様に同情されて異世界へ。頼みの綱はアイテムボックス
於田縫紀
ファンタジー
雨宿りで立ち寄った神社の神様に境遇を同情され、私は異世界へと転移。
場所は山の中で周囲に村等の気配はない。あるのは木と草と崖、土と空気だけ。でもこれでいい。私は他人が怖いから。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる