凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第3章(終章)まつろわぬ者の旗

淫魔どもの蠢動

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 ベウルセン凱星殿の貴賓室において、異様な光景が繰り広げられていた。

 兄・陀幽巴が中座し、自らも賓客ロゼムスを別室にエスコートして戻った鑼幽巴は直ちに黄金のストレッチャーを覆っていた神牙教軍の軍旗を取り去ったのだが、姿を現した強制睡眠下の萩邑りさらはその身に一糸をもまとってはいなかった!

 しかし人間であれば男女を分かたずその完璧さに心魂を奪われるであろう美しさも冷徹非情な教軍超兵の動きを滞らせるには至らず、徐ろに舞台監督バヤーニに旗を渡してからゆっくりと依巫を抱き上げた凱鱗領執教士長は、自身の鋭利な鱗状皮膚で彼女の肌を傷つけぬよう細心の注意を払いながら、広い部屋の中央付近に軍旗と同色の厚い敷布上に置かれた縦3レクト(225センチ)✕横2.5(約188センチ)✕幅縦幅1レクト(75センチ)✕横幅0.5レクト(約38センチ)✕厚み0.7レクト(約50センチ)の、〈本祭壇〉に安置するためのこれも黄金色の〈十字型祭壇〉上へと移し替えたのであった。

”urururururururuッ!”

 美しき操獣師の裸身が現れた瞬間、これまでのが嘘のようににわかに色めき立った三人の“はぐれ操獣師”は、あたかもりさらの白い肌の香りに吸い寄せられたかのように不気味な発情の唸り声を発してにじり寄って来る…。

「ふふん、全く浅ましい奴らだて…。

 まさに美肉に群がる餓獣の群れといったところか…。

 だが、半日間飢餓状態に陥らせたことによって、その欲情の閾値は申し分のないレベルにまで高まったといえような…。

 ──まさに偉大なる教聖の仰せのままに…!」

 されど目は血走り口元からは涎を垂らさんばかりの女怪どもも、無防備な獲物の傍らで番人のごとくしゃがみ込む最強龍坊主に睨まれていてはさすがにそれ以上の接近はおぼつかなかったのであった…。

 ──その時、ようやくルターナ劇団専属の腕利きスタイリストが二人の助手にそれぞれ箱付き台車を曳かせて到着したのだが、生まれてはじめて魁夷なる教軍超兵を目の当たりにした一人が短い悲鳴を上げて卒倒し、慌てて小太りの演出家がその躰を支える。

「時間がない。使えんそいつはストレッチャーに乗せて隅に転がしておけ…どうやら頬を張ったくらいじゃ目を覚ましそうにないからな。

 ところで髪飾りや腕輪等の装身具…そして何より重要な聖幻晶はその箱の中だな?

 よし、大至急取りかかれッ!」

 
 ──“密かに積み重ねていたイメージトレーニング”がまんまと図に当たり、首尾よく祭霊妃ルターナを失神に追いやった陀幽巴は、彼女を肩に担いで円形祭壇の黄金階段から降り立ち、そのままロゼムス公が入室しているはずの〈第二貴賓室〉を目指した。

『もしこの女を依巫リサラに対面させると厄介なことになるのは必定だからな…。

 先程の酔狂なふるまいからも明らかだが、此奴こやつどうやらリサラに凄まじい競争意識を抱いておるらしい…。

 しかも儀式に向けて依巫を飾り立てるのが自分が手塩にかけて育てた化粧師となれば、なおさら差し出がましい横槍を連発してを妨害しかねんからな…。

 従ってロゼムス公には悪いが、“教界始まって以来の大淫婦”との同席を願うとしよう…』


 ──主都特守部隊の敏腕隊員アイアスは最極呪念士ワーズフに肉体を掠奪されて魔人と化した隊長・トゥーガの命を受けて同僚10人で構成される装甲戦闘服着用の〈決死隊〉を率い、煌輪塔ホテル第6層に陣取る13人の絆獣聖団員(“C-キャップ”延吉道子を除き全員が非特級操獣師)の捕獲に向かっていた。

 海底宮殿各層に設けられた教率者親衛隊用の〈待機室〉──通称“詰所”はいわばその出身母体たる部隊かれらのモノ同然であるため、トゥーガが現在の拠点としている“未来の妻”シャーメの居室がある第6層のに籠って彼らの準備は調えられた。

 そして3.3セスタ(約30分)を経て、右肩にスリング付きの狙撃ライフル型殲敵鋼銃を担ぎ(両端の二名は不測の事態に備えて最強火力の戮弾電銃を銃尾を床に立てて捧げ持っている)、フルフェイスの鉄兜を小脇に抱えて横一列に整列した、不吉に黒光りする〈死神戦士〉たちの前に姿を見せた“隻眼の英雄”からおそるべき指令を受けたのである!

「ご苦労、諸君!

 多忙極まる治安維持活動の最中、わざわざ集まってもらったのは他でもない、 
 君たちも周知のように我々が当初想定していたシナリオが意想外の事態の連続によって大幅な変更を余儀なくされてしまい、ぜひとも成就すべき新たな任務が発生してしまったことによるものだ…。

 まず、最大の誤算というべきは我々の〈精神的支柱〉ともいうべき存在であったケエギル湾線統衛軍総司令の不慮の死である。

 これによってにわかに勢いづいたのが虎視眈々と浮上の機会を狙っていた主督空将チェザック…だが天恵というべきか、統衞軍を利欲のために私物化せんという邪心に満ちた奴の企みは教軍超兵による暗殺という思わぬ形で除去することができた…。

 されど、かくも大物軍人の逝去が相次げば、たとえ僥倖を得た何者かが全軍指揮権を掌握したとしてもかつての総司令が有したごとき絶対的権能はもはや行使することは叶わぬであろう…何故ならばたとえこの人物が天響神エグメドの名にかけて清廉潔白であったにせよ、からだ…!」

「……」

 こうして居並ぶ面々を悠然と見渡した特守部隊々長は、勝利を確信したかのごとき不敵な笑みを浮かべたが、その口調は沈痛ともいうべき重々しさを帯びていた。

「ここで諸君に問いたいのは、この八方塞がりともいうべき窮境において我ら凱鱗領教民を善導し得る能力者が存在するのかということだ…。

 ──果たして、我らの運命を一体誰に…いやに委ねるべきであるのか…賢明なる諸君のことだ、よもや失政に次ぐ失政を積み重ね、今や“教界一の大罪人”と成り果てた教率者バジャドクの名を挙げるものはあるまいが…」

 直後に一同の乾いた笑いが上がったが、列の中央に立ったアイアスはためらうことなく私見を述べ立てた。 

「──私の思うところを申し上げさせて頂きますと、現状を打破しうるのはただ一つ、人間種の致命的欠陥である肉体的欲望とは完全に無縁の、現在統衞艦隊を宰領する【人工司令】への全託しかないものと考えます…!」

 かくて数瞬の静寂の後、隊長は厳粛な口調で皆に告げた。

「さすがは我が右腕というべきか、アイアス隊員の知見は常と変わらず透徹しているな…まさしくそのとおり、もはやルドストンの現況はいかに優れていようと“一介の有機的脳髄”によって打開できるほど生易しいものではない。

 実は主督空将が無惨な屍を主力戦闘機ガートス滑走路に晒した時から私もこの認識に達していたのだが、つい先程、光栄にも〈電脳神〉から直々の指名を受け、簡明ながらも今後の方針への助言を受けた…」 

「……!?」

 かくて色めき立つ部下たちをあたかも凱旋将軍のように睥睨しつつ、今や該教界における〈最重要人物〉に成りおおせたトゥーガは、特守部隊々長としてはおそらく最後となるであろう命令を下した──。

「諸君、目下我々には4つの敵が存在している! 

 まず呪わしい悪魔的巨大生物兵器の大群を解き放って母なる教界全域を蹂躙し尽くした憎むべき最凶の神牙教軍ッ!

 そして今や少数派に転落しながらも、狂愚の教率者の方針に従って破滅的な〈地底移住計画〉を推し進めようとする頑迷にして蒙昧な教条主義者…。

 さらにこれはある意味最も悪質といえるが、この空前の混乱状態を奇貨として一気に表舞台に躍り出んと企む【火原の美獣】を筆頭とする、唾棄すべき暗黒思想を旗印とする秘密結社…。

 そしてそれらをも凌ぐ最醜悪な存在が、ラージャーラ最奥部に蟠踞し戦乱に苦吟する全界に甘言を弄して浸潤し、隠微ながらも不可逆的な腐敗力を及ぼす“侵略的破壊結社”絆獣聖団であるッ!

 ──よいか諸君、人工司令は私に断言した!

 ルドストン凱鱗領の永遠の繁栄のため、既にあらゆる手段を駆使して艦隊のみならず湾線統衛軍の最新鋭兵器群を完全掌握したは、本日の《亘光刻》(午前10時相当=〘受躰の儀〙開始時刻)において四大勢力に〈宣戦布告〉するとッ!

 同時に今この時を以て、主都特守部隊は海軍のみに偏重してきた該教界にあって史上初の正式陸軍として生まれ変わるとッ!!

 それでは僭越ながら初代司令官に任命されたこのトゥーガ=ルドストンから初の重大任務を下させてもらうッ!

 現在、水上移動都市ベウルセンの煌輪塔ホテル第6層に籠城を続ける十数名の絆獣聖団員…これを直ちに拘束し、一室に集め厳重に監視せよ!

 私は宣戦布告と同時に聖団と交渉に入り、司令と示し合わせた要求が叶わぬ場合、即座の射殺を諸君に命じる!

 なお、捕獲作戦の際、捕虜の抵抗如何によってはを容認するのは吝かでない…。

 くくく、結局目立った外傷さえ負わせなければ、交渉の駒とするのに何の問題もない訳だからな…。

 ──それでは諸君、栄えある凱鱗領統衞陸軍として見事初陣を飾らんことを衷心より懇請する!

 何よりも、ルドストン凱鱗領の未来のためにッ!!」

 

 



 







 



 



 

 

 

 


 

 


 

 

 



 

 
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