凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第3章(終章)まつろわぬ者の旗

雅桃…魔天使の凶戦夢

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 心の声が告げるままに閃煌紫燕キュメスの進路を決めた雅桃は、超高精度の〈有機的スクリーン〉に変えた結翔珠の前面部に映し出される眼下の光景にひたすら目を凝らしていたが、途切れることなく続く荒涼たる岩石地帯の何処に、そして何時、あの美しき想い人を発見出来るのか焦燥は募るばかりであった。

『…方向は絶対間違いないはずだ!

 だが、りさら様の切迫した様子では一刻の猶予も許されない!

 けれど、けれど…こんなことは考えたくもないけれど…、

 あれ以来何度呼びかけても返事がないということは…、

 が起きてしまったということなの…!?

 馬鹿ね、一体何を考えてるのよ!

 ああ、このままでは不安で気が狂いそう!

 りさら様、どうか私に新しい伝言をッ!!』

 これはあくまで夢…ならば場面転換の唐突さもいわば常套手段であろう。

 あれほどの苦慮が嘘のように、雅桃の前方に萩邑りさらが現れた!

 だが何ということであろうか、その姿はあまりにも痛ましいものであった。

 幅3レクト(2.25m)、全長50レクト(約33m)にも達する素材不明の白い柱に、はりつけ状態で固定されていたのだ!

 何らかの理由によって意識を失い、その頭を力なく垂れているものの、幸いにも美しき操獣師の両掌と両足首に傷などはなく、いわばある種の磁力によって謎の柱に縛められているらしい。

 だが、そんなことよりも可憐なる救援者に衝撃を与えたのは、愛しき想い人のであった。

 おお、こんなことが許されてよいものなのか?

 何と萩邑りさらは全裸であったのだ!

 この世界(地上及びラージャーラ)において、その白く輝く肉体の神秘を味わい尽くすのは自分だけの特権と信じて疑わなかった鄭 雅桃にとって、これは絶対に容認出来ないいわば“魂の凌辱レイプ”であった。

「…何てことッ‼

 一体、りさら様の身に何があったというのっ!? 

 そもそも、こんなことが起きていいのッ!?

 全く冗談じゃないわッ!!

 …殺してやる!絶対に殺してやるわっ‼

 りさら様をこんな目に遭わせた奴をッ!!

 どこだっ!?どこにいやがるッ!?

 この卑怯者!卑劣漢ッ!!

 さっさとこの閃煌紫燕の前に現れやがれッ!!」

 やはりというべきか、“悪夢の展開”は迅速であった。

 雅桃の…キュメスの背後に気配が生じたのだ…それも巨大な!

「ぬぎゃははははッ‼

 ちょっと絆獣の扱いが小器用なだけでアタマの中身は殆ど幼稚園児の小便臭い小娘が何イキってんのよ!

 さーあ、注文通り現れてやったからとっととこっちを向きなッ!
 
 きっひひひひッ、あまりの恐ろしさにの声聞いただけで早速操念螺盤に臭っせえションベン漏らしたんじゃね!?

 ふっししししっ、ザマーみやがれ!

 リサラの臭い✕✕✕に顔を突っ込んでないと夜も眠れない、時が中世なら火炙り確実のド変態がッ!!」

 …内容のみならず、声質そのものがあたかも地獄から響いてきたかのような醜さであったが、怒りと…そして羞恥が頂点に達した雅桃は瞬時に相棒を旋回させた。

 そして一瞬だけだが、後悔した…。

 たとえ悪夢の中ですら、存在を許されざるべき魔物が出現していたのだ!

 

 だがそのサイズは本物よりもはるかに巨大であり、りさらが磔にされた柱に匹敵するほどに大きく鎌首をもたげた鳶色の胴体部に接続された魁夷極まる蝙蝠の如き右翼は本来の焦茶色とは異なる草色に、そして左翼は黄蘗色に染めなされており、日常生活はまだしも、一度ひとたび戦闘空間に突入すれば、竹澤総隊長をも瞠目せしめる剛胆さを見せつける最年少特級操獣師を戦慄させたのはそんな些末な事象ではなかった。

 問題は、似非エセ絆獣の貌にあったのだ…。

 おお、これこそが究極の…即ち最凶の悪夢の証であった!

 ああ、夢の魔力よ恐るべし!

 ズアーグの頚部からはチラワン、ローネ、ミリラニの頭部が生え出ていたのだ!

 だがその顔色はゾンビの如くあおぐろく染まり、眼球は狂気に血走りつつ、穢らわしい吸血鬼そのものの黄色い牙を剥き出している…。

 そして三者は例外なく、耳元まで裂けた毒々しい血色の唇の端から血の混じった涎を大量に溢れさせていたのであった…。

 されど深く呼吸を整え、改めてまなじりを吊り上げて睨み据える雅桃の心を満たしているのはもちろん恐れでも嫌悪ではなく、燃え盛る紅蓮の焔の如き激越な怒りであった!

──こんな…これほどまでに醜く汚らしい化け物に、この私が…鄭 雅桃ともあろう者があざけられるなんて!!

 し、しかも、私にとって命同然のりさら様との“魂の繋がり”をあげつらいやがったばかりでなく、美の女神そのもののあの方に信じられない侮言を…!!

 絶対に、絶対に、絶体に赦せるものかああああッッ!!」

 あの可憐な天使の華奢な喉元から“地獄の夜叉の絶叫”と聞き紛う凄まじい叫びが迸り、一瞬にして“ラージャーラ版ゴルゴンの三姉妹”の頭上に出現した閃煌紫燕は、不吉な鈍色にびいろに輝く左右の爪を滅茶滅茶に動かしてローネとミリラニの顔面を破壊する!

「ぎぐいげっ!…いぎょぎょばッ!!」

 致命的な血飛沫を噴出しながら凄まじい絶叫を迸らせる両脇のに震え上がったか、瞬時にして謝罪…いや命乞いの表情となったチラワンだが、必死の弁明を一言も吐き出すことなくその醜貌はローネらの“貌の残骸”を踏みしめて足場にしたキュメスが狂ったように繰り出す嘴の乱撃を受けて見る間に原形を失ってゆくのであった!

 その間にも左右の爪による握り潰しは止むことなく、殺意の嘴が中央のチラワンの頭蓋を粉砕し尽くすと同時に左右のはぐれ操獣師のそれも砕け散っていた。

「…思い知ったか、この糞外道女どもがッ…!」

 …だが、これが魔獣の生命力というものか、頭部を失った雷吼剣蛇はなおも全身を左右に揺すぶらせつつ白い柱への接近を試みるが、失神したままのりさらの前に直ちに戦闘態勢のキュメスが立ち塞がったのはいうまでもない…。

 そして極限まで高められた悽愴な殺気の放射を浴びたことによって止めを刺されたか、遂に停止した怪物は地響きと砂煙を巻き上げて岩だらけの大地に崩れ落ちるのであった。

 勝った…だが、雅桃は最愛の存在を振り返ることは出来なかった。

 あたかも天空から叩き付けられた忌まわしい雷撃の如く、ズアーグの骸を踏み付けて彼女の眼前に立ち塞がった巨影…否、魔影があったのだ!

 残念ながら、それは兄・士京ではなかった。

 自分のシンボルカラーである貝紫パープルよりはるかに青み…いや黒味の勝った…雅桃がを目にする度に、

“ラージャーラ人の血が腐った色”

 と心中で毒づく体色の、

“手足が異様に細いくせに腹だけが突き出して、邪悪な棘のようなを全身にびっしりと生やした、まるで地獄の餓鬼そのもの”

 と時に嫌悪を込めて呟く形態の、ズアーグに酷似した蝙蝠型の翼を背負った四本腕の”地獄絆獣”…。

 先端が刃物のように尖った尻尾こそ付いていないようであったが、文字通り悪魔そのものの姿形にこれ以外の異名は考えられぬであろう…。

 だが、その貌は一時、雅桃が夜も眠れぬほど怖れた〈般若〉のそれではなかった。

 いや、であったのだ!

 即ち、“伝説の殺戮姫”竹澤夏月総隊長の!!

 そして吐き出されたのはやはりというべきか、耳にする度にもう二度と聴きたくないと念じるあのデスボイスであった。

「元気のいいことだねえ、お嬢ちゃん…。

 でもまあ、これでかもしれないねえ…、

 実はあたしも終えてきたところなのさ…。

 おや、疑うのかい?

 じゃあ、証拠を見せてやるよ…!

 言っとくけど、しないようにアソコにしっかり力入れとくんだよッ!

 ほーれ、つぶらなお目々をパッチリ見開いて、とっくりと拝みやがれッ!

 この裏切り者の、仲間殺しの糞餓鬼がッッ!!」

 何故か後ろに向けられていた、ギャロード(悪夢バージョン)のがぬっと突き出され、雅桃はそこに最も見たくないものを発見し、驚愕と絶望の悲鳴を上げた!

 
 …龍坊主もかくやと思わせる毒爪がギラつく魔手に握りしめられていたのは、典雅にして雄渾な、朱雀を象った錬装磁甲の頭部ごと切断された、最愛の兄・士京の血まみれの首であったのだ…!!






 
 
 

 



  



 

 



 









 

 



 



 
 
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