凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第3章(終章)まつろわぬ者の旗

雅桃…悪夢の飛翔

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 鄭 雅桃は胸を掻きむしりたいほどの焦燥に駆られつつ、必死に目の前の敵と渡り合っていた。

 絆獣聖団のアジアにおける拠点である日本に滞在し、およそ1年間に及ぶ〈研修期間〉を経てこのラージャーラに足を踏み入れて以来、本来戦友であるはずながら常に最も熾烈な敵意を向けて来た人間・ローネ=ウルリッヒが駆る電爪魔鷹ツェースンと。

 だが、雅桃は同時にこれが夢…いや悪夢であることも自覚していた。

 何故ならば…自分と共にレモンイエローに染めなされた天空を舞いつつミリラニ=カリリと融魂した金色鬼鷲パルソロと渡り合っているのがであったからだ!

 もちろん彼は〈朱雀〉をモチーフとする“最も華麗な意匠の錬装磁甲”を纏っており、スペンサーやモラレスといった強者つわものをも瞠目させる若き天才錬装者の本領をいかんなく発揮してハワイ出身の新米特級操獣師ドゥルガーを圧倒していた!

 本来、磁甲に飛行能力は付与されてはいないはずであったが、これこそがというべきか、士京は雅桃が“全有翼絆獣中最速”と密かに自負する閃煌紫燕キュメスをも凌駕する迅さと機動性で飛翔し、その縦横無尽の動きはまさに“朱き稲妻の炸裂”と形容するのがふさわしい。

「さすがは士京兄さんだわ!

 そうよ、私が尊敬出来る…。

 もし、本当に兄にあの(巨大化)能力があれば、操獣師わたし達にとってどんなに心強いことか!!

 …でも…でも、萩邑先輩は…、

 いいえ、は一体何処におられるのッ!?」

 尋常ならざる彼女の焦りは全て、“最高の伴侶”と信じて疑わない萩邑りさらの行方が杳として知れない事実に発していた。

 されど、これだけは確かな実感として心底から確信していた…、

 はずなのだ!

 何故ならば…この宇宙においてどんな名花の芳香よりもかぐわしく、私を至高の陶酔境に導いてくれるを、すぐそばに感じるのだから!

 だが、その心の間隙を突いて一瞬にして背後に回り込んだツェースンが、必殺の電爪を振りかざして”流線の芸術”ともいうべきキュメスの両翼…その付け根を急襲する。

「くっ…殺られてたまるかッ!」

 雅桃パートナーの意図を文字通り光速で察知した閃煌紫燕は、その異名にふさわしい煌めく紫の光点となって得意の錐揉み旋回を敢行、宿敵を幻惑しつつその魔手から間一髪逃れる。

「キュメス、こんな奴にいつまでも構ってられない!

 分かってるわね!?

 〈竜巻貫勝嘴〉で一気に決めるわよッ!!」

 操念螺盤上に結跏趺坐して固く瞑目した雅桃の額に輝く貝紫色パープルの雫型聖幻晶が眩く輝き、結翔珠内部が光の球と化してゆく。

 かくて限りなく高まりゆく操獣師の〈操念波〉によって無限の推進力を得た閃煌紫燕は更に回転数と速度を挙げ、一旦上昇に転じたが一瞬で急降下し、慌てて逃亡に転じた電爪魔鷹の背中に悪魔の巨大ドリルと化して突っ込んだ!

 しかも紫の怪鳥の回転は嘴が標的の胸を突き破っても止まらず、黝い血しぶきをまき散らす緑色の筋肉組織及び鋼の硬度を誇る骨組織の抵抗を粉砕するために寧ろ増大し、遂には搭乗するローネもろとも四散させてしまったのであった…。

 しかしながら最年少特級操獣師に勝利の歓びはおろか、かつての仲間を屠り去った悔恨などは更に無く、その全精神を占めているのは行方も知れぬ“恋人”への思慕の念のみである。

 だが、この至純なる一途さが天に通じたものか、遂にあの懐かしい…だが不吉にも恐怖に震える声が脳内を電光の如く疾り抜けた!

“雅桃、救けてっ!

 私は此処よ! 

 あなたなら…上空からでもきっと見つけられるはず!

 お願いよ!このままでは私は…。
 
 きゃあああああッ!!

 ば、化け物が…化け物がこっちに来る!

 おお、その貌!…何て恐ろしい…!!

 こんなことがあっていいのっ…!?

 ああ、雅桃…、

 お願いだから…早く…早く来てッ!!”

『何ということだ!

 りさら様の身に危険が迫っているというのか!?

 こうしてはいられないッ!!』

 だが身を灼くほどの焦慮に駆られながらも、彼女の心は得もいわれぬ満足感に充たされていた…。

 何故ならば、これで萩邑りさらと鄭 雅桃は文字通り〈以心伝心〉、〈魂の伴侶ソウルメイト〉であることが証明されたのだから!

 そして不思議なことに、この“精神感応的テレパシックSOS”を傍受したことで

「士京兄さん!」

 キュメスやツェースンにかなり見劣りする飛行速度の代償として付与された全有翼絆獣中随一のパワーを誇る嘴と爪、そしてのそれを凌駕する威力を誇る口蓋からの破壊光弾で襲い掛かるパルソロと徒手空拳で真っ向から渡り合うどころか寧ろ圧倒し、鬼神が振るう宝剣の如き手刀と鉄鎚のような拳、それに加えて大斧を彷彿とさせる蹴りをこれでもかと叩き込んで居丈高な黄金の体躯を縦横に斬り刻み、茶褐色の血潮で汚し尽くした鋼の巨大鳥人は妹の絶叫に素早く反応して振り向くと、ただ一度だけ大きく頷いた。

 それだけで雅桃には充分だった。

 メッセージは伝わったのだ。

 そして彼は“行け!”と言っている。

 雅桃は万感の想いを込めて叫んだ。

「ありがとう、後は任せます!

 でも兄さん、すぐに尾いて来てくださいねっ!

 何か…とんでもない敵が待ち構えてる気がするんです!!」

 



 

 


 

 

 


 

 

 








 
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