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第2章 魔人どもの野望
祭霊妃、教軍超兵を挑発す
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痛烈な先制パンチをかましたルターナは、さすが女優と称えるしかない優雅な仕草で本祭壇上に立ち上がったが、その出で立ちも目を見張るものがあった。
如何なる心境の変化か或いは新たな役作りか、トレードマークともいえる腰まで達する瑠璃色の美髪はばっさりと切り落とされ、小粋なショートボブに整えられている。
だが、何より視線を奪うのは妖艶なボディラインを際立たせる光沢ある特殊繊維で仕立てた群青色のジャンプスーツ、そして同色の人工皮革製ロングブーツである。
もしや、今回のファッションのモチーフとなっているのは…?
…やはりというべきか、その額には八角形にカットされた瑠璃色の宝石がこれ見よがしに装着されているではないか…!
両手を添えた腰を淫靡にくねらせつつ、祭霊妃は得意げに教軍超兵に問うた。
「…どう?いかがかしら?
まさしく本日の演し物にふさわしい、あえて名付けるならば操獣師ならぬ依巫ルック…。
尤も彼女の名前は知らないし、知りたくもないけど…。
写真を見ただけだけど、感想を言わせてもらえば、なかなかのものだわ。
我が演劇界においても、あれだけの美貌と肢体の持ち主はおいそれとは見当たらない…!
まあ、それでちょっと遊んでみたってワケ。
…自分ではわりと気に入ってるんだけど、結構似合ってると思わなくて?」
「…つまらん真似をするものだ。
ま、尤も貴女の職業自体が他人に成りすました自分を更に見物人に晒すという、我々にとっては何とも不可解なものなのであるから、さして奇矯な振る舞いでもないのだろうが…」
「…どうやら、聞いたあたしが馬鹿だったみたいね…。
でもその“軟弱な文化芸術”ってものを全く解さない、どうせ自分は戦うためだけに生まれた凶暴な野獣でございますってひねくれた剛直さ、嫌いじゃないわよ…。
おんなじ〈軍人〉でも、貴方とあの反吐が出るほどイヤらしい、無力なくせに態度だけはやたらでっかい蝦蟇のようなケエギルとじゃあまさに天地ほどの違いがありますもんね…。
でも、今日は言わせてもらうわよ、
ねえダユハちゃん、アンタちょっと人間ってものをバカにしすぎてない?」
菫色に耀く惑星の如き瞳を瞋恚に燃え立たせつつ若き大女優が、信奉者にとって容貌及び演技力に劣らぬ魅力の源泉である美しい声を張り上げる。
「はて…何のことかな?
一向に心当たりがないが」
別に空とぼけている訳でもなさそうな濃緑色の怪物を傲然と見下ろし、ルターナが声を荒げる。
「何ですって!?
…全く、ふざけんじゃないわよ…!
…まあ、この教界をカニのお化けでメチャクチャにしたのは貴方の企みじゃないにせよ、あたしの劇団の才能ある舞台監督を哀れで醜い〈麻薬中毒者〉に落ちぶれさせたのはどこの誰?
私の見たところ、バヤーニはもう廃人だわ!
目付きも、言ってることもおかしいし。
何よりコイツ狂ったなと確信したのは、あろうことかあの異界人の依巫を女優デビューさせ、ついでに火原の美獣の次なる花形信徒として売り出しましょう、なんて口走った瞬間よ!
全くもって冗談じゃないわ!!
それもみんな、この〘受躰の儀〙に関わるようになったせいよ!
一体、どう責任を取ってくれるの!?」
「……」
怪異な彫像の如く微動だにしない凱鱗領執教士長を前に、祭霊妃は勝利の凱歌を上げた。
「もちろん、鏡の教聖の哀れな飼い犬に過ぎない貴方が持ち合わせてる“補償の手段”なんて、たった一つしか無いわよねえ…?
…そう、そのラージャーラのどんな男どもよりも強くて逞しい、緑色の肉体しか…!
いいのよ、それで赦してあげる…♡
でも、1つだけ条件があるわ。
今、此処で私を見事、昇天させることよ!
…どう? それが出来て?
そもそも生殖器という“大自然の神秘”を持ち合わせない、神をも畏れぬ〈人工生物〉である貴方に?
ほほほ、そもそもが性行為無くして女を天国に導くなんて、絶対に不可能…なはずよね?
でも、貴方にはたった1つの…そして最強の武器があるはず…!」
上気した眼差しを陀幽巴に浴びせつつ、熱に浮かされたような台詞に自ら陶酔する祭霊妃はジャンプスーツのファスナーを限界まで下げるや、素早く袖を引き抜くと中に何も身に着けぬ白く輝く女神の肌を惜し気も無く露出してのける。
「ふふふ、どうやらこの大仰な祭壇は、貴方のご主人様の〘受躰の儀〙とやらだけじゃなくて、この祭霊妃の〘祭爛密儀〙のためにもあったようね…!」
頭上でしなやかな両手を組み合わせつつゆっくりと跪いたルターナの美貌は、魁偉なる龍坊主の顔貌とほぼ同じ高さに位置することとなった。
「…さあ、やって♡
いつものアレを…!」
恍惚と瞑目し、全身をくねらせつつその時を待つ祭霊妃…だが凝然と動かぬ相手に業を煮やしたか、遂に十八番の台詞を叫ぶのだった。
「女に脱がせた挙句にここまで言わせて、それでも縮こまってるなんて、アンタそれでも男なの!?
この玉と竿無しの不能野郎!!
いいことッ、この祭霊妃を舐めるんじゃないわよ!?
アンタが情けなくもこのまま突っ立ったまんまなら、此処で舌を噛み切ってやるから!
…さあ、もし依巫でもない女の血で神聖な祭壇が汚されたりしたら偉大なる教聖様はどうするかしらね!?
いかに大幹部だろうが、所詮代えのきく教軍超兵の首の一つや二つ、簡単に吹っ飛ぶんじゃない!?
さあ、どうするの執教士長さん、野心の塊のようなアンタにとって、ここが正真正銘、人生の正念場だよッ!!」
「…どこかで聞いたような台詞だな…。
男に何かを求める時は、いつもその手を使うのか…?」
ようやく口を開いた陀幽巴が、返事代わりに奇妙な問いを放った。
「うっ…な、何よ?
変なとこだけ妙に記憶力がいいのね?この底意地が悪くて抜け目のない緑色のウロコ坊やは…。
…そうよ、それがこの祭霊妃ルターナの必殺技よ!」
事実、ルターナはつい一昨日、同じフレーズを口走っていたのだ。
聖団屈指の強力錬装者軍団・鉄槌士隊を率いるアティーリョ=モラレスに対して。
だが、何故、陀幽巴がそれを知っているのか?
…理由は唯一つ、
彼自身があの日、祭霊妃の居宅である【黒麗館】に居たからだ!
死霊島への道すがら、錬装者軍の6機の強襲戦闘機がタシェル岬上空を通過することを、彼らが何よりも頼りにしているらしい“最強水棲絆獣”ポーネックを筆頭とする4体の動きから割り出し、錬装者などよりよほどそちらが気になって視察のため敵軍の〈合流地点〉に向った幽巴兄弟だが、それを見越していたかのように岬に館を構える大女優は陀幽巴のみを招いたのであった。
一応、表向きは火原の美獣が全面協力する〘受躰の儀〙に関する打ち合わせということであったが、もちろん実情は違った。
そもそも、決してタシェルだけが棘蟹群団による蹂躙を免除された特例区であるはずもなく、視察云々は別にして以前より陀幽巴から水上移動都市への避難を勧告されながらそれを無視し、ひたすら黒麗館でお気に入りの美青年信徒達と爛れた荒淫に耽っていた祭霊妃は、この日を結社の秘密教義を奉じる者にとって最も重要な、丸一日を要する文字通り命懸けの性儀式である〘祭爛密儀〙決行の時とし、最愛の【聖贄者】であるセテル以外の者を全て立ち去らせたのであった。
そしてルターナは自身の飽くなき肉欲がこの荒行においてすらも満たされぬであろうことを予期し、予め“究極の相方”を用意していたのだ。
かくて、館内に張り巡らされた数十もの隠しカメラを統括する〈監視部屋〉において、凱鱗領執教士長ともあろう者が最上最美の肉体の所有者達とはいえ、たかが教民風情の秘め事を見せつけられる羽目となったのである…。
だが、不可解にも傲岸不遜な彼が唯々諾々とこの一見実りなき招待に応じたのは、超感覚の持ち主揃いの教軍内でも畏怖されるほどの予知能力の示唆に従ったからであったのだ。
何故か、数日前より錬装者どもが黒麗館に侵入して来る幻像をどうしても拭いかねていたのである…。
もしそうならば、実は彼らとの戦いを渇望する鑼幽巴に劣らぬ闘志を抱く身として(しかも、その恩恵に浴するのは自分だけなのだ!)、文字通り千載一遇の好機ではないか?
…だが、結果的に彼の希いが叶えられることはなかった。
それどころか、自身の選択を後悔するほどの…否、生涯初と断言し得る不毛な茶番劇に付き合わされる羽目となったのである…。
そもそも、火原の美獣(ルターナ派)と接触を持ってすぐに彼女自身から蛇蝎の如く忌み嫌う軍人信徒の抹殺を請われてはいたものの、未だ彼に利用価値有りと見るがゆえに放置していた陀幽巴であったが、当然のことながら先方が最極呪念士率いる海龍党と神牙教軍以上に深く結びついていることは先刻承知であったため、広大な敷地内を忍者の如く潜行する、人面蜘蛛の走狗というべき狂魔酒鬼の姿を認めた瞬間に彼の意図を悟った。
…祭霊妃の拉致と、その愛人(そこに居合わせれば)の抹殺。
海龍党頭目があえて刺客を一人に絞ったのは、黒麗館の警報装置を警戒したからなのであろうが…。
「くくく、どうやらせっかくの用心も完全に裏目に出たようだな…。
ま、所詮は神ならぬ、ましてやクソ虫の浅知恵、当然といえば当然の成り行きだがな…。
しかし嗤わせるわ…そもそもこのオレが館に詰めていることも予期出来ずして一体何が呪念士だ…!」
しかも今まさに上空を錬装者の編隊が通過しつつある…。
如何に愚鈍な彼らといえど、この獲物(雑魚中の雑魚だが)を見逃しはしまい…。
こう確信し、ほくそ笑みつつ正面門と玄関の電子錠をあえて解除した彼は両足を操作盤に投げ出して次なる展開を待ったのであるが…。
後のことは馬鹿馬鹿しすぎて記憶も曖昧だが、まんまと?入神の演技力で2人の哀れな男…セテルとモラレスを手玉に取って独り悦に入るルターナの魔性の女ぶりだけは強く印象に残った。
そもそもが神牙教軍とズブズブの関係にある祭霊妃に身の危険などあろうはずもなく(たとえ棘蟹が襲来したところで頼もしき龍坊主の腕の中に守られているのだから安心安全)、特にモラレスに対して見せた態度は全て、自身の性的興奮を高めるための迫真の演技でしかなかったのだ。
つまり、聖贄者の子種を宿すためとして持ち出した“黒い人工亀頭”も中身は空っぽの日頃愛用する〈自慰機械〉に過ぎなかったのである…。
尤も、この文字通り人を食ったお遊びの犠牲となって命まで喪った聖贄者こそが最大の犠牲者とはいえようが、ルターナにとっては単なるプレイに過ぎぬ一夜の交合によってすっかりその気となり、生還の際の求婚まで胸に秘めて死地に赴いたモラレスがもし“真相”を知ったなら、それは誇張抜きに死に勝る苦しみであるかも知れぬのだ…いや、そうに違いあるまい。
だが終日プレイに徹したあの日、館の主がただ二回だけ、本気になった瞬間があったのだが、その内の一つは彼にとってまさにとどめとなる悲報であった…。
一つは、最愛の弟子であったことに嘘偽りはなかったセテルの首を抱いて悲嘆にくれた時。
そしてもう一つは…、
狂魔酒鬼を鎧袖一触したモラレスから忌まわしい血痕を洗い流すべく洗浄液を求められた時…それを探すふりをして一目散に〈監視部屋〉に駆け込み、愛する陀幽巴にある因果を含めた時である。
聖贄者の首をひしとかき抱いたまま、何と彼女はこう懇願したのだ。
“あの錬装者が調子に乗って、勝手に一線を超えてきたら、すぐに駆け付けて来てアイツを殺して!”
…と。
この日の悲劇は、彼女が目の前の緑の怪物を館に招じ入れさえしなければおそらく防げたというのに…。
結局、彼女に好かれたい一心のモラレスがそのような動きに出ることはなく、従ってこの遊戯に一気に興味を失った祭霊妃は、純愛に偽装した肉欲に打ち震える錬装者を首尾よく追っ払うため内心相手を嘲笑しつつ“最後の小芝居”を打ったのであった。
そして別の意味で鉄槌士隊々長に大いなる侮蔑を抱いた凱鱗領執教士長もまた、彼にあえて手出しすることなく放逐したのであった。
確かに彼は教軍にもその名を馳せた数少ない錬装者であり、最近もその拳が配下の龍坊主を屠ったことは事実であるが、こうも脱力的な生態を見せつけられてはとても自らの手で処断するほどの値打ちがある存在とは思えない。
所詮、摩麾螺風情がその相手にはふさわしかろうて…。
「…まあ、モラレスも別に悪くはなかったけど(滑稽なほど必死に励むもんだから、笑いを噛み殺すのに苦労したけど)、たとえラージャーラ人だろうが異界人だろうが、どんな男のアレも、貴方の爪の魅力に比べたら…ああああっ!」
希望通り、まず白い喉元に突き立てられた6本の魔爪はゆっくりと下方へと引かれ、神の一滴が穿ったかのような聖なる窪み…即ち臍へと達したが、わななく両手で瑠璃色の髪をかきむしりつつ、ひくひくと痙攣する祭霊妃の上体は更なる刺激を求めて大きく仰け反った。
「ああ、ダユハちゃん、もう一度よ!
次はもっと強く引いて!
…ああ、ひょっとして私の肌を神聖視するあまり、両手が悴んでるんじゃなくって?
だとしたら遠慮は要らないわ、ちょっとばかり傷が付いたって、あたしは下等なヌードモデルじゃないんだからおいそれと気付かれるもんじゃないし…!
さあ、勇気を出して!
はうッ…あっ、あっ、ああッ、
…そうよ、それが欲しかったのよッ!
痛みとスレスレの、全身の細胞がひりつくような…いいえ、それ以上の、内部の遺伝子が弾け散りそうな烈しいヤツが!
ああ、何て威力!何て神秘な爪!!
…敵には迅速な死を!
そして、恋人には速やかな悦びを!!
くううッ…あ…あら?
微妙にリズムを刻みつつカーブを描くなんて、新しい技を編み出したとみえるわね…!
ふうっ…アンタもなかなかやるじゃない…。
何とかして憧憬の女王様を絶頂に導こうという、いじらしいほどの想いがひしひしと伝わってくるわ…、
おぬし、誉めてつかわす…。
あっ…はあぁ~ん…♡
すっごくいいわ、その調子よ…!
…やっぱり貴方も私のかぐわしい肌を、私の歓喜の反応を、心の底から求めていたのね?
…だったら最初から素直になればいいのに…!」
祭霊妃に、そして花形女優としてのルターナが数え切れぬほど抱える信奉者が浴びせられたなら、その殆どが“法悦死”するであろう最大級の賛辞も、もちろん陀幽巴にとっては理解不能な戯言以上のものではない。
『…一体、人間とは何なのだ?
こんな生物の歓喜とやらに一体、何の意味がある?
有史以来、肉体という名の檻に閉じ込められ、ひたすらそれが強いてくる生理的欲求とやらに朝から晩まで引きずり回されて一生を終わる、価値もないくせに無限に湧き出て来る無力な怪物…。
おお偉大なる教聖よ、世界から此奴らを誅滅するための神牙教軍の聖なる戦いに、果たして終わりはあるのでしょうか…?』
如何なる心境の変化か或いは新たな役作りか、トレードマークともいえる腰まで達する瑠璃色の美髪はばっさりと切り落とされ、小粋なショートボブに整えられている。
だが、何より視線を奪うのは妖艶なボディラインを際立たせる光沢ある特殊繊維で仕立てた群青色のジャンプスーツ、そして同色の人工皮革製ロングブーツである。
もしや、今回のファッションのモチーフとなっているのは…?
…やはりというべきか、その額には八角形にカットされた瑠璃色の宝石がこれ見よがしに装着されているではないか…!
両手を添えた腰を淫靡にくねらせつつ、祭霊妃は得意げに教軍超兵に問うた。
「…どう?いかがかしら?
まさしく本日の演し物にふさわしい、あえて名付けるならば操獣師ならぬ依巫ルック…。
尤も彼女の名前は知らないし、知りたくもないけど…。
写真を見ただけだけど、感想を言わせてもらえば、なかなかのものだわ。
我が演劇界においても、あれだけの美貌と肢体の持ち主はおいそれとは見当たらない…!
まあ、それでちょっと遊んでみたってワケ。
…自分ではわりと気に入ってるんだけど、結構似合ってると思わなくて?」
「…つまらん真似をするものだ。
ま、尤も貴女の職業自体が他人に成りすました自分を更に見物人に晒すという、我々にとっては何とも不可解なものなのであるから、さして奇矯な振る舞いでもないのだろうが…」
「…どうやら、聞いたあたしが馬鹿だったみたいね…。
でもその“軟弱な文化芸術”ってものを全く解さない、どうせ自分は戦うためだけに生まれた凶暴な野獣でございますってひねくれた剛直さ、嫌いじゃないわよ…。
おんなじ〈軍人〉でも、貴方とあの反吐が出るほどイヤらしい、無力なくせに態度だけはやたらでっかい蝦蟇のようなケエギルとじゃあまさに天地ほどの違いがありますもんね…。
でも、今日は言わせてもらうわよ、
ねえダユハちゃん、アンタちょっと人間ってものをバカにしすぎてない?」
菫色に耀く惑星の如き瞳を瞋恚に燃え立たせつつ若き大女優が、信奉者にとって容貌及び演技力に劣らぬ魅力の源泉である美しい声を張り上げる。
「はて…何のことかな?
一向に心当たりがないが」
別に空とぼけている訳でもなさそうな濃緑色の怪物を傲然と見下ろし、ルターナが声を荒げる。
「何ですって!?
…全く、ふざけんじゃないわよ…!
…まあ、この教界をカニのお化けでメチャクチャにしたのは貴方の企みじゃないにせよ、あたしの劇団の才能ある舞台監督を哀れで醜い〈麻薬中毒者〉に落ちぶれさせたのはどこの誰?
私の見たところ、バヤーニはもう廃人だわ!
目付きも、言ってることもおかしいし。
何よりコイツ狂ったなと確信したのは、あろうことかあの異界人の依巫を女優デビューさせ、ついでに火原の美獣の次なる花形信徒として売り出しましょう、なんて口走った瞬間よ!
全くもって冗談じゃないわ!!
それもみんな、この〘受躰の儀〙に関わるようになったせいよ!
一体、どう責任を取ってくれるの!?」
「……」
怪異な彫像の如く微動だにしない凱鱗領執教士長を前に、祭霊妃は勝利の凱歌を上げた。
「もちろん、鏡の教聖の哀れな飼い犬に過ぎない貴方が持ち合わせてる“補償の手段”なんて、たった一つしか無いわよねえ…?
…そう、そのラージャーラのどんな男どもよりも強くて逞しい、緑色の肉体しか…!
いいのよ、それで赦してあげる…♡
でも、1つだけ条件があるわ。
今、此処で私を見事、昇天させることよ!
…どう? それが出来て?
そもそも生殖器という“大自然の神秘”を持ち合わせない、神をも畏れぬ〈人工生物〉である貴方に?
ほほほ、そもそもが性行為無くして女を天国に導くなんて、絶対に不可能…なはずよね?
でも、貴方にはたった1つの…そして最強の武器があるはず…!」
上気した眼差しを陀幽巴に浴びせつつ、熱に浮かされたような台詞に自ら陶酔する祭霊妃はジャンプスーツのファスナーを限界まで下げるや、素早く袖を引き抜くと中に何も身に着けぬ白く輝く女神の肌を惜し気も無く露出してのける。
「ふふふ、どうやらこの大仰な祭壇は、貴方のご主人様の〘受躰の儀〙とやらだけじゃなくて、この祭霊妃の〘祭爛密儀〙のためにもあったようね…!」
頭上でしなやかな両手を組み合わせつつゆっくりと跪いたルターナの美貌は、魁偉なる龍坊主の顔貌とほぼ同じ高さに位置することとなった。
「…さあ、やって♡
いつものアレを…!」
恍惚と瞑目し、全身をくねらせつつその時を待つ祭霊妃…だが凝然と動かぬ相手に業を煮やしたか、遂に十八番の台詞を叫ぶのだった。
「女に脱がせた挙句にここまで言わせて、それでも縮こまってるなんて、アンタそれでも男なの!?
この玉と竿無しの不能野郎!!
いいことッ、この祭霊妃を舐めるんじゃないわよ!?
アンタが情けなくもこのまま突っ立ったまんまなら、此処で舌を噛み切ってやるから!
…さあ、もし依巫でもない女の血で神聖な祭壇が汚されたりしたら偉大なる教聖様はどうするかしらね!?
いかに大幹部だろうが、所詮代えのきく教軍超兵の首の一つや二つ、簡単に吹っ飛ぶんじゃない!?
さあ、どうするの執教士長さん、野心の塊のようなアンタにとって、ここが正真正銘、人生の正念場だよッ!!」
「…どこかで聞いたような台詞だな…。
男に何かを求める時は、いつもその手を使うのか…?」
ようやく口を開いた陀幽巴が、返事代わりに奇妙な問いを放った。
「うっ…な、何よ?
変なとこだけ妙に記憶力がいいのね?この底意地が悪くて抜け目のない緑色のウロコ坊やは…。
…そうよ、それがこの祭霊妃ルターナの必殺技よ!」
事実、ルターナはつい一昨日、同じフレーズを口走っていたのだ。
聖団屈指の強力錬装者軍団・鉄槌士隊を率いるアティーリョ=モラレスに対して。
だが、何故、陀幽巴がそれを知っているのか?
…理由は唯一つ、
彼自身があの日、祭霊妃の居宅である【黒麗館】に居たからだ!
死霊島への道すがら、錬装者軍の6機の強襲戦闘機がタシェル岬上空を通過することを、彼らが何よりも頼りにしているらしい“最強水棲絆獣”ポーネックを筆頭とする4体の動きから割り出し、錬装者などよりよほどそちらが気になって視察のため敵軍の〈合流地点〉に向った幽巴兄弟だが、それを見越していたかのように岬に館を構える大女優は陀幽巴のみを招いたのであった。
一応、表向きは火原の美獣が全面協力する〘受躰の儀〙に関する打ち合わせということであったが、もちろん実情は違った。
そもそも、決してタシェルだけが棘蟹群団による蹂躙を免除された特例区であるはずもなく、視察云々は別にして以前より陀幽巴から水上移動都市への避難を勧告されながらそれを無視し、ひたすら黒麗館でお気に入りの美青年信徒達と爛れた荒淫に耽っていた祭霊妃は、この日を結社の秘密教義を奉じる者にとって最も重要な、丸一日を要する文字通り命懸けの性儀式である〘祭爛密儀〙決行の時とし、最愛の【聖贄者】であるセテル以外の者を全て立ち去らせたのであった。
そしてルターナは自身の飽くなき肉欲がこの荒行においてすらも満たされぬであろうことを予期し、予め“究極の相方”を用意していたのだ。
かくて、館内に張り巡らされた数十もの隠しカメラを統括する〈監視部屋〉において、凱鱗領執教士長ともあろう者が最上最美の肉体の所有者達とはいえ、たかが教民風情の秘め事を見せつけられる羽目となったのである…。
だが、不可解にも傲岸不遜な彼が唯々諾々とこの一見実りなき招待に応じたのは、超感覚の持ち主揃いの教軍内でも畏怖されるほどの予知能力の示唆に従ったからであったのだ。
何故か、数日前より錬装者どもが黒麗館に侵入して来る幻像をどうしても拭いかねていたのである…。
もしそうならば、実は彼らとの戦いを渇望する鑼幽巴に劣らぬ闘志を抱く身として(しかも、その恩恵に浴するのは自分だけなのだ!)、文字通り千載一遇の好機ではないか?
…だが、結果的に彼の希いが叶えられることはなかった。
それどころか、自身の選択を後悔するほどの…否、生涯初と断言し得る不毛な茶番劇に付き合わされる羽目となったのである…。
そもそも、火原の美獣(ルターナ派)と接触を持ってすぐに彼女自身から蛇蝎の如く忌み嫌う軍人信徒の抹殺を請われてはいたものの、未だ彼に利用価値有りと見るがゆえに放置していた陀幽巴であったが、当然のことながら先方が最極呪念士率いる海龍党と神牙教軍以上に深く結びついていることは先刻承知であったため、広大な敷地内を忍者の如く潜行する、人面蜘蛛の走狗というべき狂魔酒鬼の姿を認めた瞬間に彼の意図を悟った。
…祭霊妃の拉致と、その愛人(そこに居合わせれば)の抹殺。
海龍党頭目があえて刺客を一人に絞ったのは、黒麗館の警報装置を警戒したからなのであろうが…。
「くくく、どうやらせっかくの用心も完全に裏目に出たようだな…。
ま、所詮は神ならぬ、ましてやクソ虫の浅知恵、当然といえば当然の成り行きだがな…。
しかし嗤わせるわ…そもそもこのオレが館に詰めていることも予期出来ずして一体何が呪念士だ…!」
しかも今まさに上空を錬装者の編隊が通過しつつある…。
如何に愚鈍な彼らといえど、この獲物(雑魚中の雑魚だが)を見逃しはしまい…。
こう確信し、ほくそ笑みつつ正面門と玄関の電子錠をあえて解除した彼は両足を操作盤に投げ出して次なる展開を待ったのであるが…。
後のことは馬鹿馬鹿しすぎて記憶も曖昧だが、まんまと?入神の演技力で2人の哀れな男…セテルとモラレスを手玉に取って独り悦に入るルターナの魔性の女ぶりだけは強く印象に残った。
そもそもが神牙教軍とズブズブの関係にある祭霊妃に身の危険などあろうはずもなく(たとえ棘蟹が襲来したところで頼もしき龍坊主の腕の中に守られているのだから安心安全)、特にモラレスに対して見せた態度は全て、自身の性的興奮を高めるための迫真の演技でしかなかったのだ。
つまり、聖贄者の子種を宿すためとして持ち出した“黒い人工亀頭”も中身は空っぽの日頃愛用する〈自慰機械〉に過ぎなかったのである…。
尤も、この文字通り人を食ったお遊びの犠牲となって命まで喪った聖贄者こそが最大の犠牲者とはいえようが、ルターナにとっては単なるプレイに過ぎぬ一夜の交合によってすっかりその気となり、生還の際の求婚まで胸に秘めて死地に赴いたモラレスがもし“真相”を知ったなら、それは誇張抜きに死に勝る苦しみであるかも知れぬのだ…いや、そうに違いあるまい。
だが終日プレイに徹したあの日、館の主がただ二回だけ、本気になった瞬間があったのだが、その内の一つは彼にとってまさにとどめとなる悲報であった…。
一つは、最愛の弟子であったことに嘘偽りはなかったセテルの首を抱いて悲嘆にくれた時。
そしてもう一つは…、
狂魔酒鬼を鎧袖一触したモラレスから忌まわしい血痕を洗い流すべく洗浄液を求められた時…それを探すふりをして一目散に〈監視部屋〉に駆け込み、愛する陀幽巴にある因果を含めた時である。
聖贄者の首をひしとかき抱いたまま、何と彼女はこう懇願したのだ。
“あの錬装者が調子に乗って、勝手に一線を超えてきたら、すぐに駆け付けて来てアイツを殺して!”
…と。
この日の悲劇は、彼女が目の前の緑の怪物を館に招じ入れさえしなければおそらく防げたというのに…。
結局、彼女に好かれたい一心のモラレスがそのような動きに出ることはなく、従ってこの遊戯に一気に興味を失った祭霊妃は、純愛に偽装した肉欲に打ち震える錬装者を首尾よく追っ払うため内心相手を嘲笑しつつ“最後の小芝居”を打ったのであった。
そして別の意味で鉄槌士隊々長に大いなる侮蔑を抱いた凱鱗領執教士長もまた、彼にあえて手出しすることなく放逐したのであった。
確かに彼は教軍にもその名を馳せた数少ない錬装者であり、最近もその拳が配下の龍坊主を屠ったことは事実であるが、こうも脱力的な生態を見せつけられてはとても自らの手で処断するほどの値打ちがある存在とは思えない。
所詮、摩麾螺風情がその相手にはふさわしかろうて…。
「…まあ、モラレスも別に悪くはなかったけど(滑稽なほど必死に励むもんだから、笑いを噛み殺すのに苦労したけど)、たとえラージャーラ人だろうが異界人だろうが、どんな男のアレも、貴方の爪の魅力に比べたら…ああああっ!」
希望通り、まず白い喉元に突き立てられた6本の魔爪はゆっくりと下方へと引かれ、神の一滴が穿ったかのような聖なる窪み…即ち臍へと達したが、わななく両手で瑠璃色の髪をかきむしりつつ、ひくひくと痙攣する祭霊妃の上体は更なる刺激を求めて大きく仰け反った。
「ああ、ダユハちゃん、もう一度よ!
次はもっと強く引いて!
…ああ、ひょっとして私の肌を神聖視するあまり、両手が悴んでるんじゃなくって?
だとしたら遠慮は要らないわ、ちょっとばかり傷が付いたって、あたしは下等なヌードモデルじゃないんだからおいそれと気付かれるもんじゃないし…!
さあ、勇気を出して!
はうッ…あっ、あっ、ああッ、
…そうよ、それが欲しかったのよッ!
痛みとスレスレの、全身の細胞がひりつくような…いいえ、それ以上の、内部の遺伝子が弾け散りそうな烈しいヤツが!
ああ、何て威力!何て神秘な爪!!
…敵には迅速な死を!
そして、恋人には速やかな悦びを!!
くううッ…あ…あら?
微妙にリズムを刻みつつカーブを描くなんて、新しい技を編み出したとみえるわね…!
ふうっ…アンタもなかなかやるじゃない…。
何とかして憧憬の女王様を絶頂に導こうという、いじらしいほどの想いがひしひしと伝わってくるわ…、
おぬし、誉めてつかわす…。
あっ…はあぁ~ん…♡
すっごくいいわ、その調子よ…!
…やっぱり貴方も私のかぐわしい肌を、私の歓喜の反応を、心の底から求めていたのね?
…だったら最初から素直になればいいのに…!」
祭霊妃に、そして花形女優としてのルターナが数え切れぬほど抱える信奉者が浴びせられたなら、その殆どが“法悦死”するであろう最大級の賛辞も、もちろん陀幽巴にとっては理解不能な戯言以上のものではない。
『…一体、人間とは何なのだ?
こんな生物の歓喜とやらに一体、何の意味がある?
有史以来、肉体という名の檻に閉じ込められ、ひたすらそれが強いてくる生理的欲求とやらに朝から晩まで引きずり回されて一生を終わる、価値もないくせに無限に湧き出て来る無力な怪物…。
おお偉大なる教聖よ、世界から此奴らを誅滅するための神牙教軍の聖なる戦いに、果たして終わりはあるのでしょうか…?』
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