凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

文字の大きさ
上 下
75 / 94
第2章 魔人どもの野望

ロゼムス公、〈依巫〉と共に…

しおりを挟む
 地上世界の医療関係者が着用する〈スクラブ〉に酷似した檸檬色の衣服をまとった【火原の美獣】女性信者に先導されてまず3人の“はぐれ操獣師”たちが姿を現わしたが、様々な色合いに煌めく各自の聖幻晶は何故か取り外されており、その生気のない表情と足取りはある種の機械人形を彷彿とさせた。

「…ベウルセンの一角に設けられた絆獣専用の待機帯スタンバイゾーン…その傍らには聖団の大型輸送機が着陸しておる。

 恐らく内部では聖団員どもが必死でリサラとこの3人の行方を探っているはずだ…。

 操獣師こやつらがあの厄介な物質を身に着けておると居場所を特定されるおそれがあるのでな、装着はにて行う。

 まあ杞憂かもしれんが、用心するに越したことはないからな…。

 だが当初から疑問だったが、操獣師と錬装者以外の団員が降りた気配がないのが不気味といえばいえるが…」

 陀幽巴の言葉に鑼幽巴も頷く。

「うむ、確かにな。

 実は先刻、海底宮殿でゴウガ…いや、奴の際、あと一撃で破壊できるところまで追い詰めたものの、突如としてその頭部が微粒子レベルまで分解されて一瞬にしてオレの顔面にまとい付くや直ちに固体化し、いわば“のっぺらぼうの鋼の仮面”となって窒息死させようとしおってな…。

 これはあくまで憶測だが、輸送機あそこに籠った何者かがあの戦いを観察しており、土壇場で磁甲に何らかのを施したものと考えられる…!」

 次弟の眼を直視しつつ長兄は頷いた。

「なるほど、そのようなことがあったか。

 …それで確信したわ、おそらく聖団でもかなり上位の人物がリサラらに同行していたものと見えるな。

 だが、それにしてはが後手後手だな…。

 そもそも、教軍われわれが繰り出した棘蟹クォルサ群団にわずか6体の絆獣で対処しようとしたのがとんでもない思い上がりというものであるし、3人の操獣師が戦闘不能になった途端に何と連中の絆獣をルドストンから離脱させてしまうという大愚策を採るとは…。

 情報では、確か10人規模の操獣師が乗り込んで来ておるはず…もちろんリサラほどの腕はないにせよ、緊急事態用の人員でないならば一体何のために引き連れて来たのだ?

 しかも絆獣が邪魔なのは我らと同様の海龍党頭目ワーズフ主督空将チェザックを動かしてリサラともう一人の操獣師に精神的痛手を与えたことで他の2体()もまんまと戦闘不能に追い込まれた。

 これから更に魔王蛸ガヌーラの猛威も加わるというのに、唯一の反撃アクション鑼幽巴おまえに対するだけだとは…、

 多少のは使えても、度外れて無能な幹部団員と嘲られても致し方あるまいな…」

「全くだ!

 しかも結局、仮面攻撃それも無駄に終わり、オレはこうして健在なワケだから、そんな無能野郎は教軍こっちじゃ即日処刑だぜ!!」

 無元造房特任技師ソートンの奇策〈封殺鋼面〉によって死の一歩手前まで追い込まれた“龍坊主最強の男”が殺意の拳を握りしめつつ怨嗟を込めて同意するが、ふと我に返ると、武骨な彼らしくもない皮肉めいた口調で宣った。

「…いやいや兄者、残念ながら教軍ウチにはもっととんでもない大馬鹿者がいるではないか?

 どう考えてもなのに、教聖の御慈悲…いや、気まぐれを賜ってのうのうと露命を繋いだあのが!

 …おおっと⁉」

 その瞬間、まれてこの方、退くということを知らぬ茶褐色の怪物が思わずニ、三歩後退っていた…しかも、無抵抗を示すかのように両掌を力無く胸前に掲げて。

 何故ならその喉元に、四兄弟中とされる嫡男の魔爪が突き付けられていたのだ!

 格闘能力こそ自分に一分の利があるのではとの自惚れはあれど、爪牙の駆使において…否、いざの場面に逢着したならば、まだまだ兄には遠く及ばぬと達観していたはずなのに、つい軽口を叩いて文字通りに触れてしまった鑼幽巴は激しく後悔していた。

 陀幽巴の面前で煬赫アイツの名を出すのは兄弟間の“絶対の禁忌タブー”であったはずなのに!

 更に、首領からも“一族最強”などと持ち上げられてはいたものの、それが単なる惹句に過ぎぬことを何より鑼幽巴かれ自身が痛感していたのである。

『たとえ我ら3が束になっても、兄者の足元にも及ばぬわ…!

 …そして教聖もそれをご存知であるからこそ、オレらを鼓舞するためにあえてあのような表現を…』

「…分かればよい。

 だが改めて訓告しておくが、二度とオレの前で煬赫ヤツの名を出すなよ…!

 …いやロゼムス公、お見苦しい場面をお目にかけて申し訳ない…平に陳謝申し上げる。

 うむ、バヤーニよ、承知しておろうがくれぐれも〈依巫〉を目覚めさせてはならんぞ。

 その“聖なる覚醒”は、あくまでも凱星殿の大祭壇上で成されねばならんのだからな…!」

「はっ、心得ておりまする」

 …この上なく慇懃に廊下に引き出されてきた華麗な花模様の装飾を施された黄金色のストレッチャーは、前後部をチラワンらを連れ出した2名の信徒とは別の女性たちに支えられていたが、横たわっているはずの萩邑りさらの姿は完全に覆い隠されていた。

 あろうことか、宿敵である神牙教軍の〈軍旗〉によって!

 他でもない、ラージャーラ人の血潮の色である青紫の豪奢な生地の中央に豁然と、そして不気味に染めなされた、黄金色の瞳が耀く真紅の

 そしてその周囲には、8本の巨きな、漆黒の炎の縁取りを施された金色の鋭牙が放射状に配置されているが、これは教軍の牙城である極天霊柱を模したものでもあろうか。

 そしてこの邪悪極まる意匠の紋章エンブレムを、数百本もの大人の人差し指大の銀色の牙が円形に囲んでいるのだ。

「むう、あの紋章…いや、あの…!

 どうやらただの刺繍ではないな…あの模様自体が何らかの魔力を…?

 …いや、そうではない、あそこに何らかの〈精神撹乱電波〉を放射する装置が縫い込まれているに違いないのだ!

 そうでなければ、この如何ともし難い不安と焦燥の説明がつかぬ…。

 …おお、何ということだ、この“謎の波動”が私の心に促しているのは…、

 あろうことか、理性ある人間として当然の嗜みとして心底深く封じ込めて来たはずの…、

 …!?」  

 これが神牙教軍の客人に対するかとばかりに非難を込めて濃緑色の龍坊主を睨むロゼムス公だが、相手はその碧色の凶眼を僅かに細めたのみであった。

 …もしやそれは如何に“機械の王”などと教界挙げて畏敬されようとも、究極的には神ならぬ身のに過ぎぬ天才技術者に向けられた、“魔界からの使者”の嘲笑でもあったのか?

 かくてロゼムスの疑問に答えることなく、陀幽巴は告げた。

「どうやら、は揃ったようだ…それでは出発するとしようか。

 をはじめとする、会場での最終的な準備もあることだしな…!」
 


 

 

 

 

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-

ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。 その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。 困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。 この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。 はい、ご注文は? 調味料、それとも武器ですか? カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。 村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。 いずれは世界へ通じる道を繋げるために。 ※本作はカクヨム様にも掲載しております。

少年神官系勇者―異世界から帰還する―

mono-zo
ファンタジー
幼くして異世界に消えた主人公、帰ってきたがそこは日本、家なし・金なし・免許なし・職歴なし・常識なし・そもそも未成年、無い無い尽くしでどう生きる? 別サイトにて無名から投稿開始して100日以内に100万PV達成感謝✨ この作品は「カクヨム」にも掲載しています。(先行) この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。 この作品は「ノベルアップ+」にも掲載しています。 この作品は「エブリスタ」にも掲載しています。 この作品は「pixiv」にも掲載しています。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

異世界召喚に条件を付けたのに、女神様に呼ばれた

りゅう
ファンタジー
 異世界召喚。サラリーマンだって、そんな空想をする。  いや、さすがに大人なので空想する内容も大人だ。少年の心が残っていても、現実社会でもまれた人間はまた別の空想をするのだ。  その日の神岡龍二も、日々の生活から離れ異世界を想像して遊んでいるだけのハズだった。そこには何の問題もないハズだった。だが、そんなお気楽な日々は、この日が最後となってしまった。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...