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第2章 魔人どもの野望
回想の狂戦地ルドストン㊵
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「“動くな”ってか…。
何とも悠長な御託宣が下ったもんだね…。
まあ、神様の目から見りゃ、どっちが勝とうが大した違いはないのかもしれないけどね…。
…ところで話を地上に戻すけど、【嵐貝】はまだ試作品ではないにしろ完成まで至っちゃいないんだろ?
尤も、この状況じゃあ見切り発車もやむなしってのは理解は出来るけどね…。
でも、だったら尚更のこと、まずは死霊島に放り込んでみるのが得策じゃなかったのかい?
誰が見たって、どんな二次被害が出ようが気にする必要がないあそここそが“最終試験場”としてふさわしいと思うけどねえ…!
それにそもそもが海龍党の本拠地を壊滅させようって壮大な試みを錬装者だけで成し遂げられるとも思えないんだが、ね!」
例によって多分に皮肉めいた殺戮姫の言に、ソートンも同意らしく頷く。
「確かに、仰る通りです。
その点に関しましてはとりあえず我々も手は打っておきました。
実は当初から嵐貝軍はいわば“二の矢”のつもりだったのですが、“一の矢”によって拒まれてしまいましてね…」
謎めいた言い回しに眉根を寄せ、更に険しさを増した表情となった夏月だが、次の瞬間、充血した両目をくわっと見開いて叫んだ。
「アンタ、まさかアイツを…、
メデューサをメッズに…!?」
「──はい、その通りです。
幸いにも、クリストファー操獣師は現在お隣のウビラス星心領に滞在中で、何より連戦に次ぐ連戦の後の特別休暇中であるためこちらも気が引けたのですが、尤も現況下ではそうも言っておられずとにかく要請してみたところ、更なる困難が予想される特殊任務にも関わらず二つ返事で快諾してくれましてね。
当然ながらその際に嵐貝との連動作戦を申し入れたのですが、それは頑なに拒否されてしまって…。
“錬装者軍団が擁する6機の強襲戦闘機と自分の魔空夜叉、更に最強水棲絆獣らの潜在能力を全開すれば戦力としては充分過ぎるくらいだ、
それよりも“貴重な新兵器”はより緊急的措置の必要な狂魔酒工場の破壊とルドストンの攻防戦にフル活用して、然る後に死霊島に回してもらえればいいから”、と…。
まあ我々としてもより多くの戦力をこの教界に割けるのはありがたい限りなのですが、もとより現段階における嵐貝の“稼働限界日数”は5日程度であるゆえ、おそらくは海龍党誅滅作戦への参加は難しいと思われます…」
些か困惑した表情の特任技師に、竹澤総隊長は鼻白みつつ吐き捨てた。
「ふん、一見尤もらしいことを宣ってるが、アイツの本音は大方、
“ワケの分からん新型珍絆獣と誇り高き自分の相棒が一緒くたにされて、しかも錬装者どもの助っ人に使われるなんてたまったもんじゃない”
ってなところだろうさ…!
あっ、そうこう言ってる間に、化け蛸を覆ってる穢らしいゼリーがズルズルと剥がれ落ちてきたよッ!
まあどうせ、その内部から現れてくるのはよりイヤらしい、不細工極まる巨大怪物なんだろうが…。
押し寄せて来た湾線統衛軍の艦隊が何十隻もおっかなびっくりで遠巻きにしてるみたいだけど、果たして太刀打ち出来るのかねえ?
軍人どもの離反の主要な要因の一つになったとかいう、教率者肝煎りのロボット司令官のお手並み拝見だけど、その実力や如何に…!?」
…時間は前後するが、海底宮殿地下1層にて凱鱗領最強戦士と強豪護衛絆獣を卑劣な爆弾テロによって葬るという“悪の殊勲”を挙げた主都特守部隊員アイアスは婚約者の“教率者侍女頭”のシャーメが応答しないことで焦慮に駆られ、第6層に存する彼女の居室に急行したのであるが、彼がそこで目の当たりにしたのは、その手をどっぷりと鮮血に染めた重罪人にふさわしい報いともいえる、あまりにも残酷な光景であった…。
部屋の主が特別に許可した人物のみが登録出来る生体認証システムはもちろん突破可能なため入室への不安はなかったが、果たして恋人は在宅であるのか…?
かつてない緊張感と共に馨しい薫香が支配する愛空間に足を踏み入れた凶戦士だが、直ちに何とも不快極まる違和感に襲われ、ただならぬ予感に苛まれつつ寝室に直行する。
彼女の“仕事着”であるマーメイドドレスと同色のシャンパンゴールドを基調とする室内で、ここだけは純白に塗り上げられた閨の扉はぴたりと閉ざされていたが、その奥から絶対に許容出来ぬ怪音が漏れ出てくるのだ…、
即ち、野太い男の呻き声が!
しかも、あろうことかこの声は日々接する敬愛措く能わざる上司のものではないのか…!?
だが、まさか、そんなはずはない!
そんな異常現象が、この有能にして忠勇なるアイアス=ルドストンの身に降りかかることなど天響神の名にかけてありえようはずがないではないか⁉
しかし、無我夢中で扉を開いた彼の眼前に曝け出されたのは、想像を絶する悪夢の如きシャーメの姿であった。
…柔らかな輝度の深く蒼い照明の下、一糸もまとわぬ仄白く輝く裸の背と、普段は瀟洒な巻貝を象った被り物に隠された腰まで届く金色の滝を彷彿させる美髪をゆらゆらと波打たせる彼女は、あろうことかこれも裸体の筋骨逞しい美丈夫の前に跪いていたのである!
「た、隊長、これは一体どういう…?」
驚愕、悲嘆、絶望、そして赫怒…!
だが、それら全ての感情が綯い混ぜとなった魂の奥底から絞り出した一声を、灼熱の悦楽にその身を浸す背徳漢は平然と無視した。
その夜行獣の如く紅く耀く隻眼は今にも泣き出しそうなまでに歪んだ忠実なる部下の両眼をしっかりと見据えているにもかかわらず。
されど、その間も両手で頭部を抱えた女を鼓舞すべく発せられる快感の喘ぎと荒い息遣いは途絶えることはない…。
「くうっ…、
おお、我が愛しきシャーメよ、
お前は私がこれまで抱いた女の中で間違いなく最高の存在だ…!
これは私の持論だが、男女間の性愛における数限りない手管において、その白眉の技巧は何と言っても〈口腔性交〉に止めを刺すであろう…。
もちろん、それには奉仕者の対象への崇拝と讃美を欠くならば、夜な夜な色街で繰り広げられる金銭を引き換えの愚昧なる遊戯…更には知性を欠いた禽獣の存在理由に過ぎぬ生殖本能が促す交合と殆ど同列に堕することはいうまでもないが…!
以前から密かに、そして激しく燃やしていたという私への熾烈なまでの愛慕の念…、
その至純なまでの独占欲による、極めて巧みで濃やかな指技を織り交ぜた情熱的なる口技は、これまで異性の讃美者に事欠かなかった私にして、はじめて味わうと断言出来るほどの素晴らしさだ…!」
ここで特守部隊長は彫像のごとく凍り付くかつての右腕を嘲笑うかのように一際わざとらしい喘ぎ声を上げると、一切の贅肉と無縁な、もはや一個の剣呑な兵器ともいうべき上体をのけ反らせた。
「ううっ、そうだとも!
…生来の美と力に恵まれし男女による口腔性交は凡百の汚らわしき模造品とは根本的に異なる!
何故ならば、例えば後者を細密の技を極めた選ばれし芸術家が1つの作品として仕上げた場合、鑑賞者を陶酔せしめるどころかただ嘔吐を催させるのみであるからだ!!
…だが不思議なことに、その題材を通常の生殖性交のみに限るならば、行為者が如何に醜悪な男女であろうともそこまでの審美的な不快感を覚えることはない…。
尤も逆にそうであるからこそ、それが無意味にして無価値な下等動物の営みと同様の、無知蒙昧にして厚顔無恥な単なる原始的自然現象に過ぎぬという何よりの証左なのであろう…。
しかし、我々は違う!
もしこの時、凱鱗領の力と美の代表者である我らの神々しき光輝に包まれたこの英姿を目の当たりにしたならば、いかなる巨匠も畢生の傑作に資すべき最高の素材として垂涎するであろう!!
…おうっ、どうやら頂きを迎えたようだ…!
…それでは最愛なる我が妻シャーメよ、およそ5セスタ(45分間)にも及ぶ渾身の奉仕に応え、偉大なる最極呪念士と一体化した私の尊き生命の神液を与えよう!
これにより、お前の至高の美と威厳はますます永遠不滅の領域へと近付くのだ!
くうっ…はああああっ!!」
…これぞ骨の髄まで叩き込まれた哀しき〈絶対服従精神〉の顕われか、殺意の権化となったはずのアイアスが腰から引き抜いた殲敵短銃を発射したのは絶頂に達したトゥーガが奉仕者の口中に心ゆくまで精を放ち切った直後であった。
しかし命中には十分間に合うはずのタイミングで放たれた慟哭の弾丸は、憎っくき裏切り者を葬り去ることは叶わなかった。
亡き武闘派執務長と並ぶかつての凱鱗領の英雄はもはや忌まわしき魔人と成り果てており、新たに獲得した呪わしき超絶的身体能力によって後方へと倒れ込んで弾をかわすや、すかさず腹這いとなって狙撃者へと向かって来たのだが、それは明らかに人の動きでも、獣ですらもなく…間違いなく蜘蛛のそれであった!
「ぎぐわわっ、死ね!死ねえっ!!」
名うての特守部隊員としてあらゆる修羅場を踏み抜いてきたアイアスの、かつてない怒りと恐怖に我を忘れながらの乱れ撃ち…だがそれらは悉く分厚い白い絨毯を虚しく穿つのみであった、そして…。
「……ッ!!」
“哀しき師弟対決”の決着は一瞬で着いた。
魔性の迅さで後方に回り込まれ、瞬時に立ち上がったらしい敵を振り返ることも出来ず、両手で短銃を構えたまま一瞬にして硬直した彼の後頭部…延髄にかつての上司の右人指し指が第二関節まで深くめり込んだのである!
あたかもそれは、トゥーガの正体である人面蜘蛛の邪針がユグマ少年や3人の操獣師達の同箇所に撃ち込まれた魔の一瞬を彷彿とさせた…とすれば、アイアスは今度こそ最極呪念士にその全存在を掠奪されてしまったのであろう…。
ぶるぶると痙攣した後、膝から崩れるように俯せに倒れ込んだ相手を冷然と見下ろす海龍党頭目は、惨めな敗残の姿を晒すかつての恋人には見向きもせず、今しがた嚥下した、如何なる美酒にも勝る強烈な酩酊をもたらしたらしい“勇者のエキス”の後味にうっとりと瞑目しつつ浸る美女の陶酔を壊さぬよう、内心のみで従来の下卑た語調に戻り、独白した。
『きけけけけけっ、
さて、これで此奴も真の意味で我が野望に身を捧ぐ“完全なる駒”となった。
それでは現行の最重装備に身を固めさせ、あの小面憎き幽巴の次男坊の凶拳を免れ生き残った精鋭部隊を宛てがい、しぶとくも第7層の居宅に舞い戻ったらしい教率者めを急襲させるとしようかの…!
だが、彼奴はどうやら、影のようにまとい付く絆獣聖団の拳法使いの他に、天才技術者の置き土産ともいうべき鋼の剣鬼に護られておるとのこと。
従って作戦成功は五分五分といったところじゃろうて…。
ついでに戦力的に劣る別働隊は煌輪塔ホテルに居座る聖団の女どもに差し向け、人質として生け捕っておかねばならんな…。
…まあ、いずれにせよ、戦いはここからが本番じゃて!
我が正真正銘の副官摩麾螺も奮闘しておろうし、例え錬装者ふぜいが何匹向かって来ようとも後れを取るなどとは到底考えられん…。
…そして何よりも、我が“終生の好敵手”鏡の教聖が愚かにも自ら望んで弱体化する途を選んだ〘受躰の儀〙とやらも目睫に迫った…。
数十年の長きにわたり、ラージャーラに悪名を馳せた神牙教軍も、どうやら亡びの時を迎えたものと見える…!
きっけけけけけっ、
これはどう考えても、大いなる天響神が海龍党の、いやこのワーズフの勝利を望んでおられるとしか思われぬわい、
き~っけけけけけけぇッ!!!」
何とも悠長な御託宣が下ったもんだね…。
まあ、神様の目から見りゃ、どっちが勝とうが大した違いはないのかもしれないけどね…。
…ところで話を地上に戻すけど、【嵐貝】はまだ試作品ではないにしろ完成まで至っちゃいないんだろ?
尤も、この状況じゃあ見切り発車もやむなしってのは理解は出来るけどね…。
でも、だったら尚更のこと、まずは死霊島に放り込んでみるのが得策じゃなかったのかい?
誰が見たって、どんな二次被害が出ようが気にする必要がないあそここそが“最終試験場”としてふさわしいと思うけどねえ…!
それにそもそもが海龍党の本拠地を壊滅させようって壮大な試みを錬装者だけで成し遂げられるとも思えないんだが、ね!」
例によって多分に皮肉めいた殺戮姫の言に、ソートンも同意らしく頷く。
「確かに、仰る通りです。
その点に関しましてはとりあえず我々も手は打っておきました。
実は当初から嵐貝軍はいわば“二の矢”のつもりだったのですが、“一の矢”によって拒まれてしまいましてね…」
謎めいた言い回しに眉根を寄せ、更に険しさを増した表情となった夏月だが、次の瞬間、充血した両目をくわっと見開いて叫んだ。
「アンタ、まさかアイツを…、
メデューサをメッズに…!?」
「──はい、その通りです。
幸いにも、クリストファー操獣師は現在お隣のウビラス星心領に滞在中で、何より連戦に次ぐ連戦の後の特別休暇中であるためこちらも気が引けたのですが、尤も現況下ではそうも言っておられずとにかく要請してみたところ、更なる困難が予想される特殊任務にも関わらず二つ返事で快諾してくれましてね。
当然ながらその際に嵐貝との連動作戦を申し入れたのですが、それは頑なに拒否されてしまって…。
“錬装者軍団が擁する6機の強襲戦闘機と自分の魔空夜叉、更に最強水棲絆獣らの潜在能力を全開すれば戦力としては充分過ぎるくらいだ、
それよりも“貴重な新兵器”はより緊急的措置の必要な狂魔酒工場の破壊とルドストンの攻防戦にフル活用して、然る後に死霊島に回してもらえればいいから”、と…。
まあ我々としてもより多くの戦力をこの教界に割けるのはありがたい限りなのですが、もとより現段階における嵐貝の“稼働限界日数”は5日程度であるゆえ、おそらくは海龍党誅滅作戦への参加は難しいと思われます…」
些か困惑した表情の特任技師に、竹澤総隊長は鼻白みつつ吐き捨てた。
「ふん、一見尤もらしいことを宣ってるが、アイツの本音は大方、
“ワケの分からん新型珍絆獣と誇り高き自分の相棒が一緒くたにされて、しかも錬装者どもの助っ人に使われるなんてたまったもんじゃない”
ってなところだろうさ…!
あっ、そうこう言ってる間に、化け蛸を覆ってる穢らしいゼリーがズルズルと剥がれ落ちてきたよッ!
まあどうせ、その内部から現れてくるのはよりイヤらしい、不細工極まる巨大怪物なんだろうが…。
押し寄せて来た湾線統衛軍の艦隊が何十隻もおっかなびっくりで遠巻きにしてるみたいだけど、果たして太刀打ち出来るのかねえ?
軍人どもの離反の主要な要因の一つになったとかいう、教率者肝煎りのロボット司令官のお手並み拝見だけど、その実力や如何に…!?」
…時間は前後するが、海底宮殿地下1層にて凱鱗領最強戦士と強豪護衛絆獣を卑劣な爆弾テロによって葬るという“悪の殊勲”を挙げた主都特守部隊員アイアスは婚約者の“教率者侍女頭”のシャーメが応答しないことで焦慮に駆られ、第6層に存する彼女の居室に急行したのであるが、彼がそこで目の当たりにしたのは、その手をどっぷりと鮮血に染めた重罪人にふさわしい報いともいえる、あまりにも残酷な光景であった…。
部屋の主が特別に許可した人物のみが登録出来る生体認証システムはもちろん突破可能なため入室への不安はなかったが、果たして恋人は在宅であるのか…?
かつてない緊張感と共に馨しい薫香が支配する愛空間に足を踏み入れた凶戦士だが、直ちに何とも不快極まる違和感に襲われ、ただならぬ予感に苛まれつつ寝室に直行する。
彼女の“仕事着”であるマーメイドドレスと同色のシャンパンゴールドを基調とする室内で、ここだけは純白に塗り上げられた閨の扉はぴたりと閉ざされていたが、その奥から絶対に許容出来ぬ怪音が漏れ出てくるのだ…、
即ち、野太い男の呻き声が!
しかも、あろうことかこの声は日々接する敬愛措く能わざる上司のものではないのか…!?
だが、まさか、そんなはずはない!
そんな異常現象が、この有能にして忠勇なるアイアス=ルドストンの身に降りかかることなど天響神の名にかけてありえようはずがないではないか⁉
しかし、無我夢中で扉を開いた彼の眼前に曝け出されたのは、想像を絶する悪夢の如きシャーメの姿であった。
…柔らかな輝度の深く蒼い照明の下、一糸もまとわぬ仄白く輝く裸の背と、普段は瀟洒な巻貝を象った被り物に隠された腰まで届く金色の滝を彷彿させる美髪をゆらゆらと波打たせる彼女は、あろうことかこれも裸体の筋骨逞しい美丈夫の前に跪いていたのである!
「た、隊長、これは一体どういう…?」
驚愕、悲嘆、絶望、そして赫怒…!
だが、それら全ての感情が綯い混ぜとなった魂の奥底から絞り出した一声を、灼熱の悦楽にその身を浸す背徳漢は平然と無視した。
その夜行獣の如く紅く耀く隻眼は今にも泣き出しそうなまでに歪んだ忠実なる部下の両眼をしっかりと見据えているにもかかわらず。
されど、その間も両手で頭部を抱えた女を鼓舞すべく発せられる快感の喘ぎと荒い息遣いは途絶えることはない…。
「くうっ…、
おお、我が愛しきシャーメよ、
お前は私がこれまで抱いた女の中で間違いなく最高の存在だ…!
これは私の持論だが、男女間の性愛における数限りない手管において、その白眉の技巧は何と言っても〈口腔性交〉に止めを刺すであろう…。
もちろん、それには奉仕者の対象への崇拝と讃美を欠くならば、夜な夜な色街で繰り広げられる金銭を引き換えの愚昧なる遊戯…更には知性を欠いた禽獣の存在理由に過ぎぬ生殖本能が促す交合と殆ど同列に堕することはいうまでもないが…!
以前から密かに、そして激しく燃やしていたという私への熾烈なまでの愛慕の念…、
その至純なまでの独占欲による、極めて巧みで濃やかな指技を織り交ぜた情熱的なる口技は、これまで異性の讃美者に事欠かなかった私にして、はじめて味わうと断言出来るほどの素晴らしさだ…!」
ここで特守部隊長は彫像のごとく凍り付くかつての右腕を嘲笑うかのように一際わざとらしい喘ぎ声を上げると、一切の贅肉と無縁な、もはや一個の剣呑な兵器ともいうべき上体をのけ反らせた。
「ううっ、そうだとも!
…生来の美と力に恵まれし男女による口腔性交は凡百の汚らわしき模造品とは根本的に異なる!
何故ならば、例えば後者を細密の技を極めた選ばれし芸術家が1つの作品として仕上げた場合、鑑賞者を陶酔せしめるどころかただ嘔吐を催させるのみであるからだ!!
…だが不思議なことに、その題材を通常の生殖性交のみに限るならば、行為者が如何に醜悪な男女であろうともそこまでの審美的な不快感を覚えることはない…。
尤も逆にそうであるからこそ、それが無意味にして無価値な下等動物の営みと同様の、無知蒙昧にして厚顔無恥な単なる原始的自然現象に過ぎぬという何よりの証左なのであろう…。
しかし、我々は違う!
もしこの時、凱鱗領の力と美の代表者である我らの神々しき光輝に包まれたこの英姿を目の当たりにしたならば、いかなる巨匠も畢生の傑作に資すべき最高の素材として垂涎するであろう!!
…おうっ、どうやら頂きを迎えたようだ…!
…それでは最愛なる我が妻シャーメよ、およそ5セスタ(45分間)にも及ぶ渾身の奉仕に応え、偉大なる最極呪念士と一体化した私の尊き生命の神液を与えよう!
これにより、お前の至高の美と威厳はますます永遠不滅の領域へと近付くのだ!
くうっ…はああああっ!!」
…これぞ骨の髄まで叩き込まれた哀しき〈絶対服従精神〉の顕われか、殺意の権化となったはずのアイアスが腰から引き抜いた殲敵短銃を発射したのは絶頂に達したトゥーガが奉仕者の口中に心ゆくまで精を放ち切った直後であった。
しかし命中には十分間に合うはずのタイミングで放たれた慟哭の弾丸は、憎っくき裏切り者を葬り去ることは叶わなかった。
亡き武闘派執務長と並ぶかつての凱鱗領の英雄はもはや忌まわしき魔人と成り果てており、新たに獲得した呪わしき超絶的身体能力によって後方へと倒れ込んで弾をかわすや、すかさず腹這いとなって狙撃者へと向かって来たのだが、それは明らかに人の動きでも、獣ですらもなく…間違いなく蜘蛛のそれであった!
「ぎぐわわっ、死ね!死ねえっ!!」
名うての特守部隊員としてあらゆる修羅場を踏み抜いてきたアイアスの、かつてない怒りと恐怖に我を忘れながらの乱れ撃ち…だがそれらは悉く分厚い白い絨毯を虚しく穿つのみであった、そして…。
「……ッ!!」
“哀しき師弟対決”の決着は一瞬で着いた。
魔性の迅さで後方に回り込まれ、瞬時に立ち上がったらしい敵を振り返ることも出来ず、両手で短銃を構えたまま一瞬にして硬直した彼の後頭部…延髄にかつての上司の右人指し指が第二関節まで深くめり込んだのである!
あたかもそれは、トゥーガの正体である人面蜘蛛の邪針がユグマ少年や3人の操獣師達の同箇所に撃ち込まれた魔の一瞬を彷彿とさせた…とすれば、アイアスは今度こそ最極呪念士にその全存在を掠奪されてしまったのであろう…。
ぶるぶると痙攣した後、膝から崩れるように俯せに倒れ込んだ相手を冷然と見下ろす海龍党頭目は、惨めな敗残の姿を晒すかつての恋人には見向きもせず、今しがた嚥下した、如何なる美酒にも勝る強烈な酩酊をもたらしたらしい“勇者のエキス”の後味にうっとりと瞑目しつつ浸る美女の陶酔を壊さぬよう、内心のみで従来の下卑た語調に戻り、独白した。
『きけけけけけっ、
さて、これで此奴も真の意味で我が野望に身を捧ぐ“完全なる駒”となった。
それでは現行の最重装備に身を固めさせ、あの小面憎き幽巴の次男坊の凶拳を免れ生き残った精鋭部隊を宛てがい、しぶとくも第7層の居宅に舞い戻ったらしい教率者めを急襲させるとしようかの…!
だが、彼奴はどうやら、影のようにまとい付く絆獣聖団の拳法使いの他に、天才技術者の置き土産ともいうべき鋼の剣鬼に護られておるとのこと。
従って作戦成功は五分五分といったところじゃろうて…。
ついでに戦力的に劣る別働隊は煌輪塔ホテルに居座る聖団の女どもに差し向け、人質として生け捕っておかねばならんな…。
…まあ、いずれにせよ、戦いはここからが本番じゃて!
我が正真正銘の副官摩麾螺も奮闘しておろうし、例え錬装者ふぜいが何匹向かって来ようとも後れを取るなどとは到底考えられん…。
…そして何よりも、我が“終生の好敵手”鏡の教聖が愚かにも自ら望んで弱体化する途を選んだ〘受躰の儀〙とやらも目睫に迫った…。
数十年の長きにわたり、ラージャーラに悪名を馳せた神牙教軍も、どうやら亡びの時を迎えたものと見える…!
きっけけけけけっ、
これはどう考えても、大いなる天響神が海龍党の、いやこのワーズフの勝利を望んでおられるとしか思われぬわい、
き~っけけけけけけぇッ!!!」
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