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第2章 魔人どもの野望
回想の狂戦地ルドストン㊴
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100体近く(最終的に確認されたのは94体)もの教軍飛翔系刃獣がルドストン凱鱗領に向かっているという凶報を、該教界滞在中の無元造房幹部技師らは《謐天刻》(午前一時相当)には掴んでいた。
もちろん、彼らの母体組織である絆獣聖団の本拠地【砦】からも警戒喚起されると同時に各キーゴの形態とその発進地の詳細なデータが送信され、それらは刻一刻と更新されていた。
「これは全く前代未聞の事態です」
竹澤夏月が知る限り、ただの一度も動揺した素振りを見せたことのない、操獣師間でダントツ人気の“無元造房のキュートな王子様”こと特任技師ソートンの白皙の美貌は仄かな朱に染まり、その甘い美声は微かに上ずっていた。
「各教界を攻略する戦団を常に反目させ競わせることで勢力拡大と内部冷戦激化を同時に図る神牙教軍の、もはや定式化されたかに思われた行動原理が完全に覆されている…!
しかも、今回のルドストン侵攻では棘蟹群団によるかつてない深刻な教界破壊が実現され、もはや勝利が確実視される段階でのこの大集結に一体如何なる意味が込められているのか…?」
「これを期に、手打ちを兼ねた大祝勝会でもやらかそうってんじゃないのかい?
…しかしアイツらも、敵ながら芸が細かいねえ、
あの大軍団を凱鱗領に迎えるに当たって、予め御大将のチェザックを凄まじい方法で抹殺した上にあろうことか死体を主力戦闘機の滑走路に素っ裸で晒し、空軍を文字通り震撼させて指揮系統を滅茶苦茶にしちゃったんだから…!
これで“カニ狩り”でいい加減疲弊したパイロット達の戦意は得体の知れない恐怖で一気に萎えちまったんじゃないのかい?
…ま、それはあくまで統衞軍の事情であって、絆獣聖団にゃ一切関係ないけどさ!
個人的な意見を言わせてもらえば、クソつまんなかったこのミッションも、やっとこさエキサイティングな場面を迎えたってところさね!
大体、この段階であれだけのデカい〈肉風船〉(聖団内でのキーゴの呼名=蔑称)が他教界から来るってことは、乗ってるのは単なる教軍超兵じゃなくてそれなりの上役連中の可能性が高いじゃん?
…ってことは、上手くいきゃ調子に乗ってる神牙教軍の勢いを一気に削ぐことも可能ってワケじゃないかい?
即ち、まさにこの竹澤夏月の引退興行にふさわしい大一番、
あたかも天響神があたしのためにお膳立てしてくれたみたいで感激も一入だよ!!」
と豪語して弾けるように立ち上がったものの、場合によっては聖団の総力を結集しての大決戦に発展しかねない重大事象だけに、
“いかに最強操獣師とはいえ、単騎での出撃はあまりに危険”
と技師団一同でそれを押し留め、ソートンは上司の造房長はもちろん、何よりも聖団の“最高意思決定機関”である六天巫蝶の意見を伺うため、私室に籠もって【砦】と本格的な協議に入った。
もちろん該ミッションの全権を委託されているはずの総隊長として夏月も同席を求められたが、現場の状況が気になるからと固辞し、先程まで鑼幽巴VS無人作動した蒼き虎(剛駕崇景の錬装磁甲)の対決が映し出されていたモニターの前にどっかりと陣取ると、とりあえず真夜中の大空の観察は他の技師に任せ、自身はある予感と共に海面の注視に専念しつつひたすら時の経過を待ったのであるが…。
…さるにても〈遠隔秘密会議〉は予想以上に長引き、累卵の危うきにあるルドストン凱鱗領がこれだけは平時と同じく神々しい黎明を迎えても終わらなかった。
そして早くも《星沈刻》となり、腕組みしつつ血走った視線で画面を睨んでいた殺戮姫は、遂に待ち侘びていた?“海上の怪異”の勃発…即ち魔王蛸の出現を受けてまくし立てた。
「ほ~ら見てみな、
訳の分かんない“意思決定”とやらに時間を食ってる間に、今度は海の底からとんでもないモンが現れたよ!
今のところまるで“灰色の氷山”みたいだけど、あれはあくまでも偽装で、中身は玉朧が言ってた化け蛸の可能性が極めて高い…!
…しっかし気に入らないねえ、
棘蟹どもがいい加減、ルドストンを焼け野原にした頃合いを見計らって、あたかも“真打ち登場”とばかりにおっとり刀で現れやがった図々しさといい、
キモさ満点のケッタイなゼリーで全身を覆い隠してるところといい…、
一体、何サマなんだいあの蛸入道は!?
我こそはラージャーラ最大生物なり、ってだけで戦争の主役気取りかい!?
笑わせるんじゃないよ!
いいかい、アンタ達。
あたしはこれからすぐに出るよ!!
〈極覇級兵装〉もそろそろ届くと思うけどとても待ってられない!
悪いが受け渡しは空中でやることにするからね!
…さーて、と。
物分りのいい技師さん達だからおかしな真似はしないと思うけど…」
ここで殺戮姫は、その異名にふさわしい…いやそれをも超えた狂気的な行動に出た。
何と肌身放さず持ち歩いている刃渡り30センチの軍用ナイフを素速く懐から引き抜くと、これ見よがしにソートン麾下の3人の造房員にかざしてのけたのだ!
「…アンタ達はあたしの気が狂ったと思ってるだろうね…。
実際、あたしも自分の感情のリミッターが完全に外れちまったことは自覚してる…!
でもね、他の4人はともかく大事な右腕と…、
いや、“かけがえのない唯一無二の分身”とすら恃む萩邑を欠いた現在、
勝つためには狂うしかないんだよッ!!
…誰も動かないところを見ると、どうやら分ってもらえたようだね…。
じゃ、王子様によろしく!
処分は終戦後に如何なるものでも受けるって伝えといてくれよ!!」
だが、踵を返した竹澤夏月がコントロールルームの入口に駆け寄った瞬間に自動扉が左右に開き、銀髪の美青年のスマートで小柄な姿が現れた。
「……」
瞬時に室内のただならぬ気配と総隊長の右手に握られた物騒な凶器に気付いた特任技師だが、穏やかな表情を些かも崩すことなく、湖面の如く澄明な眼差しのみで狂気の殺戮姫を金縛りにしてのけた!
優しげな風貌の裏に隠された、造房長ネフメルスの右腕にして後継者最有力候補としての貫禄のなせる業であった。
「…総隊長、今しばらくお待ち下さい。
造房長によると増援の黒蛹は《晶明刻》(午前8時相当)には必着するであろうとのことです。
しかも、お待ちかねの〈極覇級兵装〉はもちろん、初の本格的実戦投入となる“対刃獣自律型絆獣”【嵐貝】400体も空輸中とのことで、実に総勢25機…聖団が擁する大型輸送機の半数が出動したことになりますが…、
尤も全機が凱鱗領に向かっている訳ではなく、勇仙領、耀覇領、星心領に建造されたと確認された狂魔酒の密造工場の攻撃にも当たるとのことですから凱鱗領にはおそらく370体余りが降下することになりましょう…。
そしてその時こそが我らの切り札たる地獄絆獣出撃の時です!
…最後に、六天巫蝶を通じてもたらされた天響神の啓示をお伝えしておきましょう…。
…それはただ一言、
“時満ちるまで動くな”
とのことでありました…!」
もちろん、彼らの母体組織である絆獣聖団の本拠地【砦】からも警戒喚起されると同時に各キーゴの形態とその発進地の詳細なデータが送信され、それらは刻一刻と更新されていた。
「これは全く前代未聞の事態です」
竹澤夏月が知る限り、ただの一度も動揺した素振りを見せたことのない、操獣師間でダントツ人気の“無元造房のキュートな王子様”こと特任技師ソートンの白皙の美貌は仄かな朱に染まり、その甘い美声は微かに上ずっていた。
「各教界を攻略する戦団を常に反目させ競わせることで勢力拡大と内部冷戦激化を同時に図る神牙教軍の、もはや定式化されたかに思われた行動原理が完全に覆されている…!
しかも、今回のルドストン侵攻では棘蟹群団によるかつてない深刻な教界破壊が実現され、もはや勝利が確実視される段階でのこの大集結に一体如何なる意味が込められているのか…?」
「これを期に、手打ちを兼ねた大祝勝会でもやらかそうってんじゃないのかい?
…しかしアイツらも、敵ながら芸が細かいねえ、
あの大軍団を凱鱗領に迎えるに当たって、予め御大将のチェザックを凄まじい方法で抹殺した上にあろうことか死体を主力戦闘機の滑走路に素っ裸で晒し、空軍を文字通り震撼させて指揮系統を滅茶苦茶にしちゃったんだから…!
これで“カニ狩り”でいい加減疲弊したパイロット達の戦意は得体の知れない恐怖で一気に萎えちまったんじゃないのかい?
…ま、それはあくまで統衞軍の事情であって、絆獣聖団にゃ一切関係ないけどさ!
個人的な意見を言わせてもらえば、クソつまんなかったこのミッションも、やっとこさエキサイティングな場面を迎えたってところさね!
大体、この段階であれだけのデカい〈肉風船〉(聖団内でのキーゴの呼名=蔑称)が他教界から来るってことは、乗ってるのは単なる教軍超兵じゃなくてそれなりの上役連中の可能性が高いじゃん?
…ってことは、上手くいきゃ調子に乗ってる神牙教軍の勢いを一気に削ぐことも可能ってワケじゃないかい?
即ち、まさにこの竹澤夏月の引退興行にふさわしい大一番、
あたかも天響神があたしのためにお膳立てしてくれたみたいで感激も一入だよ!!」
と豪語して弾けるように立ち上がったものの、場合によっては聖団の総力を結集しての大決戦に発展しかねない重大事象だけに、
“いかに最強操獣師とはいえ、単騎での出撃はあまりに危険”
と技師団一同でそれを押し留め、ソートンは上司の造房長はもちろん、何よりも聖団の“最高意思決定機関”である六天巫蝶の意見を伺うため、私室に籠もって【砦】と本格的な協議に入った。
もちろん該ミッションの全権を委託されているはずの総隊長として夏月も同席を求められたが、現場の状況が気になるからと固辞し、先程まで鑼幽巴VS無人作動した蒼き虎(剛駕崇景の錬装磁甲)の対決が映し出されていたモニターの前にどっかりと陣取ると、とりあえず真夜中の大空の観察は他の技師に任せ、自身はある予感と共に海面の注視に専念しつつひたすら時の経過を待ったのであるが…。
…さるにても〈遠隔秘密会議〉は予想以上に長引き、累卵の危うきにあるルドストン凱鱗領がこれだけは平時と同じく神々しい黎明を迎えても終わらなかった。
そして早くも《星沈刻》となり、腕組みしつつ血走った視線で画面を睨んでいた殺戮姫は、遂に待ち侘びていた?“海上の怪異”の勃発…即ち魔王蛸の出現を受けてまくし立てた。
「ほ~ら見てみな、
訳の分かんない“意思決定”とやらに時間を食ってる間に、今度は海の底からとんでもないモンが現れたよ!
今のところまるで“灰色の氷山”みたいだけど、あれはあくまでも偽装で、中身は玉朧が言ってた化け蛸の可能性が極めて高い…!
…しっかし気に入らないねえ、
棘蟹どもがいい加減、ルドストンを焼け野原にした頃合いを見計らって、あたかも“真打ち登場”とばかりにおっとり刀で現れやがった図々しさといい、
キモさ満点のケッタイなゼリーで全身を覆い隠してるところといい…、
一体、何サマなんだいあの蛸入道は!?
我こそはラージャーラ最大生物なり、ってだけで戦争の主役気取りかい!?
笑わせるんじゃないよ!
いいかい、アンタ達。
あたしはこれからすぐに出るよ!!
〈極覇級兵装〉もそろそろ届くと思うけどとても待ってられない!
悪いが受け渡しは空中でやることにするからね!
…さーて、と。
物分りのいい技師さん達だからおかしな真似はしないと思うけど…」
ここで殺戮姫は、その異名にふさわしい…いやそれをも超えた狂気的な行動に出た。
何と肌身放さず持ち歩いている刃渡り30センチの軍用ナイフを素速く懐から引き抜くと、これ見よがしにソートン麾下の3人の造房員にかざしてのけたのだ!
「…アンタ達はあたしの気が狂ったと思ってるだろうね…。
実際、あたしも自分の感情のリミッターが完全に外れちまったことは自覚してる…!
でもね、他の4人はともかく大事な右腕と…、
いや、“かけがえのない唯一無二の分身”とすら恃む萩邑を欠いた現在、
勝つためには狂うしかないんだよッ!!
…誰も動かないところを見ると、どうやら分ってもらえたようだね…。
じゃ、王子様によろしく!
処分は終戦後に如何なるものでも受けるって伝えといてくれよ!!」
だが、踵を返した竹澤夏月がコントロールルームの入口に駆け寄った瞬間に自動扉が左右に開き、銀髪の美青年のスマートで小柄な姿が現れた。
「……」
瞬時に室内のただならぬ気配と総隊長の右手に握られた物騒な凶器に気付いた特任技師だが、穏やかな表情を些かも崩すことなく、湖面の如く澄明な眼差しのみで狂気の殺戮姫を金縛りにしてのけた!
優しげな風貌の裏に隠された、造房長ネフメルスの右腕にして後継者最有力候補としての貫禄のなせる業であった。
「…総隊長、今しばらくお待ち下さい。
造房長によると増援の黒蛹は《晶明刻》(午前8時相当)には必着するであろうとのことです。
しかも、お待ちかねの〈極覇級兵装〉はもちろん、初の本格的実戦投入となる“対刃獣自律型絆獣”【嵐貝】400体も空輸中とのことで、実に総勢25機…聖団が擁する大型輸送機の半数が出動したことになりますが…、
尤も全機が凱鱗領に向かっている訳ではなく、勇仙領、耀覇領、星心領に建造されたと確認された狂魔酒の密造工場の攻撃にも当たるとのことですから凱鱗領にはおそらく370体余りが降下することになりましょう…。
そしてその時こそが我らの切り札たる地獄絆獣出撃の時です!
…最後に、六天巫蝶を通じてもたらされた天響神の啓示をお伝えしておきましょう…。
…それはただ一言、
“時満ちるまで動くな”
とのことでありました…!」
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