凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第2章 魔人どもの野望

回想の狂戦地ルドストン㉟

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 仄白く黎明が差し込みはじめた琥珀色の闇を割って、東の空から飛来した美麗な瑠璃色を基色とし、瑰麗な金色の幾何学模様で全体を装飾した直径100レクトに優に達する怪物級キーゴが威風堂々と大幹部連搭乗の大型飛翔系刃獣が犇めく蝟集点に進入して来たが、その王者を彷彿とさせる貫録に並み居る強者ツワモノどもは気圧されたかの様にそそくさと散開し、ぽっかりと空いた中央の空間へ当然とばかりに滑り込んだそれ●●は一度全体を金色に美しく発光させると、そのまま多数の惑星を従える恒星の如く鎮座した。

「! あれは…、

 リヤーラムの執教士長…!

 すると、おそらく“恋人”のセレージェも同伴しているはず…!」

 続々到来する神牙教軍の屋台骨を支える大物達を、遥か数千レクトの遠距離から仰ぎ見る戸倉一志にとって、奎壑は幽巴兄弟を除いて最も顔を合わせたくない存在であった。

 だが彼女●●は紛れもなく鏡の教聖が最も評価する事実上の教軍No.2であり、〘受躰の儀〙を経て晴れて首領が実体化●●●した暁には、新設された〈聖軍帥〉なる地位ステータスを約束されていると聞く…。

 これにより、現在ラージャーラ全域に展開する教軍の内、幽巴兄弟をはじめとする少数の超有力幹部を除くほぼ全ての戦力と彼らが仕切る教界が奎壑の指揮下に編入されるのではないかと噂されていた。

「まさに奎壑様こそは、

 偉大なる教聖が唯一、御自身の正真正銘の分身●●●●●●●と認められた“神牙教軍最強の大魔女”…!」

 しかも、“ラージャーラ最高の美女”とされるリヤーラムの教率者をその魔性の技で性奴隷と化さしめ(驚くべき事に、奎壑自身もセレージェを熱愛しているらしい)、この前代未聞の“人魔一体”のコラボレーションが世の不良教率者達に及ぼしたインパクトは絶大で、これこそが我が身の安寧に寄与する最善策とばかりに枢覇界志願の申し入れが殺到したのだが、鏡の教聖はその悉くを撥ねつけたばかりか、幽巴兄弟を筆頭とする“殺戮のエキスパート”にそれらの厚顔無恥な不埒者を嬲り殺させたのみでは飽き足らず、むくろにも最大級の辱めを施した上で全界の晒し者としたのてあった…。

 さて、実をいえば煬赫自身は奎壑に謁見●●した事はないのだが、妖華姫に関わっていた頃、人伝ひとづてにその熱心な仕事ぶりを称賛されて感激すると共に、結社の本部に掲げられた肖像画の美しさに魅了されて以来、彼女●●は言語中枢を痺れさせる美声でしか接する術のない、姿無き憧憬あこがれの教聖と二重写しとなってその昏い精神世界に燦然と君臨していたのであった(結果として何らの異変も煬赫を襲う事は無かったのであるから、全智全能の首領としても容認すべき事態であったのであろう)。

「…あのまま事が運んでゆけば、必ずやオレ様はあのお方の腹心に成り遂せていたであろう…。

 となれば、今頃この躰はあの“執教士長専用キーゴ”の内部にあったはず…。
 
 それなのに、あの糞龍坊主の身勝手極まる犯罪的横槍●●●●●が全てをブチ壊したのだ…!」

 荘厳なる発光現象後、再び華麗な瑠璃色に彩られた巨大な球体を遠望しつつ、今更ながら歯噛みする戸倉一志…。

 諦めの、いや往生際の悪さは地上時代そのままだが、あの●●奎壑と同じ空間に身を置いている事実に思い至ると、今更ながら“逸した大魚”への未練の焔にその胸奥を炙り立てられ、てがわれた貧相な最小キーゴの肉壁を切り裂いて大空に身を躍らせたいほどの狂おしい悲哀に苛まれるのであった…。

 …半年前、例の如く〈性泥棒凸遠征〉と自ら名付けたミッションを無事了えて、勇躍リヤーラムの主都ハシェスの裏路地に構えられた10階建ての豪奢な妖華姫本部ビルヘ帰投した戸倉を迎える者は1人として無かった。

 …これは前代未聞の異常事である!

『全くもってけしからん!

 一体誰のおかげでこの非合法組織が日々盛業を貪っておられると思っておるのか⁉

 この腕っこきの客人…いや用心棒の先生●●が足を棒にして各教界を巡り歩き、神牙教軍の恐怖を魂込めて伝道しておられる●●●●●●●●結果であろうが!

 いつもならオレ様が戻るや、入口で本部勤めの華姫や従業員を多数従えて揉み手しながら待っておる支配人マネージャーのガラギの奴め、今度その不景気面を見せたが最後、我が必殺の帯鞭の贄にして残る余生を暗闇の住人にしてくれようぞ!』

 赫怒に身を震わせつつ昇降機で最上階の支配人室に乗り込んだ“先生”を、意外極まる、そして最も憎むべき来客が出迎えた。

 現在、新枢覇界ルドストン獲得作戦という教軍挙げての一大侵攻計画において陣頭指揮に当たっているはずの“執教士長最有力候補”幽巴兄弟の長兄・陀幽巴が、金属的な光沢を放つ濃緑色の鱗に覆われた筋骨隆々の長い両脚をガラギ自慢の分厚いお宝級の石材のテーブル上に投げ出して来客用の最高級長椅子にふんぞり返っていたのである!

 そして、愚かしくも主客転倒●●●●(戸倉目線)した支配人めは自身のデスクで震えながら頭を抱えていたのであった…。

 …あろうことか立ち上がりもせず、更に信じ難い事に名すら告げずに傍若無人なる龍坊主は尊大な口調で要求のみ投げつけて来たのであったが、それによると、これまでの“餓駆竜”ゾグムに代表される〈反逆教民誅戮兵器〉としての刃獣から一歩踏み出し、“教界完全破壊“を期して創造された棘蟹クォルサ群団とそれに続いて“史上最強刃獣”魔王蛸ガヌーラが投入される[第二次ルドストン侵攻作戦]においてはかつてない大規模破壊が招来されるため、戦勝後の復興費用●●●●も天文学的な額に膨れ上がるのは必定である…。

「…従って凱鱗領執教士長たる我ら兄弟は〈教命〉を受けて目下、ラージャーラに展開する全軍に資金供与を要請しておる所だが、誉れある神牙教軍の恥部ともいうべきキサマら麗宮領の下部ですらない下等組織●●●●●●●●●●●からは特に全資産の徴収を認められた。

 そこで早速、支配人そやつに命じて明確な数字によって全容を提示させた訳だが、事前報告に比して3分の1の財貨しか保有しておらぬのはどういう事か!?

 …だが、調査によってその原因ははっきりしたわ。

 全ての元凶はキサマの力量不足にある事がな!

 この無能者めが、キーゴは玩具ではないのだぞ、

 この1年の間、一体何をしていた!?

 与し易い小悪党どもを痛ぶって得意になるだけで、したたかな太客●●連からの未払いがとてつもない額に達しておるではないか!!

 弁明出来るものなら今ここでやってみるがいい!」

 …ここから一気に煬赫の記憶は曖昧になるのだが、反論として思いつく限りの理由を挙げたのだけはハッキリと覚えている。

 まず、一度に10数人もの華姫や大量の魔薬ギャムナ注文オーダーする太客はほぼ例外なく超の付く宴会好きであり、それなりに人脈も強固であって軍関係はもちろん神牙教軍それ自体に顔が利く者も珍しくはない事。

 従ってその方面から支払い猶予について有形無形の圧力を受けるのも頻々であり、強引(業者側にしてみれば真っ当な取り引きビジネスだが)な回収はやり辛く後回しにしがちであった事。

 …尤も就任当初の、志に燃えた初々しき?“転生戦士”戸倉一志はそうではなかった。

 あくまでも「ゴネ得●●●は許せぬ」と息巻いて、彼らの要塞の如き邸宅に単身乗り込んだ挙句、待ち構えていた〈番人〉と律儀に直接対決に及んだものだったが…。

 本音を言えば、その一筋縄ではゆかぬ想定外の手強さに初回●●りたのだった。

 これは煬赫にとって意外な事実であったのだが、ラージャーラ各地には絆獣や刃獣とはいかずとも、護衛絆獣の亜種(人間との意思疎通のスムーズさは本物●●より遥かに劣る)程度の怪物ならば製造してのける〈魔獣匠〉なる怪職人とその組合ギルドが存在しており、各教界の有力者でもある太客達は腕利きの匠が手塩にかけて仕上げた“高級魔獣”を複数擁しており、身の程も弁えぬ“転生野郎”に異世界ラージャーラの怖さを教えてやるとばかりに愛獣どもを一斉にけしかけたのであった!

 だが、せめて対戦相手(常時直立歩行する灰色熊グリズリーに酷似していた。但し腕は6本で体毛は目をチカつかせるショッキングピンク)が単体であれば得意の〈帯鞭光撃〉で難なく仕留められたのであろうが、何と5体も出現、たとえ一頭が盲目となったところで無傷の面子による袋叩きは不可避という寸法。

 結局、師・樊尨直伝の〈殺闘術〉をフル回転し、死ぬ思いで2体を仕留めたところでギブアップした煬赫は、大広間にて土下座(驚くべきは彼が誰に促されるでもなくこの屈辱の姿勢を取った事実にあるが、“正体”の戸倉一志の汚辱に塗れた半生においてはもはや血肉化された作法●●●●●●●●であったのであろう)したもののそれぐらいで赦されるはずもなく、車座になった十指に余る“関係者”から夕刻に始まり翌早朝に及ぶ罵詈雑言の嵐に晒され、二度と出過ぎた真似はしまい、と固く誓ったのであった。

 以後、極度に用心深くなった自称“ウルトラトラブルシューター”はあたかも商売上手の格闘家の如く勝てる相手のみを選び、効率を犠牲にした安全策に徹して確実に妖華姫の財務状況を悪化させて行ったのであった。

 だが、それで完全に生命の危機から遠ざかれた訳ではなかった。

 魔獣ではなく素の人間相手であれば多数相手でも恐れるに足りぬとの甘い見通しもあり、未だ鮮明な精神外傷トラウマ解消の意味合いもあって必要以上に一般人の不良客を痛め付ける(グループ相手の場合、常に死者が発生した)戸倉を憂慮した支配人ガラギが忠告したのだ。

“もう十数年以上も昔から地下マーケットで出回っている、岩眼魔の目玉を特殊製法で乾燥させた粉薬を一定期間飲み続けた者は、凄まじい副作用(臨死体験ともいうべき超幻覚)を乗り越えた後に超人的な千里眼を獲得し、それによって一部の胆力と武技を誇る使用者は不可視の教軍超兵の急所(髄魄)をも特定可能のいわば最強の殺し屋=【超兵ハンター】を名乗り、ラージャーラ中で引く手あまたの存在となっている…。

 従って、貴方もこのままではいずれハンターを傭った連中から思わぬ逆襲を受ける事になりかねぬ…どうかくれぐれも自重されたし”──と。
 
 なお、余談であるが目下生死不明の“凱鱗領最強戦士”ライネットは意外にもかつては魔少年ユグマを軽く凌駕する不良少年であり、その時分にこの魔性の粉末を口にした事であの神業的狙撃能力を得たのであった…。


 さて、つい最近受けたこの親切な忠言によって震え上がった戸倉一志は対小口客のシメ上げも一気にトーンダウン、必然的に回収率も更なる低下に見舞われたまさにその最悪のタイミングでこの招かれざる客●●●●●●は現れたのであった。

 …だが必死の弁明に理解を示すどころか、非情なる使者は怒りのボルテージを更に急上昇させてしまったらしい。

「この大うつけ●●●●めが!

 キサマそれでも教軍構成員か!?

 そんな言い訳が通ると思っているとは正気の沙汰ではないわ!

 …いや、そもそもがキサマはラージャーラとは何らのえにしをも有せぬ根無し草同然の“異界者”であったな…。

 尤もそれであるからこそ斯くの如き賤業●●に甘んじているのであろうが…、

 お前など使うくらいなら、よく訓練された教民兵を傭った方がよっぽどマシだわ!

 あえて口にするのも憚られるが、偉大なる教聖の全創造物中、此奴こやつ最悪の失敗作●●●●●●である事だけは間違いない…。

 出来れば今すぐその腐れ髄魄を握り潰してやりたい所だが、教聖はあくまでキサマに任務を完遂させよと仰せになっておられる。

 従って3日間だけ猶予をやる、

 今すぐ出発し、債務者●●●どもの棲み家を隈なく駆けずり回って未払金を一銭残らず回収して来い!!」

 …この瞬間、煬赫はキレた!

「何が教軍超兵だ、龍坊主だ、凱鱗領執教士長だ!

 フザけんじゃねえ、このオレを誰だと思ってやがる!?

 天下の戸倉一志様●●●●●●●●だぞッ!!

 そんなに大事な金なら、当事者●●●のテメエが回収して来やがれ!

 だがその前に、この”漢・一志”が礼儀知らずの化け物に人間様に対する口のきき方●●●●●●●●●●●●を教えてやらあ!!」

 赫怒の証である暗赤色に全身を変色させた“赤系虹ミイラ”の両手●●から、必殺の帯鞭が陀幽巴の顔面に向けて邪悪な大蛇が獲物に殺到するかの如くしゅるしゅると伸びた!

 

 

 

 
 


 
  
 



 

 









 
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