凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第2章 魔人どもの野望

回想の狂戦地ルドストン㉙

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 予期せぬ闖入者との忌まわしき対話を終えたライネットは、龍坊主・巍幽巴を仕留めるべく、再び武器庫を後にした。

 目下、回廊で激闘中の“巨獣対決”は、どちらも技などハナから度外視、天に授けられた本能の赴くままに暴れ抜くタイプであろうが故に、勝負は長引く事が予想された。

 無論、味方であるはず●●護衛絆獣バデラが首尾良く教軍超兵の髄魄をその剛力で抉り出し、握り潰せば万々歳だが、凱鱗領最強戦士の見立てでは両者の実力は拮抗しており、かような“鮮やかな結末”は望むべくもないようであった。

 さるにても、先程底知れぬ戦闘力の片鱗を垣間見せた縻幽巴を見るにつけ、彼とほぼ同格かあるいはそれ以上の存在であろう他の二匹●●●●の龍坊主は、これまで彼が仕留めてきた五体の個体とは根本的な次元の違いをまざまざと感得させる。

 その点、茄子紺色の巨漢はデカさから発生するパワーこそ脅威だが、饒舌な臙脂色が発散する、ある種の超越的な殺気が決定的に欠落していた。

『…バデラには悪いが、巍幽巴あやつ一匹にいつまでも時間を浪費する訳にはいかない。

 何よりも、敵は龍坊主だけではないのだ、

 ケエギルに引き続きチェザックまでもが踵を接して教界ルドストンを去ったとなれば、蛇の頭●●●を喪った統衞軍、いや叛乱軍は大混乱に陥るはず…。

 ここで気になるのが主都特守部隊長のトゥーガだ。

 遥か以前より、私が誰よりもその能力に脅威を覚え、野心を危険視して来た“超軍人”…!

 薄々察していた奴の立ち位置は暗殺者ユグマがあまりにも容易く教宣室に侵入出来た事で鮮明となったが…、

 この急展開はさしもの軍内屈指の切れ者にとっても想定外、まさに唖然とする思いであろう…。

 だが目敏い奴の事だ、寧ろこれを奇貨と捉え、八面六臂の行動力で野望の成就に向けて動き出すはず…!

 その際、当然ながら“結託相手”は教軍一択●●●●で望みたいところだろうが、ここで一時とはいえ海龍党ワーズフに加担した事実を縻幽巴らがどう考えるか?

 尤も、トゥーガが及ぼす若者達への影響力をはじめとする今後の利用価値に比較すればそれは瑕疵に過ぎんともいえるが。

 …しかしそれらは全て、神牙教軍れんちゅうが人間と共存●●しようとする場合のみに有効となる仮定に過ぎんが、な。

 いずれにせよ、両巨頭●●●が表舞台から退場しようとも、事態の厄介さに些かの改善の萌芽も生じはしないのだ…。

 何はともあれ、まずは一刻も早くあの茄子紺色デカブツを仕留める。

 そして万一、私の加勢にバデラが異を唱え、あまつさえこちらに向かって来るならば、その時●●●は…!」

 …意を決して開扉した時、二匹の巨獣の影はかなり入口方向に移動していた。

 どうやら壮絶なド突き合いを演じつつ、後ろ足でじりじりとそちらに誘導●●しているのは茄子紺色の巨漢龍坊主のようであったが…。

 パンチの破壊力はほぼ互角のようであったが、バデラの拳が龍坊主の上体を所構わず撃ちまくっているのに対し、巍幽巴の方は巨猿の全身を覆い尽くす〔朱陣鎧〕に妨げられ、顔面に攻撃を集中せざるを得ぬハンデを負っていた。

 しかし、いかなる偶然の神の悪戯か両者の膂力はほぼ互角であり、それ故に鎧の重さの分だけバデラの動きは巍幽巴に後れを取っていた。

 その証左か、既に護衛絆獣の右眼は塞がり、巨大な鼻孔からは暗緑色の血潮が噴き出しているが、海の教軍超兵の外貌にほぼ変化は認められない。

 未だ視力も回復せぬ状況下でのこの当て勘の冴え●●●●●●は、“格闘戦の申し子”ともいうべき龍坊主の面目躍如といった所か。

 攻勢に乗って、巨漢龍坊主は吠えた。


「この臆病者め!

 貴様の躰はかくも鈍重な鎧で守らねばならぬほど脆弱なものなのか?

 そうではなかろう、

 狡猾にして懦弱なる人間どもに飼い慣らされた、野性を忘れ去った哀れな獣の心を支配するのは、人間やつらと同じくただ痛みへの恐怖のみ!

 それならば勇者を気取って拳撃などにこだわらず、さっさと隠し持った武器に物を言わせるがよい!

 このまま打ち合いを続けるならば、貴様に万に一つの勝ち目もないぞ!!」

「ルガアラララアララアアアッ!!」

 なまじの戦士より遥かに誇り高きバデラにとって、この高言はとても聞き逃せられるものではなかった。

 “増上慢の報いは、われの与え得る最も苦痛に満ちた死によってあがなわせる!”

 腰のベルトに配置されたダイヤルで朱陣鎧の放熱機構を全開にした護衛絆獣は渾身のパワーでがっちりと敵の巨体を抱き抱え、全身が地獄の放熱板と化すのをしばし待つ。

 一瞬、躊躇した巍幽巴であったが、敵の意図を覚るのに時間はかからなかった。

「ぐぬうっ!?

 き、貴様、

 つ、遂に出しおったな!?

 絆獣聖団仕込みの姑息な手をっ!!」

「ムゥルラララルアアアアラアッ!!」

 咆哮と共に更に締め上げるバデラの左眼もまた焔を噴き出さんばかりに真っ赤に照り輝き、やがて両獣の接触面からはぶすぶすと黒い煙と、香ばしさとは真逆の生臭さの極みの如き異臭が立ち昇る。

「ぎぐわぎゃああああっ!!」

 …とにもかくにも灼熱の拷問から逃れるため必死の教軍超兵は、苦鳴しつつも12本の太い指先に何時の間にか出現させていた0.1レクト(7.5cm)ほどもある兇猛な爪で巨猿の顔面を掻きむしる。

「ルガアラァッ!?」

 さしもの強靭なる護衛絆獣も激しい痛みに一瞬怯むが、敵の悪足掻きにむしろ自身の優勢を確信し、死んでも離すものかとばかりに更なる金剛力を込めんとしたまさにその時、信じられないほどの虚脱感がその全身を駆け抜けた!

 一刹那、緩んだ万力。

 いくら兄弟達から愚鈍のそしりを受ける幽巴一族の三男坊とはいえ、この機を逃す程に痴愚ではなかった。

 あまつさえ、離れ際に反撃さえやってのけたのだから。

 しかも秘かに“必殺技”と自負する、鮫口での渾身の噛み付き●●●●●●●●●●●を炸裂させ、巨猿の右頬肉をごっそりと食いちぎってのけたのだ!

 だが、顔面の激痛もさる事ながら、未だ謎の脱力現象に苛まれるバデラは傷口を押さえながら片膝を突き、さながら完全無防備の状態。

 喉の奥で鳴る遠雷の如き唸り声は、先程までの威勢が根こそぎ消失したこの上なき証左であった…。

 片や起死回生を果たしたかに見えた海の教軍超兵だが、彼もまた躰の前面を無残に灼き焦がされたダメージは深く、噛み裂いた巨大な肉片を吐き出すと同時に反撃に出るどころか、まず中腰となって石柱を彷彿とさせる太腿にグローブの如き両掌を置き、懸命に呼吸を整える有様。

「…どうだ、思い知ったか?

 我が幽巴一族に伝わる〈海瞑毒〉の威力を…!

 ありったけを注ぎ込めば、あの餓駆竜ゾグムさえ瀕死の状態に追い込み得るこれ●●を、しかも爪のみならず牙からも注入されて、果たして再び、あの恥知らずな咆哮を上げ得るかな…?

 …ぬくくっ…、

 しかしながらこの痛み、耐え難いものがある…。

 一刻も早くこの戦いに終止符を打ち、〘受躰の儀〙に間に合うべく処置せねば…!

 …だが、アイアスめ●●●●●は一体何をぐずぐずしておるのだ…!?」

 
 …統衞軍の技術の精華ともいえる特殊装甲服の隠形ステルス機能をフル稼働させ、ほぼ透明化して両獣に接近していたライネットに絶好の狙撃チャンスが訪れた…!



 

 






 

 
 

 

 


 

 



 
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