凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第2章 魔人どもの野望

回想の狂戦地ルドストン㉔

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「…ライネットも災難だな…、

 望みもしなかった執務長に抜擢されたばかりに、あんな怪物とらなくてはならんとは…。

 しかも、原型●●を留めぬほど変わり果てたとはいえ、相手は大親友の“一粒種”なのだから、闇雲に撃ち殺す訳にもいかんだろう…。

 さて、この難敵をどう牛耳るか、特等席でとくと拝見させてもらうとしようか…、

 何にせよ、アテにしていた総司令ケエギルがこうもあっさりと退場してしまった以上、ジタバタしても始まらんからな…。

 ま、いずれにしろ鏡の教聖が〈受躰〉してしまえば、そこであの老豚の命脈は尽きていた訳で…、

 夢を見ながら死ねた分だけ、幸せだったのかもしれんな…」

 〈地下1階〉の37台の監視カメラ全てと連係し、“生体反応”を捉えたレンズのみを最も見易く自動編集して小型スクリーンに映し出すタブレットを取り出したまさにその時、隻眼の特守部隊長は全身を凍り付かせた。

 つい先刻、魁夷なる殲闘者にくっ付いて●●●●●戦場に踏み込んで行ったはずの海龍党頭目が、あろうことか彼の右肩に止まっていた●●●●●●のだ!

「うおっ!?

 こ、これは一体…!?」

「きけけけけ…、 

 何もそれほど驚く事はないであろう、

 …特守部隊長よ、我々は既に“盟約のちぎり”を結んだ仲ではないか?」

 地獄の魔蟲が突き刺してくる、いかなる詐欺師よりも狡猾にギラつく真紅の眼光に総毛立ちつつも、それに半ば抗し難き魔力を感得しつつある自分を発見し、トゥーガは愕然とした。

「…偉大なる呪念士よ、

 暗殺者ユグマと行を共にするのではなかったのですか…?」

 ようやく絞り出した自らの声が微かに震えている事に気付いた歴戦の勇士だが、その事実に対して何の感情も覚えはしなかったのは何故か?

 その答えは唯一つ。

 総司令ケエギル亡き後、次なるパトロン●●●●●●●はこの“人面蜘蛛”しかあり得ぬと無意識ながらも認めたからではないのか?

「…どこまでも賢明なる御仁じゃ…、

 貴殿の如き人物こそ、時代がいかなる激変に見舞われようと寧ろそれを撥条バネとして、より強壮なる存在へと昇りつめてゆく風雲児なのであろう…」

 …魔界からの賛辞は、ここらで留めさせておくのが賢明とでも判断したか、曖昧な愛想笑いでそれを受け流しつつ、隻眼の特守部隊長は話題を転じた。

「…どうやら、ユグマの進化●●も最終段階に達したようで…、

 まあ、最初の襲撃から殲闘躰あれで望めば確実に成功したのでしょうが、そうなるとロゼムスの名を利用出来ず、と…。

 なかなか思惑通りに物事は運べぬものですな…、

 既にご承知の事とは存じますが、次期教率者の座を掴む寸前であった総司令が不慮の死を遂げた如く…。

 ところで御頭目●●●よ、ここでどうしてもお伺いしたい事があるのですが…?」

 このにわか作りの呼び名に苦笑しつつ、ワーズフは黄色い牙を剥き出した。

「…ほう、ケエギルが死んだとな?

 こと情報収集に関する限り、人後に落ちぬ自負を抱いておったが、かくの如き重大事件に不明であったとは汗顔の至りじゃ…、

 まあ、大方、我欲剥き出しの劃領為治者との交渉がもつれた結果であろうが、老いたりとはいえたかが一般教民にあえなく討たれるとは、凱鱗領軍人の風上にも置けぬ醜態…、

 その最期に至るまで、ここまで醜悪さのみに染め抜かれた一生もある意味稀少といえるの…。

 …さて、何を訊きたいのであるかな?

 返答が可能な事柄であれば、如何なる問いにも応じる所存じゃが…」

「…それではお訊き致します。

 おそらく、はここでどのような手段を用いてもバジャドクの首を獲る心算であろうと推測致しますが…、

 …果たして“最終手段”として、

 奴に自爆攻撃を仕掛けさせる●●●●●●●●●●●●●おつもりはあるのでしょうか?」

 次の瞬間、鼓膜をズタズタに切り裂く様な魔的な哄笑に直撃された隻眼戦士は、不快さに耐えきれず顔をしかめたついでに小さな舌打ちすらかましてしまったのだった…。

「きけけけけけけっ!

 さすがはルドストン…、いや、

 ラージャーラ屈指の戦鬼にふさわしい問いじゃ…。

 無論、一度ひとたび暗殺者としてった以上、そこまでの覚悟を持つのが当然であり、そしてそれが理想ではある、が…。

 これは〈殲闘躰〉の唯一の欠点ではあるが…、

 創造者たるこの私にしてからが、如何なる手段を尽くそうとも、ユグマに自己破壊を強いる事は不可能なのだ…!

 けけけ…、

 何故ならば聰明なる戦士トゥーガよ、

 殲闘者ユグマを衝き動かしているものは、唯ひたすらな、

 未来への希望●●●●●●のみであるからじゃ!」

「未来への希望ですと…?

 あの怪物が…!?」

 冗談言うな、と唾棄せんばかりの精悍なる戦士に、何者かの悪夢から這い出してきた怪虫はしかつめらしく応じる。

「さよう…、

 他者からは如何に異様に見えようとも、今現在の彼奴は夢と希望に燃える若者●●●●●●●●●●そのものなのじゃて…。

 きっけっけっけっけっけっ!

 …これが嗤わずにいられようか、

 奴は死ぬ事すら、自らの意志では叶わぬのだ!

 …即ち、見事使命を果たして悲願を成就するか?

 或いは無様に敗北して勝者に死を賜るか…?

 …文字通り、2つに1つじゃ!!」

 …こうして疑問は氷解したが、既にトゥーガの心は別なる…そして遥かに深刻な事象に囚われていた。

 彼は恐怖に駆られていたのだ。

『…このクソ虫がさっきから…、

 いや、最初ハナからオレを見る目付きは一体、何だ?

 不気味すぎる、あまりにも!

 …コイツは絶対、何か良からぬ事を企んでいる…。

 ひよっとすると…、

 いや、待て、それ●●は最悪だ!

 断じて、そんなはずはない!

 おお、天響神エグメドよ、そうでありましょう?

 だが、あの吐き気を催すイヤらしい笑い…、

 今夜の悪夢を約束する●●●●●●●●●●、10本の肢の奇怪な蠢き…、

 …間違いない、コイツ、興奮してやがる、

 新たな獲物を見付けた歓び●●●●●●●●●●●●に…!?』

「…あの気位だけ一人前の愚鈍な色餓鬼と異なり、何と利発なる頭脳と鋭敏なる感覚の持ち主よ…、

 まあ、ユグマあやつ如きと比較される事自体が誇り高き主都特守部隊長としては業腹であろうが…。

 …さしもの最極呪念士たる私も、体内に残る〈神命液〉はあと僅か…。

 更なる延命を図るには、全ての神命液これを注ぎ込み、

 わしが貴様に成り代わる●●●●●●●●●●●しかないのじゃっ!!」

「させるかあッ!

 この虫ケラがっ、てめえこそ串刺しにしてザチェラの砂漠に叩き帰してやるわっ!!」

 ことナイフ術に関する限り、凱鱗領最強戦士ライネットをも凌駕するトゥーガの鋭刃が電光石火の早業で右の肩口に飛ぶが、標的が従容と受けるはずもなく、尖端は無残にも自らの肉を抉ったのみであった…。

 うぐっ、と呻く攻撃者…だが次の刹那、自傷行為で生じた痛みなど比較にならぬほどの激痛が後頭部…正確には延髄…に発生した!

「きっけけけけけけけっ!

 こうして理想的な肉体を得たからには、同じく受躰する教聖と凱鱗領の…、

 否、ラージャーラ全界の教率者の座を巡って争うのも悪くはないのう…、

 …いや全く、面白くなってきたものよ!!」

 かくて特守部隊長の右手からタブレットが床に落ち、続いて2.6レクト(195cm)、470フォセア(94kg)の筋骨逞しいエリート戦士の肉体が崩れ落ちたのであった…。


 


 


 




 



 



 

 







 


 

 

 
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