凶幻獣戦域ラージャーラ

幾橋テツミ

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第2章 魔人どもの野望

回想の狂戦地ルドストン㉓

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 〈隠し小部屋〉が設えられている地下1階まで下降した昇降機の扉が開いたまさにその時、教率者バジャドクは、

「そ、それは真実まことかっ!?」

 と叫んだ。

「……?」

 絶対者を護衛するため先に降りようとした執務長ライネットと玉朧拳師が驚いて振り返るが、老人は彼らに注意を払う事なく、全身を小刻みに震わせながら虚空を見つめていた。

「…相分かった…、

 困難な通信状況の中、よくぞ報せてくれた…。

 感謝するぞ、まさに諸君こそ教民のかがみたるまことの“愛界者”じゃ…!」

 …どうやら、教率者の耳殻に埋め込まれた超小型通信機に、彼のみが有する特殊チャネルを通じて何らかの“仰天情報”がもたらされたらしい、と察した2人の腹心は、固唾を呑んで白髭に覆われた絶対者の口許を注視する…。

「…つい今しがた発生した緊急事態を、【反動監視網部】の精鋭達が万難を排して送信してくれた…。

 …これは我々…いやルドストン凱鱗領として慶賀すべき事象と確信するが…、

 湾線統衛軍総司令ケエギルが、ボルザ市の劃領為治者との面談中、突如激昂した彼に毒針銃で射殺されたそうじゃ…!」

「何と…!」

「うむ…、

 この人物、どうやらケエギルが密かに耽っていた“淫祀邪教”の【火原の美獣】とやらの幹部信徒でもあったらしい…、

 しかも彼奴に取り入るため、愚かにも愛娘を“性奴隷”として献上したものの、事前の約束に反し、一切連絡が取れなくなってしまったという…、

 …実はここまでは我々の方でも内偵を進めていたのだが、猖獗を極める刃獣どもによって危殆に瀕したボルザの利権の補償協議も含め、血相を変えて“上都”した為治者が奴を問い詰めたところ、娘が既に死亡している事を白状したらしい…。

 …どうやら、性的に玩弄するのみでは飽き足らず、護衛者として強靭な“女戦士”を求めた彼奴が無謀にも大量の狂魔酒を摂取させた事が死因であったそうじゃ…。

 …まさに鬼畜の所業としか、形容する言葉も見当たらぬわ…」

「……」

「だが、この邪教結社が手なずけておる教界要人がケエギル…いや、軍関係者のみに留まらぬ事は自明の理であり、実業及び芸道従事者にも多大な支持層を擁しておる事は、神牙教軍や海龍党の脅威とは異なる意味で我が教界の嘆かわしき宿痾というべきであるが…」

「…いずれ、いや既にこれらの勢力と何らかの共闘関係を結んでおる事は十分に考えられますな…。

 そして、もしそうであるなら、ケエギルの後継たる新たな傀儡が出現するのも時間の問題…」

 玉朧の言に厳しい表情で頷いた老教率者は、静かなる殺気を立ち昇らせる執務長に決然たる口調で命じた。

「ライネットよ、ここからは私と拳師で懸案をこなそうと思う…、

 お前は早急に、ロゼムス公の消息の確認と、教軍の尖兵と成り果てた息子ユグマの保護…いや、捕獲●●を成し遂げてもらいたい…、

 …なお、後者についてだが、

 今後の危険性の度合いによっては殺害もやむを得まい…」

 3人の戦士もののふの厳粛な視線が宙空で結ばれ、彼らは静かに頷き合った。

「…かしこまりました。

 それでは一旦失礼して、至急に任務を遂行致します」


 “万一、僥倖によって兇弾から逃れ得た場合、教率者が逃げ込むのは地下1階の隠れ小部屋だ”

 …事前に特守部隊長トゥーガから情報を得ていた若き暗殺者は、幅2レクト(150cm)ほどの非常階段をおよそ35フォセア(7kg)に達する重量の戮弾電銃を携えたまま、魔風の如き凄まじい速度で駆け降りていた。
 
 昇降機(教界関係者用)を使わなかった理由は、既に“時の人”となってしまった自身をいたずらに人目に晒す事で海底宮殿内にパニックを巻き起こしてしまい、バジャドク暗殺という目的に支障を来すのを警戒したのだが、それよりも全身に漲る爆発的なエネルギーを抑えかね、たとえ0.3アトス(約1分間)でも函の内部に閉じ込められるのが耐えられぬからでもあった。

 そして何よりも、彼は希望に燃えていたのだ!

 それは、化粧室内で身支度を整えた後、彼の運命を変えた“最極呪念士”ワーズフが耳許で囁いた一言にあった…。

「…見事誅殺を果たせば、煌輪塔ホテル最上階の〔教率者専用室〕は褒賞として永遠にお前の物じゃ…、

 晴れて其処で憧憬の…いや、正統なるであるリサラ=ハギムラの美しき肢体を、心ゆくまで堪能するがよい…!」

 無論、鏡の教聖が萩邑りさらへの〈受躰〉を狙っている事を海龍党頭目として熟知している地獄の魔蟲が弄した甘言が端から実現不可能である事はいうまでもない…、

 だが、その恐るべき計画を夢にも知らぬ魔少年にとって、によって注ぎ込まれたあまりにも魅力的なこのヴィジョンは、既に興奮の極みにある野獣の脳髄を更に沸騰させるに十分な破壊力を持っていた…。

 地下1階はいわば教率者の“プライベート空間”であり、その面積のほぼ半分はあたかも煌輪塔ホテルの軸塔を彷彿とさせる直径100レクト(75m)の、円型スペースに占められ、ハジャドクらが駆け込んだのが直径47レクト(およそ35m)の“真の中心軸=隠し小部屋”であり、その周囲を幅27レクト(約20m)の5つに仕切られた秘密部屋が取り巻いていた。

 つまり、昼夜問わず各種潜航艇が出入りする直径270レクト(約203メートル)の発着場である第1層よりもかなり手狭な空間であったのである。

 そしてここに直接到達する手段は、バジャドクらが用いた秘密昇降機以外では現在ユグマが駆け下りている非常階段以外に存在しなかった(教界関係者用昇降機では1階から非常階段に切り替えねばならぬ)…。

 〈隠し小部屋〉を出たライネットが向かったのは、それに隣接する5つの秘密部屋の一角であった。

 実はこれらは“教率者の最側近”たる彼とロゼムスに賜与されており、執務長は〈個人用武器庫〉及び射撃訓練も可能な〈トレーニングルーム〉に、天才技術者は〈工作室〉そして〈資料室〉として利用し、残る一室は不慮の籠城●●●●●等を強いられた際の非常用物資の貯蔵庫となっているのであるが、どうやら今回、“初使用の機会”が訪れたようであった…。

 執務長が足を踏み入れた彼の武器庫は、このあるじにふさわしい一種異様なる威容●●●●●●●●を備えていた。

 殆ど、黒一色の空間なのである!

 壁の格子状ラックに所狭しと吊り下げられた殲敵鋼銃は30種類を超え、誇り高き統衞軍兵士にしてその手に握れるのは500人に1人とされる“精鋭中の精鋭の証”戮弾電銃さえも18種に及ぶ歴代全ヴァージョンが当たり前のように掲げられている。

 そして玄室●●の最奥部で凶々しい光を放っているのは、教界の“戦史遺産”ともいうべき各種刃器…長・短剣、長・短槍、様々な形状の弓矢類、戦斧、果ては鎖分銅やつぶて類に至るまでが網羅されている…。

 中でも執務長自身によって最も価値を認められているのは、〈霊煌石ゼルーム輸送船〉の乗組員であった若き日の教率者が猛悪な盗賊を見事刎首してのけた、決して名刀とは呼びかねる赤錆びた長剣であった。

 だが“凱鱗領最強戦士”はそれらを手に取るどころか視界に入れる事すらなく、彼が真っ直ぐ歩み寄ったのは部屋の中央に鎮座する、直径3.5レクト(約260cm)の“漆黒の金属球”であった。

 そして指先が表面の、これも円形に配置された丸いボタンを素早く叩くや、球体側面に横向きであれば人が余裕で滑り込める隙間スリットが出現した。

 かくて武闘派執務長は、黑羅紗地の柔らかな詰襟スタンドカラーの上着のファスナーを開いて黒い編み細工の脱衣籠にそっと放り込むと、続いて同じ生地のスラックスも二つ折りにしつつ収納する。

 〈仕事着〉の下に彼が纏っていたのは、“極薄のウエットスーツ”ともいうべき〈戦闘衣〉であったが、壁の姿見で新たな出で立ちを確認する事もなく、直ちにスリットの奥に身を滑らせた…。


 …暗殺者ユグマの足は、後百段あまりを残した非常階段上で停止していた。

 直前に最極呪念士が囁いた言葉が、あまりに衝撃的だったからである。

 あろうことか、魔蟲はこう断言したのだ、

 “史上最悪の教率者バジャドクは、

〈永遠の生命〉を得るため、萩邑りさらの生き血を一滴残らず啜り尽くそうとしている!”

 …と!!

 …そして現在、彼女が幽閉されている場所こそ、“淫狂”のバジャドクが教界の美しき乙女達に対して数々の狼藉に及んできた、煌輪塔ホテル軸塔最上階の最上階専用室であったのである…!

 異形の海龍党頭目は緊迫した口調でこう諭した。

「よいか、彼奴めは〈隠し小部屋〉に一旦身を潜めた後、直ちに発着場にて潜航艇に乗り込み、一路ベウルセンに向かうつもりじゃ!

 ここまで完璧に追い詰められた以上、おそらく自身の敗北●●は覚っておる事じゃろう…、

 だが、それ故にこそ、

 〈永遠の生命〉だけは我が物にせんとの妄執に憑かれておるはず…!

 …私がこの恐るべき事実を最初の襲撃の待機中に告げなかったのは、彼奴に狙いをつけるお前の手元が怒りのあまりに狂うのを懸念したからであるが、もはや一刻の猶予もならぬ。

 よいか、勇者ユグマよ、

 繰り返すが、残された時間は僅かじゃ。

 ここで奴を逃せば、最愛のリサラの命はないものと覚悟せよ!

 さあ、行け!

 最強にして不死身の【殲闘者】となって!

 そして私が告げた様に、最強者の居城にふさわしい煌輪塔を奪取し、遥かなるアルサーラを見晴るかす最上階において囚われの美しき操獣師を救出し、正当なる権利として我がものとするのじゃ!!」

 …かくて、狂獣は咆哮した。

 魔少年の肉体が、驚異の変貌を開始した。

 みるみる全身の筋肉が膨れ上がり、頭髪は帯電したかの如く針の様に逆立つ。

 そして爛々たる眼光は瞳を消し去るほどに輝きを増し、やがて双つの白熱球と化した!

「ぎぐわぎゃあああああっ!!」

 自身の体内で荒れ狂う超高圧のエネルギーに耐えかねたように、怒りの咆哮は苦悶の絶叫へと変わったが、却ってそこから筋肉の超進化●●●には拍車がかかった。

 頑丈なボディアーマーの各ベルトが千切れて弾け飛び、強靭な戦闘服の特殊繊維が裂け散る!

 かくて完全なる殲闘躰となったユグマがもどかしげに衣類の残骸を振り払う様は、彼が人として存在する事を遂に放棄した“訣別宣言”の如くであった…。

 今や彼が赤銅色の巨岩の如き凄まじい筋肉の鎧以外に身に帯びているのは、腰に巻く数十本の〈棒状ナイフ〉をずらりと挿した堅牢な金属ベルトと膝下で千切れ去った漆黒のズボン、そしてもはや小銃並みにスケールダウンしたかに見える戮弾電銃のみであったのである…。

 …緊張した面持ちで地下1階の入口で怪物を待ち構えていた特守部隊長トゥーガに一瞥もくれず、彼が開け放った僅か3レクトほどの空間を殲闘者ユグマは疾風の…否、嵐の如く駆け抜けた!



 


 




 
  

 

 

 

 








 

 

 

 














 

 
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