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第2章 魔人どもの野望
回想の狂戦地ルドストン⑰
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剛駕崇景は敵の襲来を望んでいた。
しかも、迎撃の舞台として、教率者の全教民に向けての演説会場に勝るものはないと確信していた。
そして、特守部隊員アイアスを感嘆させた、玉朧拳師直伝の“必殺拳法”の限りを尽くして教軍の刺客を制圧する勇姿を最も目に焼き付けてほしいのは、言うまでもなく萩邑りさらと鄭 雅桃という聖団が誇る2人の美女であった。
彼女たちは現在、煌輪塔ホテル軸塔最上階において空軍との共同ミッションに向けてのブリーフィングに臨んでいるはずであったが、少なくともバジャドクの演説中はそれを中断して海底宮殿からの“生中継”に見入るはずであろう。
『是非とも、かつての師がその武名を一気に高める契機となった様に龍坊主に現れてもらいたい。
玉朧が繰り広げた3時間に及ぶあの“伝説のレシャの死闘”を再現、いや凌駕する自信は十分にある!
…ふふふ、そうなったなら、あの2人を同時に虜にしてしまい、どちらを嫁にするか対応に苦慮することになりそうだ…。
だが、もし敗者が自殺未遂することにでもなれば今後の聖団での栄達において悪影響を及ぼすことは必至だから、その時はこのセックスアピールの塊の如き肉体を駆使して慰めてやらねばならんな…!
いや、モテる男というのも中々辛い役回りよ…!』
無邪気な?妄想に耽る若き錬装者をよそに、統衞軍最強戦士は〔コンソールリング〕の一角に陣取るオペレーターと何やら“密談”していたが、やがて激励するかのようにその肩を叩くと、胸元まで垂れる白髭を撫でつつ瞑目する教率者の傍らへ戻った。
「…死霊島から放たれた水棲刃獣と交戦中の海軍潜水艇部隊のおよそ3分の1が損耗した模様です…、
尤も、敵も襲来した100匹の内、頼もしき援軍の強大なる戦力に相助けられたこともあり、約半数を撃破したことが確認されました…」
ここで、歴代初の“武闘派執務長”は、バジャドクの背後に控える玉朧拳師をちらりと見やったが、絆獣聖団が誇る“武神の目”を以ってしても、30代半ばと思しき偉丈夫の、鋼の如き眼光を放つ窪んだ瞳の奥底に、いかなる感情をも読み取ることが出来なかった。
『…全く、誇張抜きに霊煌石の如くに堅固なる精神だ…。
よもや、地上においてすら消滅したかに見えるこれほどの達人を、この異界にて発見することになろうとは…!
恐らく、彼の戦闘力たるや、決して射撃能力のみに留まるものではあるまい…、
いや、私のささやかな経験から来る勘によれば、むしろその本領は未だベールに包まれる格闘能力にこそあるのではないか…?』
一方、就任以來、最も激越な苦悩の渦中にある教率者は力なく頷いた。
「相分かった…、
拳師よ、いつもながらの聖団による何ら見返りを求めぬ命懸けの献身に、心より御礼申し上げますぞ…。
そういえば、“島の支配者”…確か摩麾螺といったか、彼奴との決戦に挑むべく出立したスペンサーらの動向はどうなっておるのかな?
果たして、彼らの消息や如何に?」
この問いに答えたのは、教率者の左後方に座す初老のオペレーターであった。
「…その件に関しましては、現在、レーダーに死霊島周辺空域に飛行体は確認されておりません…、
尤も、島内を超低空飛行しておるとすれば探知し得ていない可能性もありますが…」
「…デルタスライダーは強力な〈隠形機能〉を備えておりますから、攻撃の多面性を維持するためにも全機が着陸しているとは限りますまいが、私が常に携帯しておる錬装者専用通信機である〔晨絆器〕も長時間、遠征隊との接続が絶たれておる状況でして…
崇景、お前の方はどうだ?」
「実は…全く同様です。
まさか、いかに独立不羈の精神に富むCBK総帥といえど、自分から連絡を遮断するなどとは到底考えられぬのですが…」
星拳鬼會の若きエースも殊更深刻な表情で応えるが、真相は自身の活躍をりさら達に披露する“栄光の瞬間”のシミュレーションに忙しく、晨絆器をチェックするどころか遠征隊の消息など端から念頭に無かったのであった。
「…無事で戻って来てくれればよいが…、
何より、彼らの如き“無私の勇者”を喪うことは、ルドストンは無論の事、ラージャーラ全体の損失なのじゃからな…」
海底宮殿の“最重要エリア”ともいうべき第7層の守護を託されているのは主都特守部隊から選抜された“最精鋭の人材”によって構成された【教率者親衛隊】であるが、“最強の携行兵器”である戮弾電銃を携えた誇り高き20数名の中に、唯一人、この床に立つ資格を有せざる者が紛れていた。
「ユグマ、こっちだ」
“金色の大波と白銀の剣”をあしらった、統衞軍のマークが大きく染めなされた濃い群青色大型アタッシュケースを提げた隻眼の特守部隊長トゥーガに導かれるままに、彼らと同じ浅葱色のボディアーマーを纏った少年兵士が2人の護衛が左右に控える青い扉に向かう。
「御苦労」
“地上式の敬礼”こそ交わさなかったものの、威厳に満ちたトゥーガの振る舞いと衛兵…いや、フロア中の隊員たちの畏敬に満ちた眼差しは、彼がいかに隊内において偶像視されているかを如実に窺わせた。
「ふふふ、実はここは秘密の部屋でも何でもなく単なる化粧室なんだが、こういう場所にこそ目を光らさねばならんのが非常時におけるセオリーというものでな…」
ここでいかなる野心の成就のためか、叛乱側に身を投じた古強者は唯一残った右眼を陰険に光らせ宣った。
「事実、お前はここで歴史に名を残すべく正義の暗殺者に変身するのだからな…」
教率者が執務長と2名の聖団員を従えて中央司令室を出て、教民へのメッセージを送る際に常用する〔教宣室〕に入ったのは暗殺者が化粧室に籠ってからおよそ2アトス後であり、演説開始時刻である《央月刻》(午後10時に相当)まで丁度1セスタを切った頃であった。
…そして、バジャドク畢生の大演説が開始されて8アトス(24分間)が経過し、教界存続のためどうしても教民に多大な犠牲を強いる“地底化”が避けられぬ事実が強調される、まさに演説の要の部分に差し掛かった瞬間、異変が勃発した!
いきなり開いた入口から、漆黒のボディアーマーと、同色の高機能バトルスーツに身を鎧い、戮弾電銃を構えた刺客…魔少年ユグマが乱入し、明らかに常人には不可能な雷鳴の如き大音声を轟かせたのだ!
「よく聽けい!
我が名はユグマ、姓は偉大なる軍人教率者ミグニスが定めし通り、
同胞とひとしなみにルドストンなり!
あえて述べるが、我が父はその発明の才により、教界に多大なる貢献を成し遂げし〈15氏族筆頭〉のロゼムス公である!
自身の無能さ加減を省みることもなく、罪無き教民のみに多大なる犠牲を強いる史上最低最悪の教率者バジャドクよ、今こそ覚悟するがいい!
怒れる人々に成り代わり、天響神の裁きの鉄槌を今ここに代行する!
──死ねえいッ!!!」
絶叫と同時に銃口から噴き出した白光!
それは、暗殺者の出現を認めた瞬間に演説台前に飛び出した護衛者の右胸に炸裂した!
「うぐはあっ!?」
入室してすぐに錬装し、自慢の“蒼い虎”を象った磁甲を纏った剛駕崇景…だが、初めて体験する戮弾電銃の直撃は、想像を遥かに凌駕する衝撃と苦痛をもたらした。
そして現在600フォセア(120Kg)に達する錬装者は大きく後方に吹き飛ばされて無様にも演説台に激突し、尻餅を着いた状態であろうことか痙攣まで起こす醜態を満天下に晒すに至ったのである…。
幸いにも、不肖の弟子よりも迅く行動を開始した玉朧拳師に抱えられて飛び退った教率者の姿はそこにはなく、暗殺者が侵入した入口からは遥か左斜め前方の、演説台の後の壁に穿たれた秘密扉から楯となった盟友に伴われて脱出に成功したのであったが、それを大いに救けたのが2人の前に立ち塞がった執務長の殲敵短銃による援護射撃であり、巧みにガードされた顔面以外の部分に命中しても何らのダメージをも与え得ぬ事を確認したライネットもまた脱出し、秘密扉は固く閉ざされたのであった。
「お前がゴウガか!
歴史を変える大偉業の邪魔をしおってこのゴミクズがっ!!
しかも、意匠も動きも鈍重な道化の如き錬装者…
全く笑わせる、
その程度の実力で、あろうことかあのリサラの愛を得ようとは!
キサマごとき劣等生物は一刻も早くルドストンの、いやラージャーラの生命圏から消え果てるがいいわっ!!」
再発射された戮弾は不幸にも鋼の猛虎の顔面を直撃し、死こそ免れたものの完全に失神した崇景は大の字となってピクリともしないが、〔殲闘躰〕を得ていわば“殺戮超生命体”となったユグマの慧眼を欺くことは出来なかった。
かくて“赦されざる存在”の誅戮に向けて止めの連射を浴びせんとした黒い暗殺者であったが、彼の襟元に潜んでいた黄色い魔蟲が凶々しき鉤爪を頚筋に突き立てて制止した。
「この愚か者が!
そのような塵芥に貴重な戮弾を浪費するでないわっ!
何をグズグズしておる、
さっさと真の標的の後を追わぬかっ!!」
唇を噛んだユグマは、後刻必ずや“恋敵”を血祭りに挙げることを決意して秘密扉に駆け寄り、厳重な施錠を連射で叩き壊して追跡を開始した。
…それからたっぷり、2セスタが過ぎた頃だろうか。
1人取り残された哀れな錬装者は、胸部に異様な圧迫感を覚えて虚ろながら意識を回復した。
「ぐぐ…
ぐるじ…い…
やめ…でぐ…れ…
だ…ず…げ…で…」
彼の覚醒を悟った者が加えているのか、懇願にも関わらず圧迫感は逆に強まった。
「悪…魔…
いっ…だい…だ…れが…
ごん…な…びどい…ごど…を…」
必死に開いた両眼に、朧ろげながらも飛び込んできたのは…
茶褐色のぬめぬめとした奇怪な鱗状の皮膚を持つ、碧色に底光りする不気味なアーモンド型の凶眼で見下ろしてくる魔物…!
「あ…あ…
やば…ず…ぎ…る…
りゅ…う…ぼう…ず…が…で…だ…」
次の瞬間、鑼幽巴は更なる力を右足に込め、より激烈な呼吸困難に見舞われた剛駕崇景の意識は再び遠のきかかったのであるが…。
「おっと…またお寝んねしてもらっちゃ困る…、
小僧…お前には何の興味もないが、錬装磁甲の機構を探るには絶好の機会だ、
まずは全てのパーツを、キサマの皮ごと引っ剥がさせてもらうぞ…」
崇景の右の胸板から踏みしめていた右足を外した鑼幽巴は、電銃の弾痕と自ら加えた踏み潰しによって大きく凹んだ右胸部と、顔面被弾によってあたかも泣き笑いの面相に崩れた虎の貌が既に、僅かながらも復元を開始したのを確認して憮然としながらも、ならばズタズタに引き裂くことで驚異の再生力を永久停止させんと、未だ動けぬ蒼き虎の傍らにゆっくりと屈み込んだのであった…。
しかも、迎撃の舞台として、教率者の全教民に向けての演説会場に勝るものはないと確信していた。
そして、特守部隊員アイアスを感嘆させた、玉朧拳師直伝の“必殺拳法”の限りを尽くして教軍の刺客を制圧する勇姿を最も目に焼き付けてほしいのは、言うまでもなく萩邑りさらと鄭 雅桃という聖団が誇る2人の美女であった。
彼女たちは現在、煌輪塔ホテル軸塔最上階において空軍との共同ミッションに向けてのブリーフィングに臨んでいるはずであったが、少なくともバジャドクの演説中はそれを中断して海底宮殿からの“生中継”に見入るはずであろう。
『是非とも、かつての師がその武名を一気に高める契機となった様に龍坊主に現れてもらいたい。
玉朧が繰り広げた3時間に及ぶあの“伝説のレシャの死闘”を再現、いや凌駕する自信は十分にある!
…ふふふ、そうなったなら、あの2人を同時に虜にしてしまい、どちらを嫁にするか対応に苦慮することになりそうだ…。
だが、もし敗者が自殺未遂することにでもなれば今後の聖団での栄達において悪影響を及ぼすことは必至だから、その時はこのセックスアピールの塊の如き肉体を駆使して慰めてやらねばならんな…!
いや、モテる男というのも中々辛い役回りよ…!』
無邪気な?妄想に耽る若き錬装者をよそに、統衞軍最強戦士は〔コンソールリング〕の一角に陣取るオペレーターと何やら“密談”していたが、やがて激励するかのようにその肩を叩くと、胸元まで垂れる白髭を撫でつつ瞑目する教率者の傍らへ戻った。
「…死霊島から放たれた水棲刃獣と交戦中の海軍潜水艇部隊のおよそ3分の1が損耗した模様です…、
尤も、敵も襲来した100匹の内、頼もしき援軍の強大なる戦力に相助けられたこともあり、約半数を撃破したことが確認されました…」
ここで、歴代初の“武闘派執務長”は、バジャドクの背後に控える玉朧拳師をちらりと見やったが、絆獣聖団が誇る“武神の目”を以ってしても、30代半ばと思しき偉丈夫の、鋼の如き眼光を放つ窪んだ瞳の奥底に、いかなる感情をも読み取ることが出来なかった。
『…全く、誇張抜きに霊煌石の如くに堅固なる精神だ…。
よもや、地上においてすら消滅したかに見えるこれほどの達人を、この異界にて発見することになろうとは…!
恐らく、彼の戦闘力たるや、決して射撃能力のみに留まるものではあるまい…、
いや、私のささやかな経験から来る勘によれば、むしろその本領は未だベールに包まれる格闘能力にこそあるのではないか…?』
一方、就任以來、最も激越な苦悩の渦中にある教率者は力なく頷いた。
「相分かった…、
拳師よ、いつもながらの聖団による何ら見返りを求めぬ命懸けの献身に、心より御礼申し上げますぞ…。
そういえば、“島の支配者”…確か摩麾螺といったか、彼奴との決戦に挑むべく出立したスペンサーらの動向はどうなっておるのかな?
果たして、彼らの消息や如何に?」
この問いに答えたのは、教率者の左後方に座す初老のオペレーターであった。
「…その件に関しましては、現在、レーダーに死霊島周辺空域に飛行体は確認されておりません…、
尤も、島内を超低空飛行しておるとすれば探知し得ていない可能性もありますが…」
「…デルタスライダーは強力な〈隠形機能〉を備えておりますから、攻撃の多面性を維持するためにも全機が着陸しているとは限りますまいが、私が常に携帯しておる錬装者専用通信機である〔晨絆器〕も長時間、遠征隊との接続が絶たれておる状況でして…
崇景、お前の方はどうだ?」
「実は…全く同様です。
まさか、いかに独立不羈の精神に富むCBK総帥といえど、自分から連絡を遮断するなどとは到底考えられぬのですが…」
星拳鬼會の若きエースも殊更深刻な表情で応えるが、真相は自身の活躍をりさら達に披露する“栄光の瞬間”のシミュレーションに忙しく、晨絆器をチェックするどころか遠征隊の消息など端から念頭に無かったのであった。
「…無事で戻って来てくれればよいが…、
何より、彼らの如き“無私の勇者”を喪うことは、ルドストンは無論の事、ラージャーラ全体の損失なのじゃからな…」
海底宮殿の“最重要エリア”ともいうべき第7層の守護を託されているのは主都特守部隊から選抜された“最精鋭の人材”によって構成された【教率者親衛隊】であるが、“最強の携行兵器”である戮弾電銃を携えた誇り高き20数名の中に、唯一人、この床に立つ資格を有せざる者が紛れていた。
「ユグマ、こっちだ」
“金色の大波と白銀の剣”をあしらった、統衞軍のマークが大きく染めなされた濃い群青色大型アタッシュケースを提げた隻眼の特守部隊長トゥーガに導かれるままに、彼らと同じ浅葱色のボディアーマーを纏った少年兵士が2人の護衛が左右に控える青い扉に向かう。
「御苦労」
“地上式の敬礼”こそ交わさなかったものの、威厳に満ちたトゥーガの振る舞いと衛兵…いや、フロア中の隊員たちの畏敬に満ちた眼差しは、彼がいかに隊内において偶像視されているかを如実に窺わせた。
「ふふふ、実はここは秘密の部屋でも何でもなく単なる化粧室なんだが、こういう場所にこそ目を光らさねばならんのが非常時におけるセオリーというものでな…」
ここでいかなる野心の成就のためか、叛乱側に身を投じた古強者は唯一残った右眼を陰険に光らせ宣った。
「事実、お前はここで歴史に名を残すべく正義の暗殺者に変身するのだからな…」
教率者が執務長と2名の聖団員を従えて中央司令室を出て、教民へのメッセージを送る際に常用する〔教宣室〕に入ったのは暗殺者が化粧室に籠ってからおよそ2アトス後であり、演説開始時刻である《央月刻》(午後10時に相当)まで丁度1セスタを切った頃であった。
…そして、バジャドク畢生の大演説が開始されて8アトス(24分間)が経過し、教界存続のためどうしても教民に多大な犠牲を強いる“地底化”が避けられぬ事実が強調される、まさに演説の要の部分に差し掛かった瞬間、異変が勃発した!
いきなり開いた入口から、漆黒のボディアーマーと、同色の高機能バトルスーツに身を鎧い、戮弾電銃を構えた刺客…魔少年ユグマが乱入し、明らかに常人には不可能な雷鳴の如き大音声を轟かせたのだ!
「よく聽けい!
我が名はユグマ、姓は偉大なる軍人教率者ミグニスが定めし通り、
同胞とひとしなみにルドストンなり!
あえて述べるが、我が父はその発明の才により、教界に多大なる貢献を成し遂げし〈15氏族筆頭〉のロゼムス公である!
自身の無能さ加減を省みることもなく、罪無き教民のみに多大なる犠牲を強いる史上最低最悪の教率者バジャドクよ、今こそ覚悟するがいい!
怒れる人々に成り代わり、天響神の裁きの鉄槌を今ここに代行する!
──死ねえいッ!!!」
絶叫と同時に銃口から噴き出した白光!
それは、暗殺者の出現を認めた瞬間に演説台前に飛び出した護衛者の右胸に炸裂した!
「うぐはあっ!?」
入室してすぐに錬装し、自慢の“蒼い虎”を象った磁甲を纏った剛駕崇景…だが、初めて体験する戮弾電銃の直撃は、想像を遥かに凌駕する衝撃と苦痛をもたらした。
そして現在600フォセア(120Kg)に達する錬装者は大きく後方に吹き飛ばされて無様にも演説台に激突し、尻餅を着いた状態であろうことか痙攣まで起こす醜態を満天下に晒すに至ったのである…。
幸いにも、不肖の弟子よりも迅く行動を開始した玉朧拳師に抱えられて飛び退った教率者の姿はそこにはなく、暗殺者が侵入した入口からは遥か左斜め前方の、演説台の後の壁に穿たれた秘密扉から楯となった盟友に伴われて脱出に成功したのであったが、それを大いに救けたのが2人の前に立ち塞がった執務長の殲敵短銃による援護射撃であり、巧みにガードされた顔面以外の部分に命中しても何らのダメージをも与え得ぬ事を確認したライネットもまた脱出し、秘密扉は固く閉ざされたのであった。
「お前がゴウガか!
歴史を変える大偉業の邪魔をしおってこのゴミクズがっ!!
しかも、意匠も動きも鈍重な道化の如き錬装者…
全く笑わせる、
その程度の実力で、あろうことかあのリサラの愛を得ようとは!
キサマごとき劣等生物は一刻も早くルドストンの、いやラージャーラの生命圏から消え果てるがいいわっ!!」
再発射された戮弾は不幸にも鋼の猛虎の顔面を直撃し、死こそ免れたものの完全に失神した崇景は大の字となってピクリともしないが、〔殲闘躰〕を得ていわば“殺戮超生命体”となったユグマの慧眼を欺くことは出来なかった。
かくて“赦されざる存在”の誅戮に向けて止めの連射を浴びせんとした黒い暗殺者であったが、彼の襟元に潜んでいた黄色い魔蟲が凶々しき鉤爪を頚筋に突き立てて制止した。
「この愚か者が!
そのような塵芥に貴重な戮弾を浪費するでないわっ!
何をグズグズしておる、
さっさと真の標的の後を追わぬかっ!!」
唇を噛んだユグマは、後刻必ずや“恋敵”を血祭りに挙げることを決意して秘密扉に駆け寄り、厳重な施錠を連射で叩き壊して追跡を開始した。
…それからたっぷり、2セスタが過ぎた頃だろうか。
1人取り残された哀れな錬装者は、胸部に異様な圧迫感を覚えて虚ろながら意識を回復した。
「ぐぐ…
ぐるじ…い…
やめ…でぐ…れ…
だ…ず…げ…で…」
彼の覚醒を悟った者が加えているのか、懇願にも関わらず圧迫感は逆に強まった。
「悪…魔…
いっ…だい…だ…れが…
ごん…な…びどい…ごど…を…」
必死に開いた両眼に、朧ろげながらも飛び込んできたのは…
茶褐色のぬめぬめとした奇怪な鱗状の皮膚を持つ、碧色に底光りする不気味なアーモンド型の凶眼で見下ろしてくる魔物…!
「あ…あ…
やば…ず…ぎ…る…
りゅ…う…ぼう…ず…が…で…だ…」
次の瞬間、鑼幽巴は更なる力を右足に込め、より激烈な呼吸困難に見舞われた剛駕崇景の意識は再び遠のきかかったのであるが…。
「おっと…またお寝んねしてもらっちゃ困る…、
小僧…お前には何の興味もないが、錬装磁甲の機構を探るには絶好の機会だ、
まずは全てのパーツを、キサマの皮ごと引っ剥がさせてもらうぞ…」
崇景の右の胸板から踏みしめていた右足を外した鑼幽巴は、電銃の弾痕と自ら加えた踏み潰しによって大きく凹んだ右胸部と、顔面被弾によってあたかも泣き笑いの面相に崩れた虎の貌が既に、僅かながらも復元を開始したのを確認して憮然としながらも、ならばズタズタに引き裂くことで驚異の再生力を永久停止させんと、未だ動けぬ蒼き虎の傍らにゆっくりと屈み込んだのであった…。
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